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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
48/72

たとえどんな女性でも 1




 ホストクラブAquarius(アクエリアス)では、シャンパンコールが響き渡る。女性のコメントが続き、再びコールが繰り返された。


「旅行楽しかったね~。今度は海外行こうね~よいちょ~」


「今日アフターでホテル行く約束したから入れましたっ。よいちょっ」


 女性のコメントラリーがしばらく続いている。指名のホストがかぶっている客の、札束で殴りあう戦争だ。激しいシャンパンコールと女性の興奮した声は、VIP席にまで聞こえていた。


「なに? 律もああいうことされたいわけ?」


 ドアに顔を向けていた律は、隣に座る女性に視線を戻す。紺色のパンツスーツで決めた、キャリアウーマンらしき女性だ。少し不機嫌に眉を寄せ、律を見つめている。


「まさか」


 律はふにゃりと笑った。


「あんなに目立ちたくないもん。あおいさんと一緒にいれるならそれでいい」


 語尾にハートがつくような甘い話し方に、女性は毅然きぜんとした態度で返す。


「はいはい、あたしにはそういうの通用しませんから」


「ほんとなんだけどな~」


 VIP席は個室となっており、スタッフもヘルプもいない二人だけの空間となっている。他の席に比べれば、静かでゆったりとした雰囲気を味わうことができた。


「まあ、VIPのうえにこんだけ頼んでたら出たくても出られないでしょうよ」


 テーブルには、シャンパン、ワイン、ブランデーの高級ボトルがひしめき合っている。


「残念だったわね。このあたしから逃げることができなくて」


「この時間がずっと続けばいいとは思っても、逃げたいなんて思ったことはないよ」


 頑張って飲んでいた律は笑いながらも、吐かないよう必死に肩で呼吸していた。VIP席の客に対して、席を抜けることは一切ない。つまり、休憩をはさむことはできないのだ。


「……強がりねぇ。無理しなくていいのに」


「ごめん、でも、せっかく頼んでくれたから。無駄にしたくないし」


 律は顔色を悪くさせながらも、けなげに笑う。


「あのね、律。あんたをつぶすために頼んでるんじゃないのよ」


「わかってるよ、ありがとう。でもごめんね。一緒に飲み進めることができなくて」


「なにいってんの。あんたが飲めなくても私が飲むんだからいいんだって。それに、店のあとも仕事が控えてるんでしょ? 無理しなくていいから」


 律は眉尻を下げながらほほ笑んだ。ノックの音が響き、スタッフが顔をのぞかせる。セット終了の時間が近づいていることを知らせに来た。


「うん、じゃあ、そろそろ帰るわ。律のためにじゅうぶんお金は落としたからね」


 スタッフは伝票を取りに行くため、一度離れていく。そのあいだ、女性はいそいそと身支度をしていた。その姿を見すえながら、律は口を開く。


「なんだか、あっという間だね。またしばらく会えないんだ。……寂しいな」


 律の甘い声を前にして、女性は一切なびかない。


「あんたの売り上げのために毎月来てあげてるでしょ」


「そうだね。でも寂しい。お互い忙しいのはわかってるけど、一か月に一時間だけっていうのはなんだか短いような気がする」


 ふと、何かを思いついたように、女性に向かって手を広げた。


「ねえねえ、あおいさん。ハグしよ~」


 とろけるような笑みを見せる律に、女性は顔をゆがませた。


「え? なに? 酔ってんの?」


「酔ってる酔ってる。まだ二人きりなんだし、ちょっとくらいいいじゃん。お互いにアフターも枕もできないしさ。……嫌?」


「あんたそれ、私以外にもそういうことしてるでしょ。金使ってる女全員に」


 しかし女性はまんざらでもないようすで、律の頭をぽんぽんとなでる。


「って、わかってても嬉しいんだよなぁ。あんたは罪作りなオトコだわ。でも、そんなことしなくても、また来てあげるよ」


 結局、律は女性と必要以上のスキンシップをしなかった。


 会計を済ませた女性を、店の外まで送る。お互いに笑顔で別れた。


 店に戻った律は、近づいてきたスタッフに素っ気なく伝える。


「ごめん、ちょっとトイレに行ってもいい? 少しはいておかないとつらい」


「大丈夫ですか? 結構飲んでましたもんね」


「吐き戻す時間くれるなら平気」


 その後トイレで軽く吐き、次の客がいる壁側のボックス席へと向かう。


「やっと来たのね、律~。ほんとはVIP頼もうとしたんだけど、予約取れなくってぇ~」


 そこには、落ち着いた色のワンピースを着た中年の美女が座っていた。


 Aquarius(アクエリアス)は老舗の高級店であることが売りになっており、ビジュアルも接客も質が高い。そのため、客層も若年層にとどまらなかった。特に、律指名の客層は幅広い。


