覚悟の戦場
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オーガの奇襲が成功する瞬間を、とあるダークエルフの斥候は確認していた。
ダークエルフの眼に望遠鏡が合わさってようやく視認できる、とんでもなく遠くに彼は居た。
到底奇襲など叶わぬ距離だからこそ、蠍騎士団の従騎士はまったく気づかなかった。
仮にいたとしても害にも脅威にもならぬ遠く。ただ観察することしかできない彼は、それをしっかりと見届けていた。
「お見事……まことにお見事」
奇襲潜伏を得意とするダークエルフたる彼は、此度の奇襲がどれだけ困難かわかっていた。
動力付き車両よりも騎士団長たちが先行していると知った時は、逸るはずだと勘違いしたほどだ。
それならそれで成功すれば大手柄であるだけに、誘惑に負けるかと思ったのだ。
だがそれでもタルシスはやり遂げた。
オーガという種族の性質を封じたうえでの大暴れは、見届けたことを誇りに思うほど。
感慨に浸りたくなる己を恥じつつ彼は速やかに移動する。
味方軍のトップに今回の成功を伝えるために。
※
幸いにも……ガイカクの指示や判断が迅速であったため、人的被害はほぼなかった。
どの騎士団も襲撃者タルシスから距離を取っており、最後の爆発からも身を守ることができていた。
そのような状況であったが、奇術騎士団の面々……特に動力騎兵隊、砲兵隊の涙は多かった。
学があるわけではなく、生まれがいいわけでもなく、優れた能力や秘めた才能があるわけでもない。
自分より優れた人材に触れ続け、個人としての可能性や尊厳はとっくに擦り切れている。
そんな彼女たちが唯一誇れるものがある。
自分の手で作る魔導兵器だ。
ガイカクが設計し指示し監督しているのだが、それでも作業員は彼女らである。
自分の作った兵器が実戦に投入され、戦場で大いに活躍する。敵からは恐れられ、味方からは頼りにされ、周囲からは羨望され、故郷からは嫉妬を受ける。
これに自己肯定感を覚えるのは普通ではなかろうか。原理とか理由とかよくわかんないとしても、自分が心血を注いで製造した兵器なのだから。
その兵器が実戦へ投入される前に破壊されてしまった。
今までも基本使い捨てだったが、基本的には大活躍をした後での廃棄である。
戦場にたどり着く前に破壊されるなど耐えられるものではない。
高機動擲弾兵隊、重歩兵も同じようなものだ。
最低値に過ぎない自分たちを大活躍させてくれる、自分達のために作られた、訓練もしっかり積んだ、そんな誇りが破壊されてしまったのだから。
ほぼ関係ない歩兵隊ですら茫然自失している。
奇術騎士団の戦力がほぼ喪失したも同然なのだから当然だろう。
そんな彼女らを見て、蠍騎士団、とくに斥候役を受けていた者たちは青ざめている。
自分たちは教本通りに、奇襲を受けやすい場所を警戒して哨戒した。それで本当に奇襲をされてしまったのだから、何をしていたのかという話になる。
これはもう、全員首ではないか? そうなっても文句を言えないではないか。
そのように考えていたのだが、オリオンはそれを否定していた。
「今回の奇襲は、相手が脅威であったというだけのこと。防げなかったことを恥じるなとは言わんが、そこまで気に病むことではない。騎士団への奇襲を想定すれば、アレを見逃すのも不思議ではない。まあ要人警護の時にアレを見逃がせばさすがに叩き殺すがな」
オリオンは若きオーガの遺体に敬意を向けた。
彼には輝かしい未来が、そうでなくともオーガらしい死があったはずだ。
それをすべて投げ打った彼の攻撃には、どんな盾でも防ぎ得ぬ重みがあったのだ。
襲撃を得意とする獣人のトップエリートではあるからこそ、もはや天晴れと敗北を認めざるを得ない。
「それにだ……敵は奇襲を完全に成功させるため、一定の戦果を得るためにヒクメ卿を諦めざるを得なかった。それもまた褒めるべき点だが、彼が健在である以上奇術騎士団の作戦は止まらんよ」
