これは八つ当たりではないが八つ当たりに近い
イシディス軍とラベアテス軍の戦いは、ラベアテス軍の勝利に終わった。
タルシスの奇襲成功を皮切りとしたこの戦争は、ゴンヌスの消化によって幕を下ろした。
戦後の評価については、まあ、一々説明するまでもない。
それこそ万人が想像するような評価であった。
※
戦争終結から一か月後。
奇術騎士団の本部に運び込まれていた歩兵隊、重歩兵隊は全員が手術を受け終えていた。
速やかに応急処置を受けていたこともあって、経過は良好。全員がすでに復帰へ向けたリハビリを受け始めている。
それでも全員が奇術騎士団内にある病院のベッドで寝ているため、他の団員たちは彼女らの病室を訪れていた。
彼女らは笑顔であった。
仲間が死んでいなかったこともそうだが、なんだかんだ言って戦争に勝てたことがうれしいのだろう。
その喜びを仲間と分かち合いたかったのだ。
「我らがありあわせの材料で作った刺激臭の煙幕……アレは全員で作ったが、投げたのは我らだ! 高軌道擲弾兵隊は装備がなくとも勇敢に戦果を出せるということだな。だが……今回の戦功第一位は、やはりお前たちだろう。それは認めざるを得ん!」
鼻高々に饒舌な高軌道擲弾兵隊は、ベッドの上で寝ている歩兵隊や重歩兵隊を称賛していた。
「お前たちが勇敢に戦ったからこそ、初日でそれなりに敵を削ることができた。それが敵にとっても刺激になったのだろう! 奇術騎士団が物資を失ってなお勇敢に戦っていることに比べて己は……と恥じる気持ちが敵の暴走を招いたのだ! 意図していないことはわかるが、それでもお前たちの武勲だ! 誇れ! 我らも同族として誇らしい!」
他の団員達は大きな声を出さないが、それでも歩兵隊や重歩兵隊をねぎらっている。
特に夜間偵察兵隊は、あくまでも彼女らの奮戦だけをねぎらっていた。
「いろいろあったけど……貴方たちが一生懸命戦ってくれたことが一番大事だと思うわ。敵が暴走せずに負けていたとしても、あの戦いだけで仕事はできたと思うの。それが一番……」
「……気遣いはありがたい。だがソコではない」
夜間偵察兵だけが気づいていた。
歩兵隊も重歩兵隊も、妙に落ち込んでいることに。
夜間偵察兵は『こんな勝ち方イヤだなあ』という風に受け止めているのかと想像していたのだが、実際は違っていた。
「私たちが同じ立場だったなら……どうしていただろうか」
歩兵隊と重歩兵隊は同じことを考えていた。
ゴンヌスの暴走をバカにできず、むしろ同調していたのだ。
「奇術騎士団の団長を捕縛できるかもしれない。そう考えてしまったら、体が勝手に動いてしまっただろう。同じように暴走してしまったかもしれない」
「アタイらも同じだよ。ゴンヌスの気持ちがよくわかる。大出世できるかもって思ったら飛びついちまうさ」
出世は素晴らしい。
下っ端はみじめ。
これは俗説ではなく事実だと彼女らはよく知っている。
だからこそあの戦場でも全力で戦った。
ゴンヌス隊も同じような動機で戦っただけなのだ。
どうしてバカにできるだろうか。
「だって私たちの親分だよ!? 捕まえたら出世できるじゃん! そしたら捕まえようってなるじゃん!」
「それを世界一のバカ扱いされると、自分もバカにされている気がしてさあ……」
「気にしすぎじゃないかしら?」
「お前たちが気にしないのは、同調できないからだろ。私たちにはあいつらの気持ちがわかるんだよ」
自分たちは運よく現在のポジションにいるだけだ。
このポジションを求める姿勢をバカになんてできない。
彼女らは恥を知っていた。
「下らねえ」
病室の大部屋の空気が沈みかけていたところに、ガイカク・ヒクメが現れた。
歩兵隊や重歩兵隊の考えが的外れだと言わない一方でくだらないと言い切った。
