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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第三夜 静寂と沈黙の雨
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偽りの灯火 1


「ひっどい顔にひっどい体だねぇ」


「ほんとに本番できないの?」


「……あっそ。じゃあとっとと抜いてよ」


「は~。もっとうまくできねえかなぁ」


「へたくそ」


 今日も今日とて、デリヘルの客はあいかわらずの反応を見せる。


 どんなことを言われても、どんな態度を取られても、ユイはやけどの痕がひきつる顔で笑っていた。


 これも、金を稼ぐためだ。娘と二人で幸せに生きるためだ。


 どんなに傷つこうが男の性欲を発散させなければ、理想の生活は手に入らない。


「ユイさんさぁ、ちゃんとしてよ。クレーム来てるよ?」


「え?」


 次の呼び出し先へ向かう車の中、運転中のスタッフがあきれ声で続けた。


「態度も悪いしサービスの質も悪いって言われたよ。へらへらして話すのも気持ち悪いってさ」


 スタッフの軽い言葉が、重く突き刺さる。


「そりゃやけどがあるから仕方ないけど、こういう仕事してるんだから、かわいげない態度とらないでよ。あんまりにもクレームが入るようなら辞めてもらわなきゃいけなくなるからね?」


「すみません……」


「仕事柄、理不尽なこと言われてるのかもしれないけどさぁ。しょうがないじゃん。ユイさんただでさえハンデあるんだから。それを超えるくらいの接客しないと。ほかの子だってハンデがあるのにがんばってるんだよ?」


 ユイは何も言い返せず顔を伏せる。ひざに置いていた握りこぶしが震えていた。


「本指がないの、今のところユイさんだけだよ? みんな工夫しながら相手してんの。ユイさんももうちょっと考えなくちゃ。どうやったら、お客さんに気に入ってもらえるかをさ。……お客さんの希望、もっとたくさん聞いてあげたら?」


 今まで出会った客の顔と、吐き出された暴言を鮮明に思い出す。それだけで、ユイの頭はガンガンと痛み、動悸(どうき)も激しくなっていった。


「すみません」


 それでもユイは、謝るしかない。実際、指名がないのは事実だからだ。そのうえで働かせてもらっている以上、聞き入れるしかなかった。


 お金がたまるまでの、辛抱だ。


 客が呼び出した場所へ移動し、男の相手を繰り返していく。さまざまな男たちに容姿やプレイの批判を受けながら、ようやく退勤の時間を迎えた。


「えーと。今日は二万円でお願いします」


 送迎車の中で精算し、言われた額を運転席にいるスタッフへ渡す。


「はい、確かに受け取りました」


 財布をカバンにしまってしばらく、送迎車が動き出した。このあとは託児所で子どもを引き取り、そのまま帰宅する予定だ。


 ユイは、クマのうかぶ疲れ切った顔で、ぼうっと外の景色を眺めていた。都心の繁華街らしく、夜なのに煌々(こうこう)とした建物が流れていく。


 ユイの瞳に、歓楽街のトレードマークである、ネオンのアーチが映りこんだ。通り過ぎていくのを目で追ってしばらく、口を開く。


「あの、ここで、いいです」


「え?」


 スタッフは困惑しながらも、点滅ランプを押し、ゆっくりとブレーキを踏んだ。路肩に停め、振り返る。


「大丈夫? 託児所はまだ先だよ?」


「はい、大丈夫です。少し、一人で歩きたくて……」


「ああ、そう?」


 ユイは謝りながら歩道に降りた。走っていく送迎車を見送り、バッグからスマホを取り出して電話をかける。相手は子どもを預けている、託児所だ。


「はい、すみません。あの。少しお迎えの時間が遅くなりそうで。……はい。もちろん。延長料金はお支払いしますから」


 スマホを耳に当てたまま、先ほど見たアーチのほうへ戻っていく。まるで、街灯に吸い寄せられる、()のように。


「はい……じゃあ、お願いします」


 アーチの目の前で、立ち止まる。電話を切り、スマホをバッグにしまうと、あるものを取り出した。


 あの日、バッグの中に入れっぱなしにしていた、律の名刺。裏側のメッセージを見ながら、ふらふらと、アーチの下をくぐっていく。


 


          †




 ――一時間。一時間だけだから。


 そう決意して店に入ると、出迎えた店長が目をぱちくりとさせていた。その反応に、急にいたたまれない気持ちに襲われる。やはり自分のようなものが気軽に来てはいけない場所だったのだ、と。


 しかし店長は、ユイを奥の卓席まで案内した。雨は降っていないが平日ということもあり、客はユイを合わせても数えるほどしかいない。


 一人で座るユイは、緊張で体がこわばっていた。ふらふらと来てしまったはいいが、もしかしたら律にも同じような反応をされるかもしれない――。


「ユイさん? また来てくれたんだ?」


 きれいな笑みで卓に入ってくる律は、後光のような輝きを放っている。


「連絡くれたらよかったのに~」


 となりに座る律の口調は、先日と同じように明るく、穏やかだ。


「お仕事終わったの? お子さんは? 大丈夫?」


「今、託児所に預けてるの。だから、一時間だけ」


「そっか~。今日もお疲れさま」


 律は卓に置かれたメニュー表を隅に押し寄せ、氷を一つ入れたグラスに水をそそぐ。ユイの分と、自分の分を二つ作った。


「お酒は明日に響くだろうから、お水だけにしておくね」


「ありがとう」


 軽く乾杯し、ユイはグラスに口をつけた。


 その姿を、律がじっと見つめている。


「病院には行かなかったの?」


「え?」


「そのまま放置して固まったって感じだけど」


 律から向けられる強い視線で、やけどのことを聞いているのだと悟った。思わず顔をそらし、グラスをテーブルに置く。


「ああ、ごめん、踏み込んだこと聞いちゃって。言いたくないなら、言わなくてもいいよ」


「……いや、大丈夫」

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