表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第一夜 Executive Player 律
28/73

締め日の優雅な攻防戦 2



          †



「こんばんは。お席失礼します」


 シャンデリア下に並ぶカップル席。ヘルプ指名の律は、ソファ側ではなく対面の丸椅子に腰を下ろす。


 聞き覚えのある若い女性の声が、正面から突き刺さった。


「ねーえ。となりに座れよ。ヘルプとして指名してあげたんだから」


 そこに座るのは、いつの日か律を灰皿で殴った、あの女性だ。

 今日もお人形のような化粧にフリルがついたワンピースで、赤髪をツインテールにしている。殴ったことなどなかったかのように、高慢な笑みを浮かべていた。


 そのとなりに座るのは拓海だ。こちらも勝ち誇ったように笑っている。


 律も、対女性用の笑みを顔に張り付けた。


「いいんですか? では、ぜひ、となりに座らせてもらいますね」


 女性をはさむよう、拓海の反対隣りに座った律に、小ばかにする視線が刺さる。


 指名をもらったとはいえすることはヘルプ。雑用だ。テーブルの整理もヘルプが行い、指名ホストのフォローもしなければならない。かといって、でしゃばってはならない。


「なんかぁ、今指名ないんだって? 店長から聞いたけど? ナンバーワンも落ちたもんだね~」


 意地の悪い女性の言葉に、律はにっこりと返す。


「そうですね。来てませんね」


 ヘルプだからと敬語で話す律に、女性は満足げにふんぞり返って続ける。


「ヘルプで指名するの超簡単だったわ。締め日なのにこんなんでいいわけ?」


「よくないですよ~。だからすごく焦ってます」


 声は不安げだが、律の笑みが崩れることはない。女性の対応をそつなくこなしながら、わざわざヘルプ指名を許可した店長の言葉を思い出していた。


 店長が好きにしていいと言ったからには、好きにするつもりだ。律がなにをしようと、責任は店長に取ってもらう。店長もそのつもりで言ったはずだ。


 さて、一体どうしてやろうか。ひとまずはようす見だ。


「そういや聞いたよ。あんたって、デリヘルの経営者なんだってね~」


 笑みを浮かべたままの律は、視線を拓海に向ける。拓海は悪びれることなく鼻を鳴らした。


「別によくないですか? 今、律さんのお姫さまはいらしてないみたいですし」


 立て続けに女性が続ける。


「ホストやってるやつがそんなことしていいわけ? ああ、だから顔出しNGなんだ? こんなのネットで叩かれるに決まってるもんねぇ」


 律は否定しない。かといって、肯定もしなかった。


「なにが枕はやらない、だよ。女ひっかけて働かせてる最低野郎じゃん。ホストで金搾り取って、デリヘルでも金搾り取ってすごいね~。人間のクズだね~」


 ほほ笑んだままの律に、女性はさらにトゲのある声をぶつける。


「デリヘルやってる男なんて、女の子の金で食わせてもらってるようなもんじゃん。それなのによく酒たのむな、なんて言えたよね? どの口が言ってんの、マジで」


 女性の高い声は、フロアによく響く。他のソファ席にいる客やホストたちが、何ごとかと顔を向けていた。


 女性は、今までされたことの仕返しとばかりに、あざ笑う。


「どうせおまえのとこでもホストに貢ぐ女が働いてんだろ。そいつのおかげで稼いでんだから文句言うなよマジで。むしろもっと大事にするべきなんじゃない?」


「……そうですね」


「ってことで」


 女性は拓海に顔を向け、にやりと笑う。拓海が声を張り上げた。


「エンジェル・ホワイトお願いしま~す」


「ありがとうございま~す」


 スタッフが奥に引っ込むと店内アナウンスが入る。


「十二番テーブルからエンジェル・ホワイトいただきました~」


 マイクを通す声とともに、店中のホストたちがにぎやかしながら近づいてきた。律が席を離れようとすると、女性に引き戻される。


「どこいくんだよ」


「……こういうとき、ヘルプは席を外すものなんで」


「じゃあ、残って。売り上げは拓海に入るけど、あんたが全部飲むんだよ」


 笑みを浮かべたまま、律は固まる。そうこうしているうちに、卓席をホストたちが囲んでいた。


 BGMがかき消えるほどのコールの中、女性の声が律に刺さる。


「デリの経営者やってるってネットにさらされたくなかったら、ちゃんと飲み干せよ。飲めなかったらすぐに書き込んでやっから」


 コールは続き、運ばれたシャンパンの栓が開く。律の前にグラスが置かれたものの、注ごうとしているホストはどこかためらっていた。


「いいよ、いれて」


 グラスを持ち、注ぎやすいよう傾ける。注がれている最中、「お姫さまのひとこと」で女性にマイクがわたされた。


「女の子こきつかうクズ野郎を潰してやりますよいちょー!」


「よいしょー!」


 コールが、律をどんどん煽っていく。


「一杯目!」


「一杯目!」


「飲んじゃって!」


「飲んじゃって!」


 律は合わせるように笑顔で、グラスを口に近づける。唇に触れる前に、後ろから肩に手を置かれた。店長だ。すぐに離れていく。


 律はグラスをあおり、シャンパンを一気に飲み干した。途端に上がる歓声。


 グラスを持ったまま立ち上がる。


「記念すべき一杯目、ありがとうございましたー!」


 再び上がる歓声の中、グラスを拓海と女性の間に置く。その際、女性に耳打ちした。


「呼び出されちゃったから、俺はこのへんで」


「はあ~?」


 離れていく律の背中に、女性は吠える。


「そんなこと言っていいの? あんたがデリヘルやってること書き込むよ?」


 律は振り返り、満面の笑みを浮かべた。


「ごめんね? 指名が入ったから。拓海くんとごゆっくり」


 コールはまだ続く。みなが飲み干すまで、オールコールは終わらない。


 律が向かうのは、対角線上にあるカップル席だ。すでに女性がひとり、腕を組んで座っている。他に席は空いているはずなのに、近い席をあえて用意されていた。


「こんばんは。近澤ちかざわさん。すみません、わざわざ来ていただいて」


 立ったまま会釈する律に、近澤が顔を向けた。


 律より一回りは年上で、パンツスーツを着こなしている。おろした黒髪を後ろにはらい、足を組んだ。


「ほんとうよ。もっと場所考えなさいよね」


「はい。すみません」


 近澤のとなりに腰を下ろす。


 コールするホストたちの後ろ姿が、よく見えた。ホストたちがはければ、お互いに席のようすが丸見えになるはずだ。


 近澤に視線を戻し、眉尻を下げた。


「大丈夫ですか? 今からでも個室に」


「なに言ってんの? これを狙ってたんでしょ? あんたのことだから」


 近澤はテーブルに顎をしゃくる。そこに置いてあったものに、律は目を見張った。近澤に深々と頭を下げる。


「ご無理なさらず……」


「してない! むかつくから入れただけ!」


「そうですか。痛み入ります」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