5 リルムラント国
一行は、それぞれ門番に入国の許可を申請したが、入国許可が下りたのは翌日の昼過ぎだった。
「やっと野宿生活が終わると思っていたのに……。魔法が使える魔人族なんだから、そんなにビクビクしていないで、直ぐに入れてくれたら良いのにさ……」
無事、旅の目的地であったリルムラント国に入国出来たことに油断し、ミリティアムはちょっぴり気が大きくなっていた。
お風呂をお預けにされたことが、本当に辛かったのもあったらしい……。
「まあまあ、ミラ君。色々相手側にも事情があるのでしょうから……」
「グイードの言うとおりだぞ、ミラ。入国出来ただけでも御の字なんだぞ?」
折角昨日は、余計なことを言わずに旅を終えたのに、ミリティアムはあっさりと、自分が魔人族ではないことを二人にバラしてしまった。
それに気付いているのは、ピグも含めた男性陣二人と一匹だけである。
言った本人は、お風呂のことしか考えていない。
エヴァルドに汚いと言われたことが、よほど堪えていたのだ。
((この少年は、我々が魔人族であるとは考えないのか? ミラが人族の少年なら、魔人族の敵となり得るのに……))
(こういうところ、抜けていてホント阿保……)
男性陣には、ミリティアムの乙女心が分からない……。
「オホン。皆様方にはこのまま城にて、我が国リルムラント国の王、エルキュール様に会っていただきます」
スルっと、国王への謁見が決まっていたことを知り、三人の表情が引き締まる。
「このままご案内いたします」
***
謁見の間に通された三人は、こうべを垂れ片膝をつき、王が現れるのを待っていた――
王座の手前の空間が、グニャリと歪んだかと思うと同時に、王座に人が座っている気配がする。
上目使いで覗き見ると、いつの間にか王が謁見の間に現れていて、三人とも魔法の力に畏怖の念を抱いた……。
「お顔を上げてちょうだい~。エヴァちゃん、ミリちゃん、グイードちゃん~」
間延びし、気の抜けた声を不思議に思い、おずおずと視線を上げると、水色の長い髪を、高い位置で一つに結い上げた、垂れ目の美しい女性? いや、男性!? が、薄めの色っぽい唇に、微笑を漂わせていた。
ハッキリと出た喉仏が見えているので、男性で間違いはないのだろう……。
凄艶の美男子なのだが、化粧はバッチリ濃い目だ……。
皆、素材の良さが活かされていないような気がしたが、一先ず受け入れ態勢に入った……。
『キュピ――オネエだな』
「あらあら、可愛いおネズミちゃん? 出て来てちょうだ~い。何か不満でもあったのかしら~?」
『ギュイッ――やべっ、聞こえてた』
ミリティアムの胸元から、こっそり様子を伺っていたピグが、オネエサマから迫力ある冷笑を向けられ、カチーンと固まった。
「うふふふ。本当に可愛いいおネズミちゃんね~。さて、獣人族の国、グリムンドの王女ミリティアム」
隣で、エヴァルドとグイードが息を呑む気配がした。
今のミリティアムは、過酷な旅を終えたまま、泥と埃まみれの汚い格好だ。
雪や氷は、そこらじゅうに有る地であったから、温めてお湯にし、身体を清め、かろうじて体裁は保てていたが、髪はボサボサで、最後の村を出てからのこの二週間は、顔も体も拭った程度だ。
しかも、エヴァルドとグイードに助けられた時には、涙と鼻水まみれの顔を見られている。
ミリティアムは少年を演じていたからこそ、それ程気にせず過ごせていたが、正体も女であることもばれてしまい、顔から火が出そうになった。
(だから、せめてお風呂に入りたかったのに……)
穴があったら入りたいとは、本当に考えてしまうものである。
しかし、ミリティアムは気を奮い立たせ、エルキュールに向き合った。
「お目にかかれて光栄にございます。リルムラント国、国王エルキュール様。急な願いにも関わらず、入国の許可をいただいた上、御目通りまでお許しいただき、心より感謝申し上げます」
身なりは汚くとも、シャンと王女として振舞おうと努めた。
「いいのよ。こちらこそ、直ぐにお迎えできなくてごめんなさいね。まず、もう危険な旅は終わったのだから、もっと可愛いらしいお洋服を着てみましょうか~?」
「い、いいいえ。とんでもございません。私では、女物の服など到底似合いませんから。髪も国を出る際に短くし、そのまま道中も、自らナイフで切っておりましたので……」
「だ・い・じょ・う・ぶ。髪も元通りにしてあげるから~。ついでに、胸糞悪くなる魔道具も外しておくわね~。ほ~らぁ~」
ミリティアムが、輝く水色の光に包まれたかと思った瞬間――
あっと言う間に、ミリティアムはドレスに着替えていた。
こんな豪華な生地をたっぷりと使ったドレスは、獣人族の国では見たこともない。
妹のレティシアだって着られない様な、綺麗なドレスだった。
可愛いけれど、少し恥ずかしい。父に着けられていた、死亡確認用の魔道具も外れ、どこかにいってしまっている。
お風呂上がりのように、体がサッパリとしているところがちょっとだけ怖いと感じていた……。
「ドレスは光魔法。実は旅装がドレスに見えているだけなのよ~。水魔法で浄化もしたし、髪には治癒魔法をかけておいたわ~」
そう言いながら、エルキュールはミリティアムに歩み寄り、顔と髪にそっと手を触れた。
「はい、これも光魔法。そして髪飾りには木魔法で~。ほ~ら、完成~」
ミリティアムに、ほんのりと化粧が施され、背まで伸びた髪はハーフアップに纏められ、大きな青い花弁の花が飾られている。
ミリティアムは呆然となったが、一つ気になるところがあった。
「ありがとうございます。エルキュール様。あの、ところで、私の元の髪色と違うのですが?」
栗色だったミリティアムの髪が、銀色に変わっていた。
「ここに来た時から、ミリちゃんの髪は銀色よ? ねえ、おネズミちゃん?」
『キュピキュ――ミリ、俺と話せるようになった日から、ずっと銀髪だぞ』
「えっ、ピグちゃんどうして教えてくれなかったの?」
『キュイ――ミリのビビった顔を見るために決まっている』
ろくでもないネズミである。
「あら~、食べたくなるくらい可愛くて、お利口おネズミちゃんなのね~」
「ギュッ」
エルキュールにバチコンと、ウインクを飛ばされたピグは、とうとうミリティアムの髪の中に、もぐって隠れてしまった。
(ちょっと、ピグちゃんの扱いを考えて行かなければいけないわね!)
と、ミリティアムは思った……。