13 対決レティシア
一応ノックをし、レティシアの部屋に乗り込んだ。
「はあ!? ミリティアム? ……よね? なんであんたがここに!?」
目を吊り上げ、爪をサッと出したレティシアが、威嚇しながらジリジリとミリティアムに近づいて来る。
ミリティアムは、庇うために前に出ようとするエヴァルドとハーゲンを、『大丈夫』と手で制した。
「久しぶりね。レティシア」
「あんた、視界に入るだけで目障りなのに、そんな綺麗な服を着て、化粧までしちゃって! ミリティアムのくせに、随分と生意気になったわね! なんなのよその髪の色は! なんかムカつく!!」
ただの難癖である。こういう女に理屈は通用しない……。面倒な妹だ……。
「残念だけれど、貴女とお喋りするために戻って来たんじゃないのよ。貴女が嵌めているそのムーンストーンの指輪は、私が譲り受けることになったから、外してこちらにちょうだい」
「ふざけないでよ! ちょっと小奇麗になったからって、調子に乗ってんじゃないわよ! 誰があんたになんか渡すもんですか!!」
そう言ってレティシアは、出していた爪でミリティアムの顔を引っ掻いた。
「あれ? 傷がつかない? 血も出てない?? ぐっぬぬぬぬぬっ」
(やることがワンパターンなのよね。私は聖女の力で保護壁をまとっているだけよ)
「ねえ、レティシア?」
「な、なによ。」
「まだ小さな頃、貴女は私の持つものが欲しいと、よくダダをこねていたわね。その頃、私は姉としての自覚があったから、貴女には色々と譲ってあげていたのよ?」
「お、覚えていないわよそんなこと! 姉面なんかしないで!」
酷い我儘っぷりは、筋金入りのようだ。
生まれて直ぐ母親を亡くし、甘やかされて育てば仕方がないのかもしれないが……。
「そうね。貴女は私を姉とも思っていないようだし、私もとっくに、貴女を妹だとは思っていないわ」
「……あ、あんたが私のことをどう思おうが、そんなの痛くもかゆくもないけどっ」
「そう言うと思っていたわ。だから貴女への配慮はもうしない。そのムーンストーンの指輪は私が持って帰るわ」
「い、いやよっ。離しなさいっ!!」
レティシアがどんなに引っ掻こうが、ミリティアムには傷一つ付かない。
腕に聖女の力を籠め、身体能力を強化し、レティシアの指から指輪を外した。
(出力しない体内循環だけでも大きな力よね。この指輪を得たら、もっと使い方には気を付けないと)
「父様っ! 助けてっー!」
いつの間にか、レティシアの部屋まで来ていたダイガンだが、姉妹を見ているだけで何も言わない。
ミリティアムは、そのまま指輪をカバンに仕舞い、スタスタとレティシアから離れて行く。
「ふっ、ふええぇーん」
とうとう、レティシアが泣き出してしまった。
ダイガンに一礼だけし、ミリティアムたちはレティシアの部屋を出た。
城を出る時に、何人かの使用人とすれ違ったが、ミリティアムであることさえ気付いていないのか、廊下の端に避け、客人に向かってするように頭を下げたまま、ミリティアムたちが通り過ぎるのを待っていた。
(あんなに怖かった父や、妹や、使用人の目が……、もう怖くはないわ)
ミリティアムの中の負の感情が、フワリフワリと昇華されて行った。
***
「ハーゲンさん。リルムラント国に転移で戻る前に、少し寄りたい所があるのです。一時間だけ待っていてくれませんか?」
「お安いご用っすよー。じゃ、俺はそこの丘で昼寝してるっす」
「おいおい。仕事中に昼寝するなんて、職務怠慢じゃないか?」
「ムーンストーンの指輪は手に入ったし、後は、帰る時の馬車馬になるだけっすからねー」
「ゆっくり休憩していてください。用が済んだら直ぐに戻りますから」
「いや、待て。俺も行く」
そう言って、エヴァルドがミリティアムについて行く。
ピグは、『修羅場に立会って疲れた』と言って、ハーゲンと一緒に昼寝をしているそうだ。
ピグは本当に良くハーゲンに懐いている。
少し妬けるが、ずっとミリティアムと二人で過ごしてきたから、ピグにもお友達が必要なんだと思うことにし、エヴァルドと二人で出かけた。
***
ミリティアムとエヴァルドが、緑に囲まれたグリムンド国の細い道を歩いてゆく。
リルムラント国の、整備された大きな通りも美しいが、『自然そのまま獣道に毛が生えました』なこの道も、意外と悪くない。
空気からは、ほのかに樹の香りがする。
「街を少し外れただけで、森に迷い込んだような気分になるな」
「あはは。リルムラントやゲルドリアの人から見ると、道だと分からないかもね」
「俺はちゃんと分かるけどな。伊達にグイードと、秘密ルートで旅していた訳じゃないぞ?」
「私なんか、普通に人族の少年姿で道なりに旅をしていたから、エヴァたちよりずっと楽してきたのよね」
「おいおい。それもすごく危なかったって。よく無事だったよ」
「きっと、貯まりに貯まっていた運を、やっと使いはじめただけよ」
ミリティアムはグリムンド国の中を、初めて穏やかな気持ちで歩いていた。
過去を清算した爽快さと、エヴァルドが隣にいる安心感に包まれている。
「さあ、着いたわ。ここね、母のお墓なの。リルムラント国に向かう前は父に突然命令されて、翌日の早朝にはグリムンドを出たから……。あの時は挨拶できなくて……」
「そうだったのか」
「お母様。私には聖女の力があるみたい。ムーンストーンの指輪は、私が護ってゆくことになりました――」
(追放されてから今日までの経験は、私の価値観を変えてくれました。やっと自信が持てるようになりました。これから聖女の力を発揮出来るか出来ないかは、私次第ですね。私はより多くの人の力になりたいと思います。何が出来るのか、悩みながらも努めてまいりますね)
母に語りかけ終え顔を上げると、隣でエヴァが黙とうを捧げてくれていた。
長い睫毛を伏せ、紫の瞳は隠れているが、スラっと高い鼻梁に引き結んだ形の良い唇。
うつむいた横顔に、長い黒い髪が少しだけかかっている。
木漏れ日の中にたたずむ姿に、初めてエヴァルドと出会った時に感じた、胸の苦しさがよみがえった。
(どうしてエヴァといると苦しくなるのかな……。でも嫌じゃない感覚。なんだか浮遊感まであるわ……)
「ミリ? ミリ?」
「ふぁい!」
「どうした? 良い報告は出来たか? さぁ、ハゲネズミのところに戻るとするか?」
そう言ってエヴァルドはニカリと笑い、クシャクシャとミリティアムの頭を撫でた。
「う、うん。みんなの所に戻りましょう!」
(また来ますね、お母様。私はもう大丈夫。こんなに優しく強い人だって、傍にいてくれますