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悪い狸にTSを

狸塚の瞳が怪しげに光る。月明りを受ける彼はリリスを見上げていた。


「相手を選ぶべきだったって? あんたが誰なのか知らないけどさ、この場所でえらそうな口を利かない方がいいんじゃないか。……どうやって『紛れ込んだ』のかは知らないけど」


 リリスは両手を組んで余裕のある表情で答える。


「……ふふ、お前。恰好から弟と同じ学年だよね。その生意気な態度。あとでお仕置きしてあげる」


 リリスは小さな舌で唇をぺろりと舐める。そして羽を動かしてふわりと、ゆっくりと神社の境内に降りる。彼女は倒れている裕也と天使をちらりと見て、すっと狸塚に目線を戻す。


吸い込まれるような美しい瞳だった。


狸塚は数秒それに見入って頭を振る。何かに引き込まれてしまいそうな感覚に陥った自分がいた。


「羽の生えているあんたに聞くべきじゃないかもしれないけど、普通の人間じゃないだろ……」

「まーね」

「それなのにこいつになんで肩入れすんの? 俺は北島だけに用事があるんだけど。弟って言っても本当の弟じゃないだろ」


 その言葉の後、リリスは無言で少しあごを上げた、両手を組んで冷たい目で狸塚を見る。彼女のそのしぐさに彼は息をのんだ。美しいとも、怖いとも思った。


「……ま、それぞれ事情はあるからさ。あんたにもあると思うけど、どう? おとなしくその二人を返したら見逃してあげるけど」

「は?」


 狸塚は両手を広げる。


 月が陰る。雲がかかり、その陰の中で彼は笑った。周りのマネキンたちがからからと首を鳴らし始める。まるで笑っているようだった。からからからから、と彼らといえばいいのだろうか、無機質な人形たちが踊るように嘲るように動く。


「あんたさ。状況わかってないだろ。『この世界』では俺の方が上だってことが」


 リリスはゆっくりと周囲を見回した。異形の集団に囲まれていてもその表情は崩れない。彼女は自らの指を唇につけ、少し考える。


「そう、この世界ね。結構久しぶりなんだよね……あんたの正体は何なのかわからないけどさ。私は最近なまっていると思うから手加減できないと思うけど、ごめんね」


 狸塚ははっと笑う。彼が手を振ると一斉にマネキンや化け物たちがリリスに殺到した。


「跪け」


 冷たい声が響く。


「何を言って、あ……れ」


 狸塚はいつの間にか両膝を地面についていた。あたりを囲んでいるマネキンたちも同様だった。人形たちは体を崩してずしゃりと地面に倒れていく。それだけではなかった。神社の境内が空間ごと捻じれていくかのようにぐにゃりと曲がる。


「なんだこれ……みんな……。どうして」


 ゆっくりと


 ゆっくりと


 リリスは近づく。羽を広げて、小さな小さな牙を光らせながら。微笑みながら狸塚の前に立った。見下ろすのではなく、見下すように両手を組んだまま。


「言ったでしょ? 相手を間違えたって」


 狸塚のあごをつかんで上を向かせる。温度のない声。


 空が落ちてくる。黒い空から星が緩やかな雨のように降ってくる。崩れていく世界を背にリリスは微笑む。


「こんなお遊びで、私……いや私たちに勝てるって少しでも思ったのなら想像力不足だったよね。えっと名前はなんだっけ?」

「な、なにをしたんだ」

「名前はまあ、後でいっぱい名乗ってもらおうかな。うーん。そうだな、君さ。かわいい顔しているね」

「い、意味がわからない。何を言ってんだ……?」

「意味ならすぐに分かるよ」


 リリスはしゃがむ。そして狸塚の耳元に息が吹きかかるくらいの近さで言った。


「私たちは人の望む夢を見せてあげることができるけどさ、ちょっと大人な夢も見せてあげることもできるんだ」

「……は?」

「君はさぁ。弟と同じ年齢かな? ま、明日の朝に起きるころにはふふふ」

「まて、なんだ。怖い。やめろ!」


 リリスは狸塚の額を指で軽く押す。ほのかな光が奔り、狸塚は糸の切れた人形のように倒れた。リリスは屈託のない笑顔で言う。


「それじゃ、おやすみなさい。いい夢を見てね」


 ――落ちていく。


 狸塚は落ちていく感覚が体を支配した。手を伸ばして足を動かしてもどこにも触ることができない。ただただ落下していく感覚を味わっていた。


「なんだこれ!」


 どうなっているんだと叫んでも闇の中で何も見えない。あの羽の生えた女の仕業なのだろうか。この落下がいつまで続いてどこまで落ちていくかわからない。これが幻想だとしてあと何時間、何十時間このままなのか想像もつかない。


「くそ!」


 悪態をついても状況は変わらない。ただ、一瞬光に当たりが包まれた。がしゃーんと音を立てて狸塚は背中を強かに打った。


「いて、いてて。なんだ、ここ……教室?」


 窓から夕焼けの見える教室だった。机が倒れているのは自分が落ちてきてぶつかったのだろう。奇妙な話だが「この空間」では何でもありなのだ。彼女は腰をさすった。


 狸塚は腰をさすりながら立ち上がる。あたりを見回しても誰もいない。教室から出ようとしてもドアは開かない。


「あかないよ」


 教室の一番後ろの席に腰かけたリリスがいた。彼女はもぐもぐとガムを噛みながら狸塚を見ている。彼女は片足を組んでいる。スカートが短く白い腿が見えている。


「そもそもここは本当の教室じゃないってあんたならわかっているでしょ?」

「……俺をどうするつもりだ」

「どうするってまあ、そりゃあ」


 リリスは机から降りる。にやぁと口元をゆがめる。


「弟をいじめるなんて二度と考えないような夢を見せてあげようかなってさ。まあ、あんたがなんで裕也を襲ったかなんて後でも聞けるからね」

「…………俺は」

「あーそうそう、君さ、俺っていうの似合わないよ」

「俺の勝手だろ! そんなの、僕とでもいえばいいのかよ!」

「うーんそうだなぁ。鏡見て決めたら? ほらそこにあるでしょ」

「鏡?」


 狸塚は姿見があることに気が付いた。意味は分からなかったがそれを覗き込んだ。


 そこには小柄な少女がいた。


驚きで目を見開いた栗色の髪をしたかわいらしい少女だった。ブレザーにリボン、それにチェックのスカートをはいた彼女。その細い脚はがくがくと震えている。


「な、ん。だ。これ!?」


 気がついたとき声も高くなっている。狸塚は自分の体を見た。くるくるとその場で回るように体を見る。


「なんだこれ。なんだこれ???」


 リリスはにこにこと彼を見ている。


「夢だよ。夢。よかったね。とってもかわいい女の子なれてさ」

「ふ、ふざけんな!」

「ふざけてなんてないよ」


 リリスの口角が上がる。彼女の真っ赤な口と夕日を背に受けて陰で表情が見えない。


「何度言わせたらわかるのかな? 私の弟に手を出したってことは徹底的にやってあげるってことだよ。えーとお名前なんだっけ。ま、いいか、吐いてもらいましょう」


 教室の周りから無数の手が伸びてくる。狸塚は「ひっ」と悲鳴を逃げようとするが無駄だった。そもそもここは夢の中だ。


 「彼女」の脳内に響くように声が届く。


「それじゃあ、お仕置きだね」



――ああああああああああああああああああ!




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