騎士団特権
憲兵。
騎士団とは違う意味での精鋭であり、騎士団とはまた違う権限を持った組織。
騎士団が武力を主に置く組織ならば、憲兵は知力を主に置く組織。
法と秩序を守る組織であり、貴人への捜査を職務とする。
通常時は騎士団に対しての捜査は行えないが、今回のような非常時には捜査を担当することになる。
騎士団の行動は正当なのかどうか。最終的に判断するのは憲兵なのだ。
とはいえ、今回は既に自供に似た形で真実が明らかになっている。
すくなくとも政府は、騎士団に対して処罰を下さない方針であった。
だが憲兵がどうかといえば……。
※
憲兵本部、憲兵隊長執務室。
ティストリアの執務室に劣らぬ格の部屋には、一人の中年男性が座っていた。
デスクワークが中心なのか、憲兵であるにもかかわらず腹が少し出ている。年齢相応の肥満体であり、少々健康に問題がありそうだった。
だがそれ以上に、彼の顔には睡眠不足が現れている。精神に不調をきたし、それが体に現れているようだった。
「副隊長、よく来てくれた」
彼の前には、精悍な男性が立っている。
まさに憲兵、精鋭といった、険しい雰囲気の男性だった。
憲兵副隊長である彼は、少し意外そうな顔で隊長と向き合っている。
「ずいぶんとじろじろ見てくるが、私の顔になにかついているかね」
「死相のようなものが見えますな。なにをそこまで思いつめているのです? 貴方にそこまでのやる気があるとは思っていませんでした」
憲兵隊長という仕事は、本来心労の多いものである。
人の闇に触れるのだから、気を病んでも仕方ない。
しかし副隊長の知る隊長は、そのようにまじめな男ではなかった。
「たしかに。私は君と善悪のラインが違い、ハッキリ言って大抵のことをどうでもいいと流してしまう。私が君の上司、憲兵の隊長であることも、単に御家柄というものだ。やる気などない」
憲兵隊長は極めて真面目に、真っ向から副隊長に応じていた。
「だがね、そんな私でも『これはマズい』という犯罪がある。それが薬の販売だ……意味が分かるね?」
「かの奇術騎士団が、薬品の原料を栽培していることについてですね」
「そうだ。私はね……今までは気に留めていなかった。だってそうだろう? 私たちに捜査権がない、なにがあっても私たちに責任はない」
「法的にはそうですな」
「だが今は違う! 私達に捜査権が生じてしまった! 責任が生じてしまったのだ!」
他の仕事にもそれだけ真摯に向き合って欲しいと思うべきか、無責任な隊長でもマジでヤバいと思うほどの案件と思うべきか。
「君たちが捜査をし、私が判子を押すのだよ! このあとで何か起きて見ろ、私の責任になってしまう! もしも奇術騎士団が違法薬物の薬の販売をしていたのなら……私は、それを、背負いきれない!」
「ではどうするので?」
「君にゆだねる。忖度なしで捜査をし、薬の販売が行われていないのかを探ってくれ。その結果次第では、君の判断で……その場で殺してもいい。私も責任を負って法の裁きを受ける。私たちが見過ごしたせいで薬害が起きているかもしれない、と想像して眠れぬ夜を過ごすよりはマシだ」
「普段からそうしていただきたいですな……ですが、ありがたいお言葉です」
「うむ、頼んだぞ」
隊長の命令を、副隊長は本気だと察していた。
いつもこうあってほしい、憲兵は常にこうあるべきだとさえ思うが……。
(今回の件は特殊過ぎる……それを想えば、当然のことか)
※
基本的に貴人たちは、ガイカクが違法薬物の販売をしていると思っていない。
なぜなら、ガイカクがその気になれば、現金を持ち歩く必要すらないからだ。
彼が適当なエルフの森に入って、適当に店の物を手に取って自分のものにしたり、道行くエルフへ『お前の持っている物をよこせ』と言ったとしても、誰も抵抗しない。あるいはエルフの森長へ『あれもってこい』と言っても無料で叶えられるだろう。
エルフにとってガイカクは重要人物すぎるため、金銭という対価を求めることすらできないからだ。(むしろエルフからすればそうしてくれた方がありがたいまであるが、ガイカクはそれをしないので厄介である)
金儲けをする必要がないのだから、薬物販売に手を染める必要がない。
という当然の理屈である。だがそれは、論理的な理由づけに過ぎない。
憲兵は知っている。違法行為をする必要がないはずの者が、なぜか違法行為に手を染めてしまうことを。そうした事例は、枚挙にいとまがないのだ。
力がある分、違法行為の規模がとんでもなく大きくなる。
憲兵隊長は、それを理解しているからこそ恐れている。そういう意味でも、彼の感覚は憲兵らしいものだ。
(もしもの時は、一緒に責任を取るか)
重大な責任を負っている憲兵副隊長は、奇術騎士団の『違法薬物栽培区画』に来ていた。
苦笑いを浮かべる気も起きないほど堂々と、違法な植物が栽培されまくっている。もう死刑にしてもいいんじゃないかと思ってしまうほどだった。
(あの木は無許可で所有していると逆さ吊りの刑、あのハーブは栽培したら串刺し刑、あのキノコは所持しているだけで火刑、あの果実は販売したら銃殺刑、あのコケを薬物へ精製した場合磔刑だったな)
一周回って政府の施設なのではないかと思えてきた。実際政府の施設なのだが、もちろん無許可であり刑罰は免れない。
いままで騎士団特権で見逃されてきただけで、合法になっていたわけではないのだ。よって、今殺しても合法ではある。弁解の余地などないし、ティストリアもまあしょうがないと諦めて、自分も責任を取るだろう。
