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寄り道、帰り道、迷い道

 桜並木を美少女と歩く。裕也は自転車を押しながら歩き、天使はその横をあたりを警戒しながら歩いている。


(これ……クラスの奴に見つかったら恥ずかしいな)


 天使の横顔を何となく見てしまう。白い肌の彼女に見とれそうになって、すぐに首を振った。彼女は不意に裕也を見る。


「そういえば北島君。携帯番号教えてください」

「え?」

「朝迎えに行ったりしないといけませんし」

「……! 教えないかな!」

「な、なんでですか?!」


 毎朝毎朝迎えに来られたら恥ずかしいどこではない。それにそんなことをさせたくはなかった。


「お、おれ携帯で電話とかあんまりしないし」

「う、うーん」

「それにさ、なんかわからないけど通学路になんかあったりしないと思うよ」


 人ならざる者がとやら襲ってきたとしても流石にこんな時にはやってこないだろうと思う。いい天気なのはまさに平和と感じた。


「あ」


 声がした。見れば背の低い少年がいた。高校の制服を着崩して、ネクタイを緩めている彼は狸塚だった。桜並木が終わる場所に彼は立っていた。


「北島……入学して早々に女の子連れてんのか……?」


 狸塚はあきれ半分の顔でジトっとした目で裕也を見た。裕也は否定したかったが、変に言い訳しても怪しいだけだと思った。


「相沢さんとたまたま帰ってんだよ」


 男友達に対する口調というものだろう、狸塚へ裕也は言う。狸塚は二人を見比べる。


「ふーん」


 何かいいたげだがった、一度言葉を切る。彼はくるっと半身になり親指で帰り道の先を指さす。


「まっいいや。なあ、北島ちょっとだけ、この周辺探索しないか?」


 狸塚は言う。


「近くの店とかいろいろ知っておきたいじゃん。買い食いとか」

「か、買い食いはいけませんよ」


 天使が口をはさんだ。ただ裕也は正直自分の通う高校の周辺は知っておきたかった。狸塚は頭を掻いた。


「ま、デートの邪魔になるなら無理にとは」

「デートではないです!」

「そうなのかよ……じゃあ相沢さん……だっけ? あんたも来ればいいじゃん。てきとうにメシ食べない?」

「そ、そんなの」


 ぐうとおなかがなった。


 漫画のようなタイミングに裕也と狸塚は笑い。天使は顔を赤くしてあわあわ口を動かすが声になっていない。


「相沢さん行こうか」


 裕也は彼女に言う。


「よし決まり」


 狸塚は満足そうに笑って後ろを向いた。


 真っ赤な口をにやりとゆがませた。



 近くの商店街を3人は歩いた。意外と人通りが多いのは駅が近いだけではないだろう。


「この近くに大学もあるらしいからな」


 狸塚は短く説明した。学生街のようになっているのだろう。裕也はどういった理由でも寄り道ができそうな場所が高校の近くにあって何となくうれしくなる。彼はなんとなく早足になる。自転車は商店街の入り口にある駐輪場に止めていた。


