雨音の余韻
本格的な梅雨に入った。
今月も余裕しゃくしゃくの律は、土砂降りの中、ツバキと一緒にキャバクラ「織り姫」へと入店する。ツバキの同伴だ。
キャバクラも閑散期であることには変わりない。前回訪れたときに比べて出勤している女の子も少なく、客もちらほらとしかいなかった。
ツバキがドレスに着替えるまで、卓席でヘルプの女の子と話し、戻ってきたツバキに尋ねる。
「今日はスズさんいないの?」
「なに? 急に~」
律の隣に座るツバキは、不満げにむくれる。この日は胸元にファスナーがついた、ミディアム丈のタイトドレスを着ていた。
「見かけないから気になっただけだよ。ってかこのドレスなに? 絶対おろされるだろ」
ファスナーの引き手をつまむ律。ツバキが「も~、エッチ~」と、その手をはたいた。
「スズさんね。辞めたんだ」
少し寂し気に眉尻を下げたツバキに、顔をこわばらせた。
「辞めた? いつ?」
「うーん……一週間前くらい?」
律は真剣な顔で握りこぶしを口元に当てる。思い出したように笑みを浮かべ、シャンパンを早く頼むよう促した。
スタッフがシャンパンを席まで届け、栓を抜いたとしても、大きな盛り上がりは見せない。ツバキと律にとってはいつものことであり、わざわざ写真を撮るほどのことでもなかった。
二人のグラスにシャンパンを注いだスタッフは、ボトルをアイスペールに浸けて戻っていく。
「前々から、店長に相談してたみたいだよ。私たちには全然、話してくれなかったけど」
律がグラスを手に取ると、ツバキも手に取って律のグラスに軽く当てる。
「お子さんのことで、いろいろ悩んでたんだって」
「……そっか」
神妙な表情でグラスを見下ろす律を、ツバキがじろりとにらみつける。
「そんなにスズさんのこと気になってたんだ? ショックなんですけど~」
「ごめんごめん、アルマンド頼んだんだから許してよ~」
「気になってたのは否定しないんだ?」
律は苦笑しながらごまかすように、空いたツバキのグラスにおかわりを注いだ。
一時間ほど店に滞在し、会計する。一人で卓席に座る律に、ツバキが領収書を持ってきた。
「名前なしでよかった?」
「うん、ありがと」
受け取った律は立ち上がり、スタッフに礼を言われながら、ツバキと一緒にエレベーターホールへ向かう。店を出る直前、預けていた傘をスタッフから受け取った。先にホールへ入っていたツバキが、エレベーターのボタンを押す。
「この後、店?」
「そ。お店」
「この雨の中行くの? たいへーん」
「ほんとは行きたくないんだけどね。休ませてくんなくて」
「律は稼いでくれるからね」
待っている間、律はツバキに密着するよう身を寄せる。
「今度の同伴、どこいくかもう考えた?」
「ううん、まだ」
「じゃあ、いいとこつれてってあげる。銀座の小料理店なんだけどね」
「そんなとこまで行くの?」
「味は保証するからさ。金も俺が出すし。……あ、でもこのへんとは空気が違うから、いつもよりおとなしめの格好、できる?」
「うーん……」
ツバキは明るい茶髪をいじりはじめ、悩むそぶりを見せる。
ひときわ輝かしく笑ってみせ、親指を立てた。
「オケ! 銀座の女になって見せるぜ!」
「期待してるよ」
背中に腕を回すようにして、ツバキの肩をポンとたたいた。
エレベーターが到着する。ドアが開いて乗り込む律に、ツバキはボタンを押したまま声をかけた。
「雨の日にありがとう! スズさんに会いたかったんだろうけど~」
「まだ言ってる。そんなに根に持つなよ」
「じゃあねえ」
ボタンを離したツバキは、扉が閉まるまで手を振り続けていた。




