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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第一夜 Executive Player 律
34/72

誉れ高きプレイヤー 




 拓海が盛大な掛けを飛ばれてから、しばらくの日数が過ぎた。


 夕方開店前のAquarius(アクエリアス)で、シャンデリア下のソファ席に座る拓海は、スマホを見つめている。女性とやり取りする顔は、前のようにがつがつとはしていない。疲れ切った表情で、大きくため息をついた。


「飛ばずに連日出勤なんて偉いじゃん」


 甘い声と同時に、何かがばさりとテーブルに落ちた。厚みのある、白い封筒だ。何事かと顔をゆがめると、正面の丸椅子に律が座った。


 拓海はとげとげしい声で返す。


「飛んだところで俺の借金なのは変わりませんから」


「だからって逃げない男気はよし。少し見直した」


「役職でもないくせになんなんすか」


 態度は相変わらずだが、以前より勢いも敵意もない。


「で、これなんすか?」


 拓海はテーブルの封筒へ顎をしゃくる。


「三百万。やるよ」


「はあ?」


 拓海の声がひときわ響いた。


 店内を掃除するホストたちが顔を向ける。ひと悶着もんちゃくあった二人が座る卓席から、緊張が走っていた。誰一人としてその卓席に近づこうとはせず、何が起こるか遠巻きに目を向けるだけだ。


「おちょくってんすか?」


「そう思う?」


 イラ立っている拓海に対し、律は平然と返す。


「先月の売り上げ、半分以上の額を飛ばれたわけだろ? さすがにかわいそうだと思って」


 反論はなかったが、拓海の顔に青筋が浮かぶ。律は封筒を手で指し示した。


「ほら、受け取れよ。デリヘルで働かせた女の子にもらえなかったぶんだぞ」


 拓海のこぶしが、テーブルを打ち付けた。再び周りのホストたちが顔を向ける。一触即発といった空気に、誰も物音を立てられなかった。


 拓海は歯ぎしりをしながら、打ち付けたこぶしを震わせる。その姿を、律はいつものように、冷ややかな目で見つめた。


「ほんとうは、喉から手が出るほど欲しいくせに」


「そんなはした金いらねえっす」


「ふうん? いらねえの? じゃあ、自腹切るんだ?」


「先月分がチャラになるくらい売り上げ出しますから。律さんのお情けはいりません」


 もはや意地だ。あんなにもおちょくった相手におこぼれをもらうなど、プライドが許さない。


 律はあきれつつ、息をついた。


「もう一度確認してやる。この金、いらないんだな?」


「ええ」


「これで自分の借金が楽になるのに?」


「しつこいっすよ、自分で払うっつってんでしょ」


「俺がわざわざ、渡してあげてるのに?」


 拓海は再び、テーブルを打ち叩く。


「いらねえって言ってるでしょ! 何度言わせればわかるんすか! いい加減にしてくださいよ。さんざん人のことコケにしやがって!」


「それをきみが言うんだ?」


 肩で息をする拓海に対し、律は終始落ち着いていた。


「ふうん。そう。わかった。いらないんだ? じゃあこれは俺の金ってことで」


 封筒を取り上げ、立ち上がる。封筒を口元にあてながら、ほほ笑んだ。


「助かったよ。こっちも借り逃げされた身だったから」


「……はあ?」


「ありがとね、拓海くん」


 多くを語らず、封筒をジャケットの内側に入れる。壁際で一連のやり取りを見ていた店長のもとへと向かった。今日は同伴することを告げ、店をあとにする。


 まるで嵐が立ち去ったかのようだ。律にもてあそばれた拓海は、背もたれにのしかかってため息をついていた。


 ホストもスタッフも、通常どおりに開店準備を進めていく。


 ミーティングの準備を終えた志乃が、店長のもとに近づいた。店長とともに、拓海がいるソファ席へ体を向ける。


「ほんと、ウチのナンバーワンってマジでいい性格してますよね」


「今に始まったことじゃないけどな」


 


          †




 風俗経営者でもあり、ナンバーワンホストの律。


 人が増え始めた繁華街の通りを、堂々と、機嫌よく歩いていく。


 今日も彼を求める客は、ひっきりなしにやって来ることだろう。 楽しくて輝かしい幸せなひと時を求めて。


 それは律も、望むところだ。



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