責任の取り方
今回の作戦が成功するには、いくつもの前提が必要だった。
捕らわれたエルフたちが口枷をされているだけではなく、手や足も縛られていればそれだけで無理だっただろう。
相手を拘束するのだから、それぐらいしていても不思議ではない。そうなっていたら、服の交換などできるわけもない。
だがこれについては、していないだろう、と読んでいた。
手かせ足かせをしたままでは、相手の飲食や生理現象の世話をしなければならない。
一日だけならともかく、数日間、監禁している側とされている側が同数なら、そんな無駄な手間は惜しむだろう。
そして実際、その通りであった。
これはアスピたちが非力なエルフの娘だからであり、口枷さえしていれば大丈夫、という弱点が前向きに働いた結果でもある。
また、成功するために多少の伏線は張った。
ディケスが作戦を伝えるため、それをごまかすために『娘だけは助けてくれ』とも言っていた。
それを聞くことによって、彼らに『娘さえいれば大丈夫、他に価値はない』と思わせることもできていた。
だが結局は運任せ。
相手が冷静なら、あるいは何か失態があれば、成功せずに茶番で終わっていた。
こんな作戦しか思いつかなかった、という自虐は正しい。同時に、こんな作戦ぐらいしかない、というのも正しかった。
そして、結果として……。
イータカリーナという侍女が、致命傷を負っていた。
※
先ほどまで占拠されていた森長の館には、大勢のエルフたちがなだれ込んでいた。
侍女の家族や恋人たちが、家族の無事を祝った。
またディケスの部下たちは、アスピの安否を確認して喜んでいる。
「アスピ……!」
「お父様!」
森長とその娘の再会。
それは今回の悲劇において、救いとなる一瞬だった。
親子は非力ながらも全力で抱き合い、無事を喜び合う。
だがしかし、それだけでは終われなかった。
「お父様……イータカリーナが! あのリザードマンに……私の身代わりになって!」
「そうか、イータカリーナが……」
仕方がないとはいえ、残酷な結果だった。
既に待機していたエルフの医者がイータカリーナを診ているが、彼らは処置もできずに絶望的な顔をしている。
まだわずかに息があるが、もうすぐ死んでしまうだろう。
森長であるディケスにも、なにもできることはなく、ただ感謝をすることしかできなかった。
「イータカリーナ……すまない、君は最善を尽くしてくれた。君が苦悶の末に死んだことは、私の責任だ」
「あ、ああ! そ、そんな!」
「本当に、本当に……自分が情けない! 私がもっとしっかりしていれば、君がこんなことになるはずはなかった!」
彼は娘から離れると、イータカリーナの前で膝をつき、懺悔をした。
一体彼女に何の落ち度があって、こんなことになったのか。
いやさ、今回の『浅はかなバカ』のせいで、どれだけの住民が犠牲になったことか。
何もかも終わった後だからこそ、彼は自責の念にとらわれていた。
「失礼……遅くなりました」
森長の館、その中央部。
アスピたちが数日間監禁されていた部屋に、ガイカクが現れた。
走ってきたらしく、少々息を切らしている。
「ディケス様のご息女、アスピ様ですね? 私はガイカク・ヒクメ、奇術騎士団の団長です。今回は総騎士団長様からの命令によってこの地に派遣されてきました。今回の作戦の立案者であり……責任者の一人です」
「騎士団様?! お願いです、イータカリーナを、私の身代わりになった彼女を助けてください!」
侍女の服を着たままの彼女は、涙や鼻水を流しながら訴える。
だがその悲痛な叫びは、この場にいるエルフたちにもどうにもできなかった。
「お願いします!」
「承知しました、最善を尽くします」
だがだからこそ、彼の言葉が信じられなかった。
他でもないエルフたちが、エルフの医者が、もう無理だと諦めている。
にもかかわらず、騎士団長であるはずの彼が、どうして力強く言えるのか。
「僭越ながら……医療従事者としての順法精神と使命感に満ちた、正規のお医者さまでは手の打ちようがない様子。それは仕方ありませんが、このガイカク・ヒクメ……違法医療には精通しております。今すぐ処置を始めれば……外科手術を行えば、あるいは可能性も……」