「今回の話は世間に響いている。タルシスの奇襲よりもゴンヌスの失敗の方が語られているらしい。まあそりゃそうだ、こっちの方が面白いし、現実味がある。みんなな、わかったうえでバカにしてるんだよ」
タルシスの奇襲成功は再現性に欠け、現実味も薄い。
ぶっちゃけ一般人なら『俺がオーガのトップエリートだったらそんな死に方選ばねえなあ』と考えてしまうだろう。
一方でゴンヌスの失敗は有史以来繰り返されてきたことで、現実味が濃い。
一般人は『俺でもそうしちまうかもな。でもそれはそれとしてバカだな』と笑うのだ。
「そんな一般人が正しいんだよ。相手の気持ちがわかるのと同情するのは別の話だ。気に病むに値しねえよ。同情するなら、命令通りに戦って死んだイシディス軍の奴らにするんだな」
「……それもそうですね」
返す言葉もない。イシディス軍の一般兵にこそ同情するべきであった。
「……にしてもだ。前回といい、今回といい、スカッと勝ててねえ。いや今回は負けてもそれはそれでよかったんだが、とにかく次は何が何でも絶対にスカッと勝つ! 持てる手札を使い切ってでも勝つ!」
フラストレーションを大いにため込んでいるガイカク。
彼の表情は鬼気迫るものがあった。
どんな困難にも噛みついていきそうな勢いがある。
実に頼もしいのだが、周囲の団員たちはそれを信じ切れずにいた。
二度も想定外のことが起きていることもそうだが、具体的なプランを想像できないのである。
「なあ棟梁。アンタの腕は知ってるけどよ、具体的にどうやって問題を解決する気なんだ?」
ガイカクは戦術が鋭いというわけではないが、一般的な作戦を練ることに関してはそれなりである。
だからこそ次の敵が打ってくるであろう大雑把な一手については想像ができていた。
「次の敵がどんな奴か知らないが、俺のスカッと勝つ作戦に小石をはさませはしないぜ! ヒヒヒヒヒヒ!」
(敵がかわいそうだな)
失敗から学ぶのはガイカクも同じである。
今回の一手で戦力を喪失したことから、彼は騎士団長としてさらなる成長を遂げていた。
前回の戦争でガイカクを負けさせることができなかったことは、本当に不運だった。
あの一回しか通じない作戦で勝つべきだったのだ。
「そうはおっしゃいますが……その、そんなに大きな作戦をするのなら、リソースは大丈夫なんですか? お金とか時間とか……」
「問題ない! 俺は歩兵隊や重歩兵隊の手術をしている時とかもずっと考えを巡らせていたからな!」
(手術中は手術に集中してほしいな……)
「最低限のリソースで最高の成果を出してやるぜ!」
課題を得ることで人は成長する。
天才魔導士ガイカク・ヒクメは今この瞬間も成長し続けているのだった。
※
奇術騎士団が復帰しつつある状況で、ラベアテス将軍は軍の本部による会議に出席していた。
多くの種族の将軍……一般的な意味での上澄み組がそろう会議で『敵がバカだったので勝てました』という情けない報告をしていた。
豪華な会議室、出席している多くの実力者。その彼らの前でスゲーバカみたいな話をする羽目になっているラベアテス。
戦況の推移とか死傷者の数とかそういう細かいデータを用いているが、結局のところ『ゴンヌスが大暴走しました』を説明することになるので何もかもむなしい。
聞いている将軍たちは、昔のことを思い出しているのか赤面していたり苦虫を嚙み潰したような顔になっている。
実行に移した者もいれば当時の上官にぶん殴られて止められた者もいた。こいつらは俺の出世の邪魔をしたいだけなんだと反発する時期があった。
それなりの権限を与えられた下士官は、誰もがそういう『はしか』にかかるのである。
下士官なんてものは中間管理職である。
部下に命令する権限を与えられているとしても、それは上官の命令の範囲内のことだ。
その範囲を逸脱する判断や命令を行えばそれこそ罰される。
