勝利の定義、その条件
発売まで、あと三日!
箱の中から現れたのは、正騎士、騎士団長たち。
あまりにも豪華極まる登場に、マルセロの本陣は混乱の極みにあった。
何がどうなってこうなったのか、誰にも分らなかった。
一方でマルセロは、意味のない思考に没頭してしまっていた。
なぜこれだけのメンバーが、ここにいるのか。
彼らを本陣に投入できるだけの手段があるとして、実際に投入するだろうか。
国家の権威の象徴、民衆からの人気者、替えの効かない最強兵力の全突っ込み。
できるかできないかではない、やるだろうか?
(……ある!)
マルセロの明晰な頭脳は、この状況に合理性を見出していた。
(ライナガンマを救えるのなら、騎士団が全滅しても構わないだろう……名誉から見ても、実情から見ても!)
ライナガンマは、絶対に陥落する。
そういう状況を、マルセロは作り出していた。
だからこそ全突っ込みが即断されたのだ。
陥落しないかもしれない、友軍が間に合うかもしれない。
そんな状況だったなら、軍部もこの無茶を許可しなかっただろう。
(まずい……まずい、まずい!)
ここでマルセロは、敗北……正しく言えば、失敗の可能性にたどり着いた。
自分が死ぬとか死なないとか、そういう小さな問題ではない。
このライナガンマ攻略戦が、失敗に終わりかねないのだ。
「……マルセロ、何をしている! さっさと逃げろ!」
マルセロが失敗を意識した瞬間、グリフッドは彼なりの結論に達していた。
非常にいまさらだが、敵が司令部に乗り込んできたら、司令官は逃げるべきだった。
相手が一人で、しかも貧弱だったから、その判断が遅れてしまっていた。
「とにかく逃げろ! 幕僚も連れて、全員で下がれ! サヒア、お前はその 殿 だ!」
「はい! マルセロ様、お逃げください! どの方向にも味方がいるのです、お下がりくだされば問題ありません!」
サヒアはサヒアで、戦術的に正しい結論に達していた。
敵がいきなり本陣に現れたことには驚くが、逆に言えば周辺の味方はまったく損害を受けていないのだ。
どの方向に進んでも、十万からなる味方がいる。
そして騎士団は、完全に孤立無援。
周辺の戦力が集まってくるだけで、彼らは全滅するだろう。
「……そうですね、退かせていただきます!」
マルセロは、視点を下げた。
先ほども言っていたが、敵の狙いが自分たちにあることは明らか。
ならばその可能性を、極力下げる必要があった。
彼は自分の仕事を補佐する、幕僚たちを連れて逃走を開始した。
その後方を守る形で、サヒアとその手勢が続く。
そして踏みとどまるのは、巨漢のオーガ、グリフッドであった。
「者ども、であえであえ! 曲者が現れたぞ! この声を聞く者は、本陣に参じよ!」
彼とて武将、愚かではない。
命を投げ捨てたとしても、騎士一人を道連れにできるかどうか。
全員を足止めするなど、できるわけがないとわかっている。
だが一秒時間を稼げば、何十もの友軍が救援に来る。十秒稼げば、何百と殺到してくるだろう。
その友軍さえいれば、数分稼げる。それだけあれば、マルセロを救うことはできる。
そうなれば敵の思惑は破綻し、騎士団は無為に壊滅するだけだ。
それには膨大な犠牲が伴うだろうが、それでもやはりライナガンマの攻略に支障が出るわけではない。
彼は、そう判断した。
グリフッドは、最善の判断をしていた。
「各騎士に伝えます、戦闘を開始しましょう」
そして目の前には、トップエリートを統べる、騎士の頂点がいる。
まったく感情を感じさせない、張り付いたような笑顔の女性。
麗しき美貌の持ち主は、宝剣を構えつつ、魔法陣の構築を始めた。
「ぬおおおおお!」
グリフッドは、その女傑に挑みかかった。
手にしていた巨大な金棒で、敵を粉砕せんと突っ込む。
(できるのならば、この指揮官を……!)
グリフッドの間合いに入るより先に、ティストリアの魔術が完成した。
強力な魔力弾が生成され、高速で発射される。
しかしそれを見ても、彼はまったくひるまない。
(侮ったな! この大きさの魔力弾など、人間相手ならともかく、オーガのエリートである俺には通じぬ!)
