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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

タ~マゴタマゴ~タマゴッ! 私の産んだ卵から魔女が生まれるッ!

 金貨が詰まってはちきれんばかりに膨れ上がった青い布袋が、硬革製の手甲をつけたままの節くれだったごつい手から渡された。袖口からちらっと見える手首は日焼けして赤茶色に塗り潰されている。


 もう晩秋といっても良い季節で、屋内にもかかわらず肌寒い。もっとも、目の前にいる彼……戦士ゴードンはびくともしない。


 私なら彼を震えさせるほど恐ろしい冷気を杖から放てる。互いに命を取り合う覚悟さえすれば。無論、そんな必要は少しもない。


 それを受けとる私の手は、いかにも細い。色も薄く、緑色に染めた絹織の手袋を内側から白く染めそうだ。


「今回も助かった、ザリス。また契約を組みたい」


 大声ではないが良く通る、ゴードンの低い声が私の頭を撫でた。


 彼は私より頭一つ大きい。胸板も、自慢ではないが人並みよりは大きい私の乳房くらいの厚みがある。私と違い筋肉の塊だが。


 歳こそ同じく二十代の半ばながら、小指一本でフル装備の私を吊り上げられるだろう。


「うん、でも数日は待ってね」


 私は彼を見上げながら応じた。


「分かった」


 短く答えて、ゴードンは背中を向けた。傷やヒビがところどころに入った鋼鉄製の鎧が鈍く輝く。私の身長ほどもある大きな剣も背負われていた。


 彼の足が板張りの床を踏み締めては戸口へ向かい、ドアを開けてから外に消えた。


  ゴードンから渡された布袋をベルトに紐で固定すると、室内は急にがらんとした。


 実際には、大して広くもないホールにまばらな人影がある。


 チロチロと細く赤い舌を出し入れしながら壁の前にある依頼掲示板を眺めるトカゲ人。人間よりのトカゲだ。少し離れて筋肉質の小柄なヒゲまみれのドワーフと頭巾をかぶり神経質そうに顔をしかめるノームが報酬の打ち合わせをしている。


 カウンターに置かれた銀色のチャイムの向こうには、この建物……冒険者共同組合、通称ギルドで二番目に尊敬されている人間がいた。私より少しだけ年下の女の子で、リイムという。


 一番尊敬されているのはリイムの父親にしてギルドの元締めだ。誰も正体を知らず、リイムに聞いてもあやふやな答しか返ってこない。


 冒険者というのは、私も含めて基本的に自分本位な生き物だから大して気に留めていなかった。


 そんなことより、特に人間の男衆にとってはリイムのさらさらしたクチナシ色の髪やいつも優しく微笑む緑色の瞳が重要だ。


 彼女の魅力を引き立てているのはもう一つ。琥珀色のヘアバンドに相手の魔法を封じる力があり、悪い魔法使いが詐欺まがいな魔法や呪いをかけたりするのを防いでくれる。


 私はというと異性愛者であるからそうした対象とはしない。リイムは実に優秀な事務員なので、その意味では信頼している。同じ人間の女性として頼もしい。


 トカゲ人の背中越しにちらっと依頼掲示板を目にしてから、私も戸口をくぐった。


 冷たく乾いた夜風に乗って、ソーセージやハムを炒める音と香りが流れては消えて行く。気がつくと無意識に、右手に持つ杖の頭で顎をつついていた。


 この街、ギエルツでは冬が近づくとどこの家庭でもそれらを作り始める。と同時に、去年から食べ続けた残りを無駄なく処理する。


 年末のご馳走は大人になりかかった豚の塩漬けハムで、子供達は自分の家で慣れ親しんだ家畜がどんな運命をたどったかを最終的に理解する。そうやって生きる厳しさと尊さを学ぶ。裕福な家庭なら二、三年育ててから食べるところもあるが、餌代がかさむので大抵は一年だ。


