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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
49/72

たとえどんな女性でも 2




「そんなことないって! せっかく奮発してドンペリいれたんだからさ、みんなと飲まなきゃ損だと思って」


「俺が来る前に勝手に乾杯してたわけ?」


「戻ってくるのに時間かかりそうだったし、私がヘルプたちに一緒に飲めっていったんだよ!」


 ツバキはヘルプたちが注ごうとするのを制し、自分で律のグラスにシャンパンをそそぐ。その姿を、律はまだ不満げに見つめていた。


「それにしたって一杯目は俺が飲むべきでしょ。付き合い長いからって俺のこと軽く扱ってない?」


「いつも私を放置するやつがなにを言ってんだか。律はお酒弱いんだし、みんなに飲んでもらったほうが絶対いいでしょ。……はい」


 グラスを渡された律は、しぶしぶといった態度でツバキと乾杯した。その一杯を飲み干したころ、スタッフがまた呼びだしに来る。


「あー……ごめん、ツバキちゃん、せっかく平日に休んできてくれたのに」


「でも週末に比べたらマシじゃん。あたしはヘルプたちと楽しんでるから、いってらっしゃ~い」


「それはそれで複雑」


 快く送り出されながらも、不満げに席を立った。




          †




 そのころ、別の卓席では、女性が眉をひそめながらスマホの画面を見つめていた。仕事終わりにそのまま来たようで、服装はオフィスカジュアル。他の女性客に比べて生真面目な印象が強い。


