開放の日
カーリーストス伯爵の城を行くティストリア。
直属騎士の一人であるウェズンは、当然彼女のすぐ後ろを歩いている。
事態はほぼ終息に向かっているのだが、だからこそ彼の心の中には『邪念』があった。
(この戦いは、正しかったのか?)
騎士団は武力をもって、伯爵家の戦力と、伯爵家そのものを殲滅している。
国家にとって、多大な損害を与えていると言っていい。
政治的な解決を計った方がよかったのではないか、と思わないでもなかった。
政治的な解決が美しいとは言わないが、武力による解決もまた美しいとは言えない。
部下を危険にさらし、味方である同国民を殺す。首謀者である先代伯爵はともかく、他の者も巻き込んでよかったのか?
これが正義と言えるか。
(いや、こうするしかない。人間はともかく、他種族は納得しない)
逆だ。
この状況こそ正義なのだ。
騎士団にとって、正義とは国益以上に重要なのだ。
そうでなければ、他種族との関係が破綻する。
(多くの種族が、我らを信用してトップエリートを派遣している。であれば彼らが納得するようにふるまわねばならない)
他の誰が騎士の信頼を裏切っても、騎士団だけは騎士を裏切ってはならないのだ。
総騎士団長直属騎士たるウェズンは、自らに強くそれを戒め直す。
(今回の件をなあなあで済ませれば、結局騎士団は瓦解する。それならばせめて……騎士のためにも)
そうして一行は歩いているが、その道しるべになっているのは血痕であった。
先代伯爵が残したであろう、出血の跡。それを一行はゆっくりと追いかけている。
その向かう先に、一つの部屋があった。
その扉を開けると、今回の事件の発端となった男の背中が見えた。
「大変お待たせしました、ヒクメ卿。救助に参りました」
「おお、ティストリア様! よくぞいらしてくださいました! 助けに来てくれると、信じておりました」
彼は机の上に寝かされている男に、何やら処置をしているらしい。おそらく外科手術によって、深手を負った先代伯爵の治療をしているのだろう。
おそらく脅されて手術をしているのだろうが、ティストリアが来たと知っても彼は手を止めなかった。
「ヒクメ卿。貴方が処置をしているのは、先代伯爵で間違いありませんか?」
「ええ、おっしゃる通りです。もうすぐ終わりますので、少々お待ちください」
「そうですか、では待たせていただきます」
彼女もまた、まったく止めようとしていなかった。
その顔は、いつものように無感情である。
「ところで、私の部下はどうしていましたか? もしも一人でも死んでいれば、この手術は止めますが」
「ご安心ください、一人も死んでいません。多少の暴行は受けていましたが、殺されてはいませんでしたよ」
「そうですか……では本部に残していた砲兵隊は?」
「彼女たちは野城に残しています。仲間へ治療をしたいようですが、貴方がいないので手の施しようがない様子」
「そうですか……っと」
ここでガイカクは、手術を終えていた。
縫合を終えた彼は、ここでようやくティストリアたちの方を向く。
「お待たせしました」
「もうよいようですね、では」
ティストリアはガイカクの要件が終わったことを確認すると、机の上に寝かされている先代伯爵の元へ向かった。
そして剣を振り上げ、その首に振り下ろした。
ガイカクが手術によって繋げた命を、彼女は断ち切ったのである。
「これにて殲滅は完了です。ヒクメ卿も一旦野城に戻っていただきます」
「さようですか……それでは」
ガイカクは自分の手足を消毒洗浄し、居住まいを正した。
そしてティストリアの足元に膝をつく。
「おおおお! ティストリア様~~!」
ガイカクの醜態を見て、直属の正騎士たちは思わず固まった。
またこれが始まったのか、と呆れてさえいる。
「貴方の忠実なるしもべ、ガイカク・ヒクメにございます~~!」
「はい、存じております」
「救援に来てくださると、信じて耐えておりました~~!」
「ええ、お待たせして申し訳ありません」
「よよよ、この鬼畜なる先代領主は、私の部下を人質に、私に多くの要求をしてきたのですぅううう!」
「それは大変でしたね」
「今代伯爵も、私たちを助けようとはしたのですが、まったく役に立たず……」
「安心してください、責任者である今代伯爵も始末しておきました」
「おお! さすがはティストリア様! 変わらぬ忠誠を誓います!」
「今後も励んでください」
いつもと変わらぬ、平和な茶番。
それを見ている総騎士団長直属正騎士たちは、はあとため息をついた。
ツッコミを入れたいところだが、話していることはもっともなので否定のしようがない。
「ティストリア様に、深い感謝を~~~!」