「な?! まさか、臓器移植をするつもりですか?!」
ガイカクの説明を聞いて、エルフの医者が驚いていた。
「医学史においても、エルフへの外科手術は成功例が極めて少なく……それゆえに正式な医療として認可が下りなかったのですよ?!」
「その通りです。しかし、他に手はないかと」
ガイカクがフードを脱ぎ捨てて、臨戦態勢へと移行する。
それに遅れる形で、砲兵隊が列をなして部屋へ入ってくる。
「先生! エルフ用の培養臓器、お持ちしました!」
「万能血液も準備万端です!」
「保護魔法陣、消毒液、麻酔、お持ちしました!」
「各計器、手術工具も、手術着もお持ちしました!」
「……な、なぜエルフ用の培養臓器の準備があるのですか? 培養臓器の製造も違法のはず……」
「ごらんのとおり、エルフの部下がおりますので、備えとして用意しておきました。まさかこんな時に使うとは思いませんでしたが……」
驚いている正規の医者へ、ガイカクはあくまでも敬意をもって接していた。
「正規の従事者様にとって、歯がゆい状況でしょう。心中はお察ししますが、どうかここは私にお任せください」
「ですが……」
「今回の作戦を立案したのは、私です。責任者の一人でもあります」
ガイカクは自分の胸に手を当てていた。
「どうか、私に責任を取らせてください。私が危険にさらした彼女を、私に救わせてください」
「……お、お願いいたします!」
専門知識があるもの同士の会話に、誰も口を挟めない。
だがエルフの医者がガイカクに託したところで、ディケスは娘の肩に手を置いた。
彼女を部屋から連れ出そうとしつつ、ガイカクへ依頼していた。
「ガイカク卿……どうか、私の部下をお願いします!」
「イータカリーナを、どうか助けて!」
この森の住人たちはほとんどが下がり、残っているのは砲兵隊と、ガイカクだけだった。
「ふう……エルフの緊急手術なんて久しぶりだな……」
「先生……成功できるんですか?」
「エルフの生命力は弱くて、ちょっとした手術でも弱ってしまうと……」
「成功の保証はない、だがな……」
ガイカクは地面に倒れたままの、息も弱りつつある女性を見ていた。
「全力を尽くす! 手を貸せ、お前ら!」
「はい!」
※
森長の館から出たところで、アスピは気を失った。
ただでさえ連日気を張り詰めていたところで、気が抜けてしまったのだろう。
いきなり失神したことで、ディケスは慌てた。
「ど、どうした?!」
「どうやら気を失った様子ですな……とりあえず、病院へ連れて行きましょう」
「た、頼む……!」
エルフの医者から精密検査をするべきと言われて、ディケスは頼んだ。
外傷がなくとも、心因性の病気になっていても不思議ではない。
せっかく救えた娘に何かあっては、イータカリーナに申し訳が立たなかった。
「いえ……兵の方、お嬢様をお運びください」
医者はやや興奮した様子で、彼女をちゃんとした病院へ運ぶように指示をしていた。
兵士たちは数人がかりで彼女を保持すると、速足で病院へと連れ始めた。
もちろん医者本人も、ディケスも同行している。
だがディケスの心は、ガイカクとイータカリーナによっていた。
「……違法行為だと言ったな、どういうことだ」
「医療の世界は、倫理と密接にかかわっております。それゆえに、治せるとわかっていても、法で規制される行為もございます」
医者になるということは、医療の歴史を学ぶということでもある。
だからこそガイカクが何をしようとしているのか、知識として知っている。
「簡単に申し上げますと、体の中にある臓器……心臓や肝臓を、新しいものと交換する技術がございます。ガイカク卿は、それを成さるおつもりです」
「なんだと……? そんなことができるものなのか?」
「技術的には可能でした。ですが……オーガのような筋肉の分厚い種族は切開が難しく、我らエルフは虚弱ゆえに難しく……人間やゴブリンのための技術ということになっていました。ですが……やはり倫理的に問題が多く、結果として違法になりました」
駄目になった臓器を取り出して、新しいものと交換をする。