 ラーメン屋、お好み焼き屋、たこ焼き、かき氷のぼり、ここには何でもある。そう思うのは裕也の純粋な少年の部分だろうか。


「おいムジ」

「変なあだ名のまま……」


 不承不承の呼び方に反応した狸塚は裕也の指さす方に目をやる。そこには「ロシアンルーレットたこやき」と書かれているのぼり。学生を引き寄せる魅惑の文字がはためている。


 裕也は止める狸塚を振り切って買ってしまう。若いお兄さんにパックをたこ焼き6個入りを渡される。


「まて、おい。それ何が入ってんだ?」


 狸塚がいうが裕也も知らない。店員の男を二人で見ると、その彼は「食べられるもの」と怪しげな答えだった。狸塚は胡散臭げにパックを見る。


「どうせわさびとかだろ」

「まあいいじゃん、ほらムジ」

「……ま、いいけど。それなら」


 にやりとする狸塚。彼は背が低いから見上げながらきらりと目を光らせる。


「これあたりを引いたやつがなんかおごりな」


 狸塚はそう言って一つ食べる。ひと噛みしてほっとした顔になる。


「次はお前」


 裕也はそういわれて一つ食べる。おいしい。彼は次に黙っている少女を振り向いた。天使はなんとなく浮かない顔でいた。


「相沢さんも」

「え? いや、そのー私は」

「ほらほら」


 天使は悩まし気に首を振った後に覚悟を決めたのかのようにつまようじで一つ食べる。その顔がきゅうとゆがんだ。


「あ、甘い……チョコですねこれ。うえぇ」

「あっ! あんたがあたり!」


 狸塚は喜び。天使は口元を抑える。


「たこ焼きの味を想像しているときにチョコが来たらダメージあります……」


 天使はもぐもぐ食べた。食べられないことはない。だが想像の外からの打撃は思いのほか効いたようだった。


「相沢さん、水のむ?」


 いうが早いかがしゃんと近くにあった自動販売機でペットボトルを買って天使に渡す裕也。


「あ、ありがとうございます。あの、お金」

「いいって、俺が勝手に買っただけだから。ムジがあとはおごってくれるから」

「おい! なんで罰ゲームが俺になってるんだよ」


 3人はそんな感じで商店街を歩いた。三人とも学生である。そんなにお金は持っていないから。お店に入っては少しいてすぐに出ていく。そしてたまに買い食いをする。


「ご、ごめんなさい。全然おかねなくて」


 天使の暗い理由は途中で分かったが裕也と狸塚は結構強引に連れてきたのでてきとうに分けて払ったりした。そのたびに天使があとで返すのでレシートをくださいといったが、二人とも渡さず。


「へいへい!」


 裕也がレシートを持ってよける。天使がそれをなんとか取ろうとすると裕也の手から狸塚がひょいととって。


「とれるもんならとってみたら?」


 などとからかったりした。天使は「な、なんでいじわるするんですかぁ?」などといったが、わりかし楽しそうではあった。


 そんなこんなで夕方になった。夕日が沈みそうになるまで遊んだりした3人だった。ゲームセンターなども実はあり、そこでも時間をつぶしてたりしていたらあっという間に時間は過ぎ去っていった。


 夕暮れの光が世界をオレンジ色に染めていた。


 裕也はだいたい満足していた。彼と狸塚とそれに天使は商店街を少し離れて住宅街を歩いていた。理由は単になんとなく話をしていたらこちらに来たという単純なものだった。


 住宅地の真ん中に大きな楠が見えた。大きなそれは住宅の屋根より高い。


「あの下に神社があんだよ」


 狸塚がそういった。指さす方向に楠がある。


「行ってみね?」


 そう誘われた裕也はしかしなんとなく時間が遅くなっていることが気になっていた。高校には毎日通うのだから、今日無理に行くことはない。それに神社に行く意味もない。


「いや、いいや。また今度遊ぼうぜ。ね。相沢さん」

「……あ、はい」


 裕也は相沢に一緒に帰るように促す。狸塚は一瞬黙って、はあと息を吐いた。


「ま、いっか。じゃ、俺こっちが家だから」


 そういって楠の方に歩いていく。意外とあっさりと別れるんだと裕也は思ったが「また明日な」と言って踵を返した。


「おい!」


 裕也を呼び止める声がした、道の先に夕焼けににじむ狸塚の影が見える。顔は見えない。


「迷ったらこっちにこいよ」


 そう一言叫んで彼は帰っていく。裕也はなんのことかわからずに首を傾げた。


住宅地を天使と一緒に歩く。あたりはだんだん暗くなっていき、街灯がつき始める。


 商店街に置いている自転車を回収しなければならないから、一度戻る必要があるのだが初めてくる住宅地は迷路のようだった。どこからともなく子供の笑い声が聞こえてくる。


「相沢さん……どっちだっけ?」

「え、えと。こっち?」


 全く確信がなさそうな声で天使は道を指さす。かといって裕也も道がよくわからない。しばらくすると行き止まりだった。二人は仕方なく元の道に戻る。その時がさがさとそばの電柱で音が鳴った。


 黒い小さな影が裕也たちの前を横切る。


「猫?」


 裕也は思うが猫のようには見えなかった。かといって犬のようにも見えない何かが逃げていった。裕也はその時ふと目線を上げた。


 楠が、闇の中に見える。


 何となく不気味だが目印にはなる。裕也はスマートフォンを手に取った。時間を確認しようとしたのだ。


 ――76:20


「は?」


 なんだこれ。裕也は画面を見て驚いた。



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