「私に対してもそうですが、他の騎士団にも協力の感謝を伝えるべきでしょう」
「おお、そうでしたな! 聞けば全騎士団が私どもの為に尽力なさってくださったとか……ひひひひひ! 正義の味方とは、ありがたいものですなあ」
かくて……ガイカク・ヒクメは拘束から解放されていた。
へこへことする彼の目の端に、先代伯爵の首が映る。
(ひひひひ、マジで冥途の土産になっちまったな)
ガイカク個人にとって最大の秘密。
それを知った男は、物言わぬ首となって転がっていた。
それがガイカクを拘束した男の果てならば、仕方のないことなのかもしれない。
※
メトパレアンテ平原での戦いが終わった後、騎士団のほとんどはアーストリナ平原の野城に戻っていた。
いくら相手が烏合の衆とはいえ、勢いで押し切る戦いである。彼らの疲労は甚だしい。
疲れ切った彼らは、とりあえず野城で眠り、翌日を迎えていた。
騎士団一同、揃って野城の外に立っていた。
もちろん主であるティストリアの帰還を迎えるためである。
奇術騎士団も、代表として砲兵隊が参列している。
そんな彼女らだけは、ティストリアの帰還ではなくガイカクが戻ってくることを待っていた。
「先生……大丈夫かな。負けそうだからって、殺されてたりしないかな……」
「そんな、そんなことないと思うけど、そんなことを言われたら不安になるじゃない!」
「辞めましょうよ、絶対に先生は無事だから……無事じゃなかったら、どうしていいのか、わからないでしょ……」
軽めの旗を抱えている彼女たちは、私語をまったく慎まなかった。
不安そうになりながら、互いに言葉を交わしている。
はっきり言って、醜態だった。騎士団に属する者として、心が弱いとしか言いようがない。
他の騎士団の全員がどうかと思っていたが、むべなるかなと受け入れて、見て見ぬふりをしていた。
彼女たちの振舞は、醜態ではあるが無様ではないし、醜悪でもない。
騎士団以外が見ているわけでもなし、彼女らが自由にすることを許していた。
そうしていると、山の方から歩いてくる影があった。
ティストリアを先頭に、騎士たちが凱旋を遂げようとしている。
その誇らしげな歩みの中には、明らかに戦闘員ではない、非戦闘員の姿をした者がいた。
まぎれもない、奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメであった。
「ひひひひ……騎士団が勢ぞろい、壮観壮観。こりゃあ凄いねえ……ひひひひ」
不敵に笑う顔を判別できた瞬間、砲兵隊は旗を抱えたまま走り出していた。
「先生~~!」
「ん、おお、お前たちも来ていたんだったな。もう大丈夫だ、この通り俺は帰ってきたぞ」
二十人のうら若きエルフが、ガイカクに抱き着いている。
涙を流して、再会を喜んでいる。
そんな状況のすぐ隣をすたすたと歩いて、ティストリアは他の騎士団長たちと合流を果たしていた。
「皆さん、ご覧の通りです。ヒクメ卿は無事でした。伯爵家の殲滅も完了しております。これより帰還の準備に入ります、よろしいですね?」
「はっ!」
昨日の激戦を越えた騎士たちは、ティストリアの平常なる言葉に全力で応じていた。
今回の戦いが国益に反するものであり、ある種の私闘であるとして処分を受ける可能性はあったが、それでも帰還することに応じていた。
正義を貫いた自負があった。その正義を信じればこそ、胸を張って帰還できると言っていた。
「とはいえ、です。ヒクメ卿。部下と再会の喜びを分かち合うことも結構ですが、他の部下への治療を願えませんか。今のままでは、彼女たちは全員動かせません」
「あ、そ、そうでした、そうでした! 先生、他の団員を診てあげて下さい! 私達だとどうしようもなくて……」
「先生の指示がないと、私たち何にもできなくて……」
「ん、そうだな……よし、まずそっちだな。他の騎士団の方々、申し訳ありませんが私は部下の元へ向かいますので……」
ガイカクは挨拶もそこそこに、倒れている騎士団団員の元へと向かう。
野城の中で安静にしている、自分の部下たちを治療しに向かうのだ。
本来なら『お前のために命を賭けて戦ったんだぞ』というところだが、騎士たちは彼女らがどれだけボロボロなのか知っている。
それを彼が優先しても、とがめる者はいなかった。
「奇術騎士団団長、ガイカク・ヒクメ……部下に慕われているのは本当のようですな」
「ええ、まったくです」
今までガイカクと接点のなかった箒騎士団、貝紫騎士団の面々は、奇術騎士団が思ったよりまともそうなことに安堵をするのであった。
※
かくて、ガイカクは野城で安静にしていた部下たちの元にたどり着いたのであった。
