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時をかける天使

 誰もいない屋上で天使と裕也は向かい合った。天使は両手を組んで彼を見据えた。凛とした瞳は黙っていれば威厳があった。彼女はすーと息を吸って叫んだ。


「いいですか北島君! 先ほど伝えた通りあなたには危機が迫っています!」


 屋上の扉の向こうに人影が見えるのはリリスだった。彼女の影が曇りガラス越しに揺れた。ただ言われた本人の裕也は頭に疑問符を浮かべる。


「危機?」

「そうです!」


 天使は両手を大きく開いて胸を張る。目をつむってそれから両手を頭に当てる。


「私にはわかります……あなたに人ならざる五つの影が迫ってくることが……ううう」


 裕也は目の前で頭を抱えて電波なことを言う少女に文字通りに絶句していた。どういう言葉を伝えたらいいのかわからなかった。天使が目を開けてどや顔で彼に向き合う。


「そっか。ありがと! 俺気を付けるね」


 素早く踵を返そうとすると天使はその裾に縋りついた。


「今、いま私を痛い人とおもっだでじょおお?」


 涙目で縋り付く彼女に「そんなことはないよ」と心にもないことを裕也は言った。ドアの向こうから片目だけ覗かせているリリスに助けを求めようとしたが、その瞬間パタンとしまった。薄情だと裕也は内心で叫んだ。


 天使は立ち上がった。


「わ、わかりました北島君。私の言葉の根拠を見せましょう」


 天使は裾を離し、少し下がる。


「私は、本物の天使なんです」


 彼女は目を閉じた。


 その瞬間だった。空に浮かぶ雲がすーっと流れていく。そして天使の背中に光り輝く白い羽が現れた。


 流れていく時の中で羽を広げる少女。彼女は両手をやさしく広げて空に向ける。雲の流れがだんだんと遅くなって、緩やかになる。その時には天使の羽も消えていた。


「…………はあはあ、へえへえ。これでわかってもらえましたか? 私は時を司る天使なんです」


 天使は情けない声を出しながら膝に手をついた。裕也は別の意味で言葉が出なくなっていた。しかし、彼がこのような「不思議な場面」に出会ったのは初めてでない。だから彼は天使に向かって訪ねた。


「じゃ、じゃあ俺になんか人ならざるものってのが寄ってくるのは本当?」

「ええ、本当です。具体的に予言ができるわけではないですから、どこでどうなるのかわかりませんけど、でも安心してください!」


 どんと天使は胸を叩いた。


「私があなたを守ってあげましょう! どーんと任せておいてください。あっ」


 ふらふらと膝をつく。


「ひ、貧血が……」


 頼りない天使に不安になりつつ裕也は駆け寄って彼女に声をかける。


「大丈夫? 相沢さん……」

「ほ、ほけんしつ」

「…………」


 不安は増すばかりだった。というか「ほけんしつ」を最後の言葉に天使は裕也の手の中で気絶していた。裕也はどうしようもなくなり情けない声を出す。


「ね、姉ちゃーん」

「やれやれ」


 ドアを開けてリリスが出てくる。


「仕方ないなぁ、裕也君は」


 どこかの猫型ロボットの真似をしながら悪魔が助けてくれる。



 保健室まで裕也が天使をおぶった。リリスは転ばないように支えてくれた。保健室で先生に許しを得て天使を寝かせるとその前で二人は座った。天使はすやすやと眠りについている。


 保健室の中は消毒液の匂いがほのかにする。独特の空気があった。


「ね、裕也。さっきの話どう思う?」

「どう思うって……とりあえず人ならざる者って一人は姉ちゃんなんじゃ?」

「かもねぇ……じゃあこの子を今のうちにきゅっとしちゃおっか?」

「いや……怖いから」


 冗談冗談と笑るリリス。


「まあ、天使ってのはいろいろあるやつらだけど、人間には結構いい奴らだからさ、まー信じてもいいんじゃないかな」


 リリスはそれだけ言って立ち上がる。白い髪が揺れる。


「ま、詳しくは家ではなそっか。私はまだ授業あるから」


 家族なのだから家に帰ればゆっくりと時間はあるのだった。裕也は頷いた。


「う、うーん」


 天使が目を覚ましそうになる。リリスは「じゃあね」と言って保健室を出ていった。なんとなく天使の前に姿を現さないようにしているのかと裕也は思った。ただ、一度出て行ったリリスは戻ってくる。


「そうだ、裕也。なんか困ったことあったら言いなよ」


 手にスマートフォンを持って揺らすリリス。何かあれば連絡をしろということだろう。これにも裕也は頷いた。それにリリスは笑顔を見せて出ていく。


「さて、俺も帰るか」

「……」


 帰ろうとするときにむくりと天使が起き上がった。眠たそうにあたりを見回している。


「ここ、どこですか」

「相沢さん。ここ保健室だよ」

「ほけんしつ……! もしかして北島君が連れてきてくれたんですか?」

「そ、そうだけど」


 天使はシーツで顔の半分隠した。


「ど、どうやってですか?」


 そこでふいに裕也は思った。さっきおんぶした時に甘い匂いがしたことを思い出してしまった。それで何となく恥ずかしくなったが、ごくりと息をのんでいう。


「おんぶして……」

「……!」


 天使は目を見開いて真っ赤になるが、彼女は言う。


「そそうですか。ありがとうございます」


 シーツをばーんとはねのけて立ち上がる。少し立ち眩みを起こしたようだったが、ほのかに赤いほほを隠すように目をそらしてつんとそっぽを向く。混乱しているように見えたが裕也も気恥ずかしさがあり、変に突っ込まなかった。


「とりあえず相沢さんも元気そうだから、俺帰るね」


 その裾を天使がつかむ。


「北島君、さっきの話を聞いていましたか? 君は今危険なんですから、私と一緒に帰りましょう」



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