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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
47/72

ベテランのご意見 2




「ありがとうございます、いただきます」


 一つ手に取った律は、包みを開けていく。中身はもみじ型のまんじゅうだ。


「夏妃さんは、結婚ってどう思います?」


 紅茶を飲んでいる夏妃の眉が寄った。


「いきなりなに? どう、というのは?」


「ホストが一般の方と結婚する場合、うまくいくと思います?」


 まんじゅうを一口かじる律に、夏妃はひときわ妖艶な笑みを浮かべてみせた。


「無理じゃない?」


 カップを置いた夏妃もまんじゅうを手に取り、包みを開けていく。


「女の器が相当でかくないとね」


 品のいい所作で少し口に含み、咀嚼そしゃくする。口元に手をかざしながら続けた。


「だって、職場で四六時中、女といちゃこらしてんのよ? 客のすべてが旦那のことを狙ってるようなもんだしね。売り上げのために客を抱いて、休日だって客を優先するかもしれないでしょ?」


 結婚のハードルが高いのはホスト側だけではない。女性側にも大きい負担がのしかかる。


 夫に付きまとう女性関係を仕事だと割り切れればいいものの、そこまで強い女性はなかなかいない。


 律は苦笑しながらうなずく。


「ですよねぇ」


「もちろん社長みたいに枕もアフターもしないってやつもいるだろうけどね。それを妻としてずっと信用できるのか、って話になってくるでしょ。……生半可の覚悟じゃ、無理よ」


 夏妃は鼻を鳴らす。その動作ですら、年齢を重ねたからこその色気を放っていた。


「結婚ってね、二人だけの問題じゃないのよ。親兄弟、職場、知人友人の関係にもかかわってくる。世間体を気にするな、なんてきれいごとよ。子どもが産まれるとなれば、なおさら」


 律は夏妃の言葉を黙って聞いていた。


 片手にまんじゅう、もう片手で紅茶のカップを持ちあげ、息を吹きかける。紅茶の表面を気にしながら、おそるおそる口をつけていた。


「大体、ホストを結婚相手に選ぼうとする女も、ろくなもんじゃないわよ。そこにあるのはほんとうに愛情なのかしら。人気者の男と結婚してやったっていう優越感かもしれないでしょ。……さすがにこれはうがって見すぎ?」


 笑う夏妃に合わせるよう律もほほ笑む。


「で? なんでそんなこと聞いてくるの? もしかして社長、結婚したい人でもいるの?」


「そんなんじゃありませんよ。夏妃さんがどういうふうに考えるのか気になっただけです」


「え~? ほんとに? 気になるわね。社長の色恋話って聞かないからさ」


「聞かせられるような経験はしていませんよ」


 律はちみちみと食べ進める。夏妃の食べる速度よりも圧倒的に遅い。それでも甘いものは好みだ。少量を口に含みつつ、少しだけ口角が上がっている。


「結婚って、結局は価値観と相性によるのよね」


 律の食べている姿を見ながら、夏妃は神妙な顔で続けた。


「恋愛とは別物。結婚はゴールじゃなくて新たなスタートだから。そこからが長いの。モテる男と結婚したから幸せってわけじゃないしね」


 律はうなずく。


「おっしゃるとおりですね」


「ホストだけに限った話じゃないけど、結婚前にキツイと思う要素があるなら、するべきじゃないわね」


 夏妃は残りのまんじゅうをほおばった。一方で、律は紅茶に口をつけながらまだ食べている。手に持つまんじゅうはあまり減っていない。


「夏妃さんは、結婚してからですよね。ウチに来てくれたのは」


 夏妃は咀嚼そしゃくしながら、口元を手で隠す。


「そうね。でもまあ、結婚前にも副業としてやってはいたんだけど」


「旦那さん、よく許可しましたね」


「……そうねぇ」


 夏妃の眉尻が下がった。


「変な人なのよ。そもそも私がなにをやろうと文句は言わない人だから。普通は奥さんがこういう仕事をするってなったら、止めるものなんでしょうけど」


「確かに、不思議なお方でしたね。一度お会いしましたけど、奥さんのためにデリヘル会社の社長の顔を確認するなんて、なかなかないですよ」


「やっぱりそうよね。社長がそう言うんだから間違いないんだわ」


 夏妃は紅茶に口をつけ、かみ砕いたまんじゅうと一緒に味わう。口の中のものを紅茶とともに、ゆっくりと飲み込んでいった。


「私は好きでこの仕事をしているし、結構自由にやらせてもらってるわ。でもそれがすごくレアだってことも自覚してる。普通は夫に隠すもんだし、金のために働かざるを得ないからやってるのよね」


 夏妃の口角が、穏やかに上がった。


「どちらにせよ、結婚と夜職を同時にするんだったら覚悟が必要よ。精神的に劣勢な立場なのは言うまでもないわ。私だって、明日離婚届を突きつけられたとしても、文句は言えないもの」


 その言葉尻には、穏やかな表情に反し、強固な覚悟が含まれていた。



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