というかまあ……。
軍隊を好き勝手に動かす権利など、将官や総騎士団長にすらない。
それこそ私財で私兵を揃えるしかないのだ。(それができる経済力があるのは将官級である)
そういう道理もわかったうえで、彼らは戦争の推移をしっかりと確認し、頷いた。
「とりあえず勝ったのはいいことだ」
全員でよかった探しをして、うんうんと頷いて空気を切り替える。
とりあえずではあるが、将兵の被害はある程度抑えたうえで、あとくされなく勝てた。
そんなに悪い話ではない。
少なくとも兵士やその家族からすれば勝って帰ってきたこと以上に重要なことなどあるまい。
これは今後にもつながることである。
「そのうえで、今後の問題点を洗い出そう。行軍中の奇術騎士団へ奇襲を仕掛ける、というのは再現性のある戦術だからな。おそらく、今後も同じような手を打たれる可能性が高い」
「奇術騎士団は常に大がかりな攻城兵器を運用しているようなものですからな。奇襲にリソースを割けるのなら最善ではある」
「今回のように単騎で多大な成果を上げることはできないとしても、相応の奇襲部隊を投入して真っ向からぶつけるだけでも戦果が見込めますからねえ」
タルシスの奇襲は理想的な襲撃であった。これ以上望めない戦果を得ていた。
しかし『普通の奇襲』でも奇術騎士団にはそれなりの戦果が望める。
斥候に気づかれてもいいから、それなりの部隊を進行方向に置いて、ごく普通に戦闘させればいい。
騎士団を相手に襲撃するのだからそれなりの被害も出るだろう。奇術騎士団の手品の餌食にもなるだろう。
だが本隊に手品がぶつけられるよりはマシだ。
手品をすべて破壊できずとも、消耗させることはできる。
奇術騎士団はほぼ確実に『一定の戦果を出せる』ことが強みなのだから、その強みを無駄打ちさせればいいというのは合理的だ。
「となれば、こちらも相応のリソースを割いて騎士団を護送するほかありませんね」
「まあ普通だな」
奇術騎士団が行軍中の奇襲に弱いというのなら、軍隊が兵を割いて護送するほかあるまい。
攻城兵器の護送と考えれば普通のことである。
とはいえ護送に兵力を割くことは、それ自体が負担でもある。
相手側は『これで敵の戦力が少し減るぞシメシメ』と思うかもしれない。
それでもやるしかない。それだけの価値が奇術騎士団にはある。
そうして話が向かおうとするところで、一部の将官たちは緊張した面持ちで話を切り出そうとしている。
「ごほん! ラベアテス閣下! 聞くところによれば貴殿は、次の戦場でも三つの騎士団とともに戦うとか。戦力の当てはあるのかな?」
「うむうむ。実は紹介したい、信用できる戦力がいくつか……そのなんだ、信用できない戦力も多分にいるぞ」
「……あ、ああ。なるほど、お察しします。ヒクメ卿は『二度も同じ手は通じません、手を打っておきます』とおっしゃっていました。我らの手を借りるつもりはないようです」
聡明なエルフの上澄み側であるラベアテスは、多くを察しつつも否定的な意見を述べていた。
案の定、多くの将官が申し訳なさそうな顔をしつつ頭を抱えている。
「うむ、そうか……今更だが、ヒクメ卿の医療技術者としての技量を聞いて、多くの者が……自分や家族を診てほしいと言って押しかけていてな。もちろんヒクメ卿に会う、というのがまず無理なので待っているのだ」
「伝手を頼って、我らに話をしている者も多い。それぞれが悲痛な訴えをしていてなあ……」
「お言葉ですが、ヒクメ卿はそのようなことをなさる方ではありませんよ」
古今東西において、病気とは恐ろしいものである。
誇り高い勇者や賢人が、家族が病に倒れたときに恥を承知で有力者へ頭を垂れて治療を願うというのはよくある話だ。
これは現実的によくある話であり、同時に共感しやすい話だ。
