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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
68/72

人は変化していく 2




「あの日以来、婚活パーティにも積極的に参加してるみたい。うまくいってないらしいけど」


「理想が高いから?」


 トウコは何度もうなずく。


「結婚してからのほうが長いんだし、男性の表面的な部分だけで優劣つけるのは、違うと思うんだけどね。今は若いから、寄ってくる男は多いんだろうけど……」


 律は薄く笑いながら、短く息をつく。


 花音の理想の男性など、なかなか見つかるものではない。自分が好きなものを好きなときに買ってくれ、わがままも全部聞いてくれるような人は限られている。


 仮に千隼と別れなかったとしても、今後の人生を一緒にすごしていく中で、必ず亀裂が入っていたはずだ。


「あの子から、彼氏の自慢をよく聞かされてたんだけどさ。あれだけ彼女に合わせてくれて、大事にしてくれる男性ってなかなかいないと思う」


 トウコは水割りに口をつけ、目を伏せる。グラスに入った氷が鳴った。


「ブランド物のバッグを買ってくれたって、よく自慢してたよ。いつも至れり尽くせりだって。……ホストってだけで、今までしてもらったこと全部、彼女の中からなくなってしまうんだね」


「仕方ないよ。こればかりはお互いに、わかりあえなかっただけ。誰も、悪くない」


 トウコは穏やかな顔つきで水割りに口をつける。合わせるようにカクテルを飲み、尋ねた。


「ところで、トウコさんはどうなの? お仕事は順調?」


「……今月はなんとか乗り切った感じかな。ちょっと、いろいろあったからね」


 声のトーンが、少し下がった。


「なにか、あった?」


 ほほ笑みながらも真剣な律に、トウコはきょとんとする。やがて、ぷっと吹き出した。


「ほんと、すごいな、律は。そりゃナンバーワンなはずだわ」


「はぐらかさないでよ。真面目にきいてるんだけど?」


「別に、たいしたことはないの。ちょっと大変な状況ってだけ」


「……なにがあったの?」


 律にごまかしが通用しないことを悟ったのか、トウコはぽつぽつと話し出した。


「私が、職場の人と、折り合いが悪くなったってだけだよ。こればかりはもうどうしようもないんだよね」


 暗い空気にならないよう、トウコはあっけらかんと笑う。


「実はね、私がホスト通いしてることが職場内に知れ渡っちゃったの。やれ借金してるだの、やれ副業で風俗してるだの。あげくの果てに経費で遊んでるだの言われちゃってさ~」


「それって」


「いや、わかんないよ? あの子がそういうウワサ流したか、なんて。証拠もないしね」


 明るく言い放つものの、疲れ切ったため息が漏れた。


「いろんな人からムチャな量の仕事まかされちゃってさ。その理由が笑えるのよ。私のホス狂矯正に手を貸してやってるんだって。残業させて店に行けないようにしてるんだってよ」


「いや、笑えないでしょ。やってることその辺のホストよりえげつないじゃん」


 顔をしかめる律の反応に、トウコはほほ笑む。


「仕事自体は楽しいからいいの。ただ、ひとつのミスでとんでもないお小言食らうから気が抜けないんだ。なんかあったら、これだからホストにうつつをぬかしてるやつは~! って言われるから」


 律の神妙な反応に比例するように、トウコはどんどん明るくなる。


「ねえ、トウコさん……」


「そんな顔しないで。もう今の職場は辞めるから」


 律の眉尻が、下がった。


「それって……」


「違う違う! 律やお店のせいじゃないって! これはね、もともと決まってたことなの。ただ、辞める時期が早まりそうなだけ。転職先ももう決まってるし」


「そうなの?」


 トウコは満面の笑みでうなずく。


「今よりもめちゃくちゃ条件がいいの。給料もいいし休みも増える。その代わり能力も求められてくるけど。すっごい楽しみなの」


 ウソはついていない。カラ元気なわけでもなさそうだ。


 律は目を細める。


「そっか。それなら、よかった」


「勉強する時間が増えるだろうから、ここに来る頻度は減っちゃうかも。ごめんね」 


「なんで謝るの? そりゃ少し寂しくなるけど、俺のことなんて気にしないで。トウコさんが前向きに転職できるんだったらなによりだよ」


 心のこもった贈る言葉。一般的なホストのように、引き留めるようなことは言わない。


 少し寂しい気持ちにもなるが、トウコにとってはそれが、ちょうどいい距離感だった。


「ほんと、律は優しいね。だからまた会いたくなるんだろうな……。よしっ」


 トウコはグラスをあおる。中身の水割りが一気になくなっていった。


「え、大丈夫? トウコさん」


 テーブルに力強くグラスを置く。トウコは元気にはにかんだ。


「わたし、がんばる! 私がいなくなって、会社のみんなが後悔するくらいに!」


 全身からふつふつとあふれ出す闘志に、律は穏やかに笑う。


「いいね、その意気だ。でも、無理しすぎないようにね」



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