想定外の敵
感謝!
ブックマーク1000人!
ティストリアの肝入り、奇術騎士団。
なんかよくわからん出自である上に、依頼した者たちも本人たちもティストリアも『深い詮索をしないでね』と言ってくる者たち。
そんなのと轡を並べて戦えというのか、と兵も将も思っている。
ただでさえ命がけの戦場なのに、よくわからない奴らと一緒に戦えるわけがない。
だがそれはそれとして、騎士団が一つ増えた、というのはありがたい。
信頼できるのなら、ぜひ一緒に戦いたい。
そしてティストリアの言うように、小さい戦場で戦力を確かめていく、というのは賛成だった。
かくて、軍部では会議が行われることになったのである。
当たり前だが、そこに出席しているのは一般的な軍人ばかりであり、全員が人間である。
「それでは軍議を開始する……主な内容は、ガイカク・ヒクメ率いる奇術騎士団についてだ」
騎士団総本部から、物理的には近くて、政治的には遠い所にある、国軍総本部。
その会議室で議長を務めるのは、将軍の中ではもっとも年長者であり、事実上の最高責任者アルゴルであった。
すでに老齢の男性であるが、軍の将軍であると考えれば、むしろ普通であろう。
多くの戦場で武勲を上げ、既に最前線を退いている彼は、だからこそ議長を務めている。
「ティストリア嬢の……失礼、総騎士団長ティストリアが推薦する形で成立した騎士団であり……すでに多くの案件を片付けている。特に目覚ましいのはディケス殿の治める森で起こった人質救出任務だが、軍事作戦らしい軍事作戦と言えば、先日の『砦攻略任務』だけだ。まだ判断できる段階にない」
そう言って彼は、一枚の報告書を手にする。
「ケンタウロスで構成された盗賊団の捕縛については、現地のルクバト子爵の兵と共同戦線を張っているが、実際に戦う前に騎士団単独で終わらせたので参考にならない」
「そうはおっしゃいますが、まず防衛線を敷いた、というだけでも安心できるのでは?」
「違いない、本当に制御できない者たちなら、まずその手間を惜しみますからな」
「備蓄されていたクロスボウと長槍の貸し出しについても、速やかに事務処理が行われています」
「少なくとも……全部自分がやるから任せろ、というタイプではないようですね」
若きケンタウロスたちの盗賊団討伐。
その際に『本隊』がなにをしたのかは把握されていないが、防衛部隊がどうやって編成されたのかは把握している。
というか、クロスボウと長槍を貸したのは軍部である。
「血気盛んな若造は、こういう基本的な手間や貸し借りを惜しみますからなあ……」
「本当になあ……」
若いころの自分や、あるいは現在下についている者たちへ、思いを馳せる将軍たち。
その表情は、実に苦々しいものであった。
「まあしかし、それだけで判断がつかないことは事実だろう。実際に戦わせていいと言っているのだから、どこか小規模な戦場にでも……」
「そうはおっしゃいますが、騎士団ですよ? 少なくとも騎士団相応の戦力は抱えているのですから、小さな規模の戦場なら一撃で吹き飛びますよ?」
「小さい規模の戦場は、本当に小さいですからね。なんなら騎士一人が旗を掲げて近づくだけで降参しかねない」
「かといって、重要度の高い戦場へ投入するのは……」
「中ごろの戦場、というのは難しいですな」
大規模な戦場というのは、突出した戦力一つで解決するものではない。
囲碁や将棋と一緒で、全体的に押し込むことが大事である。
下手に騎士団が突っ込んで、全体に被害が出る……なんてこともありかねない。
騎士団が活躍しすぎて兵が興奮して、全体の指揮が乱れる、ということもあり得る。
実際のところそういう事例は多い。
騎士団が敵をばったんばったんなぎ倒していって、それを見た若い味方が『なんだ、敵は雑魚じゃん』と調子に乗って、無策に突っ込んで痛い目を見るのだ(死傷者多数)。
味方が強いのと敵が弱いのでは、まったく違う話である。
騎士が鎧袖一触で倒していく相手は、自分よりずっと強いと知っておかねばならないのだ。
戦場に自分より弱い奴がいると思ってはいけない、そういう奴がまず死ぬ。
「もうここはいっそ、救援を要請している戦線へ送るべきでは?」
「まあ、妥当ですな」
「いくつかありますが……規模が一番小さいのはここ……メドゥーサ神殿付近の戦線ですな」
「最近は何やら、敵の士気が高くなり押され気味だとか……」
「士気が高くなっただけで押される……酷い話だな」
「千人規模の軍がぶつかる戦場……ここにおよそ二百人を投入すれば、勝ちは確定かと」
「問題はどう勝つか、だな……」
軍の重鎮たちは、どこに派遣するのかを決定していた。
奇術騎士団の実力、戦法がいかなるものか。
現場へどんな監視役を派遣するのかを考えていたわけであるが……。
