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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第三夜 静寂と沈黙の雨
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夜明の邂逅 2


 律の顔は、他のホストと比べものにならないほど美しく整っていた。セットされた金髪も、ブランド物のスーツも、顔と全身にしっかりとなじんでいる。


 その完璧な容姿はまるで、少女漫画にでてくる王子様。甘いほほ笑みと優雅なたたずまいは、女性の心を百発百中打ち抜くに違いない。


 ユイは思わず、目を丸くして見入ってしまっていた。


「あ、名前……」


「今日お客さん少ないから。俺がいるところまで名前が聞こえてたんだよね。さすがになれなれしかったかな?」


「いえ、大丈夫、です」


 整った律の顔を見れば見るほど、自分の容姿がみじめに思えてきて目をそらす。帰りたい気持ちがどんどん膨れ上がり、限界に達そうとしていた。


「え~? マジ? よかったじゃんユイさん! 律が初回で座ってくれるのめっちゃレアなんだよ! 律はこの店のナンバーワンだから」


「あ、そう、なんだ……」


「サイトにも男本にも写真のってないから、初回で指名することもできないの。マジでついてるよ、ユイさん!」


「へ、へえ……」


「ま、あたしは担当が一番なんだけどぉ」


 律から放たれるキラキラしたオーラを肌で感じ取り、ユイはますます鬱屈(うっくつ)する。顔を見ることができず、下を向くことしかできない。


 律はそんなユイの耳元に顔を寄せ、ひっそりと声をかけた。


「ねえ、ユイさん。お手洗い、大丈夫そ?」


「え?」


 おそるおそる律を見れば、相変わらず律はきれいな顔で、にっこりと笑っている。


「よかったら案内するけど」


 いきなりの提案に困惑するものの、卓席の居心地がよくないユイにとっては救いの一言だ。いっときでも離れることができるならと、ぎこちなくうなずく。


「じゃあ、行こうかな」


「オッケー」


 リアにお手洗いに行くことを告げたユイは、律と一緒に卓を抜ける。リアは特に気にしないようすで、担当のホスト相手にきゃっきゃと盛り上がっていた。


 ホストクラブの女子トイレはきらびやかな内装で、清掃が行き届いている。メイク直し用の道具やマウスウォッシュなど、アメニティが充実していた。


 用を足したユイは、洗面台で手を洗いながら息をつく。静かなトイレで一人きり。先ほどよりも気が楽だ。


 鏡に映る自分と、目が合った。包帯のあいだからやけどの跡がのぞいている。


 仕事中、鏡のない場所でとっては巻いてを繰り返していたからだ。


 ホストたちに見られていたことにようやく気づいたユイは、情けないやらいたたまれないやらで頭を抱える。


 再び息をつき、包帯を外し始めた。鏡を見ながら、きれいに巻きなおしていく。


「気を、使ってくれたんだろうな……」


 ――あの空気に流されることなくここまで連れ出してくれるとは、なんてスマートなんだろう。


 ユイは鏡を見つめ、顔から手を離す。うまく包帯を巻けたことを確認し、しぶしぶ、トイレを後にした。


 女子トイレの横で、壁に背をつけて待っていた律と目が合う。びくっと震えるユイに、二つ折りにしたおしぼりをとびきりの笑顔で差し出した。


「ごめんね~? 初めてだと結構緊張しちゃうでしょ?」


「あ……」


「知らん兄ちゃんたちに囲まれちゃ居心地悪いよね、そりゃ」


 ユイはおそるおそるおしぼりを受け取る。


「こっちこそ、ごめんなさい。私、こういう場所、ちょっと、苦手で」


「謝らないで~。そりゃそうだよ。こんな場所圧倒されるもん。ずっと我慢して苦しかったでしょ? もうちょっとここに避難しとこ?」


 トイレのそばにある卓席には、誰も座っていない。リアたちがいる卓席とは距離があり、客がいる席のそばを巡回しているスタッフもこちらまでは来ない。


 律の完璧な容姿には委縮するものの、人から遠ざけて落ち着けるようにしてくれるその配慮はありがたかった。


 もらったおしぼりをぎゅっと握り締める。


「実は、あの子によくわからないまま連れてこられちゃって」


「あー、やっぱりね。そんなことだろうと思った」


「ここの支払いもタクシー代も払うって言われて。断れなくて……」


「あの感じだと結構強引だったんでしょ? タクシー代、俺も一緒になって請求してあげるね」


 無様な客相手に、律だけがきれいな笑みを維持していた。そのずば抜けた気遣いと、なにもかもを受け入れる(ように見える)包容力。 なんというプロ根性。


 ユイは卓席にいるときよりも、肩の力が抜けていた。律と目を合わせることは難しかったが、先ほどより自然に会話ができている。


 これが、ナンバーワンの実力なのだと思い知らされた。


「ごめんなさい、私みたいなのって、ホストからすると嫌なお客さんだよね」


「謝らないでってば。ホストクラブに最初からなじめる女性のほうが(まれ)なんだから。それに、俺にはこうやっていろいろ話してくれるじゃん。それだけでうれしいよ」


 腕時計を見た律は、ユイにも見せるようにして続ける。


「ほら。そろそろチェックの時間かも。戻ろう」


 律に促され、一緒に卓席へ戻るユイ。


 そこでは、スタッフがチェックの時間を告げに来ており、リアが延長するかどうか悩むそぶりを見せていた。


「どうする? ユイさん。延長しちゃう~?」


 腰を下ろしたばかりのユイに、いたずらっぽく笑いかけた。


「あ、いや、私は……」


「リアちゃん、ユイさん初めてのホストクラブで疲れちゃったみたい。帰してあげて」


 律の嫌味のない口調と笑みに、リアは明るい声で返す。


「そかそか~、ユイさんには刺激が強かったかぁ。じゃあ、あたしもかーえろっと」


 控えていたスタッフがうなずき、伝票を渡すために一度キャッシャーへと向かっていった。


 機嫌のいいリアに、律がすかさず念を押す。


「どうせリアちゃんのことだから無理言ってついてきてもらったんでしょ? ちゃんとタクシー代渡してあげなよ~?」


「も~、わかってるよ!」


 戻ってくるスタッフを見て、リアはリュックから封筒を取り出した。差し出された伝票を一瞥(いちべつ)し、封筒から取り出した金をすべてトレーにのせる。


 そのうち引き抜いた二万円をユイに差し出し、思い出したように尋ねた。


「ああ、そだ、ユイさん。送り指名だれにするか決めた?」


 当然、決まりきっていた。



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