(うむむ……)
今まで法律だけを重要視し政治的な判断を排除してきた副隊長だが、今回ばかりは政治的な配慮をせざるを得なかった。
目の前の悪事を暴いた場合、失われるものが多すぎる。この国の利益を考えれば、今まで通り見て見ぬふりをするべきではないだろうか。
「憲兵副隊長殿ですな、お役目ご苦労様です」
苦悶の表情で違法行為を直視している副隊長へ声をかけたのは、三ツ星騎士団団長オリオンであった。
現在彼も監視下に置かれているため、数人の憲兵と一緒である。もちろんそこまで厳重なものではなく、ある程度ゆるいものであった。だからこそ、騎士団の敷地内では外出も許されている。
「三ツ星騎士団団長オリオン殿か。貴殿がこの畑を知ったのはいつ頃かな?」
「ははは……かなり早い段階です。騎士養成校の生徒が魔導の攻撃を受けた際に頼り、その翌日に知りました」
「それ以降見て見ぬふりをしていると。咎めたいところですが、このままでは責められそうにありません」
二人は横並びになって、栽培区画を見る。
ガイカクが以前に言っていたように、違法薬物を販売するには規模が小さすぎる。
本当に変な話だが、この区画の狭さこそがガイカクの潔白(?)を証明していると言えなくもない。
「ここだけの話ですが、私の上司は奇術騎士団を、ガイカク・ヒクメを殺していいとおっしゃっています」
「……しょうがないですな。立派な憲兵と言わざるを得ません」
「ええ、正直見直しました」
憲兵も騎士団も、目の前の植物がどれだけの破滅をもたらすのか知っている。
同時に、これらの薬品が『本来の用途』ならどれだけ有益なのかも知っている。
彼が有効活用したことで、どれだけの国益を……人命を救ってきたのかも把握している。
殺すに惜しく、殺されても仕方ない。
ガイカク・ヒクメとはつまり、そういう男であった。
「彼の噂を聞いた時、騎士団特権などなければいいと思っておりましたが……彼の戦果を想うと仕方ないとも思えます」
「良くも悪くも強すぎる。特権とはそういうものでしょう。私自身、騎士団の特権によって過激なことをするたびに『これが許されていいのか』『悪用すればとんでもないことになるのでは』と危ぶみ、生徒に指導してきました。その最果てがこれです、私ごときの頭では悪用していると言っていいのかもわかりませぬ」
「我ら憲兵も同じです。しいて言えば、これ以上に違法薬物を栽培しているのなら、その時は処置をするというだけで……そう判断せざるを得ない己を恥じるばかりでございます」
おかしいなあ、これだけ栽培していたら処刑して当然なんだけどなあ。
ここまでならセーフ、これ以上はアウトとか、そんな緩い法律じゃないんだけどなあ。
法律の限界について悩む二人の男性の耳に、騒ぎの音が飛び込んでくる。
「た、大変です! ヒクメ卿が、ヒクメ卿が、大いに騒いでおられまして!」
「な、なんだと!? すぐに行く!」
憲兵隊員の救援要請に従い、副隊長とオリオンはガイカクの元へ大急ぎで向かった。
「舐め腐りやがって! てめえらぶっ殺してやる!」
「な。なんの騒ぎだ、ヒクメ卿!」
「現在貴殿は監視下にある! うかつな発言は控えていただきたい!」
「ああん?! おっと、憲兵の方に、オリオン卿! よくぞ来てくださいました、こいつらをひったててください!」
ずびし、とガイカクが指さした先には、水晶騎士団団長のルナと豪傑騎士団団長のヘーラがいた。
「オリオン先生! 私、べ、別に、そこまで悪いことして無いんですよ、ヒクメ卿が大騒ぎしているだけで!」
「そ~そ~、コイツがケチなだけだっての」
「ぬかしてるんじゃねえぞ、てめえら!」
「まあまあ、何があったのか教えてくれ」
憲兵副隊長はガイカクがものすごく怒っているところを見て、意外だなという印象を受けていた。
底知れぬ智謀を持つ怪人かと思っていたら、思いのほか激情の人であった。
さて、何があったのだろうか。
「ルナの奴は! 奇術騎士団のゴブリン向け慰安施設『秘密基地』に無断で入って、ウチの工兵隊と一緒にくつろいでやがったんだ!」
「え、えへへへ……まさかバレるとは思ってなかったな~~……」
「ヘーラは俺が開発中の魔導兵器を物色していやがった!」
「別にいいだろ、けちけちすんなよ。命の恩人になんてことしやがる」
「この犯罪者共が! いくら実績があるからって許されると思うなよ!!」
実に、ツッコミどころ満載な状況であった。
「騎士団特権は停止中で、憲兵さんなら普通に逮捕できるんですよね!? 遠慮なく引っ立ててください!」
「お前が言うなよ」
「そうだよ、説得力ないよ」
(もしかして騎士団はこんな連中ばっかりなのか?)
(もう全員逮捕してもらった方がいいのでは……)
これからの騎士団を担うであろう若き騎士団長たちを制御できるのは、やはりティストリアだけなのかもしれない。
二人の男性は総騎士団長の偉大さを痛感しつつ、法的倫理と向き合い、苦悶するのであった。
ニコニコ漫画様
https://manga.nicovideo.jp/comic/70163
カドコミ様
https://comic-walker.com/detail/KC_005953_S
第一話が本日より公開されております!
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