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蠍騎士団目線

今回は架空の医療技術が登場します。

フィクションであり、実在しません。

 新しく設立された蠍騎士団は仕事中こそ活躍していたが、負傷による休暇中に問題行動を起こしてしまった。

 正騎士全員が自らの行動によってケガを悪化させてしまったのである。

 医者でもないのに主治医を務めるガイカクはマジギレしているが、今も外科治療で忙殺されている。


 彼に対して負い目があるオリオン卿やセフェウ卿もまたマジギレしており、病院の大部屋で説教を続けていた。

 もう三日目なのだが、まだまだ怒り足りないようである。


 従騎士隊も集められており、連帯責任で怒鳴られている。


 医者や憲兵も一緒にいて、正直止めたいと思っているのだが、怒りの理由がもっともすぎて誰も止められない。

 この怒りを止めるだけの何かを、誰かが持ってこなければならなかった。


「お前たちは正式な依頼による任務を受け、上官の指示に従って戦い、その結果負傷した! そのことは誰も怒っていない! だからヒクメ卿も違法ながら医療を施してくださったのだ! 普段から『俺は医者じゃない』と言っているのにな!」

「だからこそ逆に言って! 今回の療養は任務でもあるのだ! お前たちはおとなしく体を休めて、一刻も早く復帰できるように最善を尽くすのが仕事(・・)だったのだぞ!? 休日と休暇を一緒くたにするなバカどもめ! 今回の件でヒクメ卿がどれほど怒っているのか想像もできまい! 今後の任務にも確実に支障をきたすし、それに我らはまったく反論できないのだぞ!? お前たちの存在そのものが騎士団の恥だ! 騎士養成校の恥だ!」


 獣人とエルフのトップエリートによる正論パンチに、蠍騎士団はノックアウト寸前である。

 特に正騎士たちは、もはや心が無になっていた。


 そのような状況だったからだろう。

 従騎士の内一名が挙手の上で二人に質問をした。


「失礼します……その、質問をよろしいでしょうか?」

「……下らん質問なら、お前を殺す」

「その覚悟があるのなら聞いてやろう。まあこの状況でくだらない質問をしようと思った時点で殺すがな」


 まっとうな騎士団長である二人の怒りは深い。

 それを覚ますだけの何かを、その従騎士が言えなければ連帯責任で全員殺されるだろう。

 人材の損失は著しいが、すくなくともヒクメ卿は喜びそうである。


「ヒクメ卿の医療技術はもう完成しているのでしょう? なぜ合法にしないのですか?」


 一方で質問は、割とまともであった。

 騎士団長二人の怒りは一瞬で鎮火し、医者や憲兵も微妙な顔をするほどである。


「え?」

「……続けろ」

「あ、その……今回こうしてヒクメ卿の手を煩わせているのも、突き詰めればヒクメ卿以外に施術ができないからです。今後を思えば合法にして、ヒクメ卿の医療技術を普及させるべきでは?」


