安全第一
コミカライズ、本日更新です!
宜しくお願いします!
風のない、青く晴れた空。
背の低い草が生い茂る広大な高原で、一つの催しが開かれていた。
ガイカク・ヒクメによるライナガンマ防衛戦により加熱した気球開発競争に乗っかって、大規模な気球体験会が催されたのである。
大々的に広報を行っていたこともあり、周辺から有力者が集まっていた。
気球に試乗し、空に浮かぶことを体験するにはそれなりの参加料が必要だったが、十機からなる気球は予約で埋まっていた。
参加できない者も近くに集まり、上昇していく気球を見上げて感嘆するのであった。
さて、予約待ちをしている参加者たちは時間を持て余すのだが、暇をさせてはよろしくない。
地上では子供向けの気球説明会も行われている。
子供向けとはいっても、超真剣な顔の大人も大勢集まっていた。気球の軍事利用について、真剣に考えている者たちであろう。
とはいえ、やはり主役は子供。気球説明会の解説を担う若き魔導士は、何度も練習し実践した子供向けの説明を大勢の前で行っていた。
「ここにあるものは、小型の気球……気球のミニチュアです。それでは実際に浮かべて見ましょう」
提灯のようなデザインの、簡単な気球。
内部に蝋燭が仕込まれており、着火してしばらくすると、ふんわり浮かんだ。
子供たちは目を輝かせており、大人たちも興味深そうにしている。
「気球というのは、蝋燭だけで浮かぶものなのか?」
大人の一人が率直な質問をした。
もっと繊細で精密な構造物を想像していたのに、子供でも作れそうなものなので拍子抜けしている様子だ。
「蝋燭である必要もないですね。空気を温める何かがあれば、火をつける必要もありません。実際には火を使うのが一番ではあります」
魔導士は簡単に返事をした。
もちろん魔導士基準の『簡単』なので、少し不満そうである。
はっきり言えよ、という顔をしていた。
「とはいえ、火を用意できればなんでもいい、というわけではありません。実際にやってみましょうか」
ここで魔導士は、二本の蝋燭を皆に見せた。
片方は細く短いもの。もう片方はとても太く長いものだった。
「ここに二本の蠟燭があります。両方とも気球に乗せて、火をつけましょう。さて、どうなるでしょうか?」
子供心では、太く長い蝋燭の方がよく飛ぶと思うだろう。
それは素人の大人も同じ考えである。
だが実験結果は、それを裏切っていた。
細く短いほうだけが浮かび、太く長い方はまるで動こうとしていなかった。
予想外の事態に、大人も子供も困惑している。
「どういうことだ? なんの手品だ?」
「手品ではありませんよ、手に持って見ればわかります」
若き魔導士は、火を点けたものと同じ、二種類の蝋燭を大人たちに配った。
手に持った者たちは、ああなるほどとあっさり納得する。
「なるほど、当たり前だが太く長い方が重い。これでは浮かばないな」
「ええ、その通りです。火の点いた蝋燭が無ければ気球は浮かばないのですが、蝋燭が大きすぎると重くて浮かばないのですよ」
ーーーこと乗り物に置いて、重量の問題はつねに付きまとう。
燃料タンクやバッテリーが大きければ大きいほど航続距離、走行距離が伸びそうなものだが、重いと燃費は悪くなる。
度を越えて重いと動くことすらままならない。
簡単すぎる話なので、体感すると子供たちも納得するしかなかった。
「人を乗せて浮遊させるとなれば、火力も大事ですが球皮……膨らむ丸い布の部分も相当大きくなければなりません。実際に浮かんでいる気球を見てください、人が乗る部分に比べて大分大きいでしょう?」
気球とはこういうデザインなのだ、と思い込んでいる人々に、そのデザインである必要性も説く魔導士。彼は特に、子供へ向けて厳重注意をした。
「なので、この気球を背中につけたら飛べるかも……というのはやめてくださいね。気球がひっくり返って火傷をしますから」
実際にやる子供もいるので、絶対に止めなければならなかった。
子供は基本浅慮なので『浮かぶ物を背負えば飛べる!』とか考えてしまうのだ。
