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36 ヘタレ男

 久しぶりに会ったエヴァルドは、眠っていないのか目の下に盛大にクマを作り、顔色も優れなかったが、ミリティアムに会うと、いつものニカリとした笑顔で迎えてくれた。


「なんか久しぶりだな……。獣人族の件では助かってる。ありがとうな」

「ううん。こちらこそ獣人族を助けてくれてありがとう」


「おっ。マニキュアってやつか? 似合ってるな」

「エルキュール様が塗ってくれたの」

「エルキュールが? へぇ。良かったな。」


 エヴァルドが、少しムスッとしたように感じたが、貴重な時間なので気にしないようにし、ミリティアムは早速プレゼントを渡すことにした。


「今日はね、これをエヴァに渡したくて会いに来たの。忙しいのに無理言ってごめんね?」

「全然無理なんかじゃないから気にすんなよ。俺に渡したいってなんだ?」


「はい。どうぞ。初めてもらったお給金で買ったの。王様に安い物で申し訳ないけれど、良ければ使ってほしいな」

「俺にプレゼントをくれるのか!? 開けるぞ? ――――銀色の髪紐!」


「好みじゃなかったかな……」

「違う! すっげー嬉しいよミリ! ミリの色だ、ありがとう! 今日からずっとこれにする!!」


 エヴァルドから、ムスッとしていた空気は一瞬でなくなり、今は銀色の髪紐を、大事そうに手にして喜んでいる。


「あのな、ミリ。折り入って頼みがあるんだ。即位式の日には、ミリの力を貸してほしい。身体に負担をかけてしまうことは分かっている。でも、どうしても、国民にこの国の未来を見せたいんだ」


「未来を? 私なら眠るだけだから全く負担になんてならないし、エヴァの力になりたいとずっと思っているから、出来ることがあれば是非やらせて欲しい。……ただ……」


「良い未来だけじゃないとは理解している。でもさ、たとえ悪い未来だとしても、俺はそれを変えるために動いて行くだけだし、正直、良い未来しか見えない自信があるんだ」


 そう言ってまたニカリと笑った。

 何度見ても、見た者を幸せな気持ちにしてくれる、綺麗で無垢な笑顔だ。


「分かったわ。エヴァが決めたなら、どうぞ存分に私の先読みの力を使ってちょうだい」


 ワザとらしくツンと顎を反らし、両手を腰に当ててミリティアムが答える。


「ありがとう。よーし、絶対良い未来にしてみせる! まだまだやるぞ!!」


「うふふ。もっともっと忙しくなってしまいそうね。でも無茶はしないでね?」

「当ったり前だ。即位式にはミリにも、聖女として参加してもらうんだから、ミリもそのつもりで居てくれよ?」



(即位式……か。エヴァに話さないと……)


「あのね。エルキュール様に、エヴァの即位式が終わったら、リルムラントに来ないかって言われているの」

「……そうか。……で、ミリはどうするんだ? リルムラントに行くのか?」


「まだ決めてない。グリムンドに戻るつもりはないけれど、それ以外の気持ちがハッキリしなくて。」


「俺はさ、王になるからには、この国のために生きる。エルキュールやハーゲンの様に、身軽に動いて行きたいけど、転移もまだ成功出来ていない……。ミリがリルムラント国に行ってしまったら……。簡単に会えなくなるな……」

「そうね……」


「俺は嫌だ。ミリに会えないと考えるのさえ嫌だ。今日だって、会いに来てくれて嬉しくて仕方なかった。少し会えないだけでも苦しかった。今でさえこんななのに、本当に会えなくなったら……。俺……」

「……エヴァ……」


「……はは。悪い。なんか、すげーカッコ悪いな、俺。もし、ミリがゲルドリアに残ってくれるなら、これからは『木漏れ日屋』じゃなく、城に居てくれよ。近い方が話しやすいだろ? 王になっても色々話を聞いてくれよ。グイードやライルみたいに、堅い奴ばかりだと息が詰まるんだ。ゲルドリアにいろよ? な?」


「……うん。考えてみるわ。エヴァの即位式までに返事をするわね」

「おっ、おう。待っているからな」




 ピグはイラついていた。久しぶりに会った二人の邪魔をしないよう黙って見守っていたが、あまりにもはっきりしないエヴァルドのヘタレ加減に、イラつきはピークに達しようとしていた。

 いや、苛立ちの原因はそれ以外にもある。


 おめでたい事なのだが、ピピの妊娠が発覚し、喜んだのもつかの間――


『ピピピ――里帰り出産するから、リルムラントに帰るでちゅ』


 と言って、エルキュールと一緒に、リルムラントに帰ってしまったのだ。

 妊娠期間が短いとはいえ、早々に自分を置いて行った自由なピピ……。


 嫁に放置されて、ピグは不満がたまっていた。

 そこにこの、エヴァルドのヘタレ具合である。

 誰がどう見てもミリティアムを好きなのに、いつまでも煮え切らない。


 なぜ好きと伝えられない。

 なぜずっと俺の傍に居ろと言えない。

 いつまでエルキュールと、互いの様子見に徹しているのか。

 情熱的なオッサンネズミには、このもどかしさが耐えきれなかった――



 スタっとエヴァルドの肩に飛び乗り、ミリティアムに聞こえないくらいの声で耳元で囁いた。


『グーグギュ――ミリ、エルキュールにも髪紐をあげていた』

「!!」


「グググーギュ――ミリ、エルキュールにかっ攫われるぞ、このヘタレ。俺、やっぱりお前嫌いだ』

「……」


 肩のピグに目をやり、少しだけ眉尻を下げ、何も言わずエヴァルドは、ピグの耳の下を撫でた。


「ピグちゃんもエヴァに会いたかったのね。撫でてもらえて良かったね。じゃあそろそろ行こうかピグちゃん。またねエヴァ」

「……ああ。またな……」


 ミリティアムとピグが出て行った執務室で、エヴァルドは机に突っ伏した。

 入れ替わった様に、グイードが執務室に入って来る。


「エヴァ様。想いをきちんと伝えた方がいいのでは?」

「しかし、ミリはエルキュールと一緒にいた方が幸せになれるのではないか?」


「たとえ悪い未来だとしても、俺はそれを変えるために動いて行くだけだし、正直、良い未来しか見えない自信があるんだ。そう言ったのはエヴァ様ですよ?」

「盗み聞きは良くないぞ、グイード」



「常にエヴァ様の身を案じているだけです。しかし……、そうですね……。ミリティアム様は育った環境から、恋愛とは縁遠かったのでしょう。けしてエヴァ様や、エルキュール様だけが悪い訳ではないと思うのです」


 恋心というものが分からないミリティアムにも、非はあるのかもしれない。


「しかし、だからこそ、やはりエヴァ様が素直に気持ちをお伝えすべきではないでしょうか? このままですと、エルキュール様の方が先にこの不文律に一石を投じるのでは?」


「俺だっていい加減ちゃんと伝えたい……。エルキュールの動きもあるし……。ただ、もう、どんな結果になっても、ミリともエルキュールとも親しい関係は変わらない。って理解しているんだ。だから、即位式が終わったら、必ず俺の気持ちをミリに伝える!」


 忙しさを盾にし逃げているとは思ったが、きちんと王という立場になってから気持ちを伝えた方が良いと考え、エヴァルドはそう答えた。

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