 質問をした従騎士もそうだが、周囲の蠍騎士団も全員驚くほど、異様に空気が変わっていた。


「一応確認するが……お前は人間だな。極端に物覚えが悪いというわけではない。ヒクメ卿の医療技術が違法行為であること、その根拠は知っているはずだ」

「はい。生体魔法陣は、私たちが受けたサソリのように悪用が容易であること。もう一つは薬品が悪用された場合人体や社会に甚大な影響を及ぼすからですね」

「そうだ。そのうえで、お前は合法にするべきだと?」

「有用性は既に証明されています。先日の事件もヒクメ卿の技術が普及していれば発生自体しなかったのでは? それにヒクメ卿が死ねば一気に失われるというのも問題かと」


 従騎士の言葉に他の蠍騎士団も頷いている。

 むしろそうしない理由が彼らにはわからない。


 これはおそらく、社会一般でも同じように考えているだろう。


「……その、まあいい機会ではありませんか?」

「そうだな……ここは病院だからな」


 一方で、騎士、憲兵、医療従事者は素直に頷けない。

 彼らの認識が間違っているとは言わないが、かなりズレていることも確かなのだ。


「失礼ですが、先生方……人権に配慮した範囲で、その……見学を」

「わかりました。確かに必要なことですからね……」

「私としても同意します。話の前提が違い過ぎますからね」


 オリオンはこの病院の医者に許可を願うとその場で許可が下りた。

 憲兵も完全に同意しており、滞りなく『見学』が許可された。


「えっと、どういうことでしょうか?」

「……患者の様子を見てもらう、ということだ」



 しばらくお待ちください



 およそ一時間後。蠍騎士団の面々は、胃の中のものを全部吐き出してげっそりとしていた。

 彼らが言うところの『薬物乱用』の被害者を実際に見たのである。

 彼らが今まで本や伝聞などで知っていた(・・・・・)ものを実際に見たのである。

 その顔はさっきまでの『なんで普及させないんだろう』という気持ちは消え去っていた。


「身内の恥をさらすようですが……我が憲兵隊の隊長はお世辞にも真面目ではありません。しかしその隊長をして薬物の乱用には危機感を抱いています。もしもヒクメ卿が薬物を売買していた場合、自分が責任を持つのでその場で殺せと命じるほどに。そしてこれは我ら憲兵の総意と受け取っていただいて構いません」

「それは我ら騎士団の総意でもある。何があってもその場で叩き殺す」

「我ら医療従事者も同じ気持ちです……総意と言って差し支えないかと」


 ガイカク自身が濫用していないとしても、彼の生産している薬品は危険極まりないものばかりだ。

 騎士も憲兵も医療従事者も、実際に被害者を見たことがあれば深く理解せざるを得ない。


 義憤に燃える蠍騎士団がガイカクを殺しに行っても止められないほどに。


「子供に見せるとなれば、刺激が強すぎるからな。今までは控えていたが……この話題が出たからには見せるしかなかった」

「ちなみにだが、お前たちには彼らが濫用した薬が投与されている。どうだ、ぞっとする話だろう」


 大部屋に戻った面々は、ようやく現実を共有できていた。

 危険だから禁止しようね、という法律の重みを思い知ったのである。


「こうした危険性もそうだが、他にも理由がある。そうでしょう?」

「ええ……そうなんですよね」


 憲兵の問いかけに医者も頷く。その顔はとても疲れていて薄暗い。


「ヒクメ卿はことあるごとに『俺は医者じゃない』と主張しているそうですが、我らにはその気持ちが理解できます。騎士殿や憲兵殿の前で言いにくいのですが、医者はその……大変なんですよ」


 ヒクメ卿の医療技術がなぜ違法なのか。というかなぜ認可が下りないのか。

 法的倫理に基づく説明をしようとしたところで……病院故の事態が発生する。


「報告します! 人間の正騎士への、生体魔法陣暴発への外科手術が一旦終了しました! まだ危険な状態ですが、一命はとりとめているそうです!」

「……では、実際に見てみましょうか」


 看護師からの報告を受けて、医者は彼らを手術室にいざなう。

 何が起きているのか既に察している顔であり、既に怖いものを見た蠍騎士団としては嫌な予感がぬぐえなかった。


 実際嫌なものを見ることになる。



 病院の手術室。

 それも最奥の、もっとも機密性の高い部屋に『彼』は横たわっていた。

 正しく言うと、横長の水槽に沈められていた。


 水槽には穴の開いた蓋がついており、その穴を通じて中に沈められている患者に管が通されていた。

 また水槽内部には血液が満ちており、それによって内部の様子がよく見えなくなっていた。


 血液は管によって吸い上げられており、いくつもの人工臓器を経由して患者へつながる管に通されている。


 騎士や憲兵からすれば、ぶっちゃけ水葬しているというか、オカルトな実験をしているようにしか見えない。

 一方で医者たちは『こういう方法で!?』と驚愕していた。

 