浮くというのは概念的なものではなく、具体的に数字で表現できるものである。それを越えると浮くことはない。
もちろん、仮に飛んでいったらそっちの方が大問題だ。火傷どころか骨折、あるいは即死である。
「……では、ガイカク・ヒクメの作ったという気球はどうなのだ? アレには武装した騎士が大勢乗り込み、兵器さえ搭載していたそうだが、そこまで大型とは聞いていないぞ」
大人の一人が踏み込んだことを聞いてきた。むしろ、それをこそ聞きたい様子である。
若き魔導士は今までも何度かこの質問をされていたので、速やかに返事をする。
「軍事機密なので、私は何も知りません。知っていたら殺されるでしょう」
「ぐむ……そうだろうな」
「とはいえ、ある程度の見当はつきます」
詳しいことはわからないが、原理の見当はついていた。
ここで若き魔導士は、紐を取り付けた樹脂製の風船をとりだした。
既に内部に気体が詰まっており、ぷくぅと膨らんでいる。紐は当然ながら、だらりと垂れ下がっていた。
それ自体は驚くべきではないが、なんとすでに浮かんでいるのだ。
もちろん気球のように火を点けているわけではない、だがそれでも浮かんでいた。
大人も子供も声を失っている。
「この風船の中には、火山地帯で採集できる特別なガスが詰まっています。これによって、風船は宙に浮かぶことができるのですよ」
「手に持っていいかね?」
「もちろんです、ですが紐を離さないでくださいね」
紐でつながっている風船を、大人は手に持って、順番に他の参加者にも渡していった。
子供たちもせがむので回されていくが、やはり浮かんだままである。むしろ、紐を握っている手が上に引っ張られる手ごたえまである。
紐が実は棒で、下から支えていただけでした、というしょうもない手品ではないのだ。
「種類などの詳しいことはわかりませんが、ヒクメ卿の製作した気球の風船部分にはこうした特殊なガスが詰まっているのでしょう。それだけだと高度を調整できている理由が分かりませんが、とにかくこういうものもある、ということで」
熱気球よりもさらにシンプルなガス気球。
極論だが、この風船をたくさん体につければ、それだけで飛ぶことはできるのだ。
そのままだと高度調整もできないので、行方不明になる未来しか見えないのだが。
「ただ、このガスは基本的に高級で貴重です。公爵家から資金協力を受けていなければ、人を浮かせるほどの量を得ることはできないでしょう。仮にそれが何とかなったとしても……肝心の動力源が分かりません」
若き魔導士はあっさりとガス気球について紹介した。
逆に言うと、魔導士にとってガス気球は大して珍しくないのだ。
ちょっと興味を持って本を探せばあっさり調べられる程度でしかない。
そう、ガイカクの作った動力付き気球の何が画期的なのか。
相対的に小さい風船で浮かぶことではなく、文字通り『動力付き』であることだ。
「聞くところによれば、ヒクメ卿の生み出した動力付き気球は、巨大な竹とんぼを高速回転させて進むそうです。それをどうやって高速回転させているのか、が、ヒクメ卿や奇術騎士団以外はわかっていません。もちろん私も知りません」
この若き魔導士は、気球について詳しい魔導士である。だからこそ他のことは専門外だった。
万能の魔導士であるガイカクだからこそ、『人工臓器』を『気球の動力源』にするという発想を得ることができ、実際に製造できるのだ。なお、運用するには気象にも詳しくないといけないもよう。
「動力のない気球というのは、セイルもオールもない船みたいなものです。水に浮かぶだけでどこにも行けません。大勢の人が自由に空を飛ぶことを求めて、長年研究してきました。誰もが諦めかけていましたが、だからこそヒクメ卿が実際に作ったことは偉業として歴史に残るでしょう」
目的をもってここにきた大人たちの顔は、がっかりしたものだった。
一番肝心な部分について、誰も知らないということを再確認しただけである。
わかったことと言えば、ヒクメ卿は凄い、である。
一方で子供たちは目をキラキラさせている。
やっぱりヒクメ卿は凄いんだ! あの人の仲間になって、一緒に空を飛ぼう!