むしろ食らいながら突っ込む意気込みで、彼は進んだ。
だがしかし、その魔力弾は彼の手前でホップ、急上昇した。
彼の頭上を飛び越える形で、魔力弾はその後方に飛んでいく。
グリフッドは一切ダメージを負わなかったが、それでもその弾丸を眼で追ってしまった。
「しま……!!」
グリフッドの直感は正しかった。
ティストリアの放った魔力攻撃は、弧を描いて前進。
そしてその着弾地点には、全力疾走しているマルセロの姿があった。
「な?!」
マルセロの後方にいたサヒアは、それに反応できなかった。
グリフッドを無視して飛んできたそれに、何の対応もできなかった。
「……!?」
狙いをたがえることなく、マルセロに魔力攻撃は着弾した。
幸か不幸か、マルセロは死んだことにも気づかず即死していた。
グリフッドの覚悟も、サヒアの殿も、一切素通りして、ティストリアは討ち取っていた。
「きさ……貴様あああ!」
グリフッドは、マルセロの死の瞬間を見てしまった。
激憤した彼は、再びティストリアの方を向く。
彼女が立っていた場所には、誰もいなかった。
ティストリアはすでに跳躍し、宝剣を振りぬくモーションに入っていた。
グリフッドの太い首に、彼女の刃が触れる。
そしてそのまま、彼女は振りぬいていた。
猛将グリフッドは、何も成せぬまま死んでいた。
「マルセロ様、マルセロ様~~!」
マルセロが死んで、一瞬ほども経過していなかった。
サヒアは余りのことに混乱し、彼の元へ向かおうと走る。
その背中に、ティストリアの宝剣が刺さった。
グリフッドを斬った彼女は、そのままの流れでサヒアを討ち取ったのだ。
「第一目標、マルセロ。第二目標、グリフッド。第三目標、サヒア。討ち取ることに成功しました」
彼女の顔は、やはりまったく変わらない。
飲食店の店員が注文を復唱するかのように、業務的な声を出すばかりであった。
「総員、続いてください」
あまりにも鮮やかな手並みに、敵の方が感嘆していた。
騎士の頂点たる彼女は、こともなさげに目標を達していた。決死の覚悟や最善の行動など、彼女の前には無為に等しかったのだ。
「おいおい、ティストリア様よ……自分一人で大手柄を独占しておいて、それはねえんじゃねえか?」
「まあいいでしょ、ヘーラ。アレができなかったらできなかったで、ヘーラは怒るくせに」
「その通りだ……我らの頂点たるお方には、あれぐらいしてもらわなければ困る」
そして、それでこそ総騎士団長。
他の騎士団長たちは驚くことさえなく、ただ周囲をじろりとにらむ。
「本陣に敵?! さっきの箱か!」
「騎士団の旗を確認したぞ……なんとしても討ち取れ!」
「マルセロ様を守るのだ!」
司令官の死に気付かぬ、膨大な敵兵たち。
マルセロこそが真っ先に死んだことなど想像もせず、騎士団の旗へ向かってくる。
「豪傑騎士団……出るぞぉ!」
騎士団長たるヘーラを含めて、オーガ三人、オーク二人、リザードマン二人からなる一団。
軍人から騎士となった、たたき上げの実力者たち。
とりあえず接近戦が強い、という種族を片っ端から集めた編成で、そのまま敵の歩兵隊と衝突する。
「おおおおぉぉ!」
そして、一方的に粉砕していく。
マルセロ軍はマルセロが死んでいることに、まだ気づいていない。だからこそ救助、保護する目的で動く。そのためどうしても豪傑騎士団を足止め、ないし突破しなければならない。
この状況になった時点で、彼女らに敗北はない。
重歩兵だろうが軽歩兵だろうが、人間のエリートだろうがそうでなかろうが、接近戦で彼女らに勝てる者は同じ種族の者だけだ。
一秒おくごとに殺到してくる兵たちが、それよりも早く殺されて倒れていく。
