想像に任せる
本作の書籍化二巻
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団2 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
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重量級の力士がいきなり走り出して、しかもどんどん速度を増していって、そのまま敵陣に突っ込んで無双する。
そんなチートコードで改造されたゲームめいた光景を、リアルで目の当たりにしていたメラス軍。
彼らは遊軍であるはずのカーリーストス伯爵軍より先に正気へ戻り、行動を再開していた。
「騎兵隊、出るぞ!」
「あのオーガを倒せ!」
「メラス様の作戦通りに動くのだ!」
とりあえずメラスの読みは当たっていた。
何をしてくるのかはわからないが、速攻を仕掛けてくる、という予測は的を射ていた。
実際見ても『なんでこうなった』みたいな光景だったが、それを含めて正確だった。
後方に控えていた騎馬隊が、作戦通りに動き出す。
「銃兵、弓兵は下がれ! 重歩兵隊、もう少し持ちこたえろ!」
「我らが援護する、奇術騎士団を抑えるぞ!」
騎兵隊は、弓矢を構えていた。
いわゆる騎乗弓兵であり、高速で移動しながら遠距離攻撃する兵科であった。
彼らは弓を構えながら奇術騎士団の重歩兵隊に接近し、射かけようとする。
既に盾を捨てている彼女たちは、ただでは済まないだろう。
だがそれを防いだのは、百騎もの騎兵隊であった。
「させんぞ! セフェウ卿の元で他の騎士団の、従騎士と共に訓練を積んだ成果……見せてやれ!」
奇術騎士団歩兵隊であった。
歩兵と名乗り、実際徒歩で戦ってきた彼女らだが、他の騎士団員がライナガンマに向かった後で、騎兵としての訓練を受けていたのである。
当然ながら、彼女たちは重歩兵隊との連携はしっかりしている。
メラス軍が動き出すより先に到達し、重歩兵隊のフォローを始めていた。
「総員、構え!」
そして彼女たちが取り出したのは……騎乗兵用の火縄銃であった。
騎乗している銃兵。いわゆる竜騎兵、という兵科である。
それを見たメラス軍の騎兵隊は、思わず絶句していた。
撃たれるより早く射なければ、そう思ってもとっさのことで反応が間に合わない。
「てぇえ!」
放たれる、百発の鉛玉。
それは多くが外れたが、そんなことは問題ではない。
銃で撃たれた、と認識したメラス側の馬たちが暴れだしている。
「ぐ、ぐぅ、馬を、馬を落ち着かせろ!」
「無理だ、降りるぞ! 落ち着かせるにしろ戦うにしろ、降りた方がいい!」
「バカを言うな、この状況で下馬をすれば、仲間の馬に蹴られるぞ!」
「総員、落ち着け! 一旦転進し、落ち着かせてから再度攻撃を……」
如何に訓練されているとはいえ、馬たちも動物、動揺もする。
それをなだめるまで、まともに行動できない。
そしてそれは、狙って行われたことである。
「行くぞぉ!!」
「おおおおお!!」
奇術騎士団歩兵隊は、銃をしまうと長物の武器へと持ち替えた。
そして騎乗したまま突撃に移行する。
百騎の突撃は、当然ながら途方もない迫力を持っている。
それによってメラス軍の騎兵隊は更に混乱し、そのまま飲み込まれて打倒されていく。
「がっ!?」
「ぐぉ!?」
「みたか、奇術騎士団の戦力を!」
「お前たち如きに後れを取る騎士団ではない!」
あまりにも理想的な攻撃の組み立てに、彼女たち自身が感動を覚えていた。
だがそれは、一瞬の高揚に過ぎない。
既に自分たちの突撃した陣地を粉砕し終えた重歩兵隊と合流し、周囲に対して気迫を放つ。
「油断するなよ、重歩兵隊……まだ一歩目に過ぎないぞ」
「あったりまえだ! まだまだ暴れるぞ!」
たしかに、圧倒的な戦果だった。
だが周囲には、まだまだ敵が大勢いる。
味方の兵も交戦を開始した。
この戦争は、ここからが本番である。
そう……ここからが本番だった。
「団長の指示通りに……バカになって動くぞ!」
「おおお!」
喜びと悲しみは、表裏一体である。
この戦場において、敵に自分達より強い部隊はいない。
そして味方にも、自分達より強い者はいないのだ。
そして平均水準としては、敵の方が相当上であった。
※
初手の攻撃は奇術騎士団に軍配が上がっていたが、それは局所的なものであった。
ほぼ同数であるメラス軍とカーリーストス伯爵軍の戦闘全体からすれば、ごくごく一部である。
そうしておよそ数十分が経過していたが、戦場全体を俯瞰してみているとおかしなことになっていた。
両軍はぶつかり合っているのだが、だんだんとバラバラになっているのである。
双方が十ほどの集団に分かれ、それぞれが別の集団から離れつつあったのだ。
互いに連携をとることなく、むしろ孤軍同士のぶつかり合いで終えようとしている。
