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二つの敗因

 従騎士たちは、非エリートの中では最上位の人間で構成されている。

 正騎士たちは、それぞれの種族のトップエリートかそれに準ずる者で構成されている。


 それらが連携すれば強い、ということは世界の常識だ。

 先代伯爵も、それぐらいは把握している。


 問題なのは、その程度だ。

 強いと思った相手が、思ったよりも強い……というのは敗北に直結しうる。弱いと思った相手が強いというのと同じぐらい、十分な誤算なのだ。


 それが、一つ目の敗因であった。



「おおおらあああああ!」


 豪傑騎士団団長、オーガのトップエリート、クレス家のヘーラ。

 巨大な金棒を振り回す彼女は、当たるを幸いに進撃する。

 当然、敵兵もバカではない。それなりに対応をしようとする。


「落ち着け、とにかく近づくな! 遠距離から攻撃しろ、包囲して突っつくんだ!」


 オーガの弱点は長く走れないこと、遠距離攻撃が苦手なことである。

 よって彼女の武器が届かないところから、一方的に撃てばいい。

 理にかなった兵法により、伯爵軍は柔軟に陣形を変えていく。


「案の定だな! よおし、突っ込んで背中を押してやろうぜ!」

「鉄板の戦法なんて、単一種族編成にしか通じないってのにな!」


 だがそこに、豪傑騎士団所属のリザードマンが投入される。

 極めて堅牢な鱗を持つ彼らは、その頑丈さ任せに敵陣へダイブする。


 何をやるのかと言えば、己たちの騎士団長を包囲している兵たちの背中を押すのだ。

 ヘーラの射程外から突っつこうとしている輩の背中を押して、彼女の射程に入れてやるのである。


「お、おあ、あ!?」

「ぎゃああああ!」


 彼女の射程に入った者たちは、例外なく死んでいく。

 それこそ彼女を疲れさせることもできない。


「り、リザードマンだ! くそ、リザードマンは……」

「抑え込んで殴るんだよ! 縄、サスマタだ! とにかく抑えこめ!」


「はははは! 俺たちを抑え込む気なんだと!」

「よし、抑え込まれてやろうじゃないか!」


 リザードマンは高い耐久力を誇るが、力はオーガほどではない。

 何十人も大人の男がいれば、縄などで力づくで抑え込める。

 その後比較的通じやすい鈍器で殴りまくれば、その内殺せるのだろう。


 問題は、敵がリザードマンだけではないということだ。


「おらおら~~! オークのオッサンが登場だぞ~~!」

「俺たちに続けよ、お前ら~~!」


「おおおおおお!」


 暴れる騎士を抑え込む、というのは簡単ではない。

 何十人もで包囲し、縄などをかけ、踏ん張り、地面に倒さなければならない。

 そんな暇を、豪傑騎士団は与えない。


 高い生命力、持久力を誇るオークのトップエリート二人を先頭として、全騎士団最強を自負する豪傑騎士団の従騎士が戦線に戻る。

 対エリートのために変形していた陣形に、ごく普通の軍隊がぶつかっていくのだ。


 まずグーを出して、パーを誘発させ、そこにチョキを出す。そんな後出しじゃんけんが、騎士団の兵法。

 とはいえそんなもの、混成軍ならよくあることだ。敵にとって問題なのは、それぞれの『手』がとんでもなく強いことであった。

 だからこそ、グーを出しながらチョキもパーも出さなければならないが……。

 そんなことが混戦の初戦で、実現できるわけもない。


「さー、どうした人間サマ! オーガの殺し方なんて、いくらでも知ってるんだろ? やってみろよ、この私にな!」


 自分が突っ込めば、敵は陣形を変えるしかない。

 その陣形に味方が突っ込めば、敵はあっさり吹き飛ぶ。

 制圧射撃ならぬ制圧突撃こそ、騎士たるオーガの華。


 彼女はゆっくりと前進しながら金棒を振り回すだけで、味方の道を切り開けるのだ。


「俺の分も頼むぜ、人間ども!」

「さあさあ、豪傑騎士団の突撃だ!」