どの程度普及しているかにもよるが、嫌悪感を抱いてもそこまで不思議ではない。
「また……新しい臓器がなじまず、すぐに死んでしまう例も……」
「なるほど、違法になるわけだな」
「……まだあるのです」
医者は、沈んだ顔をしていた。
「エリートの臓器や手足を移植すれば、凡庸な者でも、その……」
「……わかった、もういい」
「そういう俗説が蔓延したこともあったのです……」
エリートの部位を抜いて、凡庸なものに移植する。
それがエリートの合意を得ないものであることは、ほぼ確実であろう。
「……では彼の部下が持ってきていたアレも、その、他人から抜いたものか?」
「いえ、培養臓器と言っておりましたので……おそらく無から作った臓器でしょう」
「そんな技術があるのか?!」
「ええ、これも倫理的に問題視されました。それに製造するのにコストが発生するため、その……貧乏人から抜いたものを『培養品』と言い張って売ることも多発し……結果培養技術そのものさえも禁止されました」
「……世の中には、闇があるのだな」
軽く話を聞いただけでも、なぜ違法となったのかわかるものだった。
森長であるディケスも、ヒトの悪意は知っている。
ある意味では今回のリザードマンたちよりも、さらに悪質な者たちの存在を知っているのだ。
「どうやらあの方は、その技術を身に着けておられる様子……」
「そうか、違法であることは承知した。だが、私は成否を問わず、咎める気はない。仮に娘が咎めても、その時は私が請け負うつもりだ」
すぐそばに、意識を失ったものの、傷を負っていない娘がいる。
これでこれ以上、何を望むというのか。
「ガイカク卿は気を使ってくださったが……結局のところ、何もかも私が悪いのだ!!」
※
救出されたアスピが目を覚ましたのは、事件が解決して二日後のことだった。
気を失うまでの記憶をしっかり持っていた彼女は、目を覚ますなりイータカリーナを案じた。
自分が助かったこと以上に、彼女が助かったかのほうが大事だったのだろう。
彼女は周囲になだめられるのも聞かず、イータカリーナの寝ているという部屋を目指した。
同じ病院ということもあって、すぐにそこへたどり着く。
ふらつく彼女は、それでも扉を開けて……。
「イータカリーナ……!」
魔法陣の描かれたシーツの上に寝る、体に管をつながれた彼女を見つけた。
まだ意識はないらしく、静かに目を閉じている。
しかし胸元を見ればわずかに上下しており、呼吸をしていることは明らかだった。
「ああ……」
「おや、アスピ様。お目覚めでしたか」
それを確かめて、腰を抜かすアスピ。
その彼女へ、同じ部屋にいたガイカクは声をかけた。
「そのご様子だと、お食事がまだですね。これは良くない、また倒れてしまいますよ」
「貴方は……たしか、奇術騎士団の……」
「ええ、ガイカク・ヒクメにございます。この度はこの勇気ある女性の、主治医を務めさせていただきました」
「貴方が……し、失礼をしました」
「ちょうどよかった、ご一緒に手術について説明をお聞きになりますか?」
ここでアスピは、部屋の中に自分の父と、この病院の主立った医者がそろっていることに気付いた。
自分が大勢の前で無様を晒したことに、改めて赤面する。
「ぜ、ぜひ……ご、ごほん! お願いしますわ、ガイカク・ヒクメ卿。このままでは、食事も喉を通りません」
「……娘も交えてくれ、私からも頼む」
「では……」
慌てて立ち上がり淑女としてふるまう娘を見て、涙交じりに苦笑しながら、ディケスは説明を促した。
「今回彼女は、リザードマンから腹部へ打撃を受けました。これによっていくつもの内臓を破損し、さらに骨格も粉砕……はっきり申し上げて、放置していれば死んでいました。越権を承知のうえで私が施術し、なんとか命をつないでおります。今は安定しておりますが、まだ容体が急変する可能性もあり……しばらくは私が診ようかと」
「そうですか……今は安定しているのですね? ヒクメ卿が診てくださるのですね? それなら安心できます……」
「ああ、本当に助かった。感謝する」
権力者二人が安心している一方で、医師たちはそわそわしていた。
具体的にどうやって治したのか、専門家としては気になるのだろう。
