21 落ちたライル
――四日後――
前日のディアナの報告で、生真面目なライルは、毎日同じ時刻に同じルートで帰宅することが分かった。
『木漏れ日屋』のある商店街を抜け、滅多に人が通らぬ住宅地の通りにて、作戦は決行された。
「無礼者。私のドレスが汚れてしまったではないの!」
「も、申し訳ございません」
ギリりと美しい顔を歪ませ、ミリティアムを睨みつける、貴族の奥方様風エルキュール。
後ろには、御付の使用人風ハーゲンと、ディアナが控えている。
「ハーゲン、その小汚いネズミを今すぐ処分してちょうだい!」
「な、何卒ご容赦くださいませ……」
「うるさいわね。平民ごときが口答えするんじゃないわよ!」
――パシーン――
縋りつくミリティアムに、エルキュールが平手打ちをする。
勿論、聖女の保護壁で、完璧に防御している。
「あぁ。流石奥様。見事な平手打ちですわぁ☆」
――想定通り、その現場はライルの目に入った――
「お話の途中失礼します。ご婦人」
「なあに、あなたは?」
「私は法務省で次官をしております、ライルと申します。ドレスが汚れたとのことですが、私の目には完璧なままの綺麗な装いに見えます。ご婦人の美しさには、何一つそん色はございません。」
やはり、動物好きのライルには見過ごせなかったらしい。
「まあ、そうかしら。でもねぇ……、汚らしい毛が付いたかもしれないわ~。やっぱりあんな生き物、処分するべきじゃないかしら?」
「左様ですか。しかし、いくら相手が平民といえど、残念ながら他者の所有物に手を出されてしまっては、ご婦人が器物損壊の罪に問われてしまう可能性がございます。こんな平民風情のために、ご婦人のような美しいお方が罪を負うことなど、あってはなりません」
お堅そうに見えるライルだが、必要とあらばご婦人専用の弁も立つ。
「平気ですわよ。夫がそんなもの、もみ消してしまいますわ~」
「……」
「貴方だって、この場は見なかったことにするといいわよ~。さあ、ハーゲン。その汚い娘とネズミを取り押さえなさい!」
「かしこまりました。奥様」
「ああ、お願いです。お慈悲を……」
「……」
ハーゲンがワザと手荒に、ミリティアムとピグ、ピピを捕まえようとする。
とことんミリティアムの扱いが悪い男ばかりだ……。
(官僚になってもうすぐ二十年。妻も娶らずひたすら仕事に打ち込み、次官にまでなれたというのに。上手く立ち回ってきたが、こんなにもあっさりと、数日前に出会った娘のために、水泡に帰すのか)
だが、どう転んでもこの国共々、官僚の道に先はなかったのだ。
ライルの中で、何かが変わろうとしていた。
「潮時か……」
腹をくくって、ライルはこの貴族たちに歯向かおうと決めたのだ。
「手を離しなさい。残念ですがこれ以上は、その娘に暴行を加えていると判断します。また、その娘の所有物である、『オフサネズミ』を殺すことなど、絶対にさせません」
「ライルと言ったわね。夫は次官など、すぐに潰せる立場にあるのよ?」
「どなたの奥方様か存じませんが、構いません。どうぞお話しください」
「降格は間違いないでしょうね。まあ、それだけで済めばいいけど~」
「ですから構いません」
「「……」」
顔を見合わせ、演者四人プラス二匹が、うんうんと頷く。
――パチパチパチパチ――
「は?」
「ご・う・か・く。ハーゲン。ライルちゃんを宜しく~。誰かに見つかる前に『木漏れ日屋』に戻るわよ~」
「自分だけ、女性と触れ合いながらの転移っすか」
「エルキュール様、よろしくでぇす☆」
「ちょっと! 貴方たちは何者なのです!?」
「ライルさん心配しないで下さい。別の場所できちんとご説明しますから」
「離しなさい! これは略取誘拐の罪に問われますよ!?」
「あーもう。仕方ないっすねー」
ハーゲンが逃げ出そうとするライルに足払いをし、体勢を崩したライルを抱きかかえ、無理やり転移した。
***
「ライルさん、突然で驚きましたよね? ごめんなさい」
「ガッツリ男を抱きかかえたっす。抵抗なんてしないで欲しいっす……」
「あらまあ。ライルちゃん、お顔が怖いわよ~」
「そんなことはどうでも良いので、早くご説明いただけますか?」
ぶすくれる、ハーゲンとライルであった。
そこにエヴァルドとグイードが帰ってきた。
「皆様の方が先に戻られていましたね」
「おかえりなさぁーい☆」
「おっ、早いな。その様子だと成功したんだな。って、なんか空気が悪いな!?」
「なんかぁ。拉致されたって、怒っちゃってまぁす☆」
「エヴァルド様! そちらはグイード様!? まさかお二人がご存命とは!!」
ぶすっとしていたライルが目を見開き、グイグイとエヴァルドに近寄る。
「あ、ああ。そなたがライル次官だな。説明もなしに連れて来たみたいで、悪かったな」
「うっうっ。折角エヴァルド様がご草案くださっていた、国民福祉の向上に関する法も、人頭税廃止に関する法も、会計適正化指針も……。うぅっ……。全て潰えてしましました。ヒック。力になれず申し訳ございません。ヒグっ」
エヴァルドの足元で土下座をキメながら、ライルが号泣し始めた。
今まで抑圧されていたものが、一気に流れ出しているらしい。
エグエグ言いながら、ライルはエヴァルドに忠誠を誓い、革命の仲間にライルが加わった。