誰も不幸にならない展開
英雄女騎士に有能とバレた俺の美人ハーレム騎士団 ガイカク・ヒクメの奇術騎士団
のコミカライズが本日更新されます。
ラステルテア平原にて行われたラベアテス軍とテーペテーベ軍の戦いは、奇術騎士団の大活躍によってラベアテス軍の勝利となった。
先日の苦戦とは打って変わって、危うげのない快勝である。ラベアテス軍の兵士たちは大いに盛り上がっていた。
そのような彼らだったが、その陣地を奇術騎士団が練り歩き始めると雰囲気が変わっていた。
「おい見ろよ……奇術騎士団の団員だぜ」
「え、正騎士とか従騎士とかじゃないのか?」
「ばっか、お前。奇術騎士団には騎士団長と団員しかいねえんだよ」
「編成も変な騎士団なんだなあ」
「奇術騎士団の歩兵隊と重歩兵隊は、前の戦いでズタボロになってただろ? 団員の入れ替えとか全然してなくて、噂の騎士団長様の違法医療で全員が戦線復帰しているらしいぜ」
「俺さあ……前の戦いでズタボロになった奇術騎士団を見て、騎士団に入りたくねえ、って思ったんだよ。でもあいつらの元気そうな姿を見てると、やっぱり騎士団に入りたいって思っちまうよな」
「なんとか入れ替えてもらえないもんかねえ……」
「見ろよ、肩で風を切って歩いてやがる。下士官どもも道を譲ってるぜ」
「俺が同じ事したらぶん殴られるだけだもんなあ」
「並みいる猛者を押しのけて、鼻息荒く自分の道を行く……いいねえ、俺も一度でいいからああやりたいぜ」
「おいおい、今回の功労者様だぜ。一丁拝んでおくか?」
「悪くねえな。奇術騎士団は今後も大活躍するだろう、同じ戦場に来てくれることを祈っておこうぜ」
「ありがたやありがたや……」
多くの兵たちから羨望のまなざしや賞賛の声を受ける彼女ら。
しかし彼女らはなぜ味方陣地内を歩いているのだろうか。
十人ほどの集団になって、目的もなく練り歩いているが、その目的は。
(気持ちいいい~~~)
気分よく歩くこと自体が目的だった。
勝利のウイニングランをキメている彼女らは、根っこの部分で周囲の雑兵と同じである。
雑兵たちが『俺も功労者になったらああしたいな』と想像していることをそのまま実行しているだけであった。
顔がニマニマと笑っているので、注意して見ればすぐにわかるだろう。
そしてわかったところで周囲の将兵は誰も咎めない。
とはいえ全員がそうだったわけではない。
トップエリートエルフであるアンドロメダは、自分たちの先輩が自陣を意味もなく徘徊する姿を痛ましい目で見ていた。
「あの人たちが前回の戦いでも奮戦したのは知っているし、斥候を行った私たちがそもそもの責任を負っているのだけど……みっともないわね」
仮の騎士団長であるアンドロメダは、この状況を正当と思いつつも下品だと受け止めていた。
騎士たるもの高潔であるべし。己が武勲を悪戯に誇示することなく、常に謙虚であれ。
彼女はそう習っていたし、彼女自身もその考えに共鳴していた。
それに思いっきり反する行動を見ていると、もにょもにょが止まらなかった。
先の考えが騎士養成校のものであり、豪傑騎士団や奇術騎士団のような外部から集められた者たちには関係ないとわかっていても、それでもどうかと思う。
蠍騎士団の仲間が真似したらどうするんだ、という懸念も沸く。
なにより、同種である砲兵隊も徘徊に参加しているのが嫌だった。
こんな言い方は良くないが、エルフがあんなことをしないでほしい。
自分も同じだと思われそうで嫌だった。
だがそれでも先輩であり、前回と今回の功労者へ注意できるわけもなく……。
今後注意できるようになるため、次の戦争では活躍したいなあと思う彼女であった。
※
一方そのころ。
エルフのラベアテス将軍は、獣人のオリオンやガイカクと会議をしていた。