「あの……どう見ても死んでいるようにしか見えませんが、御殿様がおっしゃるにはまだ生きているそうです」


 彼らに説明するのは、寝不足気味なのかふらふらしている夜間偵察兵だった。

 彼女も手術に協力していたようで、説明を任されているようなのだが、彼女も全く理解できていないらしい。


「医療用生体魔法陣の暴発によって、彼の体の臓器とか血管とかがずたずたになっていて……全身が内出血していて、もう死ぬところだったと。それでその……血管を無理矢理開放して、静脈に流れるはずの血液を外に流しているそうです。その血液を外付けしている人工臓器を経由させて、綺麗にしつつ、栄養を補充して、酸素を取り入れて……臍を通じて動脈に戻しているとか……」


 人工心肺の拡張版とも言うべき外科医療である。

 脈拍も停止し呼吸も止まっているのだろうが、脳波は一応生存を伝えているらしい。


「それでその……上手く行っても全治一年、現場復帰まで二年かかるとか」

(再起可能なの!?)


 説明している方も聞いているほうも、ここから助かる可能性があることに驚きである。


「で、あの……御殿様は、その、治療中ずっと、コイツ死ねとか言ってまして……ここまで終わったら、寝るから説明しとけと言って……あそこで横になってます」


 手術室の隅を見れば、砲兵隊と夜間偵察兵隊がぐでっと横になっていて、その中でヒクメ卿も寝息を立てている。


 彼らをして消耗する大手術であったことは想像に難くない。


「であの~~……ここで変なことをしたら絶対に助からないからなにもすんな、と」

(でしょうね)


 説明するという任務を成し遂げた夜間偵察兵もまた、ふらふらと歩いて行って皆の元で横になった。


 改めて残っているのは、せわしなく動く外付けの臓器たちと、それを見ている面々である。


「すごい……なんという高性能な生命維持装置だ……。生体魔法陣を暴発させた患者を救う手立てがあるとは聞いていましたが、こうも高度な医療技術が完成しているとは……」


(セフェウ先輩……以前の話と照らし合わせると、ヒクメ卿は生体魔法陣を暴発させた患者を、その……)

(だろうな。これは言わなくていいだろう)


 感嘆している医者と、完成に至るまでの経緯を想像してげんなりしている騎士団長二人。

 憲兵も蠍騎士団も『凄いんだろうけど何が起きているのかわからん』という顔をしていた。


 しかし法的倫理の問題はここからなのである。


「む、息子は!? 息子はどうなったんですか!?」


 とても慌てた様子で、年配の女性が手術室に踏み込んできた。

 不衛生な姿をしている彼女は、しかしそれ以上に問題行動を始めてしまう。


「ま、まさか……息子はその中に沈められているんですか!? は、はや、早く出さないと!」


「まずい! 止めるぞ! おい、早く外に出すんだ!」


 錯乱している……とは言えないだろう。

 自慢の息子が血液の水槽に沈められていたら誰でもこうなってしまう。

 だが生命維持装置を外せばどうなるか、既に説明されていたことだった。


「な、なんで、なんで! 離して、離してよおおおおおお!」


 騎士たちが彼女を止めていると、後からきた医者や看護師が彼女を連れて出ていった。

 まさしく倫理の問題にぶち当たった蠍騎士団は、先程までの自分たちがどれほど子供だったのか思い知る。


「一応言っておくが、今回の件でヒクメ卿に非はない。生体魔法陣を刻まれている状態で魔術を使うと死ぬというのは説明したし、コイツは自分の判断で使用したのだからな。その上で命を救うために最善を尽くしている。結果どうなっても文句は言えない。だがそれは……法的な話だ」

「自分の子供や親、友人が酷いケガをして、病院に運び込まれて……よくわからん施術を受けています。それを納得できる者ばかりではない。助かってコレなのだ、助からなければどうなるか想像できるか?」