とかいろいろ考えていた。
「それでは私の講義に付き合ってくださり、ありがとうございました。それでは皆様の順番が来ましたので、どうぞ気球にお乗りください」
間をつなぐことが完了したため、若き魔導士はゆっくりと高度を下げていく気球群へ皆を案内する。
ある程度の高さに降りた気球は、着陸することなく籠から縄梯子を下ろした。
先客たちはそれをつかって下りてくる。そして奇妙なことに、地面に降りた子供たちはなぜか同じことを言うのだ。
「ヨイコハマネシナイデネ!」
キメ台詞の見え切りと言わんばかりに、鼻高々で奇妙な呪文を唱えている。
というよりも、注意事項を呪文だと思っているようだった。
色々な意味で本末転倒なのだが、なぜかこれから乗り込むはずの男の子も、素振りのように練習をしていた。
「ヨイコハマネシナイデネ、ヨイコハマネシナイデネ……」
親としては、注意していいのか悩むところである。
変に思われるのは嫌なので、気球体験会の係員に謝っていた。
「す、すまない……変な意味はないのだ」
「あ、あははは! どうやら奇術騎士団の団長が、魔導を使った手品の際に注意していたことを、魔法の呪文だと勘違いしたようですね。気球を体験するお子さんは、みんなそういうんですよ」
「うむ……家の中の階段や少し高い木から飛び降りて、ああいう呪文を唱えている」
「本当にヨイコハマネシナイデネ、ですね……」
割とシャレにならないムーヴメントが子供たちの間で発生している模様。
性質が悪いことに、ガイカクはちゃんと『良い子はマネしないでね』と注意していて、その言葉が子供達にちゃんと届いているということだ。ちゃんと伝わっていないというだけで。
ちゃんと教えるのは親の役目なのだが、教えられる自信がなかった。
「父上、父上! 早く早く!」
「う、うん……早く行こうか」
上下左右に揺れる縄梯子を登っていく親子は、上昇感、ともいうべき上向きの慣性を感じていた。錯覚かもしれないが、縄梯子を通じて上に引っ張られているかのようだった。
縄梯子を登り切り、ストーブの置かれている気球の籠に達すると、あまりにもひらけた視界がそこにあった。
窓枠のような遮る物のない、気球特有の解放感。少年は大いに目を輝かせながら、ひらけた景色を目に焼き付けていた。
(……まあ、本当に問題のある行動はしていないからいいか。それにしても)
同乗している父親は、少年がお行儀良くしている姿を見て安堵しつつ、自分も浮遊感を味わっていた。
そのうえでこの気球の操作をしている搭乗員に質問をする。
「そのなんだ……この気球は、上がったり下がったりするだけで、行きたい場所にいけるとかではないのだな?」
「どこにも行けませんね!」
とてもいい笑顔で、搭乗員はきっぱり言い切っていた。
「風向き次第では何とかなるかもしれませんが、本当に行くだけですよ。大量の爆弾を運ぶとか兵員を迅速に運ぶとか、現実味がありません」
「まあ、そうだろうな……」
頭上を見上げれば、とんでもなく大きな布の袋が熱で膨らんでいる。
それでも吊るされている籠は小さいもので、重い物を運べるように思えない。
これで騎士団を空輸するなど、博打にもならないはずだ。
「もしもヒクメ卿が技術を公開すれば、それこそ世界が変わるでしょうね」
「違いない、まさに新世界だ」
軍用として技術が発展すれば、民間にも下りてくるかもしれない。
そうなれば世界や社会は、様相を大きく変えるだろう。
空想魔導小説の描く未来が近づいているようで、ロマンのある話ではあった。
つまり、二人は他人事のようにとらえていた。
一方で少年は、広がる空を目に焼き付けていた。
ヒクメ卿はこの空を自由に行き来できる。
見渡す限りの世界の、その先に手が届く。
憧れた存在に近づけた気がして、胸の鼓動は強まっていた。
※
とある上流階級の、裕福な家族。
ハグェ公爵と縁があり、先日の奇術騎士団を招いたパーティーにも出席していた一家である。
息子にねだられて気球体験会にも参加した親子なのだが、自宅に戻ると吉報を受け取ることになっていた。
「坊ちゃま、お喜びください。ハグェ公爵家からお手紙が届きましたよ、奇術騎士団が騎士団本部で催しを開くので、試遊をしていただきたいそうです」
「ほ、本当!? 試遊……ヒクメ卿に会えるの?」
「ええ、そうですよ」
にっこりと笑うメイドの言葉に、父親は異論をはさまない。
