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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
52/73

心変わり 2




「まあ、そもそも彼女、繁華街に近寄るような子じゃないから。同伴もここらで済ませるようにしてるし」


 そういう問題ではない。


 付き合っている者同士なら、相手から仕事終わりに突然会いたいという連絡が来ることもあるだろう。その連絡に毎回断りを入れれば、不審に思われてもしかたがない。


 しかし今の千隼の反応を見る限り、そういったことで言い争うことはないようだ。


「前の会社じゃ残業で帰れない、なんてことよくあったから。平日に無理やり誘うような子でもないしね」


「……そうですか。ずいぶんと、ものわかりのいい」


「うん。俺に、依存するような子じゃないんだよね。どこまでも自由で、自分の意思がはっきりしてて……そんな子だから、何度も救われて……」


 千隼は口元にこぶしを当ててふき出した。


 怪訝けげんな目を向ける律に、穏やかな声で返す。


「なんか、面接の質問みたいだね。自分の会社でもこんな感じなの?」


「……まあ、そうですね。会うにも情報は必要でしょ? 履歴書の内容聞いてるようなもんです」


 千隼はさらに喉を鳴らした。その姿を見すえ、律は質問を変える。 


「じゃあ最後に。彼女が、ホストを毛嫌いしているのは、どうしてですか?」


 千隼の動きがぴたりと止まる。その顔から、表情が消えた。


「具体的な理由なんて、たぶんないよ。純粋にホストのこと、女性に金をたかるクズだと思ってるんだ。まあ、間違いじゃないんだけどさ」


「でも自分はそう思われたくないから、彼女に貢いでるわけですか?」


 とげとげしいその言葉に、千隼は口を閉ざした。


 まるで、大型犬が耳を垂れているかのようだ。身長のある体を丸め、男らしい大きな手を、開いた足の間でいじる。


「貢ぐとか、そんなんじゃない。喜んでほしいから、プレゼントしてるだけであって。それは、ホストになる前から、やってたことだし」


 律は千隼を横目に、つくづく自分とは正反対だと、短く息をついた。


 もとより千隼は、女性に尽くすタイプなのだろう。女性の存在そのものを褒めたたえ、欲しいものがあればプレゼントし、機嫌を損ねないよう気を遣う。


 それはホストとして必要な才能でもあった。律とは違い、女性のニーズを理屈で考えぬこうとはしない。女性を喜ばせる行動が、自然とできている。


 千隼は苦笑しながら続けた。


「でも、そうだね。罪悪感、みたいなものはあるかなぁ。彼女、モラルとか、正しいことにこだわる子だから」


「モラルねぇ……」


「会ってみたら、わかると思うよ」


 律は白湯に視線を落とし、カップを揺らす。湯気はもうでていない。


 口をつけ、千隼を見すえた。返事のない律に、千隼は眉尻を下げている。


「え? 会ってくれるん……だよね?」


「はい。そのつもりです。……でも」


「でも?」


「会うのは金曜か土曜の夜、が条件ですけど」


 とたんに、千隼の眉が寄る。


「えっと、それは客として連れて来いってこと?」


「じゃなくて、千隼さんがその日仕事休むんです。彼女の仕事終わりくらいに一緒に会おうと思ってます」


「いや……それは難しいよ」


 先ほどまで弱弱しかった千隼が、顔をしかめている。


 たとえ千隼でなくても、ホストならこの提案は嫌がるものだ。


「金曜と土曜って一番の稼ぎ時じゃん? 同伴も営業もしやすいし」


「もし千隼さんが休んだら会います。でも無理ならもう会いません」


 律が千隼に譲歩することはない。頼まれているのは律のほうだ。折れるつもりはなかった。


「俺だって同伴つぶす覚悟なんで、おあいこでしょ?」


 千隼は悩まし気に目を伏せたままだ。真面目で几帳面きちょうめんなタイプだからこそ、仕事を休むことに抵抗がある。


 その姿に、律はため息をついた。


「いいじゃないですか。週末に一緒にいることなんてめったにないんでしょ? もし客に見られたとしてもうまくごまかせばいいんですよ。彼女さんも喜ぶんじゃないですか?」


 千隼の表情は、まったく納得していなかった。それでも律がこれ以上ゆずるつもりがないことを悟り、ぎこちなくうなずく。


「……わかった。じゃあ、金曜日の夜でいい?」


「はい、大丈夫です。こっちの都合で休んでもらうんですから、そのぶん補填はしますよ」


 律は残り少なくなった白湯をあおる。そのまま飲み干し、一息ついた。

 

「結構いい値段がするレストランを知ってるんで、そこのフルコースでどうですか? 料金は俺が支払っておきます」


「ええ……? いいよ、そこまでしてもらわなくても」


「まあ、俺から二人へのプレゼントってことで。店長には俺から言っておくんで、存分に楽しんでください」


 カラになった紙コップを持って、律は立ち上がる。卓を抜けて向かうのは厨房ちゅうぼうだ。


 千隼のお望みどおり、決定打をくれてやる。しかしそのための情報が、まだ不足していた。


「店長! ちょっといい?」


 厨房ちゅうぼうに入った律は、ゴミ箱にカップを放り入れる。


 店長は他のスタッフと一緒に、フードメニューの在庫確認をしていた。律に背を向けて記帳しながら、声を出す。


「どうした?」


「千隼さん、金曜日休むから」


 記入の手がとまる。作業の続きを他のスタッフたちに任せ、律のもとへ近づいた。


「なんかあったのか?」


 腕組みをして声を潜める店長に、律は冷静に返す。


「その前に、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「なんだ?」


「千隼さんが会社を辞めた理由、詳しく教えてくれる?」



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