「仕方ないことなのです。本当に、仕方のないことなのです」

「心中お察しします……」


 生体魔法陣を刻まれている状態で魔術を使うとこうなります。

 実例付きで観た者はこう思うのではなかろうか。

 そんなもんを合法化すんな、と。自分や家族に、こんなものを刻んでほしくない、と。


 魔導的に最善とは言えないが、気持ちはわかる。

 そして医療とは倫理と密接にかかわっている。決して切り離してはいけないのだ。


 手術室に入った面々は、頷きあうと部屋の外に出る。

 寝ている面々を思えば、長居はいろいろと無用であろう。


「もう一度聞くが、『ヒクメ卿の医療技術を開放すべき』と迷いなく(・・・・)言えるか?」

「言えません……」

「そうだ。絶対にダメとも絶対にアリとも言えん。だから難しいのだ。それを議論するのは医者の仕事でも憲兵の仕事でも騎士の仕事でも……魔導士の仕事でもない。政治家の仕事だ」

「我らも知るべきことではあり考えるべきことではあるが……それにばかりかまけるわけにもいかんからな」


 医者も憲兵も騎士も、この場にいない政治家に全員で想いを馳せる。

 政治家も大変だな、と少しばかりの現実逃避をした。


 ちなみに政治家たちは現実逃避すら許されておらず、毎日議論をしているらしい。


「それでも……それでもヒクメ卿は我ら医療従事者にとって希望なのです」


 ガイカクに対していろいろと思うところがあるうえで、医者ははっきり『希望』だと言い切った。


「この世には多くの不治の病がありました。しかしその中の半分以上がヒクメ卿の医療技術によって治療可能になり得るのです。それだけではありません、患者の皆様のQOLも大幅に向上するでしょう。それがどれほどの意味を持つか……」


 どうあっても絶対に治せない病気やケガ。

 現在の患者だけではなく、今後の多くの患者たちに絶望しかない。

 そのような状況で、既に完成した治療法がある。法的かつ倫理的に問題があるとしても、それは人の法の範疇だ。

 患者や家族、医療従事者にとって大きな希望に他ならない。


「それにしても。あれほどの技術を一体どこで身に着けたのでしょうか」


 最後の言葉は、誰もが疑問に思っていることであった。



 一旦落ち着いた後、蠍騎士団とオリオン、セフェウはガイカクが会う予定だった方々へ謝罪行脚へ向かうことになった。

 貴重な休日を潰してまで会いに来てくださったのに、騎士団内のトラブルでドタキャンとなったのだ。

 本来なら蠍騎士団単体で謝るべきだが、まだ半人前ということでセフェウとオリオンも同行している。


 そのような状況で真っ先に会いに伺ったのは『サビク・ハグェ公爵』である。

 大貴族であり奇術騎士団唯一のスポンサーである現公爵ということで、蠍騎士団の面々はしっかりと畏まっていた。

 もちろん現騎士団長の二名も同様であり、非常に緊張した面持ちである。


 彼が宿泊している最高級の宿を訪れた騎士団は、娘と一緒に部屋で待っていた公爵へ深く頭を下げていた。


「この度は遠路はるばるお越しくださったにもかかわらず、ヒクメ卿が挨拶をできず申し訳ありません」

「すべては騎士団の失態。指導を担当していた私どもの失態でございます」


「申し訳ありませんでした!」


「はははは、どうか顔を上げてください。元々別の用事で近くに来ていたところを寄っただけですので、会えずともそこまで問題はありませんよ」


 隣にいる十代前半の女子、娘はとても不満そうだったが、サビクはとても穏やかである。

 気のせいかもしれないが、会えないことを喜んでいるようにも見えた。


「それに今回の件は無辜の民を襲った暴漢へ対処するためだった、と聞いております。怪我人が無茶をすることは褒められませんが、騎士団の品位を損なうものではないでしょう。それに人間の正騎士といえば総騎士団長の候補でもあるはず。ヒクメ卿が尽力するのも当然でしょう」