開戦前はうっとうしいくらいテンションが高かったガイカクだが、今は一気にクールダウンしている。
少し憂鬱気味な雰囲気すら出していた。
先ほどまでは前回や前々回のうっ憤を晴らすという目的があり、それゆえにテンションが高かった。
だがそれが解決された今、彼が何を考えているのかわからない。
(緊張しますな……)
(なぜ緊張なさるのですか? 戦いには勝ったのですし、彼も特に変なことを口にすることはありますまい)
(ヒクメ卿はそうでしょうが、私からは変なことを言わねばならないのです……)
エルフであり将軍であるラベアテスは、当然いい生まれのおぼっちゃまであった。
だからこそ逆に、いろいろと世間にしがらみがある。
(貴方も聞いているでしょうが……『具体的なプラン』にエルフの評議会も乗ったのです)
(アレにエルフが乗った……ですか。まあ当然ですな)
ーーーマッチ、という使い捨ての発火道具がある。
このマッチは当初黄燐という火薬を使っていた。
黄燐は簡単に燃える性質を持っていたため、発火に適していた。
だが簡単に燃えすぎた。
火薬やそれを使った道具というのは、簡単に燃える必要がある一方で、それが限度を超えていると逆に使えない。意図しないタイミングで燃えるため、非常に危険なのだ。
赤燐という相対的に燃えにくい火薬を使うことで、ある程度安定した火種の道具として活用されるようになっている。
ニトログリセリンという強力な火薬も、歴史そのものになった偉大な発明家がダイナマイトを発明するまで事故が絶えなかった。
つまりマッチもニトログリセリンも、正しい知識と技術があれば正しく運用できるように改善されたのだ。
だがガイカクが使用している違法魔導技術はまだ、そういった安全に使用、市用ができる方面での改善がされていない。
具体的に言えば違法な魔導薬品だろう。
適量ならば人体に良い影響をもたらすが、過剰に摂取すれば『お薬』として使用できてしまう。
もしも仮に一般的な薬局で買えるようにしてしまえば、バカが大量に買って大量に使用する、という最悪のケースが容易に起こりうる。
かといって医者が処方箋を出して販売する形式にするとしても、バカが患者としてもぐりこみかねないし、そもそも薬剤師も信用しきれるか怪しい。
最悪、患者が狙われるというケースもあり得る。
とまあ、言い出せばキリがないのが薬品販売である。
他の医療技術もそうだ。違法になったそもそもの理由が、悪用できる、あるいは失敗すると悲惨になる、という技術ばっかりなのである。
仮にガイカクがすべて吐き出すとしても、危険性はそのままか、悪化している。
どう合法にするべきか。どこにラインを敷くか。そして法を犯した場合にどのような罰則を下すか。
政治家たちは一応の形を作ったのである。
そこにガイカクが協力する、という話は無い。
だがそれは法的な話である。というよりも……そもそも『形』とはガイカクを自主的に協力させるための受け皿なのだ。
ガイカクの協力が無くてもある程度機能するが、それは試行錯誤を前提にするだろう。
正直に言って、その場合は現場からいろいろ反発が起きて、最終的にはお蔵入りになると想像されている。
(ヒクメ卿は良くも悪くも騎士団長としての任務に忠実で、他のことに積極的ではありません。だからこそ『具体的なプラン』が固まるまでは話をすることもできませんでした。ですが固まった今だからこそ根回しをしなければなりません)
(心中お察しします……)
ガイカクの医療技術をのどから手が出るほど欲しがっているのは、人間とエルフである。
個々人はともかく、社会全体としてそうなっている。
だからこそ協力体制を敷いていた。
実際にはエルフの評議会が人間の国に協力を要請している形だった。
これもガイカクという『完成品』が存在するからこそ。
彼をなんとか協力的に持っていかなければ、最悪形が決まっただけでとん挫しかねない。
