客観的にはみっともない行為
第二巻、好評発売中です!
先日のアーストリナ平原での戦いから一か月ほどが経過したころ……。
奇術騎士団やカーリーストス伯爵軍と戦った、智将メラスは自分の城でおとなしくしていた。
政治的な力による盤外戦術を使ってまでガイカクを追い込んだはずなのに、ガイカクはそれに対して兵の武力を信じるという基本的な策で破ってきた。
彼はそれに心を痛め、自分の城で初歩から学び直していたのである。
そんな彼の元に、やたらと体格のいい文官が訪れていた。
必死になって初級の勉強をしているメラスに、すっかりと呆れている。
「メラス……話には聞いていたが、本当に勉強をやり直しているんだな」
「当然だ! あんなに綺麗に負けたのは、実戦では初めてだ! 屈辱だ……屈辱だが、納得せざるを得ない!」
「そ、そうか……」
「私の株は暴落しただろう。だがそれは仕方ない、何なら私こそが一番自分にがっかりしている! あそこまで見事に敵の策にはまったなど……あああああああ!! 恥ずかしい!」
「……その割には、楽しそうでもあるな」
「それも少しはある」
「……いきなり冷静さを取り戻されると困るな」
友人からの指摘を、メラスは素直に認めていた。
「マルセロのように、よくわからん新兵器を投入されたので負けるよりも、今回のように手札の読み合いで負けるほうが納得できるし嬉しい」
「嬉しい、か」
「将軍になるということは、敵の将軍と戦うということだ。そして負けを深刻に受け止めすぎるものは、将軍にはなれない。負けに楽しさを見出せないようでは、将軍は務まらん」
「……たしかにな」
今回メラスは完敗した。
なんなら、戦う前から負けていた。
それに責任を感じて、彼は自ら城に閉じこもっている。
多くの費用を投じて、多くの兵を戦わせ、少なくない犠牲を出させて、何も得られなかったのだから当然だ。
だがそれはそれとして、メラスに自決なり引退なりをされても困る。
彼は優秀な智将なのだから、今後も頑張ってほしいところであった。
「彼の部下も、優秀で真面目だった。いくらでも優秀な兵器を製造できる男の部下でありながら、多くの傷を負うこともいとわないとは……うむ、いい兵士達だった」
「……そのことだがな、少し奇妙なことになっている」
体格のいい文官は、本題を切り出した。
「奇術騎士団はお前の軍との戦争で全滅した、という『公式の発表』があったらしい」
「……は?」
「全滅、全員死んだ、ということだ」
「そんなバカな!?」
他でもない指揮官であるメラスは、その可能性を否定していた。
「確かに彼女たちは奮戦していた。何人か死者がいても不思議ではない……だが全員死ぬほどではないし、少なくとも団長であるヒクメ卿は前線に出てすらいなかったのだぞ?」
「うむ……だがカーリーストス伯爵からの正式な報告であるらしい」
「……武官の私でも、彼が怪しいとわかるがな」
「その通りだ。私達への依頼者も、彼とその縁者が怪しいと思っている」
文官に依頼をした者達も、海千山千の腹黒である。
常に正しい選択ができるわけではないが、人の悪意にはひと際敏感だ。
あるいは『自分ならこうするかもしれない』がそのまま正解なのかもしれない。
「君との戦いで疲弊した奇術騎士団を、依頼者が叩く……ヒクメ卿の利用価値を考えれば、ありえないとは言い切れない」
「不愉快なことだ……」
メラスは露骨に不快そうな顔をする。
それはもう、残酷な智将の顔になっていた。
「騎士団は非常招集をかけ、カーリーストス伯爵を相手に戦争を仕掛けた。偽装報告から推理したというより、奇術騎士団に常に監視をつけていた、ということだろうな」
「……戦争ねえ」
騎士団の全戦力対伯爵軍。
その戦力差を思うと、メラスは呆れさえ感じる。
「あの伯爵軍では、疲弊させることもできまいよ」
「経験豊富な先代が復帰するとしてもか?」
「軍は兵の質、装備の質、将の質、下士官の質、兵糧の質……とにかく多くの物の、総合得点で競うものだ。先代が優秀な将で、優秀な下士官を多くそろえていたとしても……兵がアレでは勝てまいよ」
「そんなに弱兵ぞろいなのか?」
「そうと言えばそうだが……そういう話じゃない」
メラスが思い返したのは、今代のカーリーストス伯爵軍だった。
お世辞にも強くなく、メラス軍にいいようにやられていた。
それは悪いことではないが、もうろくに兵力が残っていない、ということでもある。
「少なくとも今代のカーリーストス伯爵は、自分にできる最善を尽くしていた。騎士団へ救援を求めたこともそうだが、自分が集められる限りの将兵を揃えていた。そして、私の兵に多くが倒された。つまり……兵が残っていない」
「先代が首謀者なら、息子の弱さをののしるだろうな」
「それも間違ってはいないが……八つ当たりだな」
「……お前ならどうする?」
「どうするもこうするも、降参しておとなしく死ぬさ。もちろんそんなことを実行に移すものが、潔く死ぬとは思えない。おそらく引退した兵や土地の有力者を頼るだろう。それなりに数を揃えられるはずだ」
メラスはカーリーストス伯爵側の最善を鼻で笑っていた。
