偽りの灯火 1
「ひっどい顔にひっどい体だねぇ」
「ほんとに本番できないの?」
「……あっそ。じゃあとっとと抜いてよ」
「は~。もっとうまくできねえかなぁ」
「へたくそ」
今日も今日とて、デリヘルの客はあいかわらずの反応を見せる。
どんなことを言われても、どんな態度を取られても、ユイはやけどの痕がひきつる顔で笑っていた。
これも、金を稼ぐためだ。娘と二人で幸せに生きるためだ。
どんなに傷つこうが男の性欲を発散させなければ、理想の生活は手に入らない。
「ユイさんさぁ、ちゃんとしてよ。クレーム来てるよ?」
「え?」
次の呼び出し先へ向かう車の中、運転中のスタッフがあきれ声で続けた。
「態度も悪いしサービスの質も悪いって言われたよ。へらへらして話すのも気持ち悪いってさ」
スタッフの軽い言葉が、重く突き刺さる。
「そりゃやけどがあるから仕方ないけど、こういう仕事してるんだから、かわいげない態度とらないでよ。あんまりにもクレームが入るようなら辞めてもらわなきゃいけなくなるからね?」
「すみません……」
「仕事柄、理不尽なこと言われてるのかもしれないけどさぁ。しょうがないじゃん。ユイさんただでさえハンデあるんだから。それを超えるくらいの接客しないと。ほかの子だってハンデがあるのにがんばってるんだよ?」
ユイは何も言い返せず顔を伏せる。ひざに置いていた握りこぶしが震えていた。
「本指がないの、今のところユイさんだけだよ? みんな工夫しながら相手してんの。ユイさんももうちょっと考えなくちゃ。どうやったら、お客さんに気に入ってもらえるかをさ。……お客さんの希望、もっとたくさん聞いてあげたら?」
今まで出会った客の顔と、吐き出された暴言を鮮明に思い出す。それだけで、ユイの頭はガンガンと痛み、動悸も激しくなっていった。
「すみません」
それでもユイは、謝るしかない。実際、指名がないのは事実だからだ。そのうえで働かせてもらっている以上、聞き入れるしかなかった。
お金がたまるまでの、辛抱だ。
客が呼び出した場所へ移動し、男の相手を繰り返していく。さまざまな男たちに容姿やプレイの批判を受けながら、ようやく退勤の時間を迎えた。
「えーと。今日は二万円でお願いします」
送迎車の中で精算し、言われた額を運転席にいるスタッフへ渡す。
「はい、確かに受け取りました」
財布をカバンにしまってしばらく、送迎車が動き出した。このあとは託児所で子どもを引き取り、そのまま帰宅する予定だ。
ユイは、クマのうかぶ疲れ切った顔で、ぼうっと外の景色を眺めていた。都心の繁華街らしく、夜なのに煌々とした建物が流れていく。
ユイの瞳に、歓楽街のトレードマークである、ネオンのアーチが映りこんだ。通り過ぎていくのを目で追ってしばらく、口を開く。
「あの、ここで、いいです」
「え?」
スタッフは困惑しながらも、点滅ランプを押し、ゆっくりとブレーキを踏んだ。路肩に停め、振り返る。
「大丈夫? 託児所はまだ先だよ?」
「はい、大丈夫です。少し、一人で歩きたくて……」
「ああ、そう?」
ユイは謝りながら歩道に降りた。走っていく送迎車を見送り、バッグからスマホを取り出して電話をかける。相手は子どもを預けている、託児所だ。
「はい、すみません。あの。少しお迎えの時間が遅くなりそうで。……はい。もちろん。延長料金はお支払いしますから」
スマホを耳に当てたまま、先ほど見たアーチのほうへ戻っていく。まるで、街灯に吸い寄せられる、蛾のように。
「はい……じゃあ、お願いします」
アーチの目の前で、立ち止まる。電話を切り、スマホをバッグにしまうと、あるものを取り出した。
あの日、バッグの中に入れっぱなしにしていた、律の名刺。裏側のメッセージを見ながら、ふらふらと、アーチの下をくぐっていく。
†
――一時間。一時間だけだから。
そう決意して店に入ると、出迎えた店長が目をぱちくりとさせていた。その反応に、急にいたたまれない気持ちに襲われる。やはり自分のようなものが気軽に来てはいけない場所だったのだ、と。
しかし店長は、ユイを奥の卓席まで案内した。雨は降っていないが平日ということもあり、客はユイを合わせても数えるほどしかいない。
一人で座るユイは、緊張で体がこわばっていた。ふらふらと来てしまったはいいが、もしかしたら律にも同じような反応をされるかもしれない――。
「ユイさん? また来てくれたんだ?」
きれいな笑みで卓に入ってくる律は、後光のような輝きを放っている。
「連絡くれたらよかったのに~」
となりに座る律の口調は、先日と同じように明るく、穏やかだ。
「お仕事終わったの? お子さんは? 大丈夫?」
「今、託児所に預けてるの。だから、一時間だけ」
「そっか~。今日もお疲れさま」
律は卓に置かれたメニュー表を隅に押し寄せ、氷を一つ入れたグラスに水をそそぐ。ユイの分と、自分の分を二つ作った。
「お酒は明日に響くだろうから、お水だけにしておくね」
「ありがとう」
軽く乾杯し、ユイはグラスに口をつけた。
その姿を、律がじっと見つめている。
「病院には行かなかったの?」
「え?」
「そのまま放置して固まったって感じだけど」
律から向けられる強い視線で、やけどのことを聞いているのだと悟った。思わず顔をそらし、グラスをテーブルに置く。
「ああ、ごめん、踏み込んだこと聞いちゃって。言いたくないなら、言わなくてもいいよ」
「……いや、大丈夫」