それを感じ取ったのか、ガイカクはそれについての説明を始める。
「まず、損傷した臓器につきましては摘出し、私が事前に用意していた培養臓器を移植しました。破損した骨格につきましては破片を取り除いたうえで切除、これも培養していた骨格と交換を」
「か、簡単におっしゃるが……拒絶反応はどうなったのですか? 免疫機能が働いているはず……それを抑える薬は効果が強く、エルフの体には毒になるはず!」
「せ、背骨も折れていたはずですが……? 一体どうやって、交換を?」
前のめりに聞いてくる彼らへ、ガイカクはできるだけ丁寧に説明を始めた。
「医療用魔法陣、というものをご存じでしょう。それを培養していた臓器や骨格へ施したうえで、移植しました」
「……な、なるほど! あらかじめ魔法陣を描いておいたなら、患者への負担も軽く済みますな!」
「臓器へ直接魔法陣を描くなど……培養臓器ならでは、ということですか!」
「それでも難しいはず……どのような手法で……」
専門家たちはわかっているようだが、専門用語が出てきたので親子にはさっぱりである。
ガイカクは二人にもわかるように話し始めた。
「医療用魔法陣とは、人体へ直接刻む魔法陣です。体へ魔法陣を刻む技術、と言っていいかもしれません。通常の魔法陣は幾何学的ですが、これは少々絵画的でして……彼女の寝ているシーツの上に刻まれているものと同じですね」
改めてイータカリーナの寝ているシーツを見れば、何かのシンボルマークのような『絵』が、魔法陣として描かれている。
イータカリーナ自身の魔力を吸って、穏やかに機能を発揮していると、エルフたちにはわかった。
「魔力を生体へ作用するようにできる、魔導の一種です」
「そのようなものがあるのですか? 聞いたことがありません……」
「当然でしょう、これも違法技術。いろいろな事情によって、封印されてしまったのです」
「い、違法ですか?!」
「ええ……悪用され過ぎたというのもあるのですが……正しく使ってなお、デメリットがあるのです」
魔術とは、詠唱によって魔法陣を描き、それによって発動するもの。
魔導とは、あらかじめ魔法陣を描いておいて、それに魔力を通して発動するもの。
つまり魔法陣とはプログラムのようなもの、電子回路のようなものである。
それを体に直接刻むということは、本人が意図しないままに、常に魔術を使用しているようなものだ。
「体に魔法陣を刻まれた状態で激しく運動をしたり、あるいは魔術を使用した場合、死にます」
「……」
「死にます」
ガイカクはものすごく端的に『死にます』と言った。
とても分かりやすいが、今までの説明が何だったのか、と思うほど雑だった。
「アスピ様……ガイカク卿のおっしゃる通りでございます。体に魔法陣を刻まれた状態で魔力を使おうとすると、その魔法陣にも過剰に魔力が回ってしまい……人体へ意図せぬ魔力が巡ってしまうのです」
「それがどれだけ致命的か、想像に難くないでしょう」
「とはいえ、それでも素晴らしい技術には違いありません。当初は有望視されていたのですが、その……説明を聞いた患者が、それを守らずに運動や魔術を使おうとして、死んでしまう例が多発して……」
「最終的に、封印されたのです」
すべての患者が、医者の言うことを聞くわけではない。
なんなら、大抵の患者は医者の言うことを聞かない。
またそもそも、一生魔術が使えない、というデメリットが強すぎたのかもしれない。
欠陥があるとして、封印されてしまったとしても不思議ではない。
「ガイカク卿……貴方であっても、その欠点は解決できませんでしたか」
「ええ、さすがにこればかりは」
医者たちはやや残念そうにしている。
いや、実際エルフにとっては大変だろう。
魔術が使えないエルフというのは、日常生活に支障をきたすだろう。
「そうか……だが、生きているだけでもありがたい。イータカリーナには、私から十分に説明し、その生活の保障をしよう!」
「わ、私も……彼女が生きているだけで……!」
「まだ説明は終わっていませんよ」
二人をなだめつつ、ガイカクは話を続けた。
