表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/44

40 消えたミリティアム

「グギュギュグー」

「お~、こわいこわい~。でも、うるさいからあっちに行ってて~」


 ケージに押し込まれたピグが、警戒鳴きをしている。


 目覚めのぼやけた思考でミリティアムは考え出す。


(うん? ここは? ベッドの上? 髪の色がまだ戻ってない。あれはピグちゃんとエルキュール様? でも金髪の男の人だし、化粧もしていないし、エルキュール様ではないのかな?)


 ピグを隣の部屋に連れて行き、戻って来た男がミリティアムに近づいてくる。

 金髪碧眼で、腰まである長い髪は照明を受け輝いている。

 少し垂れ目がちな瞳と、薄めの唇の凄艶の美男はやはり――


「え!? やっぱりエルキュール様ですか?」

「せ・い・か・い~。ようこそミリちゃん。ここはリルムラントの私の私室よ~」


 起き上がろうとして、両手が拘束されていることに気が付く。

 ミリティアムは身をよじりながら、何とか起き上がった。


「どうして私は縛られているのでしょうか? ピグちゃんをどうしたのですか?」

「まあまあ、落ち着いて~。ミリちゃんはゲルドリア王国に居ることにしたんですって~?」

「はい、そうです。ご報告が遅れてしまい、すみませんでした」


「そんなことじゃあないわ~。ねえ、リルムラントには来てくれないの?」

「ごめんなさい。エヴァのところで、獣人族の解放を見届けようと思います」


「ふぅん。エヴァルドはミリちゃんが見ていなくても、キッチリやり遂げるでしょう? いいからこのまま、リルムラントに居なさいよ?」


 確かにリルムラントに行くことも考えたが、今は忙しくするエヴァルドを手伝いたいのだ。


「……すみません。ゲルドリアに戻ります」

「そう――」



 完全に素っぴんのエルキュールの美しい顔から、表情が抜け落ちた……。



「だめだ……」

「えっ?」


「だめだ。帰したくない。帰さない……」


(なんだか、エルキュール様がちょっと怖いわ……)


 でも、ミリティアムはゲルドリア王国に居ると決めたのだ。

 今頃、エヴァルドが心配しているかもしれない。

 毅然とした態度で、エルキュールにはお断りをしなくてはならないと、ミリティアムは考えた。


「いいえ。ゲルドリアに戻ります。エヴァが心配していると思うので、早く帰してください」


「チッ――」


(え? エルキュール様が舌打ちをしたの?)


「ミリ、俺のところにはそんなに来たくないか?」

「おっ、おれ?」


「どうした? 俺は王ではあるが、一人の男だ。今、知ったことでもないだろう?」

「それは……、そうなんですけれど……」


 男らしい口調も、低い声も、水色じゃない髪も、化粧をしていないことも、エルキュールがどんどん全くの別人で、知らない男の人のように見えはじめる。


「どうも、ミリは鈍くて仕方ないからな。大丈夫。俺が沢山愛情を注いで、一つ一つ教えるから。ミリは何も心配しないで、ずっとここで俺に可愛がられて居ればいい」


 そう言って括られた手首を掴まれ、ベッドに押し倒される。


「エルキュール様? やめて……下さい……」


 色恋に疎いミリティアムでも、流石に自分の身が危機に瀕していること位は理解出来た。

 恋愛感情で人を好きだとかはよく分からないが、男女の関係については書物で読んだことがある。


「やめない。ミリを俺のモノにする。あいつの所には返さない」

「……エルキュール様……。らしくないです……」

「ははっ。俺らしいって何だろうな? 女のナリをしている俺か?」


 ミリティアムの歯がカタカタとぶつかり始める。

 いつもの優しいエルキュールじゃない。エルキュールが怖い。

 視界が揺れ、堪えようとしてもミリティアムの瞳からは涙が溢れてくる。


「やめてください。お願いです、エルキュール様……。お願い……」

「怖がらなくていいよ。俺を受け入れて? 優しくする」


 エルキュールのことは好きだ。尊敬するオネニイさんだ。でも、こういうのとは違う。

 ウーファンも好きだ。大切な友達だ。やはり、こういうのではない。

 じゃあ、エヴァルドは?


「エヴァ……」





 ――ドゴオオォォーン――


 爆音とともに、エルキュールの私室の扉が破壊された。

 ミリティアムが涙で霞んだ目を向けると、そこには――


「エヴァ!」


 肩を上下させ息を乱す、エヴァルドが立っていた。


 ミリティアムに覆いかぶさるエルキュールと、涙でぐしゃぐしゃになっているミリティアムを見て、エヴァルドの頭に一気に血が上る。


「エルキュールー! ざけんなぁー!!」


 エヴァルドが魔法を発動しようと構えたが、一向に魔法は発動しない。


「邪魔するなエヴァ。この部屋は一切の魔法を受け付けない。ここに入れば魔力が消える」

「くそっ!」


 エヴァルドがエルキュールに殴り掛かる。が、もろにカウンターをくらい口の端から血が流れ出る。


「強いのはお前ばかりではない。うぬぼれるな。俺だって魔法がなくても、そこそこ強いんでな」


 ピッと口から血を吐き出し、エヴァルドが再びエルキュールに殴り掛かる。


「エヴァ! 止めて!!」


 先程のように、カウンターで迎え撃とうとしたエルキュールの目前でしゃがみ込み、膝を取ってエルキュールを床に転がす。

 倒れこんだエルキュールに、エヴァルドが圧し掛かる。


 お互いにマウントを獲ったり、獲りかえしたりをしながら、みるみる二人の顔が腫れ上がって行った。


「もう二人ともやめてください!!」


 ミリティアムは泣いてオロオロするしかない。


 そこへ――

 ザザッと、何かがミリティアムの前を横切って行った。



 エヴァルドとエルキュールを羽交い絞めにしているのは、グイードとハーゲンだ。


「もうお止め下さい!」

「女性の前ですることじゃないっすよ!」


 珍しく主に対して怒鳴り声をあげた二人に、エヴァルドもエルキュールも肩で息をし、少しは冷静になろうとしているようだ。


「エヴァ!!」


 居ても立っても居られず、ミリティアムはエヴァルドに駆け寄る。

 直ぐに手の拘束を外され、そのままエヴァルドの胸に飛び込んだ。


「手首が赤くなっているな……。痛くはないか?」

「エヴァ。ううっ。ひぐっ。エヴァの方が痛そう」

「怖かったな。もう大丈夫だ」


 そう言って、エヴァルドがミリティアムの涙を指先で拭い、頭をポンポンとした後、優しくミリティアムを抱きしめ返す。


「エヴァ!」


 ギュウギュウとエヴァルドにしがみ付くミリティアムを見て、エルキュールが両手で顔を押さえ、うなだれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