大打撃を受けた、それは本当に認めるしかない。
しかし致命傷ではない。ガイカクが健在であり、破壊された動力付き車両の前で既に考えをまとめつつあった。
優れている者ほどさっさと再起する。
敵の奇襲が鮮やかで負けを認めるしかないからこそ、彼もあっさりと切り替えることができていた。
「ん~~……重歩兵隊、ちょっと聞きたいことがある」
ガイカクは少し歯切れ悪く、呆然としている己のオーガに質問を投げていた。
「俺の魔導兵器無しで前線に立てるか? 一日だけでいい、勝てとは言わない、踏みとどまるだけでいい。俺の兵器無しでやれるか?」
残酷な質問だった。
奇術騎士団のオーガは最低値であり、筋力が常人の二倍あるだけの雑魚である。
魔術が使えず、飛び道具が扱えず、長距離走ることもできない。
魔導兵器なしで戦場の最前線に、それも騎士団の旗を背負って立つか聞くなど……。
それこそ残酷な質問だった。
彼女らとてオーガ、本当は自分の実力だけで戦場に立ち武勲を挙げたい。
だがそれはできないと今までさんざん思い知ってきた。魔導兵器があってなお、騎士団の戦場は苛烈だったのだから。
素のまま戦う訓練など積んでいない状況で、自信をもって頷けるわけもない。
しかしそれでも……。
オーガであるがゆえに頭がいいとは言えない彼女らでも、質問の意図は読める。
自分たちが戦場に立てなければ、奇術騎士団は敗走するしかない。
それはイヤだ。
彼女らには騎士団であること以外に尊厳がない。
生きる場所も、生きる手段も、生きる意味すらもない。
「やれます! 親分がやれと言うんなら、私たちはやります!」
「そうか……悪いな、迷惑をかける」
ガイカクは本当に申し訳なさそうに重歩兵隊へ頭を下げた。
そのうえでオリオンに向き直り、今後の方針を語り合う。
「オリオン卿、私の歩兵隊と重歩兵隊をお預けします。蠍騎士団と共にこのまま進み、味方の軍と合流してください。私はその間に魔導兵器の機密保持を行いつつ……別ルートで移動し……なんとかします」
ガイカクの発言は、らしからぬほどに曖昧だった。
実際それだけ追い詰められているということだろう。
だが何もできないわけではないと、しっかり希望を持っていた。
この説明を聞いただけで、オリオンは大雑把な計画を察していた。これは三ツ星騎士団の騎士たちも同様である。
なるほどこれは大雑把にならざるを得ない。
※
数日後のことであった。
此度の騎士団の敵、イシディス軍。
智将で知られる熟練のヒューマン、女将軍イシディスが率いる軍である。
既にルビース平原に入っていたこの軍では、大きなテントの中で上級士官や幕僚たちが集合し軍議を練っていた。
そのような状況で急報が入る。
タルシスがことを成し、奇術騎士団の魔導兵器を破壊したとの報告だ。
これを聞いて幕僚たちは大いに安堵する。
「そうか……これで、これで奇術騎士団が何をしてくるのか考えなくてよくなったのか……」
奇術騎士団といえば、何をしてくるのか予測不能の騎士団である。
チェスや将棋をしているところに、新しい駒を遠慮なくぶち込み、しかも有効活用してくるとんでもない敵だ。
その新しい駒の数や戦果は基本的に『騎士団一個分』ではあるのだが、それでも理詰めで軍事を進める幕僚からすればとんでもない敵であった。
「タルシス……若いものが無茶をして。逸ったものだな。彼が成長していれば、今の戦果を何十も得られたであろうに」
「そう言うな。一度こうすると決めたオーガの意志を変えるなど容易ではないぞ。それに死を惜しむのは勇者に対して失礼というものだ」
上級士官たちは、輝かしい未来が約束されていた若きオーガのエリートの死を嘆いていた。
もし万が一、今回の任務を達成したうえで生存していればどれほどの傑物になっただろうか。