一人一人が、一撃で十人近く殺していく。
こんな相手に、人間が何をできるというのか。
「どけどけぇ! あいつらの相手は、俺達がする!」
「噂に聞く豪傑騎士団、相手にとって不足はないぜ!」
だが当然ながら、マルセロ軍にも精強なるフィジカルエリートは存在する。
本陣の防衛、外周にいた彼らは、他の兵を押しのけながら突っ込んでいく。
質こそ豪傑騎士団に劣るだろうが、その数は数十人規模。
如何に豪傑騎士団が精強でも、苦戦は免れない。
「さあ、俺達の手柄に……?!」
その彼らが、豪傑騎士団の元へあと少しでたどり着く、という時である。
マルセロ側のオーガたちは、言葉を失った。
これは文字通り、のどを切り裂かれたのである。
「本隊が派手で仕事は楽だが……脅威だと思われていないのは、不満だな」
「そうですね、ええ。正直、私の姿だってティストリア様に負けていないと思うのですが」
三ツ星騎士団団長、オリオン。水晶騎士団正騎士、セレネ。
獣人のトップエリートが二人、速攻での奇襲を仕掛けていたのだ。
この二人は何十人ものオーガを下していたが、まるで疲れていない。
百メートル以上も走って切り裂いたのではなく、向かってくるまで待ち構えていたのだから当然だ。
「じゅ、獣人のエリートもいるぞ!?」
「当たり前だろ! 敵は騎士団だぞ!?」
「じゃあこっちはどうするんだよ!?」
頼もしい仲間たちはのどからの出血によって呼吸困難に陥り、もだえ苦しんだのちに倒れた。
これによって、マルセロ軍の士気は大いに落ちていく。
だがそれは、冷静になるということでもある。
勢いで突っ込むのではなく、別の策を講じるという発想にいたっていた。
「接近戦じゃ勝ち目がない、弓矢が通じるわけもない。それなら魔術攻撃だ!」
「魔術攻撃陣形を作れ! 奴らを吹っ飛ばすんだ!」
魔術攻撃陣形。
それは前面並べた兵を盾として、後側の兵で魔術攻撃の詠唱を行うというシンプルなもの。
本陣周辺の兵である彼らは、それこそ従騎士並には魔術を習得している。
遠くで進撃する豪傑騎士団にも、強力な魔術攻撃をさく裂させることか可能であろう。
「陣形、よし!」
「後方の部隊、一斉攻撃の準備に入れ!」
「守りは任せろ、安心して唱えろ!」
豪傑騎士団の進路外で作られた陣形。
それでもしっかりと保護する形をとり、発射が邪魔されないようにしていた。
敵がこちらに気付いても、豪傑騎士団への有効射撃は防ぎえない。
「ん~~~……よいしょお!」
そう思っていたところに、またオーガが現れた。
陣形を作り始めたところからこちらに狙いを定めていたようで、魔術の詠唱が始まった瞬間には目の前に現れていた。
彼女は、その金棒を振り回した。
ただそれだけで、護衛に当たっていた兵たちは全員死ぬ。
「こ、コイツもトップエリートだ!」
「水晶騎士団正騎士、ポイペーだよ! 覚えておきな!」
オーガの中でも気性が比較的穏やかな彼女ではあるが、それでも戦場においては騎士である。
味方を守るためなら、戦うことはいとわない。
構築された魔術攻撃陣形は、ポイペー一人に粉砕されていた。
そうして、戦場はどんどん苛烈となって行く。
一切消耗なく投入された騎士団は、周囲の敵を鎧袖一触の勢いで蹴散らしていく。
だがそれは、状況が混乱していくことを意味していた。
当然だが、マルセロ側にも獣人はいる。
彼らは味方の兵に紛れながら、『その時』を待っていた。
(なんのことはない……我らも強襲を仕掛ければいいだけの話)
(全滅させることはできずとも、一人でも倒せば戦況は傾く……)
(奴らがあと少し前進すれば、こちらも叩く……!)