 さらに悪いことに、豪傑騎士団にはオーガが更に二人も在籍している。

 彼らは有象無象を薙ぎ払いつつ、更に戦線を押し上げていった。


「ふうむ、さすがは豪傑騎士団だ。敵を大いに押し込んでいる。我ら貝紫騎士団も遅れるわけにはいかんな……大技を出す、時間を稼げ!」


 それに遅れまいと、貝紫騎士団団長たるセフェウは配下に指示を出す。

 エルフのトップエリートたる彼は、呪文を詠唱し巨大な魔法陣を構築していく。


 それを見た伯爵軍は、血相を変えていた。


「マズい、エルフだ! エルフが魔術を使うぞ!?」

「石がぶつかっても死ぬのがエルフだ、とにかくなんか投げろ!」


「我々に下された命令も聞こえていたはずですがそれを潜り抜ける自信がおありとは意外ですその自信を確かめてみましょうか」


 毒蛇種のラミアである貝紫騎士団の正騎士が、兵士達の足元を縫うように侵攻する。

 トップエリートであるがゆえに膨大な毒液を持つ彼は、牙から毒液を噴霧しながら通り抜けていく。


「あ、お……ど、毒、毒蛇、の、ラミア……!」

「口と鼻を布でふさげ! 目もあんまり開けるな!」


 噛んで直接毒液を流されたのならともかく、屋外で噴霧されただけなら致命的ではない。

 兵士たちはとっさに対応をしようとするが、やはりそれも遅い。


「貴方達は我々を騎士団だと思っていない様子ですのでその過ちを正しましょう我らの兵法ご覧あれ」


 貝紫騎士団所属、鐘蛇種のトップエリート。

 その尻尾の末端にはガラガラヘビ同様に発音部が存在し、激しく振動させることで音を出すことができる。

 トップエリートである彼の出す音は、当然ながら甚だしい。


「があああああ! 鐘蛇種までいるのかよ!?」

「い、いぎぎぎぎ!」


 音量もさることながら、音程もリズムも人間にとって不快なものである。

 それを至近距離で聞かされれば、兵士と言えど長く持たない。


 とはいえ、こんなものは嫌がらせだ。

 毒液の噴霧も不快音波も、どちらもずっと出せるものではない。


 つまり、時間稼ぎには十分ということだ。


「準備はできた、射線からどけ」


 エルフのトップエリート、全騎士団最強の魔術師であるセフェウの、渾身の魔術。

 その魔法陣を見た瞬間、正面に立っていたものたちは慌てて左右に逃げようとする。

 しかし放たれた攻撃魔術は……。


「私が詠唱は……『まっすぐ飛ぶ』『散弾をばらまく』『左右に』『攻撃魔術』だ」


 その左右に逃げた敵さえ攻撃する、エルフの緻密なる魔術。

 何としても食い止めなければならないと誰もが確信していたそれは、その確信を裏切らない殲滅を見せていた。

 セフェウの魔術一発で、何十人もの兵士たちが地面に倒れて動かない。


「さあこのまま押し込むぞ。貝紫騎士団の実力を見せてやれ」

「おおおおおお!」


 そうして出来た敵陣の亀裂に、人間である従騎士たちが突っ込んでいく。

 時に彼ら自身も魔術を使い、敵兵を追い立てていった。


「ふぅ……さすがに歳だな」

「無理をなさらないでください、セフェウ団長。まだ敵は多くいるのですから、今貴方が倒れては困ります」

「ふん、ずいぶんと率直に言ってくれる。だが……問題はない」


 最年長の騎士団長であるセフェウは、息を切らしながらちらりと背後を見た。

 そこでは自分たちの背後を突こうとしていた騎馬隊が、箒騎士団団長であるイオンによって粉砕されている。

 覚悟を決めた兵士ですら恐ろしい大蛇の巨体には、軍馬たちもこらえられない。

 彼女が威嚇をするだけで、ほとんどの兵達は落馬してそのまま死んでいった。


「そろそろ掃討戦に変わる。そうなれば、我らの勝ちは動かん」



 如何に騎士団の全戦力とは言え、6000からなる軍と真っ向から戦って勝つことは難しい。

 勝てるとしても、相応の犠牲を伴うだろう。それを恐れる騎士たちではないが、当然好ましいことではない。