ありえざることであったが惜しまざるを得ない。
一方で幕僚の中に混じる若き青年は、静かに同志の悲願成就を祝福していた。
「皆、何を緩んでいる?」
そのような空気の中で、女将軍イシディスは厳しい目で部下たちを諫めていた。
「勝って兜の緒を締めよとはいうが、戦う前から兜の緒を緩めるとはどういうことだ。たしかにタルシスは任務を成し遂げたが、我らの戦いは始まってすらいないのだぞ」
もう何もかもが終わったかのような空気になっている部下たちに、彼女はもはや怒りすら滲ませている。
「確かに奇術騎士団の魔導兵器は喪失した。少なくとも今回の戦場で奴らが大規模な奇策を発揮することはできない。これはタルシスという勇者と引き換えにして余りある大戦果だ」
魔導は再現性がある。とくに製造者であるガイカクが生きている限りいくらでも再現できる。
その気になればいくらでもストックを貯めこむこともできるだろう。
だがそれは魔導的に可能というだけで政治的には不可能だ。
大量の魔導兵器を備蓄、維持するには大勢の人手がいる。
原材料を確保するために農夫や農場がいるし、大規模な薬品工房や製薬業者が必要で、さらに大工も必要になる。
それこそ騎士団の枠に収まらない、軍隊規模の費用と人員を要する。
もちろんやろうと思えば可能だし、そういう声もあるだろう。
だがガイカクの扱う薬品の危険性を想えば到底許可できるものではない。
なんだかんだ言ってガイカクの違法製造が看過されているのは規模が小さいからだ。
仮に大農園を経営していれば、ガイカクがどれほど有能でも『横流し』が発生しうる。
本人もそれを恐れているが周囲とて同じなのだ。
よって、奇術騎士団の本部に戻ってストックを回収して、再度戦場に向かうというのは不可能である。
「タルシスは最高の戦果を挙げてくれた。ここから負ければ、彼の死を無駄にすることになる」
それでもイシディスは『すでに勝っている』とは思っていなかった。
完敗する可能性は消失しているが、引き分けや敗北の可能性は残っていると判断している。
「我らは何が何でも勝たなければならない。全軍へそのように通達せよ!」
ここで若き幕僚ジュヴェンは改めて彼女に敬服していた。
同志である己よりも、彼女の方がタルシスの武功を重く受け止めている。
勝たなければならないと、誰よりも強く覚悟を決めていた。
※
イシディス軍の下士官や兵士たちは、敵に奇術騎士団がいると知ってざわめいていた。
他の騎士団は『超強い奴ら』であるが、奇術騎士団は何をしてくるのかわからない奴らである。
「アイツらの投げてくる焙烙玉に気をつけろよ。不発弾と見せかけてしばらくしたら爆発するんだ。そうとは知らず、不発弾の周りに集まった俺の仲間たちは……まとめてドカンだったぜ」
「奴らのオーガは獣人みたいに走れるんだよ! なんで? どうやって? そんなことは俺が知りたい! とにかく本当なんだって!」
「奇術騎士団の獣人は空から降りてくるんだよ! この間気球の試乗会があっただろ? あのときにふわふわ降りてきて、空中でくるっと回転したりもしていたんだ!」
「奴らは空から爆弾を落としてくる! このあいだの攻略戦ではそれで食糧庫を燃やされちまった! 遠くにいたから見えたんだよ! それを報告しなかったのかって? そりゃしたよ! 俺以外も見ていたしな! でも報告できたのは何もかも終わったあとだったんだ……俺も自分の眼で観なきゃ信じられなかったしな」
「アイツらにはエルフがいるだろ? 奴らはとんでもなく遠くから魔術を当てられるんだ! 城壁の上に立っていた兵士たちが、一列まとめてぶっ殺されたんだよ! 一瞬でな!」
嘘のような本当の話が奇術騎士団には尽きない。
というか動力付き気球という空想魔導小説めいた兵器が公表されている時点で、一般兵からすればすべてが本当だと信じるしかない。