 先祖代々魔法使いの家系になる私達の一家は、子豚を苦痛なく殺す方法は幾らでも知っていた。必死になって子豚を生き返らせる魔法を探した幼い私は、存在しない魔法より現実そのものを学ばねばならなかった。


 大通りを抜け、葉を落とした街路樹を背にすると、平屋の少し大きな家に出くわす。駒型の断面に、駒型の切妻。


 日中なら青く塗られた外壁に絡む蔦が見られる。それが、私の家だ。


「ただいま」


 玄関を開けて、まずローブを脱いだ。灰色で、どんな風景にも溶け込む。魔法はかかっていないが確かな職人の技だ。


 それを右腕に巻きつけるようにしてまとめてから身体を軽く揺すった。薄手のチュニックが露になる。


 細長い廊下を過ぎて、居間に入ってからソファーの背もたれにローブをかけた。杖の一振りでローブは新品同然になった。


 居間には、ソファーと暖炉に挟まれるようにして恋人が座り込んでいる。両足を投げ出すようにして、膝の上に置いた大きな卵に上半身を被せるように。


 彼は私とだいたい同じ年頃で、ゴードンとはまた違うタイプの戦士だった。痩せている代わりにすばしっこい。武器も小ぶりなものを好んだ。


 その彼は、今や痩せているのを通り越して亡者さながらになっている。それもそのはず、自分の全生命を卵の殻越しに中身へ注いでいるのだから。


「今回は、それなりに楽な仕事だったよ。リイムが気を遣って依頼を選んでくれた。街外れの森に人食い鬼が出てね、ゴードンと一緒にやっつけた」


 返事がないのを知りつつ、努めて明るく語りかけ金貨の袋をソファーに置いた。ずちゃっ、と音がしてめりこんだ。


「報酬は貯金しとくから」


 この世であらゆる人間の魔女は、母親の魔女が産んだ卵から生まれる。


 正確には、人間の魔女が普通に出産したら人間の男の子となる。それは他と変わらない。しかし、卵を産んだら魔女になる。


 卵は母親か父親が抱いて暖める。最初に決めたが最後、基本的には孵化するまで離れない。食事も睡眠も排泄もしない。無理に引き離すと少し時間が過ぎただけで卵は死ぬ。


 その間、抱いている親は自分の全ての生命力を卵に注ぎ続ける。もちろん、一瞬でそれが終わるのではない。さりとて長々と続くのでもない。おおむね一ヶ月ほどかかる。


 ただ、親の能力や記憶まで引き継ぎはしない。あくまでも、孵化するまで成長する力を得るだけだ。


 私が産んだ卵を、彼は自分が暖めるといって聞かなかった。ちなみに私は母親が抱いた卵から生まれた。


 最初から覚悟していたとはいえ、やはり割り切られないものがある。そもそも、魔女なら魔女らしく、なにかこうした事態を防ぐ魔法でも研究したい。今回はもう手遅れにしても。


 その為には莫大なお金がいる。生まれた子供を育てるのにもお金がいる。かくして私はせっせと依頼の実行に励んで冒険に冒険を重ねていた。


 簡単な食事を……卵が生まれてからずっと一人分だけど……作ろうと、台所へ足を向けかけた瞬間。


 コツコツ。コツコツ。小さくとも鋭い音が、卵の内側からはっきりと聞こえた。それは、彼の生命が尽きる一方で新しい命が生まれる事を意味していた。


 夕食なんてどうでも良い。


 私はなけなしの反射神経をふるって卵の前に座った。彼と向かい合うように。


 コツコツ……コツコツ……ガツン! え? えええっ!? 私の背後で暖炉が壁ごと突き崩され、大きなツルハシを右手に下げたゴードンが土埃と煙の中にたっていた。


 余りにもナンセンスな事態に口をぱくぱくさせていると、ゴードンは私の頭にツルハシを投げつけた。腕を上げてかばったのは良いとして、ツルハシをもろに受けた腕が骨ごときしんだ。


