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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
40/72

社長の立場では惜しまず




 都心から少し離れた、高級住宅街のかたすみ。とにかく静かで、治安がいい。


 温かみのあるアイボリーのマンションは目立たない。夜になれば照明がついて輝かしくなるものの、それは他のマンションも一緒だ。


 マンションの前で停まったタクシーから、律が降りた。静かに走り去るタクシーを背に、カギを差し込んでエントランスに入る。


 エレベーターに向かうと、ちょうどドアが開いていた。男女二人が乗っており、律が乗るのを待っている。


 乗り込むと、男性がボタンを押して扉を閉めた。律を見て、へらりと笑う。


「お疲れさまで~す」


「ん、お疲れ」


 Platinum(プラチナム)系列のドライバー、ミズキだ。


 黒スーツに白手袋で、年齢は律とそう変わらない。前髪に走る金色メッシュが黒髪に映えている。


 ミズキの視線が、律の後ろにひかえていた女性に移った。


「この人、ウチの社長なんです」


「あ、お疲れさまです」


 律が顔を向けると、女性は礼儀正しく頭を下げた。控えめで上品な顔立ちをしており、律やミズキより年上だ。白いブラウスに黒いロングスカートが、しっかりとした印象を引き立たせていた。


 その振る舞いと雰囲気に、律は新人女性だと気付く。


「もしかして、カナさんですか?」


 仮プロフィールに載せられていた写真のとおり、スレンダーで真面目そうな女性だ。


 カナがうなずくと、律は女性にしか見せない営業スマイルを浮かべる。


「未経験なんですよね? 不安なことはありませんか? スタッフは頼りになってます?」


「あ、はい。大丈夫です」


「なにかあれば言ってくださいね、気兼ねせず」


 カナの反応はぎこちない。硬い笑みを浮かべて会釈する。金髪で若い男が社長だと紹介されれば、警戒するのも当然だ。


 エレベーターは事務所のある階につく。降りた直後、ミズキがカナに声をかけた。


「じゃあ、カナさん。待機はこのフロアの一番奥なんで」


「あ、はい……」


 言われたとおり、律とミズキに背を向けて、奥に向かっていく。


 待機室に入ったのを確認した律は、声を潜めて尋ねた。


「カナさん、どんな感じ?」


「え?」


 ミズキも同じくらいの声量で返す。


「あー……静かな人ですよ。愚痴一つ言わないですね。他の女の子ともしゃべらないんじゃないかな」


 律は、先ほどのカナを思い出しながら上を向く。そのとなりで、ミズキはあっけらかんと続けた。


「未経験者だし、まだ慣れてないからぎこちない部分もあるのが普通ですよ。心配な部分もありますけど、こればかりはようす見していくしかないすね」


「……だね」


 律はミズキと一緒に、エレベーターに一番近い角部屋へと入っていった。




          †




 事務所のデスクに座る律は、ノートパソコンの画面を見つめていた。


 画面に表示されているのは、熟女デリヘル「platinumプラチナム latteラテ」のプロフィールだ。先ほど会った新人、「カナ」のページを開いている。


 写真は、プロのカメラマンが撮影したものに差し替えられていた。体の細さを強調させるポージングで、中には下着姿になっているものもある。


「カナさんの人気はどんな感じ?」


 ななめどなりのデスクに座る優希ゆうきが、入力作業をしながら答える。


「え~っと、カナさんは、新人ブーストかかって予約全部埋まってますね。はやくもリピついてます」


「ん、まあ、好きな人には、はまるタイプだもんな」


 優希が作業の手を止め、律に視線を向けた。


「カナさんのこと気になるんですか?」


「まあ、ちょっとね」


 律はカナのプロフィール画面を下に移動させていく。表れたのは、女性が出すブログだ。出勤報告とお礼の日記を毎日かかさず出している。


「カナさんかぁ。確かに、大変そうに見えますね」


 ひかえめな優希の声に、顔を向けた。


「ほんとうは、真面目にOLやってたほうがいいタイプなんだと思います。いろんな人の相手をするのは慣れないみたいで。帰るころには疲れすぎて顔色変わっちゃってるんですって」


「そうだろうね。繊細な性格っぽいし」


「詳しくはわかりませんけど、どうしてもお金を稼がないといけないみたいですよ。オプションもNGないみたいですし」


 律はプロフィール画面に視線を戻す。優希の言うとおり、確かにオプション項目には、すべてに〇がつけられていた。


「稼ぐために無理してるんじゃない? オプションは必ずしも強制じゃないってのは伝えてあんの?」


「はい。メイコさんがちゃんと説明してました」


 律は画面を見すえ、口元に握りこぶしを添える。


「飛ぶとかはないだろうけど、ちょっとようす見といてくれる? 俺だと見た目のせいで信用されてないみたいだから」


「それは俺たちも一緒っすよ」


 優希が苦笑する。


「なんか、壁作ってる感じあるんすよね、カナさん」


「でもこのままじゃパンクする。カナさんには気を遣うよう他のスタッフにも言っといて。特に女性スタッフね」


「了解です!」


「それと……カナさんの指導をしたのは誰? メイコさん?」


「あ、いえ」


 優希が答える前に、律がキーボードを操作する。画面に出たのは、女性の個人情報を管理するページだ。


 カナのページを開くと、個人情報の下にメモが記されていた。


「ああ、夏妃さんなんだ。そうかそうか……」


 ジャケットから白いスマホを取りだし、文字を打ち始める。画面を見る律の顔は真剣だ。


 デスクの上に置いてある携帯電話が鳴った。優希がすぐに取って出る。


「はい。Platinum(プラチナム) Latte(ラテ)です」


 今日もPlatinum(プラチナム)系列は順調に忙しい。まだスマホで文字を打つ律のかたわら、優希はいつもどおりに事務作業をこなしていった。



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