表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第二夜 酒も女も金も男も
35/72

夕方のデリヘル事務所にて




「……以上がプレイ内容です」


 洋室に、女性の声が響く。パンツスーツに身を包んだメイコがソファに腰を下ろし、ローテーブルに置いてある書類を手で示した。


「オプションは別料金。これは全部女の子のお金となる部分です。当然、本番行為は禁止。何かあればすぐにスタッフがかけつけますから、安心してください」


 テーブルをはさんだ正面には、薄化粧の女性が座っている。年齢は三十代後半といったところだ。メイコとそう変わらない。


 深い灰色のロングワンピースで、髪は黒。キレイな顔をしているが、幸が薄い雰囲気を隠そうともしていなかった。


 メイコのほうが若々しく、ハツラツとして見える。


「ウチは会員制の高級デリヘルなので、お客様の質を保証しています。とはいえ、みながみなそうとは限りません。不潔なお客様は一握りしかいませんが、お金を払っている分、変態的なお客様や尊大なお客様もいらっしゃいます」


 神妙な顔でうなずく女性に、メイコは柔らかな笑みを浮かべた。


「不安なことがあったらスタッフに気兼ねなくお話しくださいね。この仕事が初めてなら、不安も大きいでしょうから」


「はい……」


 自信のない、弱弱しい声だった。


「では、指導に移りましょう。初めてなら勝手がわかりませんよね?」


 女性の体がびくりと震えたのを、メイコは見逃さない。包み込むような笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。ウチは女性が指導を行います。今日は講師がいらしてますから、そちらに案内しますね」


 じゃあ、とメイコは席を立ち、洋室を出る。女性もぎこちなく立ち上がり、メイコのあとをついていった。


「それが終わったら、プロフィール用に写真を撮らせてください。源氏名やプロフィールはこちらで用意しますので、それに準じた行動をお願いします」


 二人はリビングを通り、玄関から外へ出た。



          †



 デリヘルグループsweetスウィート platinumプラチナム。経営している三店舗のうち、二店舗が会員制の高級デリヘルだ。どの店舗も質の高い女性をそろえていた。


 事務所は、都心から少し離れたマンションの中にある。四部屋あるフロアを、会社名義で二階分借りており、嬢の待機場所や指導場所、宿泊所として利用していた。


 先ほどまでメイコがいたのは、来客用に使う洋室だ。隣接するリビングには、スタッフのデスクがまとめて設置されている。


 デスクに座る優希ゆうきがふわふわとした声を放った。


「デリヘルで働くにはおとなしすぎる女性でしたね~」


 黒髪にグレーのパーカー。見た目はどこにでもいる普通の青年だ。


 斜めとなりのデスクから返事が返ってくる。


「あれはあれで需要があんだよ」


 黒のスーツを着た中年男性が、頬づえをついている。目つきが鋭く、眉間のしわも深い。全身に肉がつき、スイカでも入れたかのような腹が重々しい。


 こう見えてsweetスウィート platinumプラチナムの部長だ。


「いかにも旦那に恵まれない人妻って感じがあんだろ」


「ってことはplatinumプラチナム latteラテのほうですかね」


「そうだろ。年齢的にもな」


 platinumプラチナム latteラテは、系列の中でも熟女を専門とした店だ。熟女とはいえ、その年齢は三十代から四十代。人妻もいればそうではないものもいる。


「いつまで続くと思います?」


 部長は首をかしげた。


「いやあ、ありゃすぐやめるだろ」


「いやいや、あの年で、決心して、ウチ来たんすよ? 続くでしょ~」


「あのな、風俗なんて飛ぶのが当たり前の世界だぞ。絶対にすぐやめるね。賭けてもいい」


 女性の案内を終えて戻ってきたメイコが、リビングに入ってくる。それでも二人は話を続けていた。


「いいですよ~、じゃあいくら賭けます?」


「ああん? 俺に小遣いでもくれんのか?」


 メイコが眉をひそめて口を挟んだ。


「なんの話?」


「あ、メイコさん。おかえりなさい。指導に行ったんじゃないんですか?」


「今日は夏妃さんが来てくれてるの。だからお任せしてるわ。……で? なんの話をしてたの?」


 腕を組んでむすっとした表情を浮かべるメイコに、優希はあっけらかんと返す。


「今回の人は長く続くかな~って。俺は続くと思うんですけど部長は続かないって。メイコさんはどう思います?」


「またそんなつまらないことで賭けを……」


 メイコは額をおさえ、ため息をつく。優希は気にせず続けた。


「絶対に簡単にはやめないと思うんですよね~。なんか訳ありみたいでしたし。社長だってここにいたら絶対俺の味方してくれますよ」


「社長はそもそもこんなくだらない賭けはしません」


 メイコが部長に視線を向けると、部長は同意を求めるように言った。


「おまえもわかるだろ。あのタイプはぜ~ったいにすぐやめるって」


「まあ、確かにそういう世界ですけど。一概には言えないんじゃないですか?」


「お? じゃあおまえも賭けてみるか?」


「なんでそうなるんですか……」


 部長のとなりにメイコは座る。メモ帳になにやら書き込んでいった。そのあいだも、二人はいくら賭けるだの下世話な話を続けている。


「いい加減つまらない話はやめてください。はいこれ、優希くん」


 立ち上がり、書き込んだメモを優希に差し出した。


「これで新人さんの仮プロフィール作っといて。社長が来たら確認してもらうから」


 優希は腰を上げて受け取った。


「了解で~す」


 リビングにタイピング音が響く中、メイコの冷静な声が部長に向いた。


「部長は暇なら送迎についてください」


「なんで?」


「なんでって。そりゃそうでしょう。私、今、新人さんのフォローについてるんですから。私のぶんも車回してもらわないと」


「今出てるドライバーで足りてるんじゃねえの?」


「ハプニングが起こらないとは限りませんから。……ほら、もうすぐレンさんの終了時間せまってますから、早く車出してください」


「はーい」


 メイコの言動に部長はしぶしぶ立ち上がり、事務所をあとにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