 穏当に対応してくれる公爵に、蠍騎士団の面々は安堵していた。

 両騎士団長はそれ以上に深く安心している。

 これで彼がスポンサーから降りたら、あとで何を言われても文句が言えない。


「彼にはよく伝えておいてください。会えなくて残念ですが、又の機会には是非にと。そういうことだ、今回は諦めなさい」

「イヤです」


 公爵が話を締めようとしたところ、公爵令嬢はドアの隙間に足を突っ込むように続行させた。


「お父様はおっしゃったじゃありませんか! 奇術騎士団のスポンサーだから、憲兵の監視下でも会えるって!」

「会えないかもしれない、とも言っただろう!」

「イヤですイヤです~!」


 駄々っ子のように……というか駄々っ子として暴れ始める公爵令嬢。

 礼儀もへったくれもない振る舞いに、公爵の方がすっかり青ざめていた。

 騎士たちのほうをチラ見しながら必死で娘を止めようとする。しかしそれでも令嬢は止まらなかった。


「私は! どうしても! 歩兵隊が持っていたブローチが! というかそれに使われていたニスが欲しいんです!」


 先日のパーティーで、ガイカクはバリウスのニスを使ったブローチを歩兵隊に持たせていた。

 ケンタウロスが作成した一般に流通しないブローチを、最高級のニスで塗装した一品である。

 公爵家令嬢であってもぜひ欲しい、と思うところであった。


 しかしそこは公爵令嬢。他人のお古など欲しくない。

 その場では『とても良い品ですね』と褒めつつ目に焼き付けて、同じ品、あるいはそれ以上の品を手に入れる所存であった。


 だが手に入らなかった。

 ガイカクが自作したバリウスのニスが完全にご法度もんであり、どこにも売っていなかったのである。

 もちろんアンティークレベルなら一応あるのだが、彼女は自分の素敵なアクセサリーが欲しいのだ。高額ならなんでもいいというわけではない。


 スポンサーの娘特権をフル活用してガイカクにニスを譲ってもらうつもりだったのだ。

 なお、スポンサー本人が却下している模様。


「それなのに、なんでお会いすることもできないのですか!? 私たちは公爵家で、スポンサーなんですよ!? 一番大事にされるべきでしょう!?」

「お前は力関係というものが分かっていないな!? こう言ってはなんだが、我らはヒクメ卿へ早めに唾をつけていただけで、特段恩を売っているわけでもないのだぞ!? 我らが出資を取りやめても、出資希望者が大量にやってくるだけだ!」

「そこをなんとかするのが政治力じゃないんですか!?」

「どうでもいいことに見切りをつけるのが政治だ!」

「どうでもいいことなんて何もありませんわ~~!」


 バリウスのニスが本当に絶対手に入らないのなら彼女も諦めていた。

 歩兵隊がずらっと並んで、全員がバリウスニスのブローチをつけてドヤ顔をしていて、そのうえ周囲が褒めていて、自分も褒めていたのだ。

 そりゃ欲しくなる。


「お前も知っているだろう!? バリウスのニスは精製する際に、途方もない猛毒を持った廃液が出るのだ! 農地に塩をまくよりも悲惨なことになると教えたはずだ!」


(そんな危ないものを作っていたのか!?)


