二番目の子供はミステリー
エルフの森で暮らす若者、トゥレイス。
彼は決して裕福とは言えない家に生まれたが、幸いにも魔力に恵まれていた。
両親は彼へ期待をかけており、できる限りの愛情と、可能な限りの教育を施していた。
その結果彼は良い就職先に恵まれ、生まれからすれば破格の給料をもらうに至った。
彼はそれが両親のおかげだと思っており、得た給料のほとんどを家に入れていた。
だがそれでも、彼の弟や妹への進学費用には足りなかった。
彼らもまたトゥレイスと同じぐらい才能が有り、応援してやりたいと思うほどのやる気もあった。
何かないかと思っていた時、リザードマンが襲来した。
そしてそれを、ガイカク・ヒクメ率いる奇術騎士団が成敗した。
それだけなら、大して何も思わないだろう。
だが彼の下には、エルフが大勢いた。
それは普通のエルフからすれば、とんでもない好機だった。
人間ならばエリートでなくとも、従騎士になれるチャンスがある。
しかし他の種族の場合、正騎士以外に窓口はなく、エリートでなければ望めない。
だが奇術騎士団には、エリート以外のエルフが在籍しているのだ。
これならば自分たちにもチャンスがある、と思っても不思議ではない。
トゥレイスもそう思った一人であり、ガイカクへ思い切ったアプローチもした。
そしてそれを、家族にも報告していた。
「ガイカク・ヒクメ卿に、名前を覚えてもらった! これならば欠員が出た時に、声をかけてもらえるかもしれない!」
「そうかそうか……お前は優秀だからな、騎士団に入ればきっと活躍できるだろう」
「そうね、噂だと奇術騎士団に入れば、団長から指導をいただけるとか……エルフへの外科医療を授けてもらえれば、それだけでも大成できるわね」
両親は大いに喜んでいた。
優秀な長男が、さらに躍進することを期待しているのだろう。
「流石兄さんだ! 俺も兄さんに負けないよう頑張るよ!」
「ええ、私も一生懸命勉強するわ! そしてお母さんやお父さんに、いっぱい恩返しをするの!」
彼の弟妹もまた、そんな兄を尊敬していた。
彼に続こうと、大いに奮起している。
「母さん……ウチの子たちは本当に優秀だなぁ……私たちにはもったいないほどだ」
「ええ、本当に。ウチの子供たちは、みんな優秀だわ……!」
一番目の子供トゥレイスは言うに及ばず、三番目の次男も、四番目の次女も優れた才能を持っていた。
並の力しか持たない両親から、これだけできた子供が生まれるなんて奇跡のようである。
ああ、こんな夢いっぱいの日々が、今後も続きますように。
※
一方そのころ、森長の館では……。
面会時間を越えてしまったため、病院から帰ってきたアスピ。
彼女はとても嬉しそうに自宅に戻ったのだが、その中の空気は最悪だった。
祝いの席の準備がされていたのに、それの片づけまで始まっている。
彼女はあわてて、父の下へ向かった。
「お父様、一体何があったのですか?」
「アスピ……お前はガイカク卿から、何も聞いていないのか?」
「え、ええ……ガイカク卿が何か?」
何も知らずに戸惑う様子のアスピ。
その様子をみて、ディケスは安堵した。
(そうか、あの方は娘たちには何も言わずに済ませてくれたのだな……)
やはり任務やそれに関することへは、最善を尽くしたらしい。
娘が傷ついていなくてよかったと、彼はささやかに感謝する。
「イータカリーナが意識を取り戻したと聞いてな、ガイカク卿へささやかながらも感謝のパーティーを催そうかと思ったのだ。だがガイカク卿は、総本部を長く空けすぎたとおっしゃって、お戻りになられた」
「ええ?! そんな……」
「元々、騎士団全体が忙しかったのだ。むしろ今までよく滞在してくださった、と感謝するべきだろう」
実際のところ、イータカリーナを見捨てても、そこまで問題にはならなかった。
侍女が身を挺して主の娘を守ったのだから、ガイカクたちに責任が及ぶことはない。
それでも残って治してくれたのだから、相当に慈悲深いだろう。
「もちろんイータカリーナの再手術については、本人の希望次第で引き受けてくださるそうだ」
「そうですか……お礼を申し上げたかったのに……」
「そうだな、後でお手紙でも送るとしよう」
なんとか優しい世界を維持しようとするが、それでもディケスの内心は煮えたぎっていた。
(まったく、なんということだ……!)
ガイカクも言っていたが、奴隷売買は合法であるため、記録として残っていた。
およそ十年ほど前に数人の娘が売られており、その名前も、家族の許可も残っている。
つまり誤解でも何でもなく、彼女たちは家族に売られたのだ。
これでどう、彼女たちへ感謝を伝えろというのだ。
(彼らに罰を与えれば、それで彼女たちの気も晴れるだろうが……違法行為をしたわけでもないのに、罰を下すなどできない。まして彼女たちが騎士団に入っていた、と知った後での罰など白々しいにもほどがある……!)
