24 ウーファン君
海に面した東国リャンシャンの王都、ナンロンの港に着き、まずはエヴァルドを女装解除させるため、宿を確保することにした。
海の潮の香から街の空気に変わると、香ばしいような、甘酸っぱいような匂いに変わった。
(ニューグレン大陸の空気の匂いと、全然違うわ)
赤と黒で統一された木造の平屋建ての街並みと、王都ナンロンの独特の匂い。
黒髪黒目の人々が話す飛び交うリャンシャン語に、海を渡って遠い異国に来たことを実感する。
宿で荷物を整理し、まだ日が高い時間だったので、時間が惜しいと、早速王宮に向かった。
***
エヴァルドとエルキュールは、王族としてリャンシャン語も学んでおり、流暢にリャンシャン人と話していた。
ミリティアムも、グリムンド国では、いつも隠れるようにして本ばかり読んでいたので、発音に自信はないが、簡単な会話とリャンシャン語の文字は、何とか理解出来ていた。
王宮の警備兵に、王への謁見の許可を願い出、池の周囲に大小様々な形の岩が配置された庭園と、その奥に見える、やはり木造の王宮を眺めていると、それ程待つこともなく兵が戻ってきた。
『明後日には王の時間がとれるので、また二日後のこの時刻に来てください』
そう言われ、三人はエルキュールの転移魔法は念のため控え、徒歩で宿への道を戻った。
「正規の外交ではないのに、随分と早く対応してもらったわね」
「うちは魔法で色々把握していたから、ミリちゃんとエヴァちゃんが来た時は、一晩の様子見でお迎えしたけれど、リャンシャンにも何かあるのかしらね~。二人くらい、くっついて来ちゃったみたいだけれど~」
「分かりやすく尾行してくるんだから、よっぽどリルムラントの方が怖いぞ。放っておいても大丈夫だろう」
***
――翌日――
三人は、宿に篭もっているのはもったいないので、昨日のただ見張っていただけの尾行の件は気にしないで、リャンシャンの王都ナンロンを見て回ることにした。
橙ガエルを丸ごと串に刺し、こんがり焼いている店や、揚げたパンに砂糖をまぶした菓子の様な物を出す店、中には、生きたままの蛇を売っている店もあり、ギョっとしたりもしたが、ガヤガヤと賑やかで活気のある、異国の街をぶらりと歩くのは、新鮮で面白かった。
綺麗に整えられたリルムラントとも、少し寂しくなっては来たが、大国の王都ゼクトとも違って、ところ狭しと商品が並べられ、雑多な感じがするナンロンの雰囲気が珍しく、ミリティアムがきょろきょろと店や看板を見ていると、何かに腕をグイッと引かれた。
――あっと言う間に、ミリティアムの手提げ袋を、リャンシャン人の少年が持ち去って行く――
『待て! このガキっ!』
ここで魔法を使うわけにもいかないので、エルキュールも少年を捕まえるのは、エヴァルドに任せた。
『捕まえたぞっ!!』
『ごめんよ兄ちゃん! 母ちゃんはずっと昔に死んで、父ちゃんも一昨年に死んじまって……。沢山の家族を養っていかなきゃいけないんだよーう。見逃してくれよーう。えーん。えーん』
『……。でもなぁ。悪いもんは悪い。いつまでもこんなこと、続けられはしないんだぞ?』
『俺だって、好きでやってるんじゃないやーい。あーん。あーん』
皆、少年の嘘泣きにイラッとしているが、ミリティアムだけは本気で心配そうだ。
『こいつ! 嘘くさい泣き真似しやがって!』
「いいわよエヴァ。ボウっとしていた私が悪いんだもの。ね、これに懲りて『もうしないもんね?』」
『うん。うん。もう二度としないよーう。わーん。わーん』
「ミリちゃんがそう言うんだし、被害無く済んだんだから離してやったら~?」
「なんか俺が悪者みたいだな……」
頭をガシガシ掻きながら、エヴァルドが少年を離してあげると、ピタっと嘘泣きを止め『えへー』と笑った。
