シャアル
「ヤッタァーーー!ひっさびさのお布団だぁー!」
少年はベッドへダイビングして、寝心地を確かめた。
「うん!うん!最高。ちゃんとふわっふわ。この宿屋は仕事が細かいね。部屋も掃除が行き届いてるし、いいじゃん。俺みたいな外見隠してる奴にも親切だったから、お客で差別しないんだろうな。嬉しいな~ 今夜は、ゆっくり眠れる」
ベッドに横になると、少年は久しぶりの鍵の閉まる部屋での安全な睡眠にウトウトしだした。数分後、部屋には少年の健やかな寝息が聞こえてきた。
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「えっ?えっっ!此処何処……真っ暗だ……あー。しまった!寝ちゃったんだぁ、やばいなぁ!野獣とか野盗とかの心配無いから、そのまま寝ちゃったんだ。お腹空いたな~。下で食べようと思ったんだけど、まだやってるかな?まあ、行ってみようか」
少年は部屋を出て、鍵をかけて階下に降りていった。
此処の宿は、四階建てのしっかりした外観の宿で、宿泊料も前金でそれなりの金銭のかかる宿だから、どちらかと言うと貴族や商人や騎士等、それなりの蓄えのある者が安全に泊まれる宿となっている。
大きな山や森には、人に害をなす野獣も多く、それを退治するのを生業にしている、冒険者も多くいる。冒険者は、大概はギルドに加盟しており、依頼を受け賃金を貰える事になっている。
少年も、ギルドに加盟しており、年齢の為、ランク自体は高くは無いが、依頼達成の報酬もなあり、かなりの金額を貯めている。
「おっ!まだやってる。食べれそう、良かった。宿屋で携帯食なんて可哀想じゃん俺」
階段を降りて、奥にある食堂……今は酒場と化している場所へどんどん入っていく。明らかに大人では無い、小柄でフードを被った、細身の少年と思わしき子供が、一人カウンターへ近づいて行くのを珍しそうに周りの大人達は興味深く見ていた。
少年は、カウンターでお酒を作っているスタイルの良い女性に声を掛けた。この女性は、少年が宿へ来た時笑顔で受付をしてくれ、一人なのを心配し色々気に掛けてくれた女性だった。
「お姉さん。何かごはん食べれますか」
「あー君……どうしたのこんなに遅く。今からご飯なの?」
「はい。ちょっと寝てしまいまして、さっき起きました」
「あらあら、ちょっと待ってね。ねえ、嫌いなものはある?」
「いえ。辛いもの以外は大丈夫です」
「わかったわ、私が特別メニュー作ってあげるわ」
「ありがとうございます。お腹空いちゃって、食べられなかったらって心配してしまいました」
「可愛いわね!君、確かシャアル君だったわね。お姉さん、見えなくても可愛い子は解るのよ。待っててね。美味しいの作ってあ、げ、る」
奥へ入って行くお姉さんを、フードの中から笑顔で見送って、空いているカウンターへ座った。シャアルは、フードの中からでも、ある特技を使って外が普通に透けて見える。
野獣退治の依頼等も、一人でその特技を使用してこなしている。その同じ特技を他人が使っている所をシャアルは、自分以外見た事も聞いたことも無いので、内緒にしている。おじいちゃんからも、できるだけ内緒にしとけと、言われていたから。
大人しく待っているシャアルに、近くに居た酔っぱらいの貴族が、話しかけ近寄ってきた。
「おい!一人なのか~親はどうした。その被ってるもの脱いで顔みせてみろ!本当に見目が良かったら、此処の金ぐらい出してやるぞぉ~その代わりこっちに来い。私は金はあるぞぉ~」
「……」
「生意気な!無視だと!私に、この私にお前達みたいな平民が相手して貰えるなんて!有り難いと思え。ほら顔見せてみろ。先ずはそこからだ」
「……」
酔っ払った貴族が、シャアルの頭のフードに手を掛けて引き下ろそうとした時、別の手が貴族の腕を掴んだ。そして、フードから外させた。
掴んだ者は、冒険者の服を着て、肩に大剣を担いでいた。大剣を持つに見合う大柄の身体と、女に困らないだろう容貌を持っていた。簡単に言うと、美丈夫な冒険者。
「やめときなよ、おじさん。お貴族様が、こんな場所で年端もいかない少年に絡んで手を出すなんて、そんな事、家の者に知られても良いのかなぁ?」
「私が家長だ!誰が私に指図できると言うんだ!」
「ヘェ~家長ねぇ~。モントーリメイン家の家長様は少年がご趣味なんですね。まあ、少年との甘い関係も良いとは思うのですが、来年に確か? 三女様が何処かのお宅との御結婚が決まったと、小耳に挟んだのですが……お相手の家長様はかなり、お堅い方ではなかったでしたっけ?」
「ぐっぬ…おっまっ!」
「旦那様、明日は早い出立ですので、そろそろお部屋に参りましょう」
貴族の酔っ払いは、家臣数人に煽てられつつ階上へ帰って行った。