合法であるがゆえに罰を下せない。
それゆえに彼は、鬱屈した思いを抱かずにいられなかった。
(再発防止を願うとおっしゃっていたが、アレはつまりもう二度と俺たちに話しかけるな、という意味だ……これでは、我が森はただの恩知らずに……!)
奴隷売買を認可している時点で道徳もなにもない、というのはあるかもしれない。
だがそれでも、だからこそ、奇麗に通したい部分があった。
(私にできることは、一つしかないな……)
合法的に罰を下せないのなら、非合法にならない範囲で私刑を下すしかない。
この森における最高権力者である彼は、陰湿な私刑を課すと決めてしまった。
トゥレイスの家族を含めた、砲兵隊を売った者たち。
彼ら彼女らはこれから、真綿で首を絞められるように、社会的な制裁を受けていくのだろう。
彼らは些細な理由で仕事を失い、どうでもいい失敗で訴訟を起こされ、難癖によって店から取引を断られるのだ。
合法的に娘を捨てた者たちが、合法的に社会から排除されるのである。
それを助ける者は、この世界に一人もいない。
※
さて……正午ごろにディケスの森を出た一行である。
彼らはほどなくして野営の準備をはじめ、夜になったときにはもう火を囲んでいた。
ぶっちゃけほとんど離れておらず、夜でも遠目にはディケスの森が見えるほどであった。
「あははははは!! ははは!! はははは!!!」
二十人の砲兵隊は、腹を抱えて笑っていた。
それはもう、見ている面々がドン引きするほどである。
「い、いひひひひ、ははははは! ぎゃあああああははははは!」
全員が腹筋を引きつらせるほど、大いに大笑いをしていた。
「ざまあ……ざまああああああああ!」
「リザードマンに殺された方がマシ、レベルの人生おめでとう!」
「詰んだ! やつら人生が終わった!」
「生きててよかった~~ぁああああああああ!!!!!」
身内とはいえ、下品、下劣の極みだった。
エルフのパブリックイメージを著しく損なう、他人の不幸を心底から喜ぶ、素直な笑顔。
人が堕ちていく様を見て笑う姿は、なんて醜いんだろう。
そう思わずにいられない、最低最悪な、最高の笑顔だった。
「先生!! 私たち、先生についてきてよかったです!!」
「いやあ本当……スカッ………としました!」
「たまに休暇がもらいたいです! どんな惨めな生活をしているのか、見てみたい!」
「今度私の故郷に行ったときも、同じ感じでやりましょうよ!!」
「私も私も!」
「泥をすすらせて、反吐だらけの道を歩かせて、最後には死を選ぶんだ……!!」
「私たちと同じようにひどい目にあうんだ……でも誰も助けてくれないんだ! 奴隷として、買われもしないんだ……!!」
明るく楽しい時間なのに、闇しかない。
彼女たちの人生が、まさに闇だらけだったことの証明である。
「まあ、そんなことにはならねえだろう」
一方でガイカクは、それなりに冷静だった。
「あのディケスって人は、それなりに優秀そうだ。おそらく他の森へも、確認をするように連絡をしているだろう。今回みたいなサプライズはないな」
「そうですかあ……まあでもそれはそれで、私たちへ頭を下げに来るか、媚びを売りに来るかぐらいは……あるっ!!」
もだえるエルフたち。
騎士団に属するとは、かくも快感なのか。
なるほど、あのデブがなりたがるわけである。
「ところで、あの……先生。今回私は、その、怪我しそうになりましたけど、その時は治療してくれましたか?」
アスピに変装したエルフが、恥じらいつつ訊ねる。
「当たり前だ」
ガイカク・ヒクメは医者ではない。
助けるべきだと思わなければ、手も出さない。
「お前は俺の指示に従って、俺の想定通りに危険な目にあった。助けるのは、当たり前だ」
だからこそ、彼から必要とされている、それに応えられているとわかる。
それが家族からも愛されなかった、売られてしまった者たちからすれば嬉しくてしかたない。
「先生~~! 今回は本当にうれしかったですよ~~!」
「先生が望むなら、なんでもしちゃう気分です!!」
「全員同時でもいいですよ!! すごくイヤですけど!!」
「別に俺は、性欲が強いわけじゃないし、多人数同時対戦が好きなわけでもないんだが……」
ガイカクにしなだれかかるエルフたち。
それに対してガイカクは嫌そうである。
「そのやる気は、今回使った備蓄の再生産に注いでくれ」
なお、彼女たちに待つのは、地道な作業である模様。
仮にトゥレイスの夢がかなっても、同じような状況になっていたと思われる。
「……まあ、がんばります」
「うん……」
目に見えてやる気が下がるエルフたち。
なお、そんな状況を見るダークエルフたちは……。
「御殿様は、医者をやったほうがいいと思います……」
「私も……」
世界の需要的に、彼は医者をやった方がいいと思う、賢明な彼女たちであった。
実際、ディケスから事の次第を聞いて一番ショックを受けていたのは、医者と患者、その家族であった。
うまくすれば彼の技術を学べたし、そうでなくとも治療が困難な患者を救えたかもしれないのだ。
その期待を完全に叩き潰したトゥレイス達は、今後一切医療を受けられないと思われる。