彼らは、不測の事態が起きるのでは、とは思っていなかった。
※
さて……今までのガイカクは、不測の事態に備えをすることはあっても、実際に遭遇することはほとんどなかった。
事前の情報通りの敵とだけ戦い、事前の想定通りの作戦で勝ってきた。想定外の強敵に遭遇し、痛手を被る、ということはなかった。
それは、運が良かっただけである。
ガイカクが下調べを入念に行なっていたわけではなく、ティストリアからもたらされた情報が正しかっただけである。
であれば、運が悪いケースに巡り合うこともあった。
※
メドゥーサ神殿。
神殿と呼ばれているが、実際には神殿の遺跡であり、現役の神官や信者がいるわけではない。
一説によると大昔の現地人が『ラミアって神様じゃね?』と神聖視をしたことがきっかけで起こった新興宗教が、『いや普通の生き物です』と発覚して幻滅し、そのまま解散したのではないか……という話もある。
古い遺跡ではあるが、一時期しか使われなかったのではないか、というのが最近の検証結果であった。
まあつまり、メドゥーサ神殿はどうでもよかった。
その近辺に戦場があるというだけで、メドゥーサ神殿は気にしなくていい。
付近が荒れ地であり、戦うに都合がよい地帯なのだが、現在自国と敵国で衝突が起きていた。
千対千の、同規模の野戦。上には意向があるのだろうが、現場からすればよくわからない理由での戦い。双方ともに、やる気があったわけではない。
だが敵国側だけ、いきなり士気が上がった。
自分たちが傷を負うこともいとわず、どんどん押してくるようになった。
人質を取るのではなく、一人でも多く殺すため。
そんな苛烈な策によって、自国側の士気はどんどん落ちていく。
双方ともに傷を負っていく、この状況の原因は……。
「なあ、お前ら。俺が憎いか?」
敵国側の、野営地。
その天幕の中で、将校たちは跪いていた。
彼らが畏怖と共に敬意を表している相手は、最近ここに来たばかりの指揮官……。
ただ『殺して帰ってこい』とだけ命じる、暴君のごとき男。
「憎いよなあ、どうでもいい戦場で、命をかけさせるんだから。おまけに人質もとらないから、金にもならねえ」
エリート獣人、アルテルフ。
彼は野営地用の椅子が、玉座に見えるかのように横柄な座り方をしていた。
その彼の周囲には、四人ほどの若い獣人がおり、やはり将校たちを見下している。
「でも逆らえねえよなあ、俺の方が偉いし、もっと偉いヒトから俺に従えって言われてるから」
アルテルフは、分かりきっていることを並べるだけだ。
だからこそ、誰も訂正できない。
「言ってやるよ、この作戦はただ『俺が暇だから』ってだけだ。だらだら戦うところを見ていたら、つまらねえからな」
エリート獣人、アルテルフ。
今でこそこんな末端の戦場にいる彼は、ほんの数か月前まで敵国の騎士相当の地位にいた。
なぜここにいるのかと言えば……。
「上の連中は俺を持て余しているが、だが捨てるのももったいない。だから暇な戦場に押し付けて、用事ができるまでは待機させる。そんな不幸な戦場がここってわけだ」
彼自身が言っている通りである。
「とはいえ、こんな戦場に出てくる雑魚相手に、俺も部下も何もしねえよ。面倒くせえ。どうせここで勝っても、似たような戦地に送り込まれるだけだしな」
権力をもった強者にして、傲慢なる暴君。
彼は彼なりに、この状況を前向きにとらえていた。
その前向きさの犠牲になっている者たちには申し訳ないが、これは予定通りなので仕方ない。
そう、この状況は完全に予定通り。
彼をここに派遣したものたちは、こうなるとわかって押し付けてきた。
「まあお前らが全滅しても同じだから、勝敗は気にしなくていいぜ。俺も気にしねえ。今更一個ぐらい、経歴に傷が増えても困らねえよ」
思わず、将校たちは拳を握る。
かろうじて合法に収まっている、この暴挙に耐えかねている。
なんとも皮肉なことだが、自分たちが生き残るには敵に勝つしかないのだ。
「ああ……でも一つだけいいことがあるぜ。お前たちが奮戦して、援軍が来て……それが騎士団だった時は……!!」
なにせこのアルテルフ、エリート獣人であり、二つ名の持ち主。
「俺たちが、殺してやるよ」
ジャイアントキリングのアルテルフ、オーガキラーのアルテルフ、雑魚食わずのアルテルフ。
数多の戦場でオーガのようなフィジカルエリートだけを選り好みして狩り続け、その結果大出世した怖いもの知らず。
彼がいる戦場では、エリートだからこそ安心できない。
最短最速で大物を刈り取る、敵にとって最悪の権化である。
いると知っていても恐ろしいこの男だが、もしもいると知らぬまま戦場に立てば……。
その時は、確実な死が待っているだろう。