何よりも質が悪いのは、奇術騎士団は『新しい手品』や『以前の手品の改良版』を常に出してくるのだ。これでは今までの情報をいくら聞いても意味がない。
つまり現場の兵士たちは、目の前の敵がどんな奴なのかまったくわからないまま戦うことになる。
よくわからない敵であることだけがはっきりわかっているのだ。これでは士気が下がっても不思議ではない。
そうしたものも含めて騎士団は強いのだが……。
ここに続報が入る。
「聞いたか!? オーガのエリートが仇討ちだって言って、奇術騎士団に奇襲を仕掛けたんだと!」
「移動中に不意打ち!? オーガがそんなことやるか!?」
「いやそれが、グリフッドを慕ってたらしいんだよ」
「それならありえなくはねえかなあ……で、その不意打ちは成功したのか!?」
「あのガイカク・ヒクメは死んだのか!? もしかして、一緒に行動しているオリオンも死んだか!?」
「いや、それが……魔導兵器を壊すことに尽力したらしいぜ。すげえよなあ、俺だったら騎士団長を襲っちまうぜ。どうせ死ぬならそっちの方が格好つくだろ」
「相手は獣人のトップエリートだからな、返り討ちに会うことを警戒して……」
「そんなことはどうでもいいだろ! 魔導兵器が全部ぶっ壊れた!? ってことは……あとはザコだけじゃねえか!」
奇術騎士団にはどす黒い噂と微笑ましい噂、そしてもう一つ弱点に関する噂がある。
奇術騎士団は魔導兵器頼りの雑魚しかいない、騎士団にあるまじき弱兵の集まりだという。
「なあ……あいつらがもしも戦場に来たらどうなると思う?」
「もう完全に名ばかりの騎士団だ。だが武勲は本物、恨んでいる奴も大勢いる。もしも倒せば俺たちは英雄か?」
「金一封どころじゃねえ、とんでもない大出世が待ってるぜ!」
想定されていることではあるが、奇術騎士団がこの戦場に現れれば狙われるだろう。
有名であるからこそ、陥った時には狙われる。
それも仕方のないことであり、それを受け止めてこそ騎士団。
しかし魔導兵器無き今、彼女らにその力があるかと言えば……。
※
イシディス軍と戦う、騎士団の友軍であるラベアテス軍。
エルフの将軍ラベアテスが率いる軍であり、その実力はイシディス軍に劣るものではない。
しかしながら此度は人数などで後れを取っているため、騎士団へ助力を要請していた。
正統派騎士団である三ツ星騎士団と、何をしてくるのかわからぬ未知数の騎士団奇術騎士団、新進気鋭の蠍騎士団が参戦してくれるということで、ラベアテスや側近たちは大いに沸いていた。
しかし奇術騎士団の半数や団長であるガイカクが不在である姿を見て不安になり、側近たちの集まるテント内でオリオンが説明を行ったことにより不安は実体化していた。
「む……ふ、ふ、ふぅううううう」
幕僚たちがすっかり落ち込んでいる中、エルフ将軍であるラベアテスは静かに息を吐いてからオリオンへ話始める。
「事情は理解しました。普通ならば移動中に不意打ちを受けるとは何事かと怒鳴りつけるところですが、相手がエリートオーガ単騎では私でも同じ目に遭うでしょう。到底咎められるものではない」
ラベアテスの言葉に同席しているアンドロメダは少し顔を曇らせた。
仕方がない、仕方がないと言われ続けても、責任者としては辛いところである。
「……奇術騎士団については撤退していただいたほうが良いのでは」
一軍を率いるラベアテスには決定権がある。
彼が奇術騎士団の参戦を正当な理由で断れば、騎士団内部の話し合いは無意味である。
ここでオリオンは押し切るつもりだろうが、果たしてどうなるのか。
幕僚たちも、ラベアテスもバカではない。
これからラベアテスは当然の論理展開をするが、それをどう止めるのか。
誰もが固唾を呑んでいる。
「戦力のほとんどを喪失している状態で参戦するというのは、一軍の責任者として飲めるものではありません」
