若い反応
本作のコミカライズが、10月3日(木)に『ドラドラふらっと♭』様より連載が開始されます。
ご応援、よろしくお願いします。
アーストリナ平原の戦いから始まった、前カーリーストス伯爵による奇術騎士団団員拉致事件は解決した。
カーリーストス伯爵領の健康な男子の大部分、現カーリーストス伯爵とその家族。多くの犠牲を伴って、奇術騎士団は帰還したのである。
それはもう、政治的にクリティカルだった。
偉大なるカーリーストス伯爵閣下様は、正式な文書で正式な使者を介して、『奇術騎士団は僕たちの為に戦って全滅しちゃいました』と連絡してきたのである。
にもかかわらず全員生きて帰ってきたのだから、カーリーストス伯爵の政治的な価値は消滅した。
まして、帰還した奇術騎士団の団員全員が『先代カーリーストス伯爵に捕まっていた』と証言したのだから、もはや国賊の域である。
団員がただ帰還して証言しただけなら疑惑の域だが、正式な文書で全員死んでいると報告していたのだから、この食い違いは後者が偽となる。
推理小説でよく見る、アリバイ工作がそのまま犯罪の証拠になった、の最たる例であろう。
今の時点でカーリーストス伯爵が存命だったなら、一族郎党に対してかなり重い死刑(つまり苦痛を伴う死刑)が下されていたに違いない。
では騎士団は無罪放免となったかといえば、そうでもなかった。
いくら騎士団とはいえ、いくら正当性があったとはいえ、勝手に内戦を起こしたのだから査問委員会が設立されることとなった。
強権を用いた代償というべきだろう。
査問委員会の判断次第では、奇術騎士団はおろか騎士団という組織そのものが解体され、騎士たちも重い罰を受けることになるだろう。
そして奇術騎士団の存在そのものが、騎士団を潰すに十分すぎる理由であった。
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各騎士団はそれぞれの本部で謹慎となり、事実上の軟禁処置となっていた。
奇術騎士団は当然ながら、他の騎士団も抵抗する気も力もなく、おとなしくそれに従っている。
自分たちに何ら恥じるところなし、という心境を表しているかもしれない(でも奇術騎士団はそうでもないかもしれない)。
数日の間を開けて、最初に査問委員会へ招集されたのは、豪傑騎士団の団長、オーガのトップエリート、クレス家のヘーラであった。
特権をいいことに悪事を働いている奇術騎士団や、今回の責任者であるティストリアでもない。
豪傑騎士団の団長である彼女が呼ばれたのは、それなりの理由がある。
そもそも豪傑騎士団という組織そのものが、騎士団という組織を内側から把握する役目を持っているのだ。
軍隊からのたたき上げだけで構成されている豪傑騎士団は、奇術騎士団以上に独立色が強く、騎士団への帰属意識が低い。
だからこそ有事の際にはまっさきに招集され、騎士団が実際にどのような活動をしていたのか報告することになっている。
そんなことは彼女も承知のうえであり、ふてぶてしい態度で査問委員会に出席していた。
査問委員会が開かれている場所は、一種の裁判所である。傍聴席にさえ多くの貴人が集まり、中央に立つヘーラの言葉を待っていた。
そう、まず彼女の言葉を待っていたのである。
「一応聞くが、騎士団を罰するとか抜かさないだろうな」
彼女の第一声は、なんとも傲慢なものだった。
「もしもそうなら、この場で大暴れするぞ」
「そんなわけはない。今回の件は今代のカーリーストス伯爵が全部悪い。騎士団に罰を下す気はない。少し窮屈な思いをさせるかもしれないが、戦闘後の休憩だと思ってのんびりしてくれ」
ことわざには『オーガと話すと早く終わる』というものがある。
オーガと会話するときは実直に話そうとするため、結果として話が早く終わるのだ。
というより、早く終わらせないと大変なことになる、という意味でもある。
ヘーラの前にいた貴人はそれを知っているため、早めに切り上げていた。
ちなみに彼女が今回の作戦……奇術騎士団救出作戦に思うところがあれば、第一声は別のものとなり彼らの対応も変わっていただろう。
「ならいい。そんじゃ部下のところに戻るわ」
本当にさっさと話を切り上げたヘーラは部屋を出ていく。
彼女の傍には監視の兵士がいるが、特に拘束しようとはしていなかった。