しかし高速で近寄って、内緒話をする。
「どういうことだ、奇術騎士団は壊滅したのでは?」
「どうやら誤報(意味深)だったようです」
「……まあそういうこともあるか」
行軍中に行方不明になることはままあり、そこから発見される可能性というものもそこそこにある。
しかし戦争中で死亡した、とはっきり言われたら普通はそれまでだ。
公式発表をそのまま受け止めていた父親は少しだけ驚いている。
(これは息子に言わなくてよかったな……)
ちなみに、息子に対しては教えてもいなかった模様。
「ねえ、お父様! 僕もそこに行きたい! いいよね?」
「ふむ」
試遊というのは、立派な仕事である。
ハグェ公爵を通じての依頼なのだから、受けないわけにはいかない。
しかし気球体験会できた帰りである。
また遊びに行く、というのは良くないだろう。
「まず、遊びに行くのはいい。しかし今日まで休んでいた分、それから奇術騎士団の元へ向かうまでの分……多めに勉強し、課題をこなしなさい」
「う……」
「今日から奇術騎士団のところに行くまでの間、遊ぶ暇はないぞ」
「はい!」
元気よく返事をする少年に対して、父親は少々複雑な気持ちだった。
(挫折した時どうするべきか……)
仮に他の騎士団の騎士になるというのなら、絶対に無理、不可能と言うだろう。
奇術騎士団ならば可能性がある。可能性があるというのは、欠員が出た場合どう補充するのか未知数だからだ。
奇術騎士団はガイカク以外の全員が奴隷である、という公的情報がある。
欠員が出たので補充する、あるいは増員を必要とした場合、再び奴隷を購入するかもしれない。
かもしれない、というだけで、実際はどうだかわからない。
奇術騎士団団長に購入してもらえるかも、という期待から多くの傭兵が奴隷に自ら身売りしたという噂もある。
バカみたいな噂だが、案外やってそうと思われるぐらいに、奇術騎士団の団員という座は魅力的だった。
それだけ競合相手がいれば、どのような条件であっても達成は困難を極める。
国中の優秀な人材の中からより取り見取り、選びたい放題の中で、わざわざ息子を選ぶとは思えない。
それはまあいいのだ、誰だって一度は騎士に憧れ挫折するもの。
問題なのは、そのあと。
挫折したときに腐るかどうかで、少年の人生は変わるだろう。
少年の可能性を信じ、未来を危ぶむいい親であった。
※
よく晴れた日。
騎士団総本部近くの森に、多くの子供たちと保護者が集まっていた。
彼らの周囲には憲兵が集まっており、彼らの誘導も担当している。
彼らはプロ中のプロなので感情を表に出さないようにしているが、それでもこの状況に疑問を抱いていた。
「なあ……本当にいいのか? 奇術騎士団の試遊に一般家庭を連れて行くなんて……」
「先日、試遊の試遊もしたから問題ないだろう、多分。試遊に関しては、だけどな」
「奇術騎士団の催し、というのが問題だろう」
「それはそうだが、それを言い出すと憲兵だとか騎士だとかの存在意義が問われるな。お前はそこまで踏み込む気概があるか?」
「……そこまではしなくてもいい気がするんだ」
「俺もそう思うんだよ……」
今回の試遊について憲兵も協力している。
監査監督という立場ではあるが、子供向けの試遊であれば必要なことだろう。
奇術騎士団の違法技術に触れるという意味では有意義ですらあった。
それでもいろいろと思うところはある。
子供は清濁併せ吞むとか、濁々飲み干すとか覚えないでいただきたい。
一方で子供たちのテンションは危険域に達していた。
子供にしかできない極秘ミッション(だいたい合っている)ということで、鼻息が大変粗くなっている。
中には彼が使用していた空中行動用のマントを自作して着用している子までいた。
「ヨイコハマネシナイデネ、ヨイコハマネシナイデネ、ヨイコハマネシナイデネ……!」
(テンションが上がっているところに悪いが……さすがにそこまでじゃないだろう)
一方で大人たちのテンションは控えめだった。
子供達に試遊をさせるということなのだから、そこまで危険なことはできないし、しないはずである。
それにまだ肝心の気球が製造中なのだから、彼らの期待するような飛行体験はあり得ないはずだった。
そんな時である。
獣人の女性の咆哮が何度も何度も聞こえてきた。
子供からすると狼の群れが大声で叫んでいるようにしか聞こえないため、何事かと怯えてしまう。