もっと言うと、人間の国にだけ協力して、エルフには協力が浅いという可能性もある。
そしてガイカクに接触できる高位のエルフは二人だけ。セフェウとラベアテスである。
前者は何があっても絶対に協力しないので、ラベアテスに圧力が集中していた。
(何とかして彼を『パーティー』に招待したいのですが……受けてくださるかどうか)
(とはいえ踏み込まねば何も得られますまい)
(そうですね、では……)
咳ばらいをしてから、ラベアテスはガイカクに踏み込んだ。
「ヒクメ卿。これより戦後処理について軍議を進めるべきでしょう。ですが今回は快勝、被害は騎士団の活躍により小さなものです。よって……軍議を円滑に進めるためにも、まずは心の澱を出していただきたい」
「む……お恥ずかしい」
「勝った後での恥など愛嬌でしょう。どうぞ、何でもおっしゃってください」
とりあえずガイカクが何を悩んでいるのか聞こうとした。
悩み次第では話を持ち掛けることも止めるつもりだったのだが……。
「どっかのパーティーに出席したいんですが、いいところありますかね?」
「いいんですか!?」
「……は? その返事は一体……?」
「いえ、恥ずかしい話なのですが、貴方をパーティーに誘いたい、という方が私のところに殺到していまして……よろしければそちらに出席していただきたいのです。それこそ、そのこちらからお願いしたいほどでして」
「それは渡りに船ですねぇ」
体面を取り繕えなくなるほど慌てているラベアテス。
本当に都合のいい話だったので、一気に胸をなでおろしていた。
「しかしヒクメ卿がパーティーに出席したがるのは意外ですな。貴殿はハグェ公爵家以外のパーティーに出席したがらないと思っていましたが……」
「私もそのつもりでしたがね、部下どもがそろそろ爆発しそうなので、限界寸前になる前に処理しておこうかと」
ガイカクは自分の有用性を理解している。
なんなら世間の期待以上の価値があると正確に把握している。
だからこそよほどのことがなければパーティーに出席しない。
非常に面倒なことになることが確定しているからだ。
だがそれでも部下のためなら出席することもやぶさかではない。
「オリオン卿も覚えておいででしょう。先のライナガンマ防衛戦の、華々しいパーティーを」
「無論です。私の騎士人生においても、あれほど誇らしい勝利の宴はなかった。仕方なかったとはいえ、従騎士たちを連れていけなかったことが悔やまれるほどです」
「それですよ。重歩兵隊や歩兵隊は、あのパーティーに参加できなかった。しかも今回と前回と前々回は激戦であいつらも大活躍したのに、催しに出席できませんでしたからねえ……放っておいたら不満を破裂させかねない。ですから恥を忍んでパーティーとかパレードを催してほしかったんですよ」
相手が自主的に招待してくれるのならともかく、自分たちから『我々の勝利を祝うパーティーを開いてくれ』とか言いにくい。
だが相手がパーティーを開く予定があったのなら恥も少しは減るというものだ。
「あいつらにもプライドはありますからね。今回のように快勝した後でなければ、慰めだとかお情けだとか考えて楽しめませんから……まあそれは俺も同じか」
「私も同じです。そう気になさることはありません。さて、ラベアテス殿、これで憂いは晴れましたな……?」
「失礼! 今すぐ『ヒクメ卿が受けてくださった』と手紙をしたためさせていただきます! 大急ぎで準備しなければ……!」
上品を良しとするエルフからすればありえないほど慌てていたが、それだけ彼の心中が軽くなったということであろう。
ガイカクとオリオンは、急いで手紙を書いているラベアテスを待つことにしたのだった。
短くて申し訳ありません。
今月中にもう一度更新させていただきます。