 それこそ正真正銘の全力……今回の救助対象である奇術騎士団を含めていればその限りではないかもしれないが、ないものねだりであろう。


 では騎士団は、この戦いで多大な戦力を喪失するのかと言えば……。

 それもあり得ない。


 二つ目の敗因は『伯爵側が悪であること』に他ならない。


 先代伯爵は末端の兵士たちに対して『あいつらは偽物だ』『本物の騎士団が勢ぞろいしているわけがない』『私たちを襲うわけがない』と説明していた。

 実際兵士達からすれば当然の理屈であり、掲げられている旗を信じた者などいなかった。


 だが実際に戦ってみれば、全員が化け物みたいに強かった。

 一人二人のトップエリートが悪事を働いているぐらいならありえなくはないが、これだけのトップエリートと従騎士級の兵士がそろっている組織など……それこそ騎士団以外にあり得ない。


「ち、ちくしょう、ちくしょう!」

「なんなんだよ、こいつらは……偽物の騎士団、賊じゃないのかよ!?」


 遠距離から削ることができ、特に盛り上がることなく倒せていたのなら、その嘘に気付く者はいなかっただろう。

 だがこうも快進撃が続けば、否応なく理解せざるを得ない。


 この騎士団は、全員が本物だ。

 それならばなぜ、領主は嘘を言ったのか。

 なぜ全騎士団が集結し、自分達と戦っているのか。


「くそ……やってられるか!」

「俺もだ……もういい、逃げるぞ!」

「おい待て、逃げるな! 逃げるな! あとで罰が下るぞ! 敵前逃亡は重罪だ!」

「ふざけるな! 嘘を言ったのはお前たちだろうが! なんで騎士団が集結して、俺たちと戦ってるんだよ!」

「だ、だからあいつらは賊で……」

「賊がこんなに強いわけあるか! なんかやましいことでもあって、俺たちに黙っていただけだろうが!」


 領主が嘘を言っていることは、前線の兵でもすぐにわかってしまった。

 先代伯爵が危惧していたように、本物の騎士団と真っ向から戦える兵などそうそういない。

 上官に嘘をつかれていて、覚悟もできていなければなおのことだ。


 もはや伯爵側の軍は、軍としての体裁を保てていなかった。

 逃亡しようとする者、それを引き留めようとする者。

 そして……。


「降参だ、降参する! 降伏だ! 白旗だ! もうやめてくれ!」


 騎士団に降伏する者まで現れだした。

 こうなっては、騎士団がどれだけ疲れていても、もはや問題にならない。


 殺し合いであるはずの戦争はもはや、一方的な(・・・・)殲滅(・・)だけ(・・)になっていた。


「予測通りの展開になりましたね。それでは全騎士団へ号令を出します」


 ガイカクすら恐れた怪物、ティストリア。

 自らも敵を切り裂きながら先頭を行く彼女は、眉一つ動かさずに宣言する。


「逃げる敵には追撃を。向かってくる敵には迎撃を。降参する敵には死を。予定通り、可能な限り殲滅します」


 この場で唯一騎士たちを止められる女性は、戦争の続行を宣言する。

 それに対して騎士たちは一切反論なく、雄たけびを上げて戦うのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 正しいって事は、強いって云う事。 良く分かんだね。 [気になる点] こんなに差がつくか?との思いと、こん位は差がつくわなとの思いと、半々や。 [一言] 合理に徹すれば、おかしな判断でもない…
[一言] 見せしめが必要ってのはわかるけど、今回の名もなき兵士たちはマジで気の毒だな。今までの連中、砦の若手とかオリオン卿の邪魔した貴族とかはそれなりに非があるけどこいつらは賊が出たからヤルぞ、って言…
[良い点] 聖帝に盾突いた者は降伏すら許さん、というのが世紀末の支配理論である。 やはり37564。 騎士団に盾突く者も、それに与する者も一人も生かしておかぬ、これがティストリア様の審判。 …とは…
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