9話 お話
「お、奇遇。鳴瀬さんも空を見に?」
「はい、びっくりしました…」
誰だってびっくりする、俺だってびっくりした。
まあ、こんな綺麗な空なら誰だって、外に出てみたくなるか。
「そういえば、今日はお友達が来ているんですよね?」
「ああ。…ひょっとしてうるさかったか?すまん」
そんなに大声で話していたつもりはないのだが、案外部屋の壁は薄いのかもしれない。
「あっいえ!違くて…窓の外を見ていたら、柊木さんとお友達が歩いてくるのが見えたので…」
なるほど、声がうるさかったわけでも、壁が薄かったわけでもないと…一安心だ。
「ちょっと勉強会をしていてな」
俺がそう伝えると、鳴瀬さんはひどく驚いた表情でこちらを見てきた。
言いたいことはわかる、ついこの前まで勉強会をする気など微塵もなかったからな。
「柊木さんが勉強…どういった風の吹き回しで?」
丁寧な口調で毒を吐くな。俺だって悲しむぞ。…別に悲しまないな。
「まあ、ちょっとした心変わりってやつだ。ああ、それと…鳴瀬さんのお陰でもある」
「私の…おかげ?」
これは紛れもない事実だ。心変わりの理由の大部分は、翠にある。だが、
「…お隣さんが頑張ってるのに、俺が頑張らないのは失礼と感じてな」
今更、といった感じだが。やるからには全力でやるつもりだ。
今まで努力してこなかった怠け者が、急に成果を発揮するわけがない。
だから、少しずつ、ちょっとずつでも成果を出していこうと思う。
「柊木さんは、偉いですね」
偉い…俺が?
「そこで努力できるのが、素晴らしいことだと思います」
鳴瀬さんは、そう言って微笑みを浮かべた。
…不思議な感覚だ。でも決して、不快な感覚ではない。
「どうも…そろそろ戻るか。夏と言っても、体が冷えないわけじゃないからな」
適当な理由をつけて、この場を後にすることにした。
何か気恥ずかしいのは、きっと褒められるのに慣れてないせいだ。
「ですね、では、おやすみなさい」
「おやすみ」
窓を開けて部屋に戻ると、ニヤニヤしている翠と目があった。
…なんだよ。