「奇術騎士団団長であるヒクメ卿が参戦を表明しています。私はそれを支持しております」
「……私は」
エルフであるラベアテスには、エルフなりの話方がある。
彼は丁寧に、そして赤裸々に明かし始めた。
「私は良い家の生まれであり、だからこそ軍学を学び、現在の地位に就くことができました。親戚には評議会議員もおり、ヒクメ卿についてはよく聞いております。今回の戦争で彼にもしものことがあれば、私はエルフ社会でとんでもない目に遭うでしょう」
エルフ内の政治を語ったうえで、彼はそれを切り捨てた。
「しかしそんなことはどうでもよいのです。私は将軍の席を温めるもの、戦いの命はすべて背負っています。エルフ社会からああだこうだ言われるのが怖いのなら、そもそもここにいません」
「無論ですな」
「ですが……私を含めて、この軍には多くの支持者がいます。騎士団全体もそうですが、奇術騎士団に対してもです」
騎士を一人も抱えていない異色の騎士団というのは、もはや定着している情報だ。
それを恨めしく思う者もいれば尊敬する者もいる。
「奇術騎士団の華々しい戦績の裏には、ヒクメ卿を支える団員たちの奮闘があるとすぐにわかります。彼女らは戦いの前に独自の訓練や下準備を積み、それを戦場で発揮し武勲を挙げているのでしょう。その彼女らに敬意を抱く兵士は少なくありませんし、希望の星と思う者もいるのです」
様々な種族の最低値、あるいは凡庸な資質しかない女兵士たちが、他の騎士団と並び武勲を挙げる。
なんとも夢のある話である。一般兵からすればそのまま輝いていてほしい。少なくともズタボロのまま進軍し、無意味に死ぬなど受け入れがたい。
「私自身もまた……ヒクメ卿の手腕についていく彼女らへ、指揮官として好ましく思います。その彼女らが翼である魔導兵器をもがれたまま戦場に身を投じるなど、許容いたしかねます。それも相手はイシディス軍。彼女はオーガを弔う意味も込めて、容赦なく貴方たちを叩くでしょう。下士官たちも武勲を求めて我先にと奇術騎士団を狙います。到底持ちこたえられるとは……」
「それを分かったうえで、彼女らは参じております」
オリオンはここで、テントの中に置かれた地図の、その上に乗せられているコマの、一つを指で指示した。
幕僚たちは驚き、ラベアテスもまた息を呑む。
「貴方達が存じているように、彼女らは戦って尊厳を保って来ました。今回はオーガにしてやられましたが、それも恥じることではない。恥じるべきはここでおめおめと逃げ帰ること。それこそ完全敗北を認める以外にない」
今回のオーガは強かった。
彼は歯車に徹し、恐るべき戦果を挙げた。
ここで敗走すれば、彼一人に全面敗北することになる。
負けは認めるが全面敗北だけは受け入れるわけにはいかない。
「そこに騎士団を配置するということは……ヒクメ卿はこの状況すら利用するつもりだと? そのために部下を潰すつもりだと?」
「彼女らには潰れる覚悟があります。そしてそれに意味があるのなら、貴方は受け入れるべきだ」
「違いない。軍の司令官として要らぬ情を向けたことをお詫びします。そのうえで……」
ここでラベアテスは完全に情を捨てた顔になった。
奇術騎士団の参戦を正当に認め、コマの一つとして認識したのである。
「承知しました。そのつもりで作戦を立てさせていただきます」
ここでアンドロメダは周囲を観た。
オリオンもそうだが、全員がラベアテスと同じ顔をしている。
戦力が喪失した奇術騎士団を効果的に活用する、そのために頭を回している顔だった。
とんでもない戦場に来てしまった。
後悔の念が無いわけではないが、心のどこかで祝福している気持ちもある。
(あの人たちは戦えるのね)
悲壮なほどの覚悟を固めて参じた彼女らには、然るべき死地が与えられようとしていた。
それは決して悲しいことではない。
※
奇術騎士団歩兵隊および重歩兵隊は友軍に合流したが、周囲から心配の眼を向けられていた。
