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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第三夜 静寂と沈黙の雨
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後悔と孤独


 スマホの電子通帳を見ながら、スズは渋い表情を浮かべていた。床に足を崩して座るスズは、スーツ姿だ。静かな部屋の中、しとしとと降る雨の音が響いていた。


 勢いあまってキャバクラをやめたはいいものの、就職活動がまったくうまくいっていない。ハローワークや求人サイトを駆け巡り、書類を送ってみたものの面接にすら進めなかった。


 ある程度貯金があるとはいえ、余裕というほどでもない。自身が社会が求める人材ではないという現実に、焦燥感を募らせていく。


 希望は、一般企業の正社員。給料が低すぎると生活が難しくなるからそれなりの額は欲しい。子どものためを思えば残業はしたくない。


 しかしスズは十年以上のブランクがある。雇う側からすればスキルも経歴も、信用もなかった。


 スズは頭を抱え、ため息をつく。


「……自業自得、か」


 別れた夫に、養育費の請求はしていない。もうずいぶん昔のことだから、今さら連絡しようにも連絡先が分からなかった。


 あの頃はとにかく、別れられるならそれでよかった。もうかかわりたくもなかった。若いのもあって、自分一人でもなんとかなると思っていた。こんな状況になることをちゃんと見すえて、なんとしてでも請求すべきだったのに。


 ――今後の生活、どうしよう。地方に引っ越すことも考える? 就職に向けてもっと計画をたてないと。もううだうだ言ってる状況じゃない。準備できることはいろいろあったはずなのに、なにもしてこなかった私はなんてバカなんだろう。


 ぐるぐると考え込むスズは、息子がすでに帰ってきていることにも気づかなかった。


「お母さん?」


 リビングに放たれた息子の声に、ハッと振り向いた。ランドセルを背負った息子が、たたずんでいる。


「あ、おかえり」


 スズと目を合わせた息子は、神妙な顔で、意を決したように口を開く。


「お母さん、俺、中学卒業したら働く」


「は?」


「俺、勉強苦手だし」


 まさか本気のはずがない。


 スズはへらりと笑う。


「なにいってんの。このご時世大学まで行かないと」


「でも、俺のせいなんだろ、お母さんが仕事辞めたの。だから、お金ないんだよね。……ごめん」


 うつむく息子が、あの日の言動を後悔していることに、嫌でも気づいた。


 子どもに、そんなことを言わせるべきではない。言わせてはいけない。言わせないように、これまでずっと、がんばってきたはずなのに――。


 母親として、これ以上、息子が理不尽に追い詰められる状況になるのは避けたい。


「あんたはそんなこと考えなくていいの」


 いつもどおり、鈴が鳴るような独特の高い声で言う。


「でも……」


「おなかすいたでしょ。おやつあるから食べな」


 ほほ笑みながら立ち上がる。


「お母さん今からご飯の準備するね」


 キッチンに向かい、スーツの上からエプロンをつけた。





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