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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
70/72

今いる場所で 2




「少なくとも俺みたいに、女性に依存するようなことはないだろ?」


「……ですね」


 律はやけに重いため息をつき、スマホの画面を暗転する。


「でも今は、仕事が恋人なんで」


「お客さま全員が恋人ってこと?」


「そういう解釈でいいです」


 なにかを思い出すように上を見つめる律の瞳は、どこか達観していた。虚しさを漂わせながら、持っていたスマホをジャケットの内ポケットにしまう。


 コップの水を飲み干し、息をついた。


「千隼さんが、うらやましいくらいですよ」


「え? なにが? もしかして嫌み?」


「まさか」


 律は誰にも見せたことのない、自嘲気味な笑みを浮かべる。


「どんなに望まれても、千隼さんみたいに情熱的に愛をささげることなんて、俺にはできないんで」


 律は千隼に背を向け、カラになったコップを流しの中に置く。千隼が立ち上がり、同じようにカラのコップを置いた。


「……ねえ、律くん。店長や会長としか、連絡先交換してないってほんと?」


 律は怪訝けげんな顔を向ける。


「まあ。する必要がないんで」


「よかったら、俺と交換できないかな。」


 千隼は穏やかに笑って、スマホを振ってみせる。


「仕事でのことを連絡したいし、ウチのトークグループにも入ってないだろ? グループに入りたくないなら個別でやりとりするのもありだから」


「業務連絡は店長のみで十分なので」


 いつもどおりの、冷たい声色だ。


 千隼をその場に残し、厨房ちゅうぼうの出入口へと向かっていく。出ていく背中を見送った千隼は眉尻を下げて、ほほ笑んだ。


「あーあ、ふられちゃった」




          †




 終礼後、みなが集まるフロアで、待望の順位発表が行われる。


「八位、千隼」


 拍手の中、ぎこちなく千隼は頭を下げる。あの出来事と休暇を取ったこともあって、順位は落ちた。それでも健闘したほうだ。


 順位が上がり、他のホストの名前が呼ばれていく中、一位はやはり律だった。


「一位、三千二百万オーバー 律」


 どよめきが混ざる拍手の中、律は不愛想に頭を下げる。あいかわらずすました顔だ。自身の順位に興味もない。


 順位発表は終わり、ホストたちは散りぢりになる。律は厨房ちゅうぼう前で、スタッフから生ぬるい白湯をもらった。口をつけながら、遠くにいる千隼に顔を向ける。


 千隼は自分よりも順位の高かった後輩のホストに、笑顔で話しかけていた。後輩のナンバー入りをたたえている。

 順位が落ちた悔しい気持ちも、休暇を取った後悔もあるはずなのに、それを表に出そうとしない。


「変わったよなー、千隼さんって」


 律はとなりに視線を移す。今月も二番手だった志乃が、律を見上げていた。


「ミーティングは?」


「今日はナシ。みんなべろべろだからやってらんないだろ」


 志乃は腕を組み、律と同じように千隼を見すえる。


「どういう心変わりか知んないけど、千隼さん、最近やたらと積極的じゃん」


「そうだな」


 休暇を終えてからの千隼は、ホストとしてできることをすべてやっていた。


 今まで断っていた専門誌の撮影を引き受け、サイトでも広告のために顔を出している。


 ホストという仕事に、吹っ切れていた。


「志乃の売り上げ、このままだったらやばいんじゃ?」


「やばくねーし! 俺のほうが上だし!」


「そうはいっても、役職としては向こうのほうがちゃんと仕事できてるだろ。後輩からも向こうのほうが慕われてるんじゃねえの?」


「おまえはほんと……いちいちしゃくに障るやつだな」


 キャストとしての接客に、役職としての後輩の指導。それに加えて、店で扱うSNSのアカウント管理や、イベント時の告知。


 前職のスキルを優遇され、経営側の仕事を少しずつ任されている。


 他のホストより忙しくても、充実した日々を送っているようだった。今の千隼が、突然辞める、ということはしないはずだ。


「そういえば、千隼さんとおまえって仲いいんだな?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべた志乃は、律に肘をつく。律はいつもどおりのすました顔で、白湯に口をつけた。


「いや、仲良くなったつもりはないけど?」


「でも千隼さんは仲がいいつもりでいるみたいだけど?」


「なんで? いや、いいわ」


 志乃のニヤついた表情がなんとなくしゃくで、理由を聞く気がうせた。


「向こうがそう言ってるならそうなんだろ」


「なにその言い方。素直じゃねえなぁ」


 志乃の顔が、ふと真面目なものに変わる。


「ていうか、千隼さんはおまえの副業知ってんの? いや、あっちが本業なのかもだけど」


「……なんで?」


「だって千隼さん、ちょっと潔癖そうじゃん。デリのこと知ったら幻滅しそうなタイプだろ」


「それは否定しない。でも千隼さんはそういうの態度に出すタイプじゃないし」


 律は白湯を飲み干す。口を離したとたん、千隼と目が合った。


 笑みを見せる千隼だったが、律はなにも返さない。となりにいる志乃に視線を移し、口を開く。


「それに、千隼さん知ってたよ。俺が教えた覚えはないけど」


 カラになった紙コップを、通りがかったスタッフに渡す。志乃に背を向け、店をあとにした。



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