ガイカクの手腕を知って、多くの者が集まってくることも自然だろう。
ただガイカクの場合、足元を見るとか以前にまずそんな交渉をしないのだ。
ガイカク本人は世界最高の医療技術を持つうえで、しかし精神的な面で医者の道を諦めている……らしい。
合法的な、ごく普通の医療従事者に対して引け目すら感じているという。
謎だらけの彼の、数少ない明らかになっている過去だった。
この話を聞いて『結構まともな感性もあるんだな』と安心した者は多いという。
そのような彼の人間性からすれば『医療の腕をちらつかせて部下にする』という方式は好むまい。
戦場で傷ついた部下を治すのとは全く別の話であろう。
「その……今回の件で、ヒクメ卿やオリオン卿は私に引け目を感じています。一応交渉の余地はあると思うのです。ただ……一応とはいえ勝ったのですし、騎士団が軍功を挙げたことも事実。弱みに付け込むような真似はしたくないのですが……」
「ああ、いや! その引け目は貴方自身のものです。お大事になさった方がよいでしょう。それにその、一応は代案があるのです」
「やや迂遠になりますが、ヒクメ卿が受けてくれる形に持っていく計画を文官とまとめている最中でして!」
(そんな計画があるのなら、私としても噛ませてほしい……。実家や親族、評議員から要請がしつこくて困っているからなぁ)
とはいえそんなことはこの場の将官もわかっている。
一応別の案もあるので、この場で無茶を通すことはないのだ。
第二第三の案を用意できるからこそ、将官や文官が務まるのである。
「ごほん! いささか話が政治に偏りましたな。そうしたことはここで話すことではありますまい」
人間の将官が咳払いとともに仕切りなおそうとすれば、全員が黙って頷く。
「そのうえでお伺いしますが、ヒクメ卿の手とは? まったく知らされていないと?」
「もちろん聞いております。彼へスパイを行う者は多いので、それを逆手に取った情報戦を仕掛けるつもりのようですね」
※
騎士団本部のすぐ近くには城下町がある。
そこには騎士団御用達の看板を立てた鍛冶屋が多く並んでいるのだが、その中でも異彩を放つのは奇術騎士団御用達の看板を下げている鍛冶屋だ。
以前は他の騎士団御用達の鍛冶屋と変わらない、超一流というだけの鍛冶屋だったのだが、現在は多くのドワーフがヘルメットを脱いで礼をし職人として押しかけてくる名鍛冶屋になっていた。
自分の鍛冶屋を持てるような凄腕もいれば、大親方として多くの店を傘下に持ちそうな達人すらも自分でハンマーをふるっている。
彼らの目当てはガイカク・ヒクメの魔導兵器に関わることだ。
以前の動力付き気球製作は、本当に刺激的だった。
自分の作った部品が巨大な機械を動かし、時代の最先端を突き破っていく快感はなんとも得難い。
あんなことは当分ないとわかっていても、何時かを期待して彼らはここにいる……。
『気球の部品作ってくれ、設計図も少しは変更していいよ』
そんな彼らは思ったより早く気球製作に関わることになった。
今回は多くの人員や物資を同時に輸送する大型機を生産するらしい。
ドワーフたちは大喜びで部品生産に乗り出していた。
前回は『動力付き気球って本当に作れるのかな?』とちょっとは考えていたのだが、今は実際に作れることを知った上での作業である。
全員が大喜びで部品製作に明け暮れていた。
中には『次の機会があったらこうしよう! こういう提案をしよう!』と考えていたものもいたため、それはもう紛糾しながらの製作であった。
それを遠くから見るスパイたちは、互いの顔を見合いながら相談していた。
「どう思う?」
奇術騎士団の動向を探ろうというスパイは本当に多い。
結果として連合のようなものまで成立してしまった。
彼らは組織の垣根を越えて、互いに情報共有し合い、何なら当番制さえ構築していた。