 律が隣に座って早々、女性は抱きしめる。


「律~」


「うっぷ……」


「あ、ごめんなさい。別のところでたくさん飲まされたのね? だめねえ、律をこんなになるまで飲ませるなんて」


 その卓も、先ほどの卓に負けていなかった。デザイン性の高い飾りボトルでテーブルが埋め尽くされている。とにかく派手で見栄えが良く、飲むよりも置いて見せつけるためのものだ。


「大丈夫よ。ここはお酒一滴も飲まなくていいからね。お話しもしなくていいわよ、ここで休んでいって」


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


「座るのもしんどいなら膝枕してあげようか?」


「ううん。大丈夫。そんなことさせたらさすがに怒られちゃうから、店長に」


「え~、残念」


 律は女性の肩に頭をのせ、目をつむる。疲れ切ったようにため息をついた。


「重いでしょ? ごめんね」


「ぜーんぜん大丈夫」


 女性は終始ニコニコしたままだ。金を使ったからこそ律を独り占めできる。その優越感に満ちていた。


「ほんとうにごめんね、せっかく来てくれたのに。俺、何もしてあげられなくて」


「律が気にすることじゃないよ。律にここまでさせる他の客が悪いの!」


「でも……あ、じゃあ今度、お店の前にご飯食べに行こうよ」


「同伴ってこと?」


「どうせならシラフのときにちゃんと会話したいからさ。俺がいないからってよく延長を繰り返してるでしょ? 店に来てもらってるのに毎回申し訳ないから……」


「ありがとう、律。そう言ってもらえてうれしい」


 しばらくして呼び出された律は、吐き気を引きずりながら別の卓席に向かう。


 店を象徴するシャンデリアの下。U字型に囲むよう配置されたカップル席のウチの一つ。


 そこには黒髪の若い女性が、暗い顔で待っていた。となりで接客していたヘルプが、気まずそうな顔をして抜けていく。


「遅い」


 不満げな女性に対し、律は硬い表情で隣に座った。


「はいはい、お待たせ。早く戻ってきたかったんだけど、酒飲んでふらふらでさ」


「ずっと待ってたんだからね。あと少しでシャンパン頼んでマイクやろうかと思ってた」


「あーだめだめ。これ以上のオーダーはNGね。俺のことつぶす気?」


 女性はムッとした表情で返す。


「いや、ホストなんだから、売り上げがあってなんぼでしょ? それに……他の客に律のこと見せつけられたみたいでいやなんだけど」


「しょうがないじゃん。これも仕事だし」


 キレイに整った顔で強気に笑い、女性の顔に寄せる。


「ていうか、俺酒苦手だし。俺の酒に使うより、一緒に買い物行ってかわいい服買ったほうがよくない?」


「それってデートってこと?」


「そう受け取ってもらって構わないけど」


「じゃあ、そのあとホテルとか……」


 寄せていた顔を、さっと引く。


「あぁ、きみってそんなに軽い女の子だったっけ? 俺、嫌だな~そういう子。枕とかしない主義だから。どうせ他のホストとも寝ちゃうんだろうなって思っちゃう」


「……そんなことしないし」


 女性が不満げにうつむいたそのとき、スタッフが呼びに来た。


「え、なんで、今ついたばっかじゃん!」


 律は女性の背中をぽんぽんと優しくたたいた。


「大丈夫。また戻ってくるから」


「でも~……」


「いい子にして待ってたら、すぐに戻ってくるかも」


「……わかった。ちゃんと待ってるから。絶対すぐに戻ってきて」


 席を立ち、ヘルプと交代する。手を振って、背を向けた。とたんに、ヘルプをいびる女性の声が背後から聞こえはじめ、頭を抱える。


 とはいえ、重要なのは、女性に対していかに『律がいい』と思ってもらえるか、だ。『酒をいかに入れてもらうか』は二の次。


 女性にとって、百点満点でなくてもそれに近い接客で仕留ていく。


「お、律戻ってきた。お帰り~!」


 次に向かったボックス席には、派手な金髪女性が座り、ヘルプ数人で盛り上がっていた。


「なに? ツバキちゃんってば俺が戻らないほうが楽しそうじゃん?」


 律は不満げに口をとがらせながらとなりに座る。

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