彼女のここでの役目は、もう終わっているのである。
オーガ相手に、あれ以上話をしても意味がない。
「さて諸君……流石にこうなるとは思っていなかったが、それでも今回の件の責任は我らにもある。できるだけ騎士団に負担がかからないようにするとしよう。そうしなければ、アレだけの人材をすべて失いかねない」
ヘーラが去ったあと、貴人たちは方針を共有した。
やろうと思えば、この国の汚点であり恥部でもある奇術騎士団を合法的に排除することができる。
その点に関してなら、騎士団もそうそう文句は言わないだろう。
そしてその機会が、今後訪れるとは思えない。
それでも奇術騎士団は生かしておく方が旨みがある。
彼らの戦略的価値は、ティストリアに次ぐだろう。
「では今回の事件について、正式に発表をしなければな。各地で混乱も起きているだろう……できるだけ早く済ませたい」
戦略的に価値があるということは、つまり世界に影響を及ぼすということ。
現在世間には『奇術騎士団が全員死んだ』という正式な情報が流れているのだが、それによって各地では激震が走っていた。
情報の更新によって事態が収束するかと言えば、そうでもないだろう。
「これから忙しくなりそうだ」
殺到してくる問い合わせを想像して、貴人たちはため息をつくのであった。
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奇術騎士団が正式に騎士団として認められるために、二つの依頼をこなす必要があった。
片方は砦の攻略であり、もう片方はボレアリス男爵領で起きた『違法薬物販売団体退治』であった。
当時は奇術騎士団という名前すらなく、一時は世間から注目されてもいなかった。
だがボレアリス男爵領にとって、彼らは英雄であった。
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少し雲のある青空の下、小さな牧場で馬に乗っている少年がいた。
少々痩せている雰囲気こそあるが、健康な顔をしている。
初心者用の小さな仔馬にまたがる彼は、手綱を握っているものの自分で馬を操ろうとしていない。
馬を実際に操っているのは、並走しつつ手綱の根元を掴んでいる白髪の男性だった。
まさに初心者の訓練という様相で、はっきりいって退屈な時間である。
乗馬している少年は、少しつまらなそうにしていた。
「爺よ、その手を放してくれないか? いきなり走らせたりはせぬから、せめて自分で歩かせたい」
「なにをおっしゃいます! まだまだ、馬に慣れる必要がありますぞ! それに、馬の方にも慣れてもらう必要があるのです!」
「そ、そうだったな……」
わりとまっとうな理由で否定する男性だが、大声を出しているので馬は怯えている。
少年はそれを感じ取り、少しだけ呆れていた。
「しかし爺は過保護だな。これでは、私が大人になっても乗馬をマスターできんぞ」
「うっ、ううう! だ、男爵様……男爵様が、大人に、大人に……」
「な、泣くな、爺!」
「もうしわけありません。しかし、しかし……二十まで生きられないと言われていた男爵様が、大人になる日のことを、憂いなく語れる日が来るとは……!」
「そうだな……父も母も、それを望んでいた」
「ええ、ええ! 元気に乗馬なさるお姿を、お二人にも見せとうございました!」
むせび泣く男性のしぐさは、決して大げさではない。
この少年はほんの少し前まで、生来の大病によって床に伏せていたのだ。
なぜ乗馬ができているのかと言えば、ガイカクの手腕によるものである。
「本当に、ガイカク殿……いや、今はヒクメ卿か。彼のおかげだな」
「ええ、まったくです!」
「彼はこの男爵領の問題を解決して下さったあと、正式に騎士団長として認められた。その後も華々しい戦果を挙げておられる。まったく、凄い人とはいるものだ。同じ人間として、貴人として、恥ずかしい思いだよ」
「そう思われるのであれば、男爵様も偉大な男爵になれるよう努力なさってください」
「偉大な男爵……か」
「失笑するようなことはありませぬ。先代様は偉大な男爵様でしたぞ!」
「そうだった。私も父やヒクメ卿に恥じぬ、立派な貴族にならねばな」
男爵なんて貴族では一番下、そう卑下する少年を男性は戒める。
