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律と欲望の夜  作者: 冷泉 伽夜
第一夜 Executive Player 律
16/73

崩壊の兆し




 拓海が向かう席には、若い女性がいた。リボンタイのブラウスにオレンジ色のフレアスカートをはいている。


 先日ツケの支払いしていた、あの女性だ。大人しく座っている女性のとなりに、拓海がどかりと座る。


「ありがと。来てくれて。やっぱり俺にはリオしかいねーわ。ほんとに困ってるときに来てくれるの、リオぐらいだし?」


 返事をせず、テーブルを見つめるリオ。そこには、前回までに頼んだ飾りボトルが並んでいる。


 反応が薄いリオの顔を、眉尻を下げてのぞきこんだ。


「もしかして、まだ怒ってる?」


「え? あ、いや……」


 顔を上げたリオは、ぎこちなく笑った。


「怒ってないよ。もう大丈夫」


「ごめんな。俺、デリカシーないほうだから、傷つけることも多いよな。これからリオのためになおすから……俺のこと、見捨てないで。こんなの、わがままだってわかってるんだけど」


「うん。心配しないで。見捨てないから。私も、拓海しかいないし」


 リオが笑えば拓海も笑う。


「ありがとう、じゃあ仲直りってことでシャンパンいれていい?」


「え?」


 リオの笑顔が引きつった。が、拓海はお構いなしに続ける。


「やっぱ人気なのはピンドンっしょ。……ピンドンはいりま~す!」


「いや、ちょっとま……」


 リオの断りもなく、勝手に注文を入れる。リオはもう、断るのを諦めた。


 ホストたちが集まってシャンパンコールが響き渡る。そんな空気の中、拓海に文句を言えるわけがない。


 お姫様のひとことでマイクを渡される。ぎこちない笑みで、仲直り宣言。それにこたえる担当ホスト。


 どんどん飲み干されていく酒に比例して、リオの目から光が消えていく。


 コールが終わり、ホストたちがはけていくと、リオは上機嫌な拓海に顔を向けた。


「すぐあいちゃったね、ピンドン。他のお酒も入れようよ」


「え? いいの?」


「いいよ」


 リオは、かわいらしい笑みを浮かべた。


「でもツケでいい? 拓海のためだったらいくらでも頑張って稼ぐから」


「リオ~。ありがとな~。最高だよ~」


 先ほどとは違う高級シャンパンを頼む。再びコールがはじまり、二度目のお姫様扱いだ。


 二本目のボトルが空き、他のホストたちと飲み干した拓海は口を拭う。


「ありがとう、リオ。これなら俺、ナンバーワンも目指せる気がする」


「ほんと? じゃあ、絶対にわたしが、拓海をナンバーワンにしてあげる。お金ができたら必ずここに来て使ってあげる。約束、ね」


 小指をたてた手を差し出すリオに、拓海は抱き着いた。


「リオ~」


 拓海の腕の中で、リオはずっと笑っていた。


 その目が鈍く光っていることに、拓海は気づかない。気づくそぶりも見せない。


「俺もリオのためにがんばるから! もし俺がナンバーワンになったら、ずっと一緒にいよう!」


「……うん」




          †




 休憩場所でもある厨房に、先ほどのコールを終えたホストたちが入ってくる。その中には、志乃もいた。


「あ~、コール疲れた~」


 疲れ切った顔で、喉元をおさえている。


 厨房の出入り口から店のようすを見ていた律が、顔を向けた。


「お疲れ。連続はしんどいよな」


「……いや、おまえも一回くらい参加しろよ」


 他のホストたちは奥に向かい、各々水を注いで飲んでいる。そのうちの一人が、志乃に水を持ってきた。受け取った志乃は口をつけ、律に顔を向けた。


「あいつさ、マジで調子乗ってない?」


「拓海?」


「に決まってんだろ」


 律の視線は、拓海がいる卓席に向かう。拓海は、リオとは違う女性からシャンパンをあおっていた。


「なんだかな~。やり方も苦手だけど、あいつの態度がな。役職に就いてるってのもあって鼻が高いのもしゃくに障るし」


「まあ、売り上げがあってなんぼだからな」


「そうなんだよなぁ。枕だろうと強引だろうと、売り上げが正義だもんなぁ。おまえと一緒で」


 律は不快気に志乃を見る。


「一緒にすんな。俺は無理に酒をあおったりしてないだろ」


「知ってるよ。おまえのほうから言ってやれ。今のやり方はよくないぞって。あのままじゃ飛ぶ客が一人や二人でてもおかしくないだろ。俺にだってそのくらいわかるし」


「言った。けど本人に直す気なさそうだし無理だった。ほっとくしかない」


 志乃はに落ちたように何度かうなずく。


「ああ、なるほど? だからあのとき首つっこんできたわけだ?」


「そんなんじゃない。志乃もムカつくからって口出すなよ。今のところほうっておくのが正解だ」


 志乃は息をつき、グラスに口をつける。そのとき、ホールに出ていた店長が戻ってきた。


「律、そろそろ休憩終われ。指名がきてる」


「何番テーブル? セッティング終わってるなら自分だけで行くよ」


「二番」


 厨房を出た律は、卓席に一人で向かい始めた。



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