表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第一夜 Executive Player 律
19/72

ボタンの掛け違い 1




 律の前を歩いていたスタッフが、立ち止まって振り返る。何事かと見つめる律に、声を潜めて尋ねた。


「次の指名客なんですけど……、律さん、大丈夫ですか?」


「なにが?」


 スタッフが奥のボックス席をちらりと見る。その視線の先を追う律は、思わず二度見して、すべてを悟った。


「あー……そういうことか」


 そこに座っていたのは、以前、律ともめたあの女性だ。

 今日も同じようなフリフリのワンピースを着て、人形のような化粧をばっちり決めている。真っ赤な髪はおろしており、胸下まで長さがあった。


 まだ、律の存在には気づいていない。


 スタッフが申し訳なさげに声を出す。


Aris(エリス)Gemini(ジェミニ)でも、同じような騒ぎを起こしてるみたいです。本当は出禁にしたかったみたいですけど、わざわざ律さんを指名してくださってるのもあって……」


「店としてはようすを見たいわけだ? いいよ。俺は大丈夫」


 女性のいる卓席に視線を戻す。女性は正面に座るレオの対応を完全にシカトしていた。腕を組み、背もたれにのしかかって、これ見よがしに足を組んでいる。


 律はスタッフにここまででいいと制し、卓席へ向かった。


「こんばんは。おまたせしてごめんね」


 女性は冷たい顔で律を見上げる。レオはホッと息をついた。


「俺をご指名みたいだけど、よかったの?」


 律は薄い笑みを浮かべ、となりに座る。


「うち、永久指名制だよ? 他のお店に若くてオシャレでかっこいい男は、たくさんいると思うけど?」


「……なにそれ。まじでムカつく。せっかく指名してやってんのに」


 悪態は以前のままだったが、前回来ているときよりも顔色が悪い。疲労を感じさせ、不自然なほど落ち着いている。


「ムカつく相手をなんで指名したのかなって気になってるんだよ」


 同じ卓にいるレオが、律の接客をハラハラして見守っていた。


 律は壁際にひかえている店長に目配せする。察した店長が卓席に近づき、レオを引き下がらせた。


「……は? なんでヘルプいなくなんの?」


「俺がきみと二人きりになりたかったから」


「ふーん、あっそ。二人きりに、ね」


 女性は鼻を鳴らす。退屈そうに髪をいじりだした。


「……で、どうして俺を指名したの?」


「なんなの? 指名するなって言ってんの?」


 女性の顔がゆがむ。疲れていても、感情がすぐ顔に出る。若い証拠だ。


 律の言動が気に入らない女性は、不満げな口調で続ける。


「指名したのにそんな態度取られるとか激萎えなんだけど。いくらナンバーワンだからってさ、もっと感謝するべきじゃない? やっぱりナンバーワンにもなると、謙虚さとかなくなっちゃうんだね」


「違うよ。純粋に疑問だっただけ。不快な思いにさせてごめんね」


 いくら攻撃されても、律は笑顔を崩さない。女性は深いため息をつき、投げやりに声を出す。


「今日は指名したんだからシャンパン頼んでもいいんだよね?」


「そうだね。でも、きみと同じものでいいよ。酒は得意じゃないし」


「はぁ?」


 女性の前に置かれたグラスに入るのは、ソフトドリンクだ。待機しているスタッフに向かって、同じものを持ってくるようサインを送る。


 となりで、鼻を鳴らす音が聞こえた。


「酒が飲めないとかホストやっていけんの?」


「なんとかね」


「まあ、確かに? この店じゃあ飲めなくても一位になれそうだもんね。もしかして鬼枕とか? そっち方面がうまいんだ? いくら金出したら枕すんの?」


 見下すような目つきで、下品に笑っている。それでも女性をまっすぐに見つめ返し、動じることなく答えた。


「さあ? 枕なんてやったことないからわからないな」


「絶対ウソ。枕しないホストなんているわけないじゃん」


「でも本当にないんだよ。そういうことしない主義だし」


「まさか童貞? あ、違う、包茎だ? それともめちゃくちゃ小さいとか。売り上げ出してるやつでもそっち方面は下手なやついるもんね~」


「そうそう、全部正解。……ははっ」


 キレイな顔で吹き出す律に、女性は怪訝(けげん)な顔を向けた。


「……なに?」


「ううん。今日は普通に会話ができるからうれしくて。こないだは怒らせちゃったし、また来てくれるとも思わなかったしね」


 優しく穏やかな口調で、柔らかい空気を全身から放っている。そんな律を、女性は不快気ににらみつけていた。


「こないだも思ったけど、やっぱ私のことおちょくってるでしょ。どうせ金もないし、大した女じゃないと思ってるんでしょ」


「確かに、金銭面でもメンタル面でも余裕があるようには見えないかな。それ自体が悪いことだとは思わないけどね」


 律の回答が予想外だったのか、女性は目を見開く。が、すぐに目をつり上げ、唇を噛んだ。


「そんなことないよって言うと思った? でも、きみのことを、受け止めようと思ってるからこそだよ。きみの性格も、きみが恐れていることも、全部ね」


 ちょうどそのとき、スタッフがソフトドリンクを持ってきた。律が持ち上げ、乾杯しようと女性に向ける。女性はグラスを持とうともせず、歯ぎしりをして声を荒らげた。


「シャンパンのメニュー表あるでしょ! 持ってきて! 私だって頼めるんだから!」


 女性の顔はスタッフに向いている。スタッフは律をチラリと見て困惑していた。


「他のお店では頼めるし! ちゃんとお金も持ってきたもん! そのへんのおばさんよりはお金持ってるんだからね!」


 メニュー表を持ってこようとするスタッフを、律が手で制す。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