子どもらしく可愛いので、嘘くさい泣き真似を追及はしない。
『許してくれんのか? ありがとうな! 姉ちゃん、兄ちゃん、……ねえにいちゃん?』
『見どころある少年ね~。好きに呼んでいいのよ~』
『おうっ! なあ、姉ちゃんたち、外国から来たんだろ? 俺がお詫びに街を案内してやるよ!』
『スったくせに、調子が良い奴だな』
「この子は、ナンロンを案内してくれるって言っているんでしょ? 良いじゃない、もう掏らせないし、街のことが分からないのは本当だし。案内してもらおうよ?」
ウーファンと名乗った少年に、今日一日、ナンロンの観光案内をお願いすることにした。
その地に住んでいる者にしか分からないことは多い。
ウーファンが居てくれたお陰で、本当に安く買い物が出来た。
『ナンロンは外国から来る人も多いから、基本、値札は外国人向けの値段で書かれてるんだ。黄金茶一杯100ウォムって書いてあるけど、まあ見てなよ。――なあ兄ちゃん! 200ウォムくれよ。全員分の黄金茶を買って来てやるからさ』
そう言って、エヴァルドから金をむしり取り、意気揚々とウーファンは店に行く。
店員と少し話して、両手にお茶の入ったコップを四つ持って来た。
『な? 書いてある値段から、半分は値切れると思っていいぜ。でも、外国人だけだと足元を見られるから、俺みたいにリャンシャンの奴がいれば間違いないけどな』
『面倒なことをする国ね~』と、あきれ気味のエルキュール。
『商魂たくましい国だな』とは、エヴァルド。
『ウーファン君が居て良かったね!』と、ミリティアム。
えへへへ。と、鼻の下を擦りながら気を良くしたウーファンが、みんなが黄金茶を飲み終えると、率先してコップを店に返しに行った。
可愛いものだ。
境遇がもっと違うものだったら、只々素直な良い子で居られたのかな? と、ミリティアムは思った。
『ほらほら、次はあれにしようよ!』
またエヴァルドから金をむしり取り、さっさと店にウーファンが行ってしまう。
「はふっはふっ。アツアツだけれど、このソースにこの歯ごたえ! 『すごくおいしいわ!!』」
『な、美味いだろ? 七色ダコが入ってるんだー』
「ブフォッ」
盛大に吹き出すエヴァルド。エルキュールは口元を手で抑え、涙目になっている。
ミリティアムは熱々の食べ物と格闘している。
美味しいから早く食べたいのに、でも熱いし、フウフウしてみようかどうしようかな? と、食べるのに一生懸命だ。
『汚ねぇな、兄ちゃん。郷に入っては郷に従えだぜ? 食べたら意外といけるだろ?』
『まあ、美味かったことは美味かったな』
『何でも経験しないと、ダメなもんよね~』
熱々料理との戦いに勝ったミリティアムが、満面の笑みをウーファンに向ける。
『ウーファン君! これ本当に美味しいね!』
悪戯っ子全開の笑顔で、『イヒヒ』と返すウーファンに、エヴァルドとエルキュールが白い眼を向ける。
半分程度しか、リャンシャン語を聞き取れていないミリティアムは、『この歯ごたえが病みつきになりそうね!』と、七色タコ焼きをモグモグ食べ続けていた。
説明する機を失ったエヴァルドとエルキュールは、せめて一緒にと、『悪魔焼き』もとい七色タコ焼きをたっぷり堪能した。
――こうして案内人ウーファンによる、リャンシャン王都ナンロンの観光ツアーが終わった――
『すっげー楽しかったよ。本当は明日も案内してあげたいけど、ちょっと野暮用があってさ。また会おうな! 姉ちゃん、兄ちゃん、ねえにいちゃん!!』
『ありがとう! ウーファン君』
『お陰様で楽しかったわ~』
『また明日会おうな! ウーファン!!』
そう言って手を挙げ、意味深にニカリと笑うエヴァルドに、ウーファンはニヤリと返し、ナンロンの人ごみの中に消えて行った。