そうでもしないとけん制し合うことになり、騎士団や憲兵の眼を逃れられなかったのである。
「どう思うも何も……コレをこのまま上へ報告するほかあるまい」
「意見を求められた場合はどうだ?」
「……情報戦だろう。本気で気球を戦力輸送に使用するとは思えん」
ーーー自動車が地球で発明された当時。開発された自動車はそんなに大したものではなかった。
これはまだまだ非効率だったこともそうだが、当時の技術水準の限界によるものでもある。
仮にその時代に『完成された車の設計図』を持ち込んだとしても、素材工学や加工技術の限界にぶち当たり、大したものにはならないはずだ。
この世界における動力付き気球も同様である。
画期的な発明であることは誰もが認めるが、フレームもギアも何もかも原始的だ。
ガイカクの頭脳をもってしても、最先端の加工技術がドワーフの手作業である以上、どうあっても先日以上のものは作れない。
少なくとも一気に完成品になるということはない。
よって、よほど急ぐ予定もないのに、気球で移動するというのは合理的に思えない。
が……。
それはそれとして可能ではあるのだ。
「しかし気球で兵員や武装の輸送が可能であることも事実だ。成功率を高めるために、一定の距離まで気球で移動して、そのあとは徒歩で戦場に向かうということも可能ではある」
「……その場合、行軍中の奇襲はほぼ不可能だな。もしかしたら空振りになるかもしれない、という恐れがある状態で奇襲の準備などできるわけがない」
奇術騎士団に対して行軍中の奇襲を仕掛けるというのは、敵軍としてもそれなりのリソースを割くことになる。
相手が厳重に警戒をしているのならなおさらだ。
これで奇術騎士団が戦力を空輸した場合、リソースを割いたはずの奇襲部隊は事実上置物である。
そこまで無駄にすれば、戦う前から負けてしまうだろう。
「そして悪いことにだ、我らが今ここで確認したことをそれぞれの本部へ伝えるにも多大に時間を要する。ここで完成間近かどうかとか、試験飛行が上手くいっていないとか、そういう報告が届いて整理されるまでの時間を考えると……」
「それこそ、我らに気球でもないと、上は思い切った手が打てないな……」
この世界には遠距離通信技術などない。
それこそガイカクには可能かもしれないが、他には不可能である。
である以上、この場のスパイたちが『気球作ってますよ』と伝えた時点で上は『戦線に投入されるかもしれない』ということを前提に作戦を立てる羽目になる。
「上も大変だなあ……」
「そうだな」
スパイたちはもうどうしようもないので、とりあえず上司に同情するのであった。
※
※
※
半年後。
ラベアテス軍と三つの騎士団……三ツ星騎士団、奇術騎士団、蠍騎士団の連合軍は、ラステルテア平原に集結していた。
彼らは普通に地上を行軍し、ここに参上したのである。
もちろん比較的奇襲されにくい地形を移動していたが、それでも普通に移動していた。
気球は何度か試験飛行したあと、憲兵と軍隊に売って元をとった。普通ならよくないことだが、どのみち憲兵には設計図を観られているので今更である。
そもそも気球の設計図があっても、肝心の心臓部の製造法は渡していないのであんまり意味がないのである。
テーペテーベ将軍が率いる軍隊は、真正面から騎士団やラベアテス軍と対峙していた。
その佇まいには遠くからでも覚悟が滲んで見える。
そのような戦場を、イシディスとジュヴェンは遠くから眺めていた。
イシディスは真剣に双眼鏡を覗きこんでいるのだが、ジュヴェンはイシディスに意識が向いている。
「閣下……聞いたところによれば、貴方はご自分で先日の敗戦の責任を負うとおっしゃったとか」