「魔法陣が体に刻まれたままでは、魔術を使えません。ですが私は研究によって、年数が経つと消えるように改良した魔法陣を開発しました」
「で、では、彼女の体に刻まれたそれは、時が経つと消えると?」
「いえ、消えません。彼女に刻まれているものは、また別なので」
早とちりしかける医師たちを、ガイカクは制する。
「ある程度容体が安定し、彼女に移植した臓器や骨格、皮膚がなじんだ後で、再度手術を行います。その時に今申し上げた魔法陣を刻みますので……そこからまたゆっくり時間をかけてなじませていきます」
「ぐ、具体的には?」
「およそ一年半ほど、ですね。それぐらいで、魔術がまた使えるようになります」
また手術が必要、一年半は使えない、というのは確かに厳しい現実だ。
だが一生魔術が使えない、激しい運動もできない、という状態よりは大幅に改善していた。
それを聞いて医師たちは瞠目し、親子は大いに歓喜していた。
「それから……お、来たか。入っていいぞ」
「え、いいんですか、先生」
「当たり前だ、治療より優先することはない」
そこまで話したところで、部屋の外に砲兵隊がやってきた。
彼女たちは医療器具を持ってきており、部屋に運び入れようとしていたのである。
だが部屋の中で偉いヒトたちが集まっていたので、どうしていいのか迷っていた様子だった。
「大変申し訳ないのですが、これから検査の時間なのです。イータカリーナ様に刻まれた魔法陣が正常に機能しているのか、彼女の容体が安定しているのか、確認の必要がありまして……心苦しいのですが、皆様にはご退席を願いたいのです」
「わ、わかりました! アスピも食事がまだなのだろう、ガイカク卿の邪魔をしてはいけないから出ようではないか」
「はい……お父様。それではガイカク卿、イータカリーナをお願いします」
二人の親子は、頭を下げると病室から出ていった。
イータカリーナが復帰できると知って、本当に安心した様子である。
「医師の先生方にとっては不愉快でしょうが、ここは私と助手に……」
「いえ……不愉快だの心苦しいだの……そんなことをおっしゃらないでください」
病院に勤めるエルフの医者たちは、それこそ申し訳なさそうにしていた。
「我らの力不足故に、貴方様の手を煩わせてしまった……」
「医療従事者として、心苦しいばかりです……!」
「何をおっしゃる、気になさることはありません」
その医師たちへ、ガイカクはあくまでも敬意を払っていた。
「医療は常に、倫理観との戦いです。それを無視すれば、なにのための癒しだかわからなくなります。私のような無法者が、倫理を無視して違法な行為をしているだけのこと。それに引け目など感じないでください」
その敬意が伝わったのか、エルフの医者たちは頭を下げて、照れながらも出ていく。
それと入れ替わる形で入ってきた砲兵隊の面々は……なんとも、複雑そうであった。
「どうしたお前たち、ずいぶん不機嫌そうだな」
「いえ、エルフサマ方は、ずいぶん家族愛があるようだなって」
彼女たちは森の外に留めてあるライヴスから、薬品などを持ってきている。
その往復の関係上、森の中で起きていることを観察していたのだ。
悲劇が終わった後の森の中は、同胞の死を悼む声や、同胞の無事を喜ぶ声であふれている。
家族に売られた彼女たちからすれば、その同胞愛は白々しいものであった。
「なんだ、ない方がよかったか?」
「そうは言いませんけど……」
「目標を間違えるなよ、お前ら。この森にいるエルフの全員が、お前たちを迫害していたわけじゃあるまい。もちろん、この勇気ある女性もな」
部下をからかいつつも、しかし諫めることも怠らない。
彼はあくまでも、自分のまきこんだ女性を助けようとしている。
「落とすのは、彼女を助けた後だ」
そう、あくまでも、イータカリーナだけを助けようとしている。
「俺を信じろ」
この時のガイカクは、フードを着ていなかった。
だからこそ、彼の顔は砲兵隊に見えていた。
その顔は『絶対に関わってはいけない』という恐怖と、『絶対に大丈夫だな』という信頼が同時に湧くものだった。
「お前たちが呪うべきやつら全員に、お前たちの味わった辛酸を五割増しで味わわせてやる」