「もっともっと、強くなり、大きくなり、勉強しなければな」
「それと、しっかり休み、しっかり寝ることも、ですぞ!」
「うっ……爺はそればかりだな」
「男爵様は、夜遅くまで勉強をなさっております。これは良くないと、医者からもヒクメ卿からも言われているでしょう!」
「爺よ……ヒクメ卿は忙しいのだ。私がなかなか寝ない、というだけで手紙など送らないでくれ」
「また、また……男爵様が以前のようになってしまったらと思えば、筆を執らずにいられませんでした!」
不規則な生活、これすなわち不摂生。
夜遅くまで起きている男爵を心配し、男性はガイカクへ『どうすればいいですか!』と手紙を送ったのだ。
彼も忙しいので手紙が来るとしても遅くなるかと思ったが、返事はすぐに来た。
「ヒクメ卿が送ってくださった香やその調合書はありがたかった。病人時代を思い出すので、ベッドで寝ることは怖かったのだが……今はよく眠れるようになったよ」
「ええ、ありがたいことです。しかしその後が大変でしたな……」
「ああ、こんな男爵領にたくさんの人が来たからな」
ガイカクの医療技術、薬学の知識がすごいと知れ渡ったあと。
彼が治した患者第一号である男爵についても、多くの調査員が派遣された。
彼らが奮戦した結果、ガイカクから渡された薬のレシピがあるという噂が独り歩きし、大変な事態に発展したのである。
ガイカクが送った調香のレシピは、どこにでもある、何の変哲もない代物だった。
にもかかわらず、凄腕の諜報員たちが必死で奪い合うことになってしまった。
その結果がしょうもないものであったことは、ここに明記しておく。
笑い話を交えての乗馬が続く、長閑な牧場。
そこに現れたのは、慌てた様子の若い兵士だった。
「男爵様! 急報でございます! アーストリナ平原にてメラス軍と交戦した奇術騎士団が……全滅したとの公式発表がありました!」
若い兵士にとっても、奇術騎士団は恩人である。
凶報を受け取った彼は、いてもたってもいられず主君へ報せに来たのだ。
「ば、ば、ばかな! 奇術騎士団が、全滅しただと!?」
「はい! 勝利こそしたものの、一人残らず、名誉の戦死を遂げたと……」
「ばかな……」
純朴なる男爵は、公式発表を素直に受け入れていた。
国家が正式に発表したのだから、疑う余地がなかったのだ。
「……その、メラス軍とやらは、どうなった?」
「多くの犠牲を出し、撤退したと……」
「そうか」
男爵は改めて、周囲を観る。穏やかな空気を保っている広い牧場だ。だがその施設は貧相で、資金が潤沢とは言い難い。
平民からすれば、自分の牧場があり、自分の馬が何頭もいるというのは豊かに思えるかもしれない。
しかし彼が今やりたいことには、まるで足りなかった。
「爺よ……私は弱いな。恩人が討ち取られたというのに、仇討ちもできない。父が殺された時と変わらぬ、病気の子供のままだ」
「男爵様……」
「強く、ならなければな」
自分ではどうにもならぬ課題を前に、弱さを認めざるを得ない。
しかしそれでも前を向いていた。少年でしかない男爵には未来があるのだ。
「奇術騎士団で真にエリートと呼ぶに足るのは、ヒクメ卿だけだという。彼の部下は誰もが弱いと聞いている。それでも彼女たちは多くの武勲を上げ、最後まで任務をまっとうした。ならば私も……弱さを言い訳にせず、強くならねばな」
この男爵にある未来など、程度が知れると誰かが言うだろう。
それを彼は否定しない。
病気が治ったというだけで貧弱であり、何か際立った才能があるわけでもない。
仮に彼が名をはせることがあったとしても、それは当人の努力ではなく幸運によるものだろう。
それでも、彼は最善を尽くすと爺に誓った。
父や母、恩人である奇術騎士団にかけて。
「おお、おお……本当に、立派になられました」
「そうだ、私は立派にならなければならない。彼らの偉業を後世に伝えるためにも……まず私が偉大な男爵になり、私の恩人という形で名を刻むのだ」
突然の知らせを受けてなお、少年は屈さなかった。
彼は確実に、強くなっていたのである。
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アマノゾン河を挟む街を領地とする、ナバタタ・ゲンギウ子爵。
