16話 そのキモチの名前
いつも通り登校中。
「秋さん、おはようございます」
「おー、蒼さん。おはよ」
元気そうだな、ばっちり治ったようでよかった。
「秋さん、昨日のお礼がしたいので、放課後は私の部屋に来てくださいね」
「おー、わかった…ん?」
たしかに昨日も行ったが、あれは病人の看病のために行ったからであって…
素面…普通の状態で行くのは若干の気恥ずかしさがある。
「あら、もしかして何か用事などがありましたか…?でしたらまた今度でも…」
「全然ない。…が、鳴瀬さん…失礼、蒼さんはいいのか?その…男を部屋にあげることとか」
動揺のあまり呼び方が戻った結果ムスッとされたので、慌てて訂正。
「別に私だって部屋にあげる人くらいは選びますよ…あと、秋さんがそんな人じゃないこと知ってますし」
名前で呼ぶことすらも抵抗しましたしね、とチクチク刺してくる。痛いです。
「それじゃあ…まあ蒼さんがいいならいいか…」
当人がいいならいいんだ。うん。
「あ、いた!!!おーーい!」
翠が走ってきた。いつもに増して元気だな。
「お、鳴瀬さんもいるじゃん!一緒に登校してる感じ?」
「おはようござます、神谷さん。随分と元気ですが、何かあったんですか?」
元気…というかうるさいというか…
「そう!!聞いてくれよ!」
テンションが高い。よほど嬉しいことがあったのだろう。
「俺、彼女できた!!」
「…マジ?」
「マジマジ!!」
まあ彼女がいないほうがおかしいスペックではあるんだが…逆に今までいなかったんだ…
「わぁ、おめでとうございます…逆にいなかったんですね」
まったく同じ感想を蒼さんが呟いてる。翠は俺にかまっているが割と…というかなり陽キャだ。
そして多分みんな彼女がいるもんだと思ってただろう。
「ちなみにだれか聞いても?」
翠と絡んでるのを見たことあるのは…いや、結構多いな。
「なんと…矢箆原さん、だ」
「「あぁ~…」」
「いや反応薄!?」
まあ言われてみれば…って感じだし。
「どういった馴れ初めだったんですか?」
こころなしか蒼さんの目がキラキラしてる気がする。
矢箆原さん…矢箆原 桃さんは…まあカースト上位勢だ。人当たりがよくて明るくて…まあだいたい翠と似たような感じだ。
蒼さんとも結構関わりあったはずだし、気になるんだろう。
「えー気になっちゃう~?でも恥ずかしいから断る!」
乙女かよ。…まあ本人が言いたくなったら教えてもらうか。
「それより俺は秋の恋愛が気になるな~?」
うわめんどくせぇ。
「あいにく、俺はそういうのには縁がないんでな」
最近こそ違うものの、怠惰だったもので。本当に縁がなかった。悲しい生き物だ。
「そっか、いつか秋にも春が訪れるといいな~…そういや鳴瀬さんは好きな人とかいるの?」
何がそういやだ。蛮勇は勇気にあらずだぞ、友よ。
「特には…そうですね、でも…」
彼女はそこで一瞬迷うようなそぶりを見せたあと、微笑んで続けた。
「努力する人は素敵だな、とは思います」
その微笑みを見て、その声を聴いて。跳ねる心臓が、否応なしに自覚してしまう。
俺は…