既に奇術騎士団が崩壊状態であることを知られており、周囲から心配されているのだ。
蔑まれているわけではないが、憐れまれている。奇術騎士団、騎士団に所属する者からすれば屈辱にも思える状況だった。
歩兵隊は自分達にあてがわれたテントに入ると集合し、決死の作戦の前夜のような雰囲気で会議を始めていた。
会議、というよりももはや決意表明なのかもしれない。
「みんな聞いてほしい。我々は次の作戦で『潰れ役』を請け負うことになる。まあつまり……全員死ぬ可能性が高い」
傭兵であった彼女らからすれば縁のない話だ。
少なくとも最初から『潰れ役を請け負ってくれ』と言われることは無いはずだ。
正規兵の中でも特に覚悟の決まっている者しか引き受けられない。ある意味信頼されている証拠であり、ある意味では外れくじだった。
普通の生き物ならば『死んでくれ』と言われても断るだろう。
彼女らも以前なら断っていたはずだ。
だが今の彼女らは騎士団であった。
誰も逃げようとはしていない。
「奇術騎士団……いや、底辺奴隷騎士団を旗揚げするとき、団長はおっしゃった。お前達を一人も死なせない、と。その約束は今日まで果たされてきた」
今回の作戦は、ガイカクが付近にいないことも含めて、約束に反する作戦だった。
話が違うと怒っても仕方がない。ガイカクも自覚はしているだろう。
だがそんな甘えた考えは歩兵隊にない。
「そのうえで、みんなに聞く。今まで一緒に戦ってきた他の騎士団が、同じような状況になって逃げだすか!?」
「逃げません!」
「潰れ役を任されて断るか!?」
「断りません!」
「最初から投げ出すか!?」
「最後まで戦います!」
「よし!」
彼女らは貝紫騎士団の団長であるセフェウや、他の従騎士隊と共に訓練を重ねていた時期がある。
その時に非エリートでありながら自分達よりも強い従騎士に劣等感を禁じ得なかったが、それでも一生懸命訓練についていった。
その中でセフェウは語っていた。
騎士であることこそが、騎士団を守るということだ。
色々と抜けのある言葉の意味を、彼女らは理解している。
「私達の価値は私達が守らなければならない! ここで潰れ役を全うしなければ私たちの価値は言い訳の余地なく暴落する! そのために潰れるのだ!」
この戦いに何がかかっているのだろうか。
政治的にはいろいろと考えがあるのだろうが、少なくとも近くの町を守るためとか大事な人を守るためとかではない。
彼女らは自分の組織のため、自分自身のために戦おうとしていた。
「底辺奴隷騎士団の意地! とくと見せてやろう!」
「おおおおおおお!」
今までの日々があまりにもまばゆく、輝かしく、尊かった。
命を捨てる覚悟を決めてしまうほどに。
※
奇術騎士団重歩兵隊。
彼女らは現在、自分達のための装備を前にしていた。
人間用の両手剣や大盾。普通の人間なら重くて扱いに困る武器だった。
なぜこれを使うのかと言えば、彼女らは『オーガ基準』では貧弱で、オーガ用の武器だと重くて使えないからなのだ。
弱いので人間用の武器を使うしかない、という現実が彼女らに突き付けられている。
歩兵隊と違って、現在の彼女らは普段の装備がない。
戦力は半分以下に落ちている。
それでも最前線に出て戦うのだ。
二十人の底辺オーガたちは、無言で酒器を手に取り、入っていたオーガ用の濃い酒をあおった。
飲み干すと同時に床にたたきつける。
死地に向かう戦士が、これが今生最後の酒でいい、という覚悟を示す所作。
優れた戦士にだけ許された作法である。
仮に故郷のオーガが見ればお前たち如きが何を偉そうに、と怒り出すだろう。
それでも彼女らは負い目なくそれを成していた。
明日の戦場で死んでいい。
今日まで保護されてきた彼女らは、オーガらしく戦場で散ろうとしていた。
本日コミカライズが更新されます。
宜しくお願いします。




