嵐の幕開け
カーテンが開く掃き出し窓には、大粒の雨が叩きつけている。パンツスーツを着込んだメイコが、窓際で真っ暗な外を眺めていた。
本格的な梅雨の時期はまだ先だというのに、くもりと雨を繰り返す日々が続く。
今日は特にひどい天気だ。遠くで稲光が走り、地を揺らすような音が続いた。
「窓の近くにいないほうがいいんじゃねえの?」
壁側に並ぶデスクの一つに、でっぷりとした体形の部長が座っている。スマホを見ながら気だるげに言い放った。
「こんな天気じゃ、今日もお茶引く子は多いだろうな」
高級デリヘルの運営事務所「Sweet Platinum」。その界隈の人間が一度は耳にするデリヘルグループだ。
オフィスは高級住宅街の隅にひっそりと建つ、オートロック付きマンションの一室。会社でフロア二階分を借り上げ、キャストの待機や宿泊、指導室として利用していた。
「ホスクラも一緒ですよね。雨の日に客が少ないのは」
窓を見ながら、メイコはぽつりと返す。
「もう、すでに来られてもおかしくないと思うんですけど……」
部屋の角に位置するデスクで、掃き出し窓のそばに座る事務員の優希が、作業の手を止めた。頬づえをつき、いたずらっぽい笑みをメイコに向ける。
「社長、人気者だから、例のごとく女の子につかまってるんじゃないですか?」
「そうなのかな……」
電話の一つもかかってこない中、部長のため息が冴えわたる。スマホを置き、いかつい顔でメイコを見上げた。
「面接の件か?」
「はい」
「メイコが断ったってことはよっぽどだったんだろ」
「そう、ですけど」
メイコは納得のいっていない顔を伏せる。
「だったら、社長も同じような判断をしたさ。いったいなに引きずってんだか」
その瞬間、窓全体が大きく閃光を放つ。同時に、頭を貫くような轟音が響き渡った。
「きゃっ」
思わず飛び跳ねて窓から遠ざかるメイコに、部長は立ち上がる。
「おい、大丈夫か。今のは近かったな……」
幸い、ブレーカーが落ちるようなことはなかった。電話線もネット回線も無事だ。
「こりゃ女の子たちも怖がってるだろうな」
雨の音はさらに激しくなっていた。まだ、やむようすはない。




