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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
67/73

人は変化していく 1




「新人には大体ヘルプをやってもらうんだけど、ヘルプは指名したホストが席を抜けているときのツナギで……」


 客がにぎわう週末のAquariusアクエリアス。卓席の間を千隼と新人のホストが進む。新人に小さく耳打ちしていた。


「あくまでヘルプだからそんなに気取らなくていいよ。……あ、ヘルプがお客さんに名刺を渡したり連絡先聞くのはタブーね」


 二人が向かう卓席では 派手な外見の女性たちが、律を囲んで座っていた。


 千隼と目が合った律は、ふざけるように笑う。


「あーあ、ヘルプが来ちゃった」


 両脇にいた女性たちを抱き寄せる。


「せっかくハーレム状態を楽しんでたとこだったのに~」


「も~、なに言ってんのよ~!」


 ホストは律一人だけなのに、他の卓席よりもキャッキャとにぎやかだ。その光景に、新人ホストが怖気づく。


「俺は抜けるけど、新人がいるからってあんまりいじめないでよ?」


「いじめるわけないじゃ~ん」


「私たちがそんなことするように見えるわけ~?」


 律はにこやかに席を立ち、千隼と交代する。千隼が卓に着くと、女性と交互になるようヘルプに座らせた。


 律がいなくなった卓席で、ヘルプが危なっかしく酒を注ぐ。


「ちょっと酒おおすぎ~。私たちはやく酔わせてどうする気~?」


「あ、すみません……作り直します」


「いいよいいよ、ちょっとからかっただけだし~」


 女性たちは新人がついだ酒に口をつけながら、千隼に顔を向ける。


「あんたもぱっと見、新人っぽいよね」


「え? そうですか?」


「こっち来るとき最初スタッフかと思ったもん」


「え~? 結構キャストとしては長いですよ、俺」


「律に比べたら髪の色とか落ち着いてるからかな。確かによく見ると年齢はそこそこいってる?」


「あ~、やっぱりバレます?」


 律の代わりをちゃんと勤めながら、新人の指導も抜け目ない。千隼の姿を、律はレジカウンターのそばから見すえていた。


 店長が近づき、同じように千隼がいる席を見る。


「早い復帰だったな」


 律は返事をしない。


「律、次は……あ、いらっしゃいませ~」


 来客に店長が頭を下げる。店に来た女性は長身で、個性的なモダンファッションに身を包んでいた。


 サングラスを外した目が、律を向く。


「あ、ナンバーワンじゃん」


「お久しぶりです、聡子さん」


「え? 私のこと覚えてんの?  初回のとき一回しかついてもらったことないよね?」


 律は人懐っこい笑みを浮かべ、対応する。


「はい。確かこないだの……千隼さんが早退したときもいらしてましたよね?」


「そうそう。よく見てんね」


 律の眉尻は下がり、申し訳なさげに頭を下げる。


「その件はたいへん失礼しました。千隼さん、俺のことをかばってケガされたので」


「ああ~! かばった相手ってあんただったのか。ナンバーワンでも客とトラブることあんのね」


 女性は機嫌よく笑う。


「でもさすがナンバーワンだね。すごい記憶力。千隼も他のホストもそういうとこ見習わなきゃだめだよね」


 店長のせきばらいが、二人の間に挟み込む。律は苦笑した。


「あー……引き止めちゃってすみません。聡子さんに来ていただいて千隼さんも喜ぶと思います」


「売り上げが出るからでしょ? ほんとしょうもないよね、ホストって」


 鼻を鳴らした女性は店長に案内され、卓席へと向かっていく。




          †




 律はスタッフに、客が待つ卓席へと案内された。


「あ、トウコさん」


 卓席に座っていたトウコは、ぎこちなくほほえみ、手を上げた。今日も仕事帰りのようで、オフィスカジュアルにモノトーンで決めている。


 律はとなりに座り、トウコの分の酒をそそぎ始めた。トウコの視線は、他の卓席に向いている。


「よかった、千隼くん、元気になったみたいで。あ、律もなんかたのんで」


「ありがとう。じゃあカクテルでも」


 スタッフに、ノンアルコールカクテルを持ってくるようサインを送る。


 トウコに向き直り、ほほえんだ。


「千隼さんのこと、心配してくれてたんだ?」


「そりゃあね、責任感じてたから」


「トウコさんのせいじゃないのに」


 律が作った薄めの焼酎水割りに、トウコは口をつける。


「わたしは二人がどんな関係性だったかわかんないし、どうでもいい。けど、別れて正解だと思うよ」


 小さく鼻を鳴らしたトウコに、律は神妙な顔を向けた。


「ここだけの話、あの子、彼氏がいるのに合コンしてたし。バーで男と飲んだって、本人から聞いたこともある。モテるから、男が常にそばにいる感じだったんだよね」


 律は特に驚いたそぶりを見せず、うなずいた。


「まあ。おとなしそうな女性ではなかったもんね」


「うん。まあ、結婚してるわけじゃないし、すぐに体を許すわけじゃないみたいだから。私が強く批判することもなかったけど」


 カクテルが届き、二人で乾杯する。トウコはほほ笑みながら、眉尻を下げた。


「……のわりには、あの子、早く結婚したがってたの。だから今、かなり荒れてるわ。理想の結婚ができる男探しに必死って感じ」


「そう」


 律はカクテルに口をつけ、テーブルに置いた。

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