賊軍処理
本日コミカライズが更新されます。
宜しくお願いします。
さて。
今回奇術騎士団は行軍中に奇襲を受けた。
それも単独の若きトップエリートオーガによる、ありえざる奇襲であった。
だがこれは不自然ではない。ガイカクもオリオンも敵を褒めこそすれ『なんでこんなことをしたんだ』とは思わなかった。
奇術騎士団が名を売ったことから考えれば、功名心や怨恨で生還を度外視した作戦を実行に移しても不思議ではない。
今回の『独断奇行』もまた不自然ではない。
もはや彼の頭脳は戦略資源であると認知されており、殺すか生け捕りにすれば、栄光の人生が約束される。
ゴンヌス隊が暴走したのも八百長や潜入工作などを疑われることはなかった。
彼の行動が正当だと認識されるわけではない。
※
その日の夕方。
ラベアテス軍の陣は大いに盛り上がっていた。
どの兵も大盛り上がりで酒を飲みかわし、上機嫌に歌まで歌っている。
奇術騎士団の本隊が到着した時点では敗戦ムードだったのに、現在ではもはや戦勝ムードであった。
これには『後方で手品の作成』をしていた奇術騎士団の面々も面食らっている。
何事かと思って、自分達の元に戻ってきたガイカクへ確認をする。
「あの……族長。これはいかなる事態ですか? 援軍でも到着したのですか?」
「してねえよ……してねえよ!」
周囲とは裏腹に苛立たし気なガイカクは、自分の部下へ状況を説明した。
「俺たちの用意した手品に、敵の主力部隊が引っかかったらしい。戦い始めと同時に戦線離脱して、俺を探しに森へ突っ込んだんだと。おかげで今日の戦いはこちらの優勢。もう決着がつく寸前だ」
衝撃の情報に、夜間偵察兵たちは顔を見合わせた。
「御殿様……たしか元は『バカが過敏に反応して少しは足並みを乱せるかも』とか『偵察部隊が釣れれば御の字』とおっしゃっていませんでしたか?」
「その通りだよ! 功に焦ったバカが釣れることも少しは期待したが、主力が反応するとは思わなかった!」
周囲の一般兵が喜んでいるのも分かる。
敵が大失敗を犯したので勝てましたというのなら、そりゃ笑うしかない。
一方でガイカクが嘆いているのも当然だ。
そんな勝因なら自己実現欲求が満たせない。
「お前たちなら分かるだろう……。俺はな、今回の奇襲が原因で負けても文句はなかったんだ。奇襲計画を立案した奴も実行したオーガも、どちらも騎士団の想定を越えてきた。相手が優秀で負けるのはいいんだ! 負けを抑えるためにベストを尽くしたが、それはそれでいいんだ! それで……コレだぞ!?」
ガイカクの怒りは深い。
彼のオーガの遺体を送る際にいろいろと言葉を添えたのは、決して戦術的な意図があってのことではないのだ。
本当にもう、あそこまで完璧にやられたら脱帽するしかなかったのだ。
この戦争の第一功が彼になっても惜しくないどころか、彼を推してもいいぐらいだった。
それが台無しにされたのだ。勝てるとしても喜ばしくはない。
「確かに……単騎駆けの勇者には我ら高機動擲弾兵隊も感銘を受けておりました。彼の武勇が勝利につながらなかったというのは、敵方ながら哀れとしか言えません」
「そういうことだ。向こうで詰められているといいんだが……」
ここで彼女たちは戦線離脱したという主力部隊に想いを馳せた。
勝てるはずの戦いを大ポカで負けにしてしまった。
敵であるガイカクからも恨まれているのだから、味方からはさぞ憎まれているだろう。
死刑になってもおかしくない。というか極めて合法の範囲で死刑になりそう。いや、情状酌量の余地なく死刑になるのではあるまいか。
(全然違う方向の森に突っ込んだんだもんなあ……)
彼らの暴走が敵兵のいる場所へ突っ込むものならまだいいのだ。
ぜんぜんいない方向に突っ込んでしまったため、彼らは戦闘放棄をしてしまった。
今頃敵陣営はとんでもないことになっているだろう。
※
同時刻、イシディス軍。
戦う前から勝ちが決まっていた戦いではあったものの、強敵ではあった。
イシディス軍の兵士たちは大いに出血を伴いながらも奮戦し、勝利へ手を進めていた。
本来なら、今ごろには戦勝を祝っていたはずだった。
敵も強かったが、俺たちが勝った。タルシスのおかげで勝てた。これで報酬をもらって家に帰れる。
そのように話しているはずだった。