「よお、お前ら。今戻ったぞ!」
砲兵隊を引き連れたガイカクが戻ったことで、奇術騎士団は大いに沸いていた。
他の騎士団が救援に来た時と同様に、涙を流しながら喜んでいる。
そんな彼女たちの傍によって、ガイカクは一人一人をねぎらっていた。
「団長……私達、私達、一生懸命頑張って戦ったのに、あのオッサンたち、私たちを、雑魚だって、弱いって~~……」
「泣くなよ、歩兵隊。お前達は弱くないだろ? こんな狭い領地でくすぶっている奴らと張り合うなって」
「でも、でも……」
「よし。それなら……お前達、馬に乗れるようになっただろ? 今度最高格の軍馬を百馬揃えてやる。それに乗って、ガンガン活躍するんだ」
「そ、それ、予算的に大丈夫ですか?」
「カネのことは気にすんな! ハグェ公爵様におねだりして、適当に俺一人でできる仕事を引き受けて、それで稼いできてやるからよ!」
「団長~~!」
「親分~~痛いですよ~~! ずっと我慢してましたけど、めっちゃ痛いですよ~~!」
「ああもう泣くなよ、重歩兵隊。俺が来たからにはもう安心だ」
「で、でも……その、ほら……私達、体がどんどん動かなくなってて……な、治りますよね?」
「当たり前だ、俺が診るんだぞ? この程度の傷、すぐ動けるようにしてやる。前みたいに戦えるようにしてやるさ」
「……そうですよね、親分なら治せますよね!!」
「棟梁……あいつら……アタシらに向かって、『お前達はあの騎士団長がいないと何もできないな』とか『お前たちの手柄は全部アイツのものだな』とか言ってさ……」
「動力騎兵隊、今更それで傷つくお前達か? お前らが俺より腕のいい鍛冶師なのは、自覚しているだろうがよ。俺が図面引いても、お前たちが部品作って組み立てなきゃ、なにもできないんだからな」
「そうだけどよお……!」
「よし……お前達、しばらくの間動けないだろ? その間に勉強を見てやろう。図面の書き方を、初歩から教えてやる」
「い、いいのかい、棟梁!?」
「いきなり凄いのは無理だが、基本だけでも楽しいぞ。工作キットとセットで教科書作ってやる、楽しみにしとけ」
「嘘じゃねえよな!? 棟梁!!」
「族長……族長! 奴らは我らをまったく脅威だと思っていませんでした……我らに噛まれることなど、まったく恐れておらず、侮られていました……アレだけの死線を潜り抜け、アレだけの実績を積んだ我らを……奴らは……!」
「高機動擲弾兵、ここで俺に慰めてほしいか?」
「い、いえ……言葉で慰められるのは、違うと、思います……」
「だろぉ? お前達はその屈辱をばねにできる奴だ。受けた傷みを忘れるな」
「はい……族長!」
「よし、その意気だ。ん~~、あとそうだな、お前達って歌好きだよな? 作詞作曲してやるから、奇術騎士団の軍歌を歌ってみるか」
「良いのですか!? 我ら奇術騎士団の歌を、我らが歌う誉を!?」
「お~~う。俺はそっちも多少はかじってるからな! 流石に本職ほどは上手じゃないが、獣人用の歌でも作れるぞ」
「お、御殿様……やはり我らは監視されていましたね……それがいいように働いたことを、嬉しく思えばいいのか……も、わかりません」
「夜間偵察兵隊、今は勝ったんだから喜んでおけ。お前達は賢いし慎重だが、気にしすぎるのは悪い癖だ。入院中は少し気を緩めておけ」
「し、しかし……」
「そういうことを心配するのは俺の仕事だ、そうだろ?」
「はい、御殿様……」
「ずいぶん後回しにしていたが、お前達用の娯楽室『無臭静音暗室』を作ってやる。そこで療養しろ」
「え、えええ!? アレは聖域みたいなところですよ!? そ、そんな、そんな凄い部屋を、私達に!?」
「なんだかんだ言ってお前達には多くの負担を強いているからな。その労いだ」
「はわわわわ……わわわわ!」
「旦那様~~! 旦那様~~! ご飯がおいしくないんだよ~~! おやつも出してくれないんだよ~~!」
「おお、工兵隊……かわいそうに、辛かったよなあ……よし! それじゃあ『おやつの家』を作ってやろう! それも全員が一緒に入れる、凄いのをな!」
「本当~~!?」
「おう、俺の手作りだ! お前たちが食べたこともないようなお菓子も、ふんだんにつかってやるさ!」
みるみる生気を取り戻してく団員たち。
マイナス10ぐらいだった気分が、プラス5くらいまで一気に回復していた。
それぞれの種族のトップでさえ簡単には得られないものをあっさりと用意すると言っている姿に、他の騎士団員たちは……。
(そりゃ攫われるわ……)
改めて、ガイカクが攫われたことに納得するのであった。
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