しかし大人たちはこれが獣人の歌であると理解しているので、そこまで反応することはなかった。
(状況からして、奇術騎士団に所属する獣人の歌か。犬か狼が吠えているようにしか聞こえんな……)
なお、感想は変わらない模様。
歌が一旦やむと、遠くからぴょんぴょんと軽快に……本当に、軽々と快適そうに跳んでくる影が多数出現した。
妙な装備をした二十一の影は、獣人と人間。つまり高機動擲弾兵隊とガイカクである。
新型のシーランナーを装着している二十一人は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら接近してくる。
軽快な動きに、子供たちは大興奮。大人たちは『思ったよりすごいのが来たな……』と震撼していた。
だが伊達に新型ではない。大人も子供も、驚くのはここからだった。
「今日は本番だ、しくじるなよ!」
「はい、族長! 無様は晒しません!」
「よし、せえの!」
二十一人は一斉に、空中でシーランナーに取り付けられているレバーを操作した。
何かが噴射される音と共に、空中で一旦停止してしまう。
更になんども噴出音が出ると、二十一人は空中でくるくると回転し……最後には地面に着地したのだった。
(相変わらず凄いクオリティの手品だな……もう手品なのかわからない)
大人も子供も、驚愕のあまり絶句する光景であった。
あらかじめ見ていた憲兵たちも、それを決して笑わない。
彼らからしても、初めて見た時は驚いたものだ。
「どうも皆さま……総騎士団長ティストリアさまの忠実なるしもべ……奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメにございます!」
「奇術騎士団、高機動擲弾兵隊であります!」
「この度は我らの任務にご協力くださり、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
上機嫌な営業スマイルのガイカクに対して、高機動擲弾兵隊はとても得意げである。
子供からの羨望というのは騎士冥利に尽きるのだ。俗な喜びだったが、本音なので仕方ない。
「あ、あの、騎士団長さん! も、もしかして、せ、せなかに、特殊な、ガスを、乗せているんですか!?」
「おお、魔導の勉強をなさっている方もいらっしゃるようですね。その通り、このシーランナーには特殊なガスを搭載しております! これによって軽快な動きができるようになっているのです!」
「そ、それじゃあ、どうやって、お空をとんで……クルってできるんですか?!」
少し気球の勉強をすれば、人が浮くぐらいの浮力を生むガス風船を背負っているのだろう、ということはわかる。
しかし空中で姿勢制御をしていたことはわからない。少年だけではなく、大人たちも首を傾げていた。
ガイカクは得意満面で樹脂製の風船を取り出す。中には何も入っておらずペラペラであった。
「こちらの樹脂製風船をご覧ください。思いっきり、こう、息を吹き入れまして……ふぅ、ふぅ……! この口を開きますと……このとおり!」
何の変哲もない樹脂風船は、内部の呼気を吐き出しながら飛んでいった。
樹脂風船などめったに見ないため、大人も子供も少々驚いている。
「わかりやすく説明しますと、空気を勢いよく外に出すと、推進力が生まれるのです。このシーランナーには浮力用のガスに加えて、推進用のガスを搭載しているので、先程のように空中機動が可能なのですよ!」
新型シーランナー。
実のところ、お蔵入りしていた失敗作である。
圧縮空気を空中で噴射し、姿勢を制御したり移動方向をある程度変更できる。
しかし圧縮空気を詰め込んだボンベを乗せる都合上、肝心の爆弾を積めるだけの重量余裕やスペースが無くなってしまったのだ。
ならば偵察に使おうかとも思ったが、敵から見てもろバレで、しかもそこまで俊敏でもない。敵に発見されれば反撃もできずに撃墜されるだろうとの判断により封印されていたのである。
しかしショーには向いているということで、高機動擲弾兵と共に装着して参上したのであった。
「しかし! これを背負って飛び跳ねる、というのは難しいのです! ここにいる彼女たちも、特殊な訓練を積み重ねることによって、先程のような動きができるようになったのですよ!」
「特殊な訓練!」
ガイカクが何度も言う特殊な訓練。
それを経れば自分も自由自在に空を飛べる!