よりにもよって味方の主力部隊が自己判断、自己責任によって暴走し戦線離脱してしまった。
その結果今日の戦いで負けてしまった。
死ななくていい多くの兵が死に、既に倒れていた兵士たちの犠牲が無駄になってしまった。
戦いが始まって早々の出来事であったため、全兵士が状況を把握していた。
なまじ彼らの行動原理が分かりやすかったため、『自分の手柄の為に暴走した』ということを完璧に理解している。
これで怒らないわけがない。
手ぶらで戻ってきた主力部隊……ゴンヌス隊を全軍が包囲することになったのも、至極当然のことであった。
既に日が沈んでいる時刻に、傷だらけの兵士たちは非常に高い士気を持っていた。味方であるはずの、無傷のゴンヌス隊を睨んでいる。
ふとしたきっかけがあれば、兵士たちが自己責任で私刑をおっぱじめそうである。
そのような状況で、兵士達と同じような顔をしているイシディスが前に出た。
緩く包囲されているゴンヌス隊の前に出て、眉間を抑えながら言葉を絞り出そうとしている。
経験豊富な智将で知られる女傑イシディスにあるまじきことに、脳内で罵倒や差別用語が溢れて止まらない。
質の悪いことに、この状況でなら何を言っても許されるのでは、という悪魔の誘惑がささやかれている。
それでも彼女はぐっとこらえて、将軍としてのコンプライアンスを守った発言をする。
「何か言い残すことはあるか?」
事実上の殺戮許可であったが、兵士たちも幕僚も異論をはさまない。
彼女が『許す』と言おうものなら、すべての兵士が彼女も報復対象に含めてしまうだろう。
「聞きたいことがある」
「……そうか」
部下を引き連れているゴンヌスは、武器を放り捨てながら前に出た。
彼はどこか悟ったような雰囲気を出しつつ、イシディスに質問をした。
「あの森には誰もいなかった。手品で隠れたっていうか、手品で火を点けたんだろうよ。アンタ、それが最初からわかっていたのか?」
ゴンヌス隊は誰にも邪魔されることなく手品の隠された林に直行した。
その後木を切り倒し、地面に穴を掘り、最終的には火攻めにした。
それでも誰も見つからなかった。
捜索時間の前半は将来の夢とかに燃えていたが、後半は悟ってしまっていた。
ああこりゃダメだな、と納得していた。
誰もが自分のバカさ加減にうんざりしていた。
「もちろんだ。そうでなかったのなら、偵察部隊を送るぐらいはしていた」
ーーーガイカクの部下である奇術騎士団も勘違いをしていた。
今回の戦場でガイカクが『自分の身に危険が及ぶ作戦』を実行に移すことはあり得ないのである。
なぜなら彼は騎士団長で、今回の責任者はラベアテスだったからだ。
彼が止めたらガイカクは止まるしかないし、強行しようとすればオリオンが『将軍が言っていますから』と実力を行使するだろう。
ガイカクとは違って、彼の出自ははっきりしている。
エルフの良家の生まれであり、親戚にはエルフの議員もいる。
エルフの評議会にとってガイカクの存在は重い。
彼はきっと、親族全員から『何が何でもガイカクを死なせるな』と言われているだろう。
とはいえもちろん、彼も子供の使いではない。必要なら彼が無茶な作戦を提案しても許可するだろう。
だがそれは今回のように勝ち負けがはっきりしている戦場ではない。
彼の部下である歩兵隊、重歩兵隊がしっかりと役目を果たしていることもあって、無理強いをする必要がない。
ゴンヌスが無理をすれば捕獲できる、という状況にするワケがない。
そんなことは最初の最初からわかっていた。
だが……そんな政治的な話をオーガにするのは不毛である。
あえてはっきり言うが、バカは欠点なのである。
人は時に要点だけを説明しろと言うが、彼女はしっかりと要点を説明したのだ。
それでもゴンヌスは暴走したのだ。彼の頭が悪いからこうなってしまったのだ。
「そうか。よし、それならもう言うことはねえ」
彼は防具すらも脱ぎ捨てて地面の上で胡坐をかいた。
「この俺ゴンヌスは、タルシスに嫉妬して、功に逸った! その結果がコレだ! なんの言い訳もしねえ、煮るなり焼くなり好きにしろ!」
自分の判断で行動し、誰の邪魔もなかった。なんの言い訳もできない。彼は潔く私刑を受け入れていた。
こうなればオーガもまな板の上の鯉、サンドバッグも同然。
兵士たちはにじり寄り始める。
