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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第三夜 静寂と沈黙の雨
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雨音の余韻


 本格的な梅雨に入った。


 今月も余裕しゃくしゃくの律は、土砂降りの中、ツバキと一緒にキャバクラ「織り姫」へと入店する。ツバキの同伴だ。


 キャバクラも閑散期であることには変わりない。前回訪れたときに比べて出勤している女の子も少なく、客もちらほらとしかいなかった。


 ツバキがドレスに着替えるまで、卓席でヘルプの女の子と話し、戻ってきたツバキに尋ねる。


「今日はスズさんいないの?」


「なに? 急に~」


 律の隣に座るツバキは、不満げにむくれる。この日は胸元にファスナーがついた、ミディアム丈のタイトドレスを着ていた。


「見かけないから気になっただけだよ。ってかこのドレスなに? 絶対おろされるだろ」


 ファスナーの引き手をつまむ律。ツバキが「も~、エッチ~」と、その手をはたいた。


「スズさんね。辞めたんだ」


 少し寂し気に眉尻を下げたツバキに、顔をこわばらせた。


「辞めた? いつ?」


「うーん……一週間前くらい?」


 律は真剣な顔で握りこぶしを口元に当てる。思い出したように笑みを浮かべ、シャンパンを早く頼むよう促した。


 スタッフがシャンパンを席まで届け、栓を抜いたとしても、大きな盛り上がりは見せない。ツバキと律にとってはいつものことであり、わざわざ写真を撮るほどのことでもなかった。


 二人のグラスにシャンパンを注いだスタッフは、ボトルをアイスペールに浸けて戻っていく。


「前々から、店長に相談してたみたいだよ。私たちには全然、話してくれなかったけど」


 律がグラスを手に取ると、ツバキも手に取って律のグラスに軽く当てる。


「お子さんのことで、いろいろ悩んでたんだって」


「……そっか」


 神妙な表情でグラスを見下ろす律を、ツバキがじろりとにらみつける。


「そんなにスズさんのこと気になってたんだ? ショックなんですけど~」


「ごめんごめん、アルマンド頼んだんだから許してよ~」


「気になってたのは否定しないんだ?」


 律は苦笑しながらごまかすように、空いたツバキのグラスにおかわりを注いだ。


 一時間ほど店に滞在し、会計する。一人で卓席に座る律に、ツバキが領収書を持ってきた。


「名前なしでよかった?」


「うん、ありがと」


 受け取った律は立ち上がり、スタッフに礼を言われながら、ツバキと一緒にエレベーターホールへ向かう。店を出る直前、預けていた傘をスタッフから受け取った。先にホールへ入っていたツバキが、エレベーターのボタンを押す。


「この後、店?」


「そ。お店」


「この雨の中行くの? たいへーん」


「ほんとは行きたくないんだけどね。休ませてくんなくて」


「律は稼いでくれるからね」


 待っている間、律はツバキに密着するよう身を寄せる。


「今度の同伴、どこいくかもう考えた?」


「ううん、まだ」


「じゃあ、いいとこつれてってあげる。銀座の小料理店なんだけどね」


「そんなとこまで行くの?」


「味は保証するからさ。金も俺が出すし。……あ、でもこのへんとは空気が違うから、いつもよりおとなしめの格好、できる?」


「うーん……」


 ツバキは明るい茶髪をいじりはじめ、悩むそぶりを見せる。


 ひときわ輝かしく笑ってみせ、親指を立てた。


「オケ! 銀座の女になって見せるぜ!」


「期待してるよ」


 背中に腕を回すようにして、ツバキの肩をポンとたたいた。


 エレベーターが到着する。ドアが開いて乗り込む律に、ツバキはボタンを押したまま声をかけた。


「雨の日にありがとう! スズさんに会いたかったんだろうけど~」


「まだ言ってる。そんなに根に持つなよ」


「じゃあねえ」


 ボタンを離したツバキは、扉が閉まるまで手を振り続けていた。









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