なんか概念的にそうなんだろう。
子供たちはそう理解しており(そこまで間違っているわけではない)、目を更に輝かせていた。
それを既に終えている高機動擲弾兵隊に向けていた。これには彼女たちもご満悦である。
「さすがに試遊会では訓練に割く時間が足りません。私がインストラクター役を務めますので、あくまでも浮遊感を体験していただく形になります。お父様がたと一緒に乗馬するようなものだと思ってください」
よくよく観察すると、ガイカクのシーランナーだけが、前側に抱っこ紐のようなものがついている。
あそこに小さい子供を括り付けて、一緒に飛び跳ねて遊ぶのだろう。
いきなりのハイテクに仰天していたが、やはり子供向けに配慮されているようだった。
(本当に特殊な訓練が始まったら、大ケガをしても不思議じゃないからな……)
単なる乗馬でも落馬すれば大ケガをするのだ。ぴょんぴょんと飛び跳ねて着地を失敗すれば、子供は重大な怪我をしてしまうだろう。
インストラクター役が付くのは至極当然のことである。
子供からすれば特殊な訓練がなくて拍子抜けだろうが、大人の視点からすればこれでもギリギリのラインである。
(子供と同じ重さの人形で練習していたし大丈夫だろう……子供が暴れなければ、だが)
憲兵たちも少し不安そうにしていたが、それでも止めようとはしていない。
ガイカクは安全に配慮すると決めたら、それこそきっちりする男なのだった。
「それでは記念すべき第一号は……先ほど挙手された、魔導の勉強を頑張っておられる君で!」
「は、はい!! あの、僕、僕……奇術騎士団に入るために、一生懸命勉強してます! 国一番の魔導士を目指しているんです!」
「ほほう、それはつまり……私以上の魔導士ということですか? それは強敵出現だ!」
「い、いえ、そんな……」
「ははは! 冗談に聞こえますか? 冗談ではないですよ! 頑張ってくださいね!」
「はい!」
「それでは一緒に、楽しい魔導を体験しましょう!」
インストラクター役の魔導士として尽力するガイカク。その手並みは気球体験の魔導士よりも洗練されている。案外これこそが彼の本職なのかもしれない、と思わせる振る舞いであった。
興奮する子供を胸の安全ベルトに固定すると、部下である高機動擲弾兵隊に最終チェックを依頼していた。
「安全ベルトの固定、大丈夫そうです、族長!」
「大丈夫そう? そんなのじゃだめだ、しっかり確認しろよ。こういうのは大丈夫そう、が一番危ないんだ。もしものことがあったら、俺もお子様も大ケガしてしまうんだぞ?」
部下にしっかりと注意しつつ、冗談も忘れない。
「俺がケガをしたら誰が治療してくれるんだよ、な~~んてな! ははははは!」
ーーーこの後憲兵と保護者全員で、必死になって止めたのは言うまでもない。
ガイカクは大真面目に怒っていたが、それでも憲兵強権で止めるに至ったのだった。
「我々憲兵は貴方の試遊を監督する義務があります。即刻試遊を中止しなさい。もちろん本番でも控えていただきます」
「そ、そんな、横暴な! なぜです、先日までは良かったのに!」
「なんでもです」
「うう……貴方たち憲兵も、我ら騎士も、この国の平和のため、人々の生活のため、なにより子供の笑顔のために頑張る同志のはず! 見てください、子供たちが泣いているじゃないですか! あの子たちをこのままにして、なにが正義ですか!」
「貴方が傷を負ったら、子供にも保護者にも監督をしていた我々にも消えない傷が残るのですよ!?」
「私はティストリア様の部下になった時から、自分の命など捨てています! 今までも何度も危険な任務に、仲間と共に身を投じてきました! 今更怪我がなんだっていうんですか!」
「もっと自分を大事にしてくれ!」
ガイカクはそれっぽいことを言ったのだが、強硬的に反対されたのだった。
子供達には別の催しを用意することにしました。




