4 出会い
ミリティアムが慣れないナイフを振り回し、懸命に応戦するも、毒々しい緑色をした巨大な蛇の魔物が、ジリジリと迫る。
ミリティアムは、涙と鼻水で顔面をグシャグシャにしながらも、必死にその牙から逃げていた。
「ひぃっ。もうだめかもぉー!」
とうとう丸呑みにされると思った瞬間、大口を開けヨダレを垂らした蛇の頭が、『ドシャアン』と音を立て、ミリティアムの目前に落ちた。
「怪我はないですか?」
短く刈られた茶色い髪の大柄な男が、ミリティアムの無事を確認しながら、低く優しい穏やかな声音で尋ねてきた。
「あ……、はい……」
「きったねぇ、叫び声が聞こえたから助けに来た。大丈夫、もう安心だ」
後ろから現れた長い黒髪の男が、剣を鞘に納めながらミリティアムに近づく。
「……はい。ありがとうございます。お陰様で、怪我もせずに済みました」
「よし。なら、その小汚い面を拭いとけ」
黒髪の男が、バサッと手拭いを乱暴に投げ渡す。
(ありがたいけれど、言い方が少し傷つくわ……)
魔物に襲われた恐怖と、汚い顔とハッキリ言われたことで、ミリティアムは益々泣きたくなった。
「しかし、こんな辺境の地に少年一人とは……。向かう先が一緒ならば、同行した方がよいのではないでしょうか、エヴァ様?」
「そうだな。この辺りには村もないしな。なあ、俺たちと同じでリルムラントに行くのか?」
「はい。リルムラントに向かっています!」
どうやら三人の目的地は、同じリルムラントであるようだ。
「なら一緒に向うか? 俺はエヴァ。で、こいつは護衛のようなもんで、グイードだ」
「あ、ありがとうございます。助かります。私はミ…ミラと申します。是非、ご一緒させてください!」
「よし、ミラ。日暮れ前にリルムラントに入るよう、急ぎ足で行くぞ」
そう言ってニカリと笑うエヴァ。
涙を拭い落ち着いてからちゃんとよく見てみると、神の創造物かという程に見目麗しい男だった。
年の頃はミリティアムより少し上くらいか。
濡れた様に艶やかな黒髪が、少しだけ顔にかかり、他は顔の横でゆるりと束ねている。
瞳は珍しい紫だろうか? 光の加減で青みがかったり灰がかったり、何とも表現しがたく、引き込まれる不思議な色をしていた。
背格好から男性と理解できるが、化粧をして顔だけ見れば、女性に間違われるのではないかという程、中世的で美しい顔立ちだった。
ミリティアムは、思わずほうっと息をついていた。
「ん、何だ? ビビリ過ぎて、まだ歩けないか?」
「いっ、いえ。大丈夫です! 歩けます!」
エヴァの隣を歩く、三十路くらいのグイードという男も、整った男らしい堀の深い顔立ちと、その護衛らしい体格の良さが相まって、一般的に好まれそう男である。
(二人ともきっと素敵な人なのよね。レティシアが居たら騒いでいそうだわ)
ただ、ミリティアムは何故かエヴァに対してだけ、感じたことがない奇妙な感覚を覚えていた。
(でも、エヴァって人を見てしまうと、心臓がギュって痛くなるわ。ピグちゃんみたいに口の悪い人だからかしら? それとも逆に、親近感が湧いたのかしら? でも、何だか苦しいような気もするし……。まだ、魔物に襲われた動揺が消えないのかしらね……)
ミリティアムが思考の海に沈みかけていると、お腹からぴょこんとピグが出てきた。
『キュルププ――すんなり少年で通ったな、ミラ坊ちゃん』
「クッ……」
「おや? オフサネズミですね。可愛い子だ」
グイードの耳に聞こえる鳴き声は可愛いのだろう。
しかし、ミリティアムに聞こえるのは、おっさんが皮肉を言う声だ。
「なんだ? ドロクイネズミとあんまり変わんない奴だな?」
『グウギュ――ケツ青のクソガキに、俺の愛らしさが分かるか! ボケ!』
「……あはははは。彼はピグ。僕の家族みたいなもんですよ」
ミリティアムは、本当に自分にしか聞こえていないことが分かり、助かったと思った。
「賢そうな子ですね。とても良く懐いている」
「しかし、ネズミが丸々と肥えてるのに、飼い主がガリガリ過ぎやしないか?」
「ピグちゃんは、草食で健康的な食生活の子ですし、僕は着痩せするタイプなだけです……」
『グゥ――俺、黒いの丸齧り!』
(ああ。ピグちゃんが暫くご機嫌斜めになるわ……)
「いや、エヴァ。彼はこれから大きくなるのですよ。それにピグも、とても愛らしいではないですか?」
(グイードさんって、とても良い人ね)
『キュピ――俺、グイード好き』
「そうか? まあ、ミラは、もっとちゃんと食えるような生活をしないとダメだな」
「はい。頑張ります……」
旅の締めくくりは、三人と一匹で賑やかなものとなった。
エヴァもグイードも旅に慣れているようで、ミリティアムは久しぶりに安心感に包まれ、ゆったりとした気持ちで凍土の道なき道を北上できた。
一行は順調に旅程を進め、予定通り日暮れ前には、リルムラント国の門へと辿り着いた。
相手も訳ありなのか、当たり障りのない話しかしなかったので、ミリティアムは安堵していた。
完全に人族の少年と思われているのには、乙女心が痛んだが……。