 隣に座るヘルプのホストとは、会話がなかった。


『あーあ、あんたも合コン来ればよかったのに』


 画面に表示されているのはアプリのトーク画面だ。女性は人差し指で文字を打つ。


『興味ないから』


 すぐに既読がつき、返事がポンポンと、立て続けに送られてきた。


『どうせホストクラブでしょ。そんなとこ行ってるからまともな恋愛できないんだよ。ホストクラブなんて金を搾り取られるだけだって』


 女性の眉間にしわが寄る。文字を入力する指さばきが荒々しい。


『店の子に本気になってるわけじゃないし。息抜きは人によって違うでしょ』


『も~。こっちは良かれと思って誘ってあげてんのに』


『ていうか、あんた彼氏いるのに合コンに参加していいの?』


『私は幹事だからいいんです~』


 女性は疲れ切ったため息をついて、スマホをカバンにしまった。隣に座るホストが尋ねる。


「お仕事の連絡ですか?」


「そんなとこ。めんどくさいんだ、いろいろ」


「大変ですねぇ」


 女性はヘルプを見て、他の卓席にいる律に顔を向ける。


「やっぱりすごいね、律って。他のホストとは違って華があるし」


「うっ。手厳しいっすね~。そりゃうちのナンバーワンには誰もかないませんよ」


「律にいろいろ教えてもらえば?」


「トウコさんならわかるでしょ? あの人、技術は見て盗めって人なんすよ」


「ありゃ、今時めずらしい……」


 トウコは穏やかに笑う。


「まあ、自分の経験とスキルがモノを言う世界だから。そんな簡単には教えないか」


 スタッフに連れられて、律がトウコの卓席にやって来た。それまで座っていたヘルプのホストと交代する。その際、律はヘルプに小さく礼を言い、体を優しくたたいた。


 二人きりの卓席で、律は申し訳なさげに眉尻を下げる。


「ごめんね。せっかくきてくれたのに、ゆっくり相手することができなくて」


 整った律の顔面を前に、トウコの頬は一気に緩む。


「むしろ私が来て大丈夫だった? 高いお酒もいれられないし、気を遣う相手が増えただけじゃない?」


「女性にそう思わせてしまうなんて、ホスト失格だなぁ俺って」


 律は冗談めかして笑いながら、トウコの水割りを作り直した。


「それにしても大変そうね、ずっと見てたけど」


「そりゃあ大変なときもあるけど楽しいよ。いろんな女性と話すのは」


 律は水割りをトウコの前に置く。トウコは手に取り、ふと気づいた。


「……あ、律のぶんのドリンクないんじゃない? 頼んでいいよ」


「そうだね。ありがたくいただきます」


 律はノンアルコールの甘いカクテルを持ってくるよう、スタッフに合図する。


 トウコは静かに水割りを飲み進めた。何かを思い出したようにげんなりとした顔つきになる。


「あー、そうそう。聞いてよ、律。さっき嫌になることがあって」


「嫌になること?」


「今日、実は合コンに誘われてたんだ」


「そうなの? 行かなくて大丈夫だった?」


「平気。律の顔見て元気もらうことが何よりも楽しみなんだから」


 ほほ笑む律の顔は、相変わらず輝かしい。トウコはにやける顔を隠そうともせず、律に対して拝むように手を合わせた。


「ああ、今日も美しい。いい匂いもする。……合コンに律以上のイケメンが来るとは思えないもん」


「トウコさんにそう言ってもらえるなんて光栄だなぁ」


 カクテルが律のもとに届き、乾杯した。トウコは苦々しい表情に戻り、話を続ける。


「この年齢になると結婚とか彼氏とか、余計な詮索をされることが多くなるのよね。親ならともかく、同期に一人しつこいやつがいるの。何かとつっかかってくんのよ」


 律はうんうんとうなずきながら聞いている。


「私は別に今のままでもいいんだよ。ここに来るっていう唯一の楽しみもある。でもそいつ、やたらとそれを批判してくるの」


 真面目な表情で、律に顔を寄せた。トウコはそのまま、きょとんとしている律の顔を食い入るように見すえる。


「律みたいなイケメンを目の保養にして、明日も頑張ろうって思う気持ち……わかんないやつにはわかんないのよね。テレビの推し見て元気になるのと同じだと思うんだけどさ」


 ため息をつきながら身を引いた。今日は相当、お疲れのようだ。


「いつも大変だね、トウコさん。でもしょうがないよ。ホストクラブなんて普通は敬遠されるような場所なんだから」


「でも、人の楽しみに口出ししてくるのは余計なお世話じゃん? 誰にも迷惑かけてないんだから、ほっといてって感じ」


「それはそうだね」


 律は穏やかにほほえみ、カクテルに口をつけた。安っぽい味だが、酒ばかりを浴びた律にとっては特別おいしく感じる。


 トウコに顔を向けると、トウコは別の卓席に視線を向けていた。そこではシャンパンコールが始まり、参加しているホストがコールに合わせて栓を開けている。


 その光景を凝視して、トウコは苦笑した。


「やっぱりさ、こんなに通ってるんだったら、一回くらいいれるべきだよね。ごめんね」


「トウコさんが飲みたいんだったら頼んでもいいんじゃない?」


「私が、っていうか……律に申し訳ないからさ。いわゆる細客ってやつじゃん? 私って。いっつも接客してもらってるのにたいした売り上げ出してないわけでしょ? だから」


「そりゃいれてくれたら嬉しいけどね。でも、いれないからってトウコさんが申し訳なく思う必要はないよ。トウコさんが俺と会うことで元気になれるんだったら、それだけで嬉しいよ」


「でも」


 律は満面の笑みを浮かべ、話題を変えることにした。


「そんなことより、お仕事のほうはどう? 順調? こないだは知識不足で対応に困った~って言ってたけど」


 その気遣いに気づき、トウコはゆっくりとうなずく。


「そっちは全然問題なし。こう見えてデキる女だから、私って。……それに、良い知らせもあったし」


「へえ? なに? 気になるなぁ」


「まだ内緒~」


 先ほどまでとは違い、トウコは満足げに笑っていた。律の笑みは優しいものに変わる。


「お客様の中でも、トウコさんは特に、なんていうか……普通の生活を送れてるって感じがするね」


「なにそれ、悪口?」


 不満げに律を見すえるトウコの姿に、首を振る。


「違うよ、人一倍幸せそうってこと」


 トウコは納得していないのか、いぶかしげに首をかしげる。


「トウコさんは、自分の幸せもやりたいことも、自分自身で決めていけるでしょ。仕事に自信を持ってるし、他人に流される性格でもない。それって実はすごいことだよ」


「そうかな?」


「だからさ、他人から何か押し付けられても、突っぱねていいんじゃない? そんなの受け入れなくったって、トウコさんは十分幸せ、でしょ?」


 律の言葉は、すんなりとトウコの耳に入ってくる。


 トウコにとって律は、愚痴も不満もえんえんと聞いてくれるスナックのママのような存在だ。男性としてではなく人として、心の内に入り込んでは夢中にさせる。


 売り上げ至上主義の、がつがつしたホストとは何もかもが違っていた。


「大事なのは、トウコさんがなにに幸せを感じるか、だよ。自分が幸せだと思ったほうを選択すればいい。仕事もプライベートも自分のものなんだから」


 そのとき、スタッフがセット時間の終了を告げに来る。トウコが帰ると言う前に、律が口を開いた。


「もう帰るでしょ? 明日もお仕事だから、はやく寝ないと、ね?」


 余裕のあるほほ笑みに安心して、トウコはうなずいた。


 何度通っても、何度指名しても、律は高級なボトルをいれるよう、ねだってくることはない。無理に延長をすすめてくることもない。


 それどころか混まない時間を指定し、できるだけ長く一緒にいようとしてくれる。申し訳なさでシャンパンを入れようとしても断られたくらいだ。


 店外で会おうとも付き合いたいとも思わないトウコにとって、安心して遊べる店がAquariusアクエリアスであり、安心して会えるのが律だった。



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