そうして戦場を演出しているのは、当然ながらメラス軍であった。
「メラス閣下! ご報告です、現在各部隊は予定通りに分散し、各地で優勢に戦えています!」
「各部隊の隊長は、誘導に成功している様子です!」
「出鼻をくじかれましたが……やはり手品で戦場は決しませんな!」
いきなりシュールな光景を見ていたメラス軍の指揮官たちだったが、戦場が『メラスの読み通り』に進みつつあったことに安堵していた。
「ああ……最初は目を疑ったし、報告書になんと書けばいいのかわからなかったが……なんとか落ち着くところに落ち着いたな」
もちろんメラス自身も、手品が一つだったことに安堵していた。
あんなものが三つも四つも出されていたら、やってられるかと撤退しているところである。
「カーリーストス伯爵は、最近代替わりしたばかりだ。先代は猛将で知られ、配下にも凄腕の猛者がそろっていたが……先代がケガをして以降は、猛者も揃って引退した。そのためカーリーストス伯爵軍はとても弱い……弱いということは、誘導に乗ってしまう、ということだ」
奇術騎士団は、この戦場において最強の部隊である。
オーガすら含めて高い機動力を持ち、どこにでも現れることができるのだろう。
だが戦場が広範囲に分散すれば、さすがにカバーしきれるものではない。
「奇術騎士団は、たしかに尋常の騎士団ではない。だが一般的な騎士団対策が通じない、というわけでもない」
騎士団という強力な精鋭部隊に対抗する、一番手っ取り早い作戦。
それは可能な限り戦わないことである。
「各下士官には、敵を分解しろと伝えてある。また奇術騎士団が接近した場合には、三つ以上に分かれてそれぞれが他の部隊に合流するようにもな……こうすれば奴らとの戦いを避けつつ、敵へ被害を与えることができる……」
相手が一点に力を集中させているのなら、こちらは戦力を分散すればいい。
「相手はこちらの動きが分かっても、対応することはできまい……おろそかにされがちだが、下士官の指揮能力の高さも、軍の実力のうち……強いということだ」
これもまた、陣取りの一種と言っていいだろう。
将棋や囲碁の力と同じで、一定の実力差があれば相手を誘導することもできる。
彼らがそれに気づいても、戦場の把握能力や指揮能力の差によって、どうしようもなく差はできていくのだから。
「……それで、奇術騎士団の動きはどうだ?」
「はっ! まるでバカになったかのように、近くの友軍へ救援に向かい、ろくな戦果も挙げられないまま我らに逃げられ……それを繰り返しています!」
「……やはり、そうか」
想定通りの状況だ、とメラスは頷いた。
「敵はやはり冷静だな、身の程を弁えて適切な対応をしてくる。そうでもなければ、騎士団は務まらないか」
※
戦場を俯瞰してみているのは、ガイカクやカーリーストス伯爵も同様であった。
最初こそ一塊になって戦っていた自軍が、だんだんと分散していく姿は、そうなると聞かされていたうえでも驚きであった。
そんな状況で、カーリーストス伯爵は隣に立つガイカクに質問を投げる。
「これが、智将の戦ということですか」
「そうです。智将ということは、難しい作戦を建てられるということ。そして……それを部下が実行できるということです」
難しい作戦は、難しい動き、難しい用兵によって達成される。
猛将が猛将たるには猛者が必要なように、智将が智将たるには知恵ある下士官が必要になる。
だからこそ、カーリーストス伯爵の部下は誘導されるがままに動かされている。
「や、やはり、陣地を決めて固守させるべきだったのでは?」
「それで敵が倒せますか? あの野城を落とせますか?」
「……そうですね」
「まあご安心ください、貴方が思っているほど悪くはないですよ」
俯瞰の視点から見ると、奇術騎士団の動きはバカそのものである。
一番近い戦場に向かって直進し、敵に逃げられ、また直近の戦場に向かいを繰り返している。
せめて回り込むなりすれば、逃がさずに倒せる可能性もあるだろうに。
だがそれをするなと、ガイカクははっきり言っていた。
「貴方の兵は、逃げずに戦いを続行しています。その状況で私の部下が援軍に向かえば……敵は逃げるでしょうが、被害なく逃げられるわけがない。追撃戦がこまめに起きているようなものです、敵の被害もバカになりませんよ」
奇術騎士団はバカみたいに戦場を走り回っているが、敵は敵でバカみたいに戦場を走り回る羽目になっている。
戦術がかみ合った結果、双方の戦力の損耗はある程度に抑えられていた。
「……勝てますか?」
「さあ?」
ガイカクは、心底から楽しそうに笑っていた。
「このままだと勝てないかもしれませんねえ……」
それは、客観的な意見であり、本音だった。
「あと一押しがあれば話は別ですが……」
「それが、貴方の部下のエルフ……その特別任務ですか?」
「さあ?」
メラスから智将と評された男、ガイカク。
彼の顔は、実に楽しそうだった。
「ご想像に、お任せします」