オリオンとセレネがやったように、待ち伏せの強襲を仕掛けようとしていた。
もちろんこれも定石ではある。だが大勢の兵に紛れた獣人を発見することは、容易ではない。
「そろそろかな……いくよ!」
その時である。
水晶騎士団の団長は、魔術の詠唱を始めた。
彼女の体に見合わない、巨大な魔法陣が構築されていく。
それは魔術の威力うんぬんではなく、複雑な軌道を描くことを意味している。
「何をするつもりだ!? やらせるか!!」
どう考えても、ろくなことにならない。
マルセロ側の兵は、それを防ぐために突撃を仕掛けようとする。
しかしそれを、ほかならぬ水晶騎士団が許さない。
「ルナ、安心してちょうだい! 貴方は魔術に集中して!」
エリートダークエルフのアルテミス。
彼女はその優れた目でルナを狙う者達を見極め、精妙に射貫いていく。
相手を肉塊に変えるほどの、無駄な力は必要ない。
防具で隠せない場所を射抜けば、十分無力化ができるのだ。
「いっけえええ!」
そして、呪文の詠唱が完了した。
ルナの魔術は空中に向かって放たれ、豪傑騎士団の進行方向の前方、敵の大勢いる地帯でさく裂した。
それは細かい弾丸となって、広範囲に降り注ぐ。
「ぐ、ぐああああ?! いだだだだだ!」
「ひ、ひるむな! この程度、大したことではない!」
(く! 広範囲にばらまいてきたか!)
(傷は浅いが、突撃をし損ねた!)
ルナの魔術は、あくまでも支援であった。
この魔術では、雑兵一人倒せない。
だが雑兵に紛れた獣人たちを妨害するには、十分であった。
「おおおお!」
(く……まにあわな……)
十分引き付けてから、仕掛けようとした獣人たち。
彼らはその存在を豪傑騎士団に気付かれないまま、雑兵と一緒に吹き飛ばされていった。
「たまにはこういうパワープレイも悪くないな」
その活躍ぶりを、ガイカクは眺めていた。
トップエリートをまとめて敵のど真ん中に放り込むことができれば、こうなるのは当然だろう。
なだれ込んでくるマルセロ軍の精鋭たちは、瞬く間に壊滅していた。
その数は、数百にも達するだろう。
味方の倒れた姿に、生きている者達は恐れおののいていた。
「これが、騎士団……正騎士、騎士団長か……」
「バラバラになって突っ込んでいたら勝てない! 千人単位で突撃を仕掛けるぞ、急げ!」
だがそれでも、戦うことを諦めたわけではない。
味方の犠牲は痛々しいが、敵も確実に疲れている。
ここで倒せば、犠牲も無駄にはならない。
「さて、この場での戦いは、もう無理ですね」
一方で、常人をはるかに超えるスタミナの持ち主、ティストリア。
彼女はまったく息切れすることなく、戦術の判断を下していた。
「ではこれより我々は、ライナガンマ側へ突破攻撃を仕掛けます。私と直属の騎士が先頭を務めますので、豪傑騎士団は 殿 をお願いします」
「お、おう……ぜぇ……行けるぜ」
さすがの豪傑騎士団も、体力の消耗が激しかった。
だが常人を越えるスタミナを誇るオーク二人は、まだまだ元気が溢れている。
殿を務めるには、十分であろう。
「現在、ライナガンマへの包囲には余裕があります。我らの突撃に呼応して、飛び出してくれることでしょう」
さて……生前のマルセロも言っていたが、結局のところ『ライナガンマの攻略を防げるかどうか』で勝敗が分かれる。
かりに騎士団がこの死地から脱することができたとしても、ライナガンマが陥落すれば、騎士団の奮戦も無意味になってしまう。マルセロが言っていたように、彼の勝利でもあるだろう。
しかし……そもそも軍部は、そして死ぬ寸前のマルセロは、これだけの騎士がいればこの戦況を変え得ると判断したのだ。
具体的に、どうすればいいのか。
「ライナガンマの軍と合流しだい、敵攻城兵器を可能な限り破壊します。敵が撤退するまで、我らは退くことが許されません。その覚悟で臨みましょう」
マルセロ軍が持ち込んだ、大量の攻城兵器。
大砲、攻城塔、破城槌。
ガイカクはそれらのうち、攻城塔を四つ破壊しただけだった。
だがもしも、その多くを破壊することができたのなら。
マルセロ軍のライナガンマ攻略には、大きな遅延が発生する。
それこそ一日二日ではない、一か月や二か月の遅延である。
そこまで遅延するのなら、援軍が間に合ってしまう。
それこそ騎士団のような、少数精鋭の先行部隊ではない。
ライナガンマを囲む軍を撃退できる、同等の援軍が到着しうる。
つまり……今この時に、大量の攻城兵器を破壊できるかどうかで、この戦いの趨勢は決してしまうのだった。
イラストレーターの氷室様も告知をされておりますので、そちらもご確認願います。