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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第一夜 Executive Player 律
23/73

見えた糸口




 いつものカフェに寄り、いつものサンドイッチをテイクアウトする。


 タクシーに乗って移動し、最寄り駅のそばにあるコンビニで降りる。


 寝静まった住宅街を、サンドウィッチが入った袋を揺らしながら歩いた。オートロック付きの真新しいマンションに入っていく。


 部屋は1LDK。律にとっては広すぎる。


 玄関は靴が乱雑に並んでいた。物を買う性格ではないはずなのに、なぜか廊下が散らかっている。洗濯物も追いつかない。

 帰るたびになんとかしなきゃと思いつつ、この日は額の痛みを言い訳にして、リビングに直行した。


 とてもじゃないが、これで女性を招待なんてできやしない。


 リビングの中央に置かれたソファに、どかりと座る。三角座りをして、パックに入ったサンドイッチを食べ始めた。


 うつろな目で、一口ずつゆっくりと食べ進めていく。ぶりかえす額の痛みを感じつつ、ジャケットから黒いスマホを取りだした。


 サンドウィッチ片手に、もう片手でスマホを操作する。


 画面に映し出されているのは、メッセージアプリのトーク欄だ。さまざまな女性からメッセージが届いている。


 店には来ないがデートの誘いをしてくる女性。店に来る日時を伝えてきた女性。たわいのない日常会話を送ってくる女性。店に来たのに律がいないから帰ったという報告をしてきた女性。


 そのすべてに、返事を送る。続けて、店でトラブルが起きてケガをしたことを伝えた。大体が心配するような返信をしてくるため、相手に合わせて、次の来店につながるように返していく。


 ――『ありがとう、心配してくれて。ちょっと疲れてるみたい。エリちゃんの顔が見たいな……』――


 一人一人丁寧に、無表情で打ち込んだ。どれだけ優しい言葉だろうと来店の約束だろうと、女性たちのメッセージで律の心が救われることはない。


 ふと、もう一つの白いスマホが、胸元で震えた。黒いスマホをソファの座面に置き、白いスマホを新たに取り出す。


 メッセージアプリを開くと、新しいメッセージがトーク欄に表示されていた。


『お疲れ様です。先日の会議でもらった資料を預かっています。出席してなかったようなので……』


 律の瞳が、鈍く光った。メッセージアプリを閉じる。


 食べかけのサンドイッチを容器に置いて、電話をかけた。


「ああ、俺。うん、大丈夫だよ。……あ、そう? さすが部長、デキる男だよあんたは。……あ、いや、別のことを頼もうとしてたんだ」


 Aquarius(アクエリアス)でやらかし、レミに飛ばれても、律の声は堂々としていた。


「今、近澤ちかざわさんから連絡があった。そうそう、ちょっと話してみようと思う。……ああ、そうだな。先に連絡してくれてたら助かる。引き続きよろしく」


 電話を切り、スマホを座面に放る。


 仕事のツケは、仕事で取り返す。律にクヨクヨしている暇はない。


 黒いスマホを手に取り、再びメッセージアプリを開いた。サンドウィッチをちみちみと食べ進めながら、文字を打ち込んでいく。



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