「まだ領主になったばかりの息子ではできない兵の集め方、それができる自分の力量才覚に浸っているだろう。だがにぎやかしにしかならない、騎士団を相手にすることはできない」
「ずいぶん言い切るな……結局戦争は数だろう?」
「それなら、文官も数を揃えれば仕事がはかどるのか?」
「それは……違うな」
「そういうことだ……!!」
※
メラスの予想通り、先代伯爵はコネを総動員して兵力をかき集めていた。
中には退役していた古株の凄腕まで混じっており、なかなか壮観な光景となっていた。
先日のカーリーストス伯爵軍より一世代ほど上だが、それでも実力はこちらの方が上であろう。
その兵を集めた自分に酔いしれつつ、先代伯爵は自分の利き手を握ってみた。
全盛期、あるいはケガをする前からすれば、まだまだ弱い。
しかし確実に、戦闘で使えるレベルに至っていた。
「生体魔法陣を体に直接刻み、さらに薬物の投与量を増やしての、無理矢理の復帰……とはいってもそれなりに治してからだ。お前が心配するほどの後遺症はねえよ。一応言っておくが、魔術は使うなよ。死ぬからな。ま、使わなくても死ぬけどな! ははははは!」
それを成したガイカクは、けらけらと笑っていた。
それは達成感からくる笑いではなく、むしろ無駄な抵抗をしていることへの嘲りであった。
そのガイカクを、先代伯爵は睨んでいた。
「……お前が恃みとする騎士団は、友軍を連れず騎士団だけで来たぞ。奴らが精鋭部隊だったとして、精鋭部隊だけで戦争に勝てると思っているのか?」
「へえ? 俺のご主人様が、勝算もなく寡兵で来ているとでも?」
「戦いの基本は数だ。私は自分の力で、6000もの兵をあつめたぞ。それにどうやって対抗する?」
まるで自分に言い聞かせるように、先代伯爵は勝算の補強をしていた。
「お前たちがライナガンマで10万からなる兵を退けられたのは、お前の気球を使って奇襲を仕掛け、内側から食い破ったからだ。真正面からぶつかれば、勝ち目などない」
「そうだな」
「……むしろ、騎士団を潰せば、私の武名はとどろくだろうな。それが心配ではないか?」
「ん~~……あのさあ」
その補強を、ガイカクは嘲る。
「こういう時は黙って戦いに行って、格好良く追い散らして、帰ってきて『勝ったぞ』っていうのが一番格好いい武人だと思うぜ」
「減らず口を……」
「いやいや、お前の方が絶対喋ってると思うぞ」
「減らず口というのは、言葉の多さには関係ない……黙るべき時に黙らないからこそ言われるのだ」
「その定義が辞書の内容と適合するかどうかはともかく、とにかくさっさと行って来いよ」
嘲るからこそ、相手にしないのだ。
「俺はおとなしく、この城でお前の帰りを待ってるからさ」
「そうしていろ!」
それを理解した先代伯爵は、憤りながらガイカクのいた、城の中の一室から出た。
そして一切なんの必要性もないのに、自分の息子を拘束している牢の元へ行った。
牢というのは、本当に牢である。小さい窓が開いているだけの分厚い木製の扉だけが入り口の、とても狭い部屋。
その中に押し込められた自分の息子に会いに行っていた。
「ち、父上、父上ですか!?」
「お前の懸念通りというべきか……騎士団が私の行動に気付き、全騎士を動員して向かってきた」
「な、なんてことを……すぐにヒクメ卿を解放し、謝罪するべきです!」
「ふん、お前は何もわかっていない。今更謝罪が何の意味を持つ」
彼は小さい窓を通して、息子にマウントを取っていた。
それによって自分の精神を回復させようとしていたのである。
その行動がすでに、英雄からほど遠いものとは気づかずに。
「もはや我らは戦うしかないのだ。そして、それだけの価値もある」
そういって、先代伯爵は自分の利き手を開閉させた。
「奴の腕は確かだ。私の腕もすでに実戦に戻れるほどになっている」
「し、しかし……」
「お前も見ただろう、奴の部下の程度の低さを。あの小娘どもは、ただ奴の部下というだけで、奴の医療を独占している。それが健全だとでも?」
「ヒクメ卿にもいろいろと事情があるのかもしれませんよ!?」
「一騎士である奴と、領主である私の事情……どちらを優先させるかは、比べるまでもない」
「それは、そうかも、しれませんが……このやり方は、余りにも間違っています」
「だが奴の力があれば、領地は確実に豊かになる。それを見過ごすのが、良い領主か?」
心身が弱っている息子にレスバトルを仕掛け、それっぽく聞こえる論理を並べて、相手を弱らせる。
それによって、彼の調子はどんどん上がっていった。
「やはりお前に領主を継がせたのは早かったようだ」
「父上! 正気に戻ってください!」
「お前が自分を正しいと思うのなら、それこそ私を殺してでも止めるべきだった。それができていない時点で、お前は領主失格だ」
その言葉の正当性に、今代は打ちのめされる。
そして打ちのめしたことで、先代の気分は最高に盛り上がっていた。
(そうだ、私は正しい! 正しい私が負けることはない!)
特に意味があるとは思えないが、彼は自信を取り戻していた。
最悪の方法でメンタルを回復させた彼は、さっそうと戦場に向かう。
その振る舞いは強者に見えなくもなかったが、その内心は小心そのものであった。