「ああ、軍法会議でそのように話した。私としては殺されても文句はなかったが……いや、さすがにそこまでではないが、なにがしかの罰は覚悟していた。しかし当分前線を離れるように、とだけ言われたよ」
「先日の敗北の責任は、ゴンヌスたちにあるはずです! なぜあなたまで責任を取るのですか!」
「私はイシディス軍の最高責任者のはずだが?」
全部ゴンヌスが悪いじゃないですか、と憤るジュヴェンに対してイシディスは逆に苛立っていた。
「敗軍の将は兵を語らずという。負けた分際で君に偉そうなことを言うつもりはなかったが、さすがに今のは聞き逃せんぞ。負けた責任を私が負わずして誰が負う?」
「ですから、負けたのはゴンヌスのせいで……」
「ゴンヌスは悪い。それはもう擁護できないほど悪い。だが私は奴の上官であり、奴の暴走を止めるべき立場だった。私にも責任はある。だからこそ上に沙汰を仰いだのだ」
世の中には一定数『悪いのはコイツで、私は悪くない』とほざく者がいる。
実際まったく関係ない事柄の責任をとらされそうになっているケースではなく、一種の共犯者というケースでありながら自分の責任から逃れようとする者がいる。
彼女は出世のさなかで多くのそういうものを見てきた。
自分だけはそうなるまいと固く誓っていた。
「私も奴も罰を受けるべきだ。それだけのことだ」
「……私が愚かでした」
「うむ」
ジュヴェンは恥じらいつつも自己分析した。
自分はゴンヌスを嫌うあまり、責任の所在という『事務手続き』にすらも感情をはさんでしまった。
仮にイシディスがすべての責任をゴンヌスに押し付けていたのなら、冷静な視点からすれば『将軍失格』の評価をせざるを得ない。
彼女は正しいことをしたはずなのに憤ってしまった。
それだけではなく、憤っていることが間違っている、ということに気づきもしなかった。
本当に未熟である。
「今はこの貴重な機会を活かすべきだ。反省は後にしなさい」
一応注意しているイシディスだが、その顔は嫌そうである。
彼女自身が先ほど言った『敗軍の将は兵を語らず』とあるように、この上なく無様に負けた将軍が若人へ上から目線の説教をするのは恥ずかしいことであった。
それでもガイカクの戦いを高みの見物できるのは貴重であった。反省はあとですればいいので、今は観戦に集中するべきであろう。
こうしている間も、戦争が始まろうとしている。
両軍が申し合わせて、戦いが始まる。兵士たちがゆっくりと前進を始めた。
遠くから見れば迫力に乏しい、ということはない。むしろ遠くで、全体像を俯瞰できるからこそその恐ろしさが伝わってくる。
いの一番に突出したのは奇術騎士団であった。
戦争の全体像からすればごく一部であり、戦場全体へ影響を及ぼすように見えない。
だが戦場全体の意識ともいうべきものが奇術騎士団に向いている。
それはそれで『騎士団らしい』と言えなくもないが……最弱の騎士団は魅せ方が違うのだ。
「重歩兵隊~~! ぶちかますぞ~~!」
「今日こそスカッと勝つ! 親分のご命令だ!」
「おおおおおおお!」
双方の距離がまだかなり離れているにもかかわらず、いきなり走り出したのは重歩兵隊であった。
通常の用兵では、長距離を走ることができないオーガは、もっと接近するまで走らないのが常識である。これは生物的な限界の話であり、戦術でどうこうできる問題ではない。
だがガイカクはそれを魔導技術でどうにでもできる。
盾も棍棒も持たず、奇妙に膨らんだ鎧を着て走り出した重歩兵隊は、オーガの常識を超える俊敏さを発揮した。
遠くから見ても、前から見てもわかるほど、不自然に加速しその速度を維持し続けている。
「奇術騎士団、重歩兵隊が軽快に走ってきます! ど、どうなってるんですか!?」
「落ち着け! まだ距離はある! 銃と弓で遠距離攻撃しろ! 魔術を使ってもいい! まだ距離はあるんだ! この距離で奇襲なんて、獣人でもできない! 接近しきるまで猶予はある!」