「でもヒクメ卿は実際に作ったそうじゃないですか~~! もう一回作ってもらえばいいじゃないですか~~!」

「断られるに決まっているだろうが!」

「そんなこと、やってみなければわかりません!」


「お姉さまのおっしゃる通りですわ、お父様!」

「ば、ばかな! なんでお前まで!? 置いてきたはずだぞ!」


 クローゼットの中からばばん、と第二の公爵令嬢が登場した。

 おそらく駄々っ子めいている令嬢の妹と思われる。

 物凄くどや顔でイタズラ自慢をしていた。


「ふっふっふ……こっそりついてきました」

「帰れ!」

「そうはいきません……私もヒクメ卿にお会いして、傑作長編魔導小説『大渦』(ボルテックス)V()について内容を教えていただきたいのです!」


 先の公爵家にて起きた殺人事件。

 その発端となった禁書の内容を知りたいと、次女らしき令嬢は語っていた。


「あの殺人事件のあと、興味を持ってⅠ巻から読んでみたのですが……とても面白かったのです! なのでVが気になって仕方なくて……」

「アレはもう寄付したと言っただろうが! なんで寄付した後で読みたがるんだ!」

「だって読み始めたのは殺人事件が起きた後で! 読んでみたら面白かったんですもの! それにあんな焦げた本を読むなんて怖くてできませんわ! だから原本を翻訳していただきたかったのに!」

「あんな分厚い本を翻訳しろとか、そんな暇がヒクメ卿にあるわけないだろうが!」

「やってみなきゃ何も始まりませんわ!」

「風評が地に落ちるだけだ馬鹿め!」


 ついさっきまでのセフェウやオリオンのように娘たちを叱る公爵。

 共感性羞恥により、騎士団全体が僅かに赤面していた。

 それに気づいた公爵が、慌てて騎士団を外に出そうとする。


「も、もうしわけない。身内の恥をこれ以上晒すわけにはいきませんので、今日のところはお引き取りを」

「はい……それでは失礼します」


「ああ、お待ちを!」

「私の用件だけでも……」

「いい加減にしろ! だいたいな!」


 そそくさと部屋を出ていく騎士団が最後に聞いたのは……。


「なんで現役の騎士団長に『ご禁制のニスを作ってくれ』とか『分厚い長編小説を翻訳してくれ』とか頼まないといけないんだ!」

「作れるからですわ!」

「出来るからです!」


(あの人何でもできるな……)


 長編小説の翻訳は文系の作業なので(魔導小説なので理系と言えなくもない)魔導士の仕事ではないのだが、それでもできるガイカクに呆れながら出ていったのだった。



 ついで挨拶に来たのはボリック伯爵である。

 とはいってもガイカクが仕えていた先代ではなくその息子の現ボリック伯爵であった。

 急激に体重が減少したのか微妙に体調が悪そうな顔をしているが、それでも笑顔である。

 苦労ごとが一つ片付いた、そのような顔であった。


「そうですか、ヒクメ卿はお疲れですか……残念です。ぜひお礼を伝えたかったのですが」


 現伯爵自ら礼を伝えに来るとなれば、よほどのことがあったのだろう。

 しかしガイカクが騎士団長としてボリック伯爵領で任務をこなした、という話は聞いたことがない。

 これにはオリオンもセフェウも困惑気味である。


「失礼ですが……どのようなご用件だったのですか?」

「ええ。実は我が領地でならず者が悪事を働いておりまして……悔しいことに、どこに潜伏しているのかわからなかったのです。危険な薬物の栽培や製造もしていたので、早く対処したかったのです」


 猛烈に嫌な予感がする騎士団。

 もしやガイカクはその地で違法なことをしているのでは、と。


「ですがヒクメ卿に相談したところ『栽培するならココ』とか『製造するなら都合の良い立地があります』とか『移動ルートは予測できますね』とか……まるで犯罪者の気持ちが分かっているかのように、私へ適切に教えてくださったのです!」


 まるで犯罪者のように、と裏表なく評する現伯爵。

 思いっきり犯罪者であることを彼は知らないようである。


(ヒクメ卿はボリック伯爵領を根城としていたな……つまり、その、なんだ。拠点を建てる際に栽培に適した地形や搬入ルート、そこから逆算して製造に都合のいい場所を吟味していたということか?)

