8 聖女確定
「そ、そんな……。私は何故か髪の色が変わっただけで、何の力も持っていないのです」
「でも~。ミリちゃんは銀の髪になって以降、凍死の危機に瀕しなかったのよね~? ちょっとおかしくないかしら?」
ミリティアムには、何が問題になっているのか分からなかった。
「おかしいことなのでしょうか?」
「エヴァちゃんは、魔法が使えるようになったから、グイードちゃんを伴ってここまでたどり着けたの。魔法で自分の周囲の温度を一定にしていたのよ。違うかしら~?」
「エルキュールの言うとおりで、最北の村の手前付近で三日間魔力を練り上げ、周囲の気温を調整する練習をしてからここまで来た」
エルキュールに、堅い口調をやめたエヴァルドが即答する。
「そういうものなの!?」
「それが出来なきゃ凍死するだけだからな。死にたくなけりゃするだろう?」
「独学で、しかも三日で出来るようになるなんて~。エヴァちゃんは素質があるのね。これからが楽しみだわ~。まあ、そんな訳で、力のない者がここまで生きて辿り着けるとは、考えられないのよ~」
生きて辿り着けないと聞き、愕然とするミリティアム……。
「エヴァたちと生きて出会えたことが、あり得ないことだったのね……」
やっといかに自分が無謀だったかを知り、すっかり意気消沈してしまった。
三日で魔力を練り上げることを会得し、ミリティアムに追いつき、無事魔物から助けることが出来た時のことを思い出し、エヴァルドは背筋が凍った。
だが、こうしてミリティアムが無事なことに安堵し、助けた自分を褒めたくもなった。
エヴァルドははっきりと心に、ミリティアムと出会えた喜びを感じていた。
正直にその想いを表現できそうにはないが……。
「ミリちゃんは魔法ではなく、聖女の力で、自分の周囲の温度を調整、というよりも冷気を遮断していたのよ。おネズミちゃんは、そのモフモフとミリちゃんの体温で、無事だったんでしょうね~。ねえ、エヴァちゃんお願い。ちょっと魔力を止めてくれないかしら~?」
「? ああ、これで良いか?」
途端に、エヴァルドの髪が燃えさかる炎の様な赤色に変わった。
見慣れた黒髪に紫の瞳の、落ち着いた色味のエヴァルドも素敵だが、情熱的な赤い髪に変わったエヴァルドも魅力的で、純粋に格好良いとミリティアムは思った。
「うわぁ……。エヴァ、格好いい!」
「なっっ! かっこ……って! ミっ、ミリ!!」
キラキラと純粋な目で、エヴァルドの髪を見るミリティアムに、オタオタと動揺するエヴァルド。
(お子ちゃまねぇ~)
(ケツアオだな)
「……」
冷たい視線を送るエルキュールとピグに、遠い目をするグイード。
両手を顔に当て、崩れ落ちてしまったエヴァルドを放って置くことにし、エルキュールは続けた――
「ふふっ。魔人族は、魔力を流して魔法を使っている間、髪の毛の色が変わるのよ。エヴァちゃんの本来の髪色は赤ってことね。だからミリちゃんも、魔人族と同じ魔力ではなくても、何かしらの力を、今も流しているのかしらね~」
「だから、髪色が変わってからは、自分でも気付かないうちに、力を使って凍死を防いでいた? と、いうことでしょうか?」
納得出来てはいないが、エルキュールが言わんとしているのは、そういうことだと思った。
「そう考えるしかなさそうね。でも、エヴァちゃんやミリちゃん、そして私がちょっと特殊なのよ~。普通の魔人族は、常時意識せず、魔力を流せるくらいの魔力を持っていないのよ。大抵は、魔法を使う時だけ意識して魔力を流すのよ~。垂れ流していたら魔力がもたないの~」
「御三方の魔力が無尽蔵、ということでしょうか?」
「自慢になるけど、多分そうなんじゃないかしら~」
何故か、未だ崩れ落ちている一名を除き、話はどんどん進んでいく。
「そんな……、私にも力があるかもしれないなんて……。私は無能の役立たずではないかもしれないの……?」
ずっと能無しの役立たず、と言われ続けてきたミリティアムにとって、何かしらの力が自分にもあるということは、自身の存在を許されたように感じた。
エヴァルドが目指す世界を築くため、役に立てるかもしれないと思った。
ミリティアムの瞳から、歓喜の涙が溢れ出していた。
ミリティアムともう一人が落ち着くため、少し休憩を挟んでから協議を再開することになった。
***
「なあ、ミリ」
「あ、エヴァ」
「昨日ミリが、俺に聞いてきたのは、もしかしてミリも、その……、家のこととかで苦しんでいたからなのか?」
まだ、涙で潤んだ瞳で見上げてくるミリティアムを見て、慌ててエヴァルドが取り繕う。
「いや、悪い。突っ込んだことを聞いてしまったな。辛いなら答えなくて良いんだ。ただ、ちょっと、エルキュールの言ってたことが気になっただけで……」
「ううん。違うの。エヴァのことを知った時、エヴァには失礼かもしれないけれど、少し私と似ているのかなあって思って……。でも、全然似ていなかったよ? 国を変えたいって言って、魔人族や獣人族のことも考えているエヴァは凄いよ。私にはそんな気持ちなかったもの。もっともっと、エヴァの話を聞いてみたいって思って、不躾に聞いてしまったわ。ごめんね?」
「そっか。俺の話なんかで良ければ、いくらでも話してやるからな。ミリも何かあったらいつでも話してこいよ。何時間でも聞いてやるから」
「ありがとう。今度聞いてね。エヴァの話も沢山聞きたい」
「おう。しかし驚いたな。いきなり聖女って言われてびっくりしただろ? 大丈夫か?」
「うん。子供みたいに泣いてしまったけれど、嬉し涙だったの。ずっと力が無いことで、嫌な思いをしてきたから……。どんな力でも、あることが分かって、今すごく嬉しいの!」
「なら良いんだ。もう、あんま泣くなよ?」
「もう大丈夫。もしかすると、私だって誰かの役に立てるような力があるのかもしれないんだもの。だったら、これからはその力を人のために使えるよう、エヴァと一緒に学んでいかないといけないわ! 私は今、前しか見えていないのよ?」
そう言って、ミリティアムは、左手を腰に当て右手に拳を作り、その拳を突き上げながら優しく微笑んだ。
小さくて、華奢過ぎるミリティアムが、張り切り過ぎて無理をしないか心配になったが、小さな聖女が、これから多くの人々に希望を与えて行くという予感を、エヴァルドは覚えていた。