テーペテーベの下士官たちは混乱しつつも適切な指示を出した。
実際瞬間移動してきたわけでもないので、奇術騎士団を正面にする部隊は落ち着いて腰を下ろし、オーガへの迎撃態勢をとる。
接近してくるオーガたちへ射撃を行おうとするのだが……。
「来るぞ! 訓練の成果を見せてやれ!」
「おおおお! 当てられるもんなら当ててみろ!」
さながら雷のような機動であった。
高速で走り続ける重歩兵隊は、高速を維持したままサイドステップを混ぜたのである。
右に左に全身を動かしながら接近してくる姿に、テーペテーベの兵たちはもうどうしていいのかわからない。
「どうしますか!? 狙いが定まりません!」
「も、もういい! とにかく撃て! この人数で撃てば何発かは当たる! 前に向かって撃て!」
悲鳴のような絶叫とともに兵士たちは当たることを願いながら遠距離攻撃を敢行した。
百に達する遠距離攻撃は、ほとんどが命中しなかった。
だがそれでも面制圧可能な弾幕は、重歩兵隊の奇妙に膨らんだ鎧に命中する。
「うぐ! なんのおおお!」
重歩兵隊はそれでも止まらず接近を続けてくる。
当然だ、鎧を着ているオーガがこの程度で止まるわけがない。
そんなのは常識である。
有利な常識だけを残して突っ込んでくる重歩兵隊に、下士官はそれでも頭をフル回転させて対応する。
「どうしますか!?」
「もう盾を前に出せ! 相手はオーガの最低値だ! 相手は武器も持ってない! 普通に戦えばこっちが勝つ!」
自分でも内心無理だと思いながら、下士官は指示を出していた。
無謀だと知りながら、二十名の重歩兵隊を盾の防御陣形で受け止めようとする。
「行くぞ、せーの!」
「おおおおお!」
重歩兵隊はその堅牢に見える陣形を飛び越えた。
それはもう普通にジャンプして、縦軸に防御を飛び越えたのだ。
「ええええ~~!?」
盾を構えている兵士たちの後ろにいた、比較的安全圏にいる兵士たちに飛び込んでくるのは『前回り受け身』の動きをしてくる重歩兵隊であった。
高速に重力加速度も加わった、人間の成人男性よりもはるかに重いオーガに兵士たちは何十人もつぶされていく。
「は、は、は!?」
獣人のような動きをするオーガというわけのわからない存在に、ついに下士官の頭脳はキャパシティを越えてしまった。
目の前にいる、自分たちの武器を奪って暴れだすオーガに何も言えずうろたえるしかない。
前回投入されるはずだった新兵器。
高機動型培養骨肉強化鎧、軽量長距離仕様であった。
前回使用した高機動型はスプリント仕様、短距離で使いつぶす兵器であったが、今回は鎧全体を軽量化しつつ武装を排除している長距離仕様の兵器である。
オーガとしては最低数値である彼女らは相応に体重も(オーガの中では)軽いため、この兵器のコンセプトにあっていた。
軽いこともあって、加速していれば人間を飛び越えることぐらいは簡単である。
恐るべき奇襲兵器を運用する彼女らは、きちんと訓練を積んでいる。
一方でこんな兵器も運用法も戦術も知らないテーペテーベの兵士や下士官たちはパニックを起こすしかない。
だが……それもごく一瞬のことである。
このまま大暴れして敵軍を壊滅させられる、などありえない。
周囲のテーペテーベ兵たちは奇術騎士団の先鋒が斬りこんできたと把握すると、多くの兵を救援に向かわせた。
幸いにして、それは正しい。
いったん足を止めて戦い始めたランナー仕様は、普通のフレッシュゴーレムよりも弱い。
文字通り勢いでごまかしているだけであり、冷静な敵が突っ込んでくればそのまま負けるだろう。
だがそんなことは奇術騎士団が一番分かっている。
重歩兵隊に続く形で前線に到達したのは、まさしく高機動擲弾兵隊であった。