ゴンヌス隊は彼の判断に異論を唱えない。
隊長一人に責任を取らせることは心苦しいが、実際なんの言い訳もできないのだ。
だからこそ、このまま彼が死んで終わり……。
とはならなかった。
「ふざけるな!」
ここで抗議の声を上げたのは若き幕僚ジュヴェンであった。
タルシスの同志であり、彼の奇襲にお膳立てをした者である。
彼が死ぬとわかって、その準備を手配したのである。
ずっと心に強く重しが乗っていた。それが作戦の成就と同時に炸裂し、心に焼き付いた。
同志の悲願成就を喜びつつ、無駄にはすまいと誓っていた。
もちろん今回のことで奇術騎士団を追い込めるとは思っていない。
それでもタルシス自身の現在の能力からすれば過分すぎる戦果だった。
これで勝ってさえいれば、彼自身やグリフッドの名誉は守られるはずだった。
それを不意にしておいて、自分一人の命で責任を取るなどふざけている。
そんな価値がこの男にあるわけがない。
「お前は最初からこうするつもりだったのか!? 失敗してもいい、自分が死んで終わり? そんな軽い気持ちでタルシスの死を無駄にしたのか!? 侮辱にもほどがあるっ!」
彼は自ら剣を持ち前進する。
その憎悪の対象はゴンヌスだけではない。ゴンヌスが守ろうとしている部下たちにも向いていた。
「お前ら全員皆殺しだ……!」
ゴンヌスを罰するために、ゴンヌスの部下を自ら殺そうとする。
その姿勢を読み取ることはゴンヌスにもできた。
「……悪いな。ああ、悪いとは思っている。だがな、さすがにそれは駄目だ」
オーガである彼の価値感に置いて、目の前の男前には衝突を良しとした。
相手は間違いなく正しく、こちらが間違いなく間違っている。
そのうえでやりすぎだ、と結論付けた。
「俺一人で済むなら煮ても焼いてもいい。が……俺の部下にも責任を取らせるってんなら、そりゃもう大暴れだぜ」
色々な意味で、この場所の空気が変わっていた。
ジュヴェンの動きによって、イシディス軍全体がゴンヌス隊そのものを標的に含めていた。
一方でゴンヌス隊の隊員も『どうせ死ぬなら暴れて死ぬか』という空気になっていた。
どのみち、ゴンヌス隊は死ぬ。
だが既に負傷しているイシディス軍は、更に出血するだろう。
それは流石に、イシディスは見過ごせなかった。
「そこまでだ」
ここで彼女は実直な発言をする。
「今回の戦争で一兵士である君達は私の指示通りに戦ってくれた。これ以上君たちが無駄に死ぬことを私は許容できない。というかこのバカどもを殺すためなんかに、君たちを死なせたくない」
ゴンヌス隊が全員殺されるのはいい。
だが犠牲者が出ることは良しとできない。
もちろんゴンヌス隊を説き伏せて、全員無抵抗で死ねなどと命じられるわけもない。
「そこでだ。全員にとっていい提案をしよう」
ここで彼女は無茶なことを言いだした。
「明日、ゴンヌス隊だけで敵陣に突っ込んでもらう。敵将であるラベアテスやオリオン、ガイカクの首を一つでも持って帰ってくれば無罪放免とする。もちろん我らは一切手助けをしない。これでどうだ」
普通に考えて敵に殺されてこいという話だった。
しかも難行を果たしてもプラスマイナスゼロになるだけの話。
だがそれぐらいでなければ、この場の誰も納得しない。
「なんだ、将軍。三つ全部持って帰ってこい、じゃなくていいのか?」
「さすがにそれは不可能だろう」
「一つならできるって信じてるのか? そりゃあ光栄だ」
ゴンヌスは捨てた武器を手に立ち上がり宣誓する。
「相分かった! 俺たちゴンヌス隊は、明日敵陣に突撃を仕掛ける! 自らの武勇をもって諸君らに償うとしよう!」
この条件はゴンヌス隊全体が受け入れていた。
味方から袋叩きにあって死ぬよりは、敵将に向かって突っ込んで死ぬ方がマシ。
そのようなフィジカルエリート共は大いに盛り上がっている。
それが気に入らない、という者は多い。
どうせ死ぬだろうが、相手が喜んでいるのが面白くなかった。
特にジュヴェンは納得せず前に進もうとする。
「何を綺麗に……!」
「まあ待て。貴殿はまだ何も成していない、死ぬには惜しい」
イシディスはあくまでもジュヴェンを慮っていた。
彼女からの気遣いを感じ、ジュヴェンは剣に伸ばしていた手を止めた。
そのうえで、イシディスを見ないようにしながら質問をする。