 ゴードンは、私がショックから立ち直る暇もなく床を蹴った。私を乱暴に押し退け、あろうことか彼から卵を奪い取った。


 何故だのどうしてだのは関係ない。大事な仲間だったのも無視。こんなやり方をするならこっちもやり返す。


 ソファーを盾代わりにして、杖を構えて魔法を唱えようとしたら何のエネルギーも湧いてこない。ゴードンの脇からひょこっとリイムが顔を出した。


「ううう……うーん……」


 卵を失った彼が呻きながら目を覚ました。ゴードンは卵をリイムに渡し、彼の肩に軽く触れた。途端に彼の姿は消えてしまった。


「な、何これ? ゴードン、リイム、なんのつもり!?」

「わしから説明しよう」


 耐えられなくなって二人をなじる私の前に、三人目の『来客』が現れた。


 一見すると、酒場の隅で怪しげな占いでもしていそうなうらぶれた魔法使いに見える。しわが寄った顔や手足に、白く長い髪とヒゲ。くたびれた灰緑色のローブ。


 でも、その表情から自然に寄せられる威厳は油断ならないものがあった。


「わしはギエルツ冒険者共同組合の責任者、デム。ゴードンとリイムの父親でもある」


 えええっ!? 初めて見たのもさることながら、ゴードンとリイムが兄妹!?


「リイム、まだまだ微調整が必要だな」

「はぁーい」


 デムに指摘され、リイムはぺろっと舌を出した。


「微調整?」

「左様」


 私のおうむ返しに、デムは短く答えてリイムが両手で持つ卵をちらっと目にした。


「知っての通り、魔女の卵は親のどちらかが犠牲にならねば孵化出来ぬ。だが、リイムが文献を丁寧に調べ、抱卵専用の疑似人間を作る事に成功した。それが貴公、ザリスだ」

「はぁっ!?」

「リイムは優秀な事務員だが、本職は錬金術師でな。いささか優秀過ぎた。疑似人間に余計な人格を与えてしまった」

「そ、それじゃあ私は……」

「貴公の記憶の大半はリイムがその辺の通俗書物から植えつけた。いや、それだけならまだしも、更なる完成度を目指して魔力まで与えてしまった」

「そんなこと野放しにして良いの!?」


 私でなくとも叫ぶだろう。


「まごうことなき禁忌だ。しかし、罰則がないので罰せない。そこまで優秀な術者は今までいなかったし、いてもわざわざ実行しない。わしもつい最近知った」


 デムは子供を叱る親の目でリイムを睨んだ。リイムは天井を向いて知らん顔をしている。


「ゴードンは妹可愛さに実験に付き合っていたが、貴公がゴードンと共に冒険する内に貴公の記憶が混乱し始めた」


 デムの説明は、判事が容疑者に死刑を言い渡す場面さながらだった。


「貴公はまずゴードンの髪から疑似人間を作り、それを本物の人間と思い込んだ。次に、貴公は自分がこしらえた疑似人間との間に卵を作った」

「じゃ、じゃあなに!? その卵は、疑似人間同士の間に生まれたの!?」

「そうだ。貴公がゴードンの髪から作った疑似人間は、すぐに処理出来るようあらかじめわしがゴードンに術を施しておいた。だからすぐに消えたのだ。さておきリイム、そろそろ卵をザリスに返しなさい」

「は~い」


 おもちゃを取り上げられた子供のような目で、渋々リイムは卵を私に返した。


 卵を受け取った途端に、私は床にぺたんと座り込んだ。愛しい卵。私の全てを捧げてこの世に返す。全てを……。


 私の記憶も意識も、小指一本に至るまでの肉体も、全て卵の中に吸い込まれた。


 卵の殻が割れ、幼児サイズの私が生まれた。疑似人間同士から生まれ、最終的に母親が返した魔女は、母親の記憶や力を全て受け継ぐと身体で悟った。


「今晩は、皆さん。二度目まして。私、ザリスです」


 まだたどたどしい発音でゆっくり挨拶した私に、リイムは目を輝かせて駆け寄り抱き締めた。


 今度は本物のゴードンが私の相手だ。


               終わり




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