(まさに犯罪者目線ですね……)


 さすがは違法薬物に誰よりも詳しいと言ってはばからない男である。

 相手の気持ちに立って(ほぼ同業者)考えることができるのは凄いだろう。

 セフェウやオリオンも経験則である程度の予測は立つが、彼ほどではあるまい。


「いやあ……さすがは騎士団の智嚢と名高いヒクメ卿! その叡智は底知れませぬな!」

(そこは知らないでほしいところだった……)


 現伯爵は気付いているのだろうか。

 ガイカクがその気になれば、彼の領地に拠点を構えて秘密裏に行動できてしまえるということを。

 そこに思い至らないのは、騎士団を信用しているからか、あるいは能天気だからか。


 心配事が消えて喜ぶ伯爵と対照的に、騎士団はすっかり肝を冷やしてしまうのだった。



 最後になったが、大都市ライナガンマを守護するクレス家の若き当主である。

 ヘーラの兄である彼は、なぜかガイカクへ会うために騎士団本部まで訪れていたのだ。

 普通に考えれば豪傑騎士団に用事があるはずなのだが、本当になぜ会いに来たのかわからない。

 もちろん彼の出資者になりたい、従騎士を送り込みたいと思っているのかもしれないので、そこまで不自然でもなかった。


 だからこそ普通に謝罪へ訪れたのである。


「なに!? 会えない!? せっかくここまで来たのに!?」

「申し訳ありません!」

「マズいな……そろそろ帰らないと仕事が差し支えるのだが……うむむ」

「本当に申し訳ありません!」


 今までの来客と違って、とてもまともに会えないことを残念がっているクレス家の若武者。

 武人だからか『遠慮』のようなものがなく直球で不満を漏らしている。

 とはいえそれを言う権利もある。元々謝りに来たこともあって、全員で平身低頭するしかなかった。


「どのようなご用件でしょうか。よろしければ私が伝えましょう。こう言っては何ですが、私はヒクメ卿と初期からの同盟関係。他の騎士団長よりも信を置かれています。私が伝えたとあればそれなりに聞いてくれるでしょう」

「うむむ……少し恥ずかしい話なので伝聞というのは良くないが、このまま帰るというのも却って男らしくないことか」


 やや恥じたあと、若武者はとんでもないことを言いだした。


「知っての通り、我がクレス家はオーガと親交が深い。ヘーラの母と我が父も深い関係にあった。だからこそ私とヘーラは兄妹の関係になっている」

「それはもちろん存じております」

「私自身にも()と言えるオーガがいる。だからこそ……」


 男は、なんとも男らしかった。


「我が妹ヘーラを一蹴したという夜戦(・・)の心得をヒクメ卿から直接聞きたかったのだ」

「……一応伝えておきますが、あまり期待しないでください」

「うむ。だが強く言った、ということは伝えてくれ」


 夜戦でガイカクがヘーラをあっさり倒したことは、ライナガンマ防衛戦に参加した騎士なら知っていることである。

 しかしまさかそのことについて聞きに来るものがいるとは、さすがに想定外であった。


(あの、オリオン先生……今の話って、本当ですか?)

(聞くなっ!)


 蠍騎士団の面々を強引に黙らせるオリオン。

 しかし蠍騎士団は改めて疑問に思う。


 ガイカク・ヒクメとはいったい何者なのだろうか、と。

本日コミカライズが更新されます。

宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 過去の登場人物を再登場させる方法にひねりを加えてきてて面白い。 [一言] 前回の感想で「人間の正騎士は許してあげて」と書いたけど、これは許されんわ。1週間ガイカクを忙殺し、1年間も高価な生…
小説の原書を読める事イコール翻訳できるではないけど、ガキにはわからないだろうな。
求められた中で一つだけ、無害なものがある。 「夜戦奥義書」だけは、手書きで数十枚くらいの簡易版を書いてあげる価値があるかも(ヘーラに「弱くする薬」を盛ったり、自分に「強くする薬」を盛っていなければだ…
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