「閣下。彼らは成功すると思っているのですか?」
「可能性はある、とだけ言っておこう」
絶対に無理ではない。
半分以上が死ぬが、それでも大将首を手に生還する可能性がないでもなかった。
「そうですか」
自分で質問をしておいて、回答に対して深く考えることは無く、ジュヴェンは自分の心を冷静に客観視した。
(ここから奴がガイカクの首を獲る……というのがあり得るのなら、私はその失敗を願ってしまう。これも愚かなことなのでしょうか)
今彼にとって、ガイカク以上にゴンヌスが憎かった。
※
視点は戻って、ラベアテス軍。
本陣中央部。
もっとも守りの堅いテントの中で、騎士団の事実上の指揮官であるオリオンとラベアテスが話をしていた。
オリオンは途方もなくイライラした顔をしており、ラベアテスもまた難しい顔をしている。
理由はやはりゴンヌスの暴走である。
「オリオン卿。難しい質問になるかもしれませんが、貴殿がイシディス将軍と同じ立場ならどうなさいますか?」
「難しい? 何も難しくない質問ですな。ゴンヌスなる若造が現れ次第頭を鉈でカチ割り、そこいらの木に吊るすだけです」
「……妥当ですね」
この場合の木に吊るすというのは、死者として弔わないということである。
こいつにはその価値もないという最大限の、死者への侮辱であった。
それでもゴンヌス自身は受け入れるであろうし、ゴンヌス隊も文句が言えない。他の兵士たちもそれぐらいしないと納得すまい。
「ではそうなった場合、明日の戦いはどうなると思いますか?」
「負けを認めて帰ります。指揮官として最低限の責任は取りますが、ゴンヌスなる若造の死後の名誉までは守りませぬ」
「それも妥当ですな」
ラベアテスとしては負けを認めて帰る、というところまでが聞きたかった。それから先のことはあんまり聞きたくなかった。
「それはそれで、ゴンヌスだけに責任を取らせるやり方です。イシディス軍がそれで収まるかどうか……私がイシディス将軍の立場なら、明日の戦場でゴンヌス隊全員を戦死させるでしょう」
「手ぬるい」
「確かに手ぬるい選択です。戦場で散る栄誉を許し、あまつさえ償う機会さえ与える。まこと手ぬるい」
私情を隠し切れないオリオンだが、イシディスは明日も戦うだろうとは考えていた。
「相手は百人からなるフィジカルエリートの騎馬隊。対してこちらにはまだ数千の兵がいます。普通に戦えば負けはありませんが……相手にもほぼ同数の兵がいる」
「ゴンヌス隊が援護を受けることはあり得ぬが、彼らを倒すことに全戦力を注ぎ込めば陣形の背を突かれますな」
「その通り。うかつに包囲陣形を作れば、ゴンヌス隊が全滅した後に陣形を戻すより早く突っ込まれます。その場合負ける可能性が高い」
なんだかんだ言ってゴンヌス隊はイシディス軍の主戦力であった。
一日目は温存され、二日目は戦線離脱していた。
傷だらけの軍へ元気に突っ込んでくるのだから、オリオンやラベアテスの首を持ち帰ることぐらいはできるかもしれない。
奇跡とかではなく、分が悪いだけで現実味のある話だった。
「負けられませぬな……!」
「まったく」
自ら殺してやろうと意気込むオリオンにラベアテスは同意する。
しかしその顔は浮かないものだった。
「ありていに申し上げます。勝算はありますか?」
「倒しきる自信がないと?」
「通常ならまだしも、今回はゴンヌス隊も追い込まれている。必死に突っ込んでくる分、突破は現実的でしょう。その場合具体的な提案が欲しいところです」
オリオンがゴンヌスを殺すことは可能だろうが、それでもゴンヌス隊は止まるまい。
生き残った誰かがオリオンを討って逃げ出すというケースも考えられる。
「確実にゴンヌス隊を全滅させる作戦が欲しいところです」
「作戦と言うほどではありませんが『手』なら二つ残っていますな」
ーーー今回奇術騎士団は、リソースを割いた魔導兵器を破壊されていた。
天才魔導士ガイカク・ヒクメをして残ったもので戦うしかなくなった。
精鋭にして忠実なる歩兵隊、重歩兵隊。
即席の手品とそれを活かす己の名声。
そしてまだ残っているものがある。
「奇術騎士団の団員は、今日の時間を使って手品を一つ作っていました。それに加えて……」
いずれにしても、明日戦いが終わる。
どちらにとっても、特殊過ぎる意味で、負けられない戦いであった。