先ほどのランナー仕様以上の俊敏さを活かしながら前線に達した彼女らは、重歩兵隊を目指して突っ込んでくるテーペテーベ兵へ焙烙玉を投げまくっていた。
「重歩兵隊に続け! この戦場にも我らの脅威を示すのだ!」
「久方ぶりの死地だ! 全力で暴れるぞ!」
「重歩兵隊ばかりにいいところを持っていかれてたまるか!」
「今度は焙烙玉か!? 近づくな、止まれ!」
「う……ぎゃ、あああああ!」
重歩兵隊を包囲しようとしていた兵士たちの前に線を敷く形で焙烙玉が投げられる。
それらはごく普通に爆発し、周囲の兵士たちの目や耳、全身に傷を負わせていた。
何よりもその動きを完全に止めている。
「今だ、退くぞ! 下がれ下がれ!」
「これは逃げるのではない! 作戦通りだ!」
「分かってる! 親分の作戦通りだ~~!」
「今回は帰る時も走るぞ~~!」
その隙に重歩兵隊、高軌道擲弾兵隊は作戦通りに、何度も練習した動きで撤退を開始する。
こちらへ向かってくる自分の味方とすれ違う形で安全に後方へ下がっていった。
好き放題荒らされた挙句逃げられた。テーペテーベ兵たちは憤慨しているが、それを追おうにもまず他のラベアテス軍を倒さなければならない。
「奇術騎士団のことは忘れろ! とにかく迎撃しろ!」
「急いで陣形を整えるのだ!」
ーーーここで、奇術騎士団が初めて三ツ星騎士団と肩を並べて戦った時のことを知っている者ならば『ダメだ』と叫んでいたかもしれない。
高軌道擲弾兵隊が通常の焙烙玉と一緒に投げていた、のんびり薪という木を用いた時限爆弾がちょうどそのタイミングで爆発したのである。
「あ、ああああ!」
「くそ! 噂の時間差で爆発する焙烙玉か!?」
「まだ時限爆弾が残っているかもしれない! いったん陣形を下げろ!」
罠にかかった後に気づいても遅かったが、それでもラベアテス軍は待ってくれない。
大いに乱れた前線へ突っ込んでくる。
「おおおおおお!」
ラベアテス軍にとって、この状況は作戦通りであった。
だからこそ周囲の兵士たちは速やかに陣形を食い破り、テーペテーベ兵を打ち破っていく。
「換装を急ぎな! 着替え終わらなくても、最前線に着いたら蹴落とすからね!」
「ライブスの進路を味方が切り開いてくれているうちに、こいつらをもう一回届けるよ!」
一方で後方に下がった重歩兵隊は、ライブスに乗り込んでいる動力騎兵隊に合流していた。
ランナー仕様のフレッシュ・ゴーレムを脱ぎ捨てて、戦闘仕様の通常フレッシュゴーレムに着替えているのである。
もちろん足は遅いので、ライブスで前線に送る予定になっていた。
「もう一回暴れられるかい!?」
「任せてちょうだい!」
「よし、突っ込むよ!」
前回投入されるはずだった新兵器と新戦術をフル回転させる奇術騎士団。
彼女らは先日までのうっ憤を晴らすかのように、スカッと快進撃を続けていた。
それを遠くから見ているイシディスとジュヴェンは、すっかり青ざめている。
「……やっぱりあの戦場で殺しておくべきだった」
「こんなの、どうやって戦えばいいんだ……」
常に成長している奇術騎士団の恐ろしさを目の当たりにして戦意喪失しかけていたのだった。
※
なお、ガイカクとともに本陣にいるラベアテス。
「ひひひひひ! 最高の戦争ですね! 戦争はやっぱりこうじゃないと! よおし! 明日も大暴れするぞ~~!」
(この人が敵じゃなくてよかった……)
この男が敵ではないことを神に感謝しているのだった。
「明日は明日で新兵器をぶち込みますから、どうぞご期待してくださいね!」
(……イシディス軍の作戦は正しかったな)
「スカッと勝つぞ~~! ひゃははははは!」
翌日も奇術騎士団による大量の新兵器と新戦術が展開され、テーペテーベ軍は大いに劣勢となった。
テーペテーベ将軍は三日目で降伏したという。