先代である父が急逝したため未成年だった彼が仮として爵位を継いでいたのだが、この度成年としての年齢を迎えたため正式に就任した。
彼の最初の仕事は、領内の有力者たちと会うことである。
その中には金融業、金貸しを生業とする者もいた。
魑魅魍魎の巣窟で商売をする男性の顔は、それこそ歴戦の雄に劣らない。
鋭い眼光を宿す彫りの深い顔の彼は、しかし敬意をもって少年子爵と話をしていた。
「ゲンギウ子爵。この度は正式に子爵へ就任なさったということで、ご挨拶に伺わせていただきました」
「うむ、よく来てくれた。若輩な私だが、貴殿にも支えてほしい」
「何をおっしゃる。既にあなたの名声は、国のどこでも聞こえるほどだとか。神童、天才少年などと、不敬にも思える呼び名もあるとか……」
「何を言う……慇懃無礼か?」
定型文であろう誉め言葉を聞いて、ゲンギウ子爵はものすごく疲れた顔を見せた。
「貴殿は私の大根役者ぶりを砂被りで見ていたではないか。にもかかわらず、私がさも優秀で聡明であるかのように語るなど、一周回って恫喝しているようにしか聞こえんぞ」
「ははは、貴方こそ何をおっしゃる。あの場で起きたことで、露見して困ることがあるのですか? いえ、こう言い直しましょう。何の問題もありません、警戒しすぎですよ」
他意がないことを示すように、あえて先に脅しともとれる言葉を使い、そのすぐ後で脅しにならない言葉を口にした。
「黒い噂とどす黒い噂と微笑ましい噂の絶えない奇術騎士団も、あの一件で違法行為はしていません。まして貴方も私どもも、まったく後ろめたいことはしていない。すべて合法の範囲内で沙汰を下した、そうでしょう?」
「……その台本を書いたのがヒクメ卿であったとしても、か。白状するが、本当に台本を書いていただいたのだ」
「それも今更でしょう。彼はあの場で貴方の部下と協力関係にあったと説明していました。それを今貴方が仔細について語っても、それを私が公言しても何も変わりませんよ」
「……賢しいものは、私たちが道化人形だったことを察して笑っているだろう」
「そういう輩は賢しいとは言いませんよ。自分を賢いと思いたがる性根の曲がった輩です。相手にする必要はありませぬ」
「だが、だが……世間の思う私と、実像に開きがあることは事実だ」
ゲンギウ子爵領で事件を解決したあとも、ガイカクは多くの武勲を挙げている。
特にライナガンマ防衛戦では、ティストリアと並び救国の英雄と讃えられるほどだ。
彼の知性は大いに評価されている。
だからこそ、そんな彼をやりこめたゲンギウ子爵は世間からもてはやされている。
もしやガイカク以上、ティストリア級の傑物なのでは。そんな噂まであるほどだ。
「私は凡庸だよ。世間の評判通りどころか、父の仕事を引き継ぐだけでもめまいがしてくる。天才どころか子爵の座すら、身の丈に合わぬよ」
「ははは、ご立派ですな」
ここで金貸しの男は、釘のような眼光で突き刺した。
「貴方が身の丈に合った仕事をしていては、我らが困るのですよ。背伸びをして、ひーこら言って、それでもやってくれなければ、ね」
「……心得ているさ」
少年子爵は、それを苦笑いで受け止めていた。
むしろこうした忠言をもらいたくて無駄話をしているのだ。
過大評価され崇拝され畏敬の念を向けられるよりも、頑張りは認めるからそれを維持しろと言われる方が安心できる。
「ところで、ヒクメ卿について凶報が出回っているようですが、何かご存じですか?」
「うむ。騎士団長であるヒクメ卿を含めて、奇術騎士団が全滅したとの公式発表があった。私の元に、国から正式な手紙も届いている。まったく信じていないがな」
ガイカクの手品ショーに参加していた子爵は、公式発表よりも自分が出会ったガイカクのことを信じていた。
「彼の部下はともかく、彼自身が死んでいるとは思えん。今回の発表も、誰か向けの手品の仕込みとしか思えんな。案外、私のすぐそばに来ていて、『私の訃報は届きましたか? それは結構、では手品に協力していただきたく……』と出てくる機会をうかがっているのかもしれん。それは流石に、自意識過剰かもしれないがな」
「子爵殿……実に、立派になりましたな」
背伸びをして、必死になって、凡庸なりに領主の仕事をこなしている。
それ自体が彼の身の丈を、大いに成長させていた。
金貸しの男は、実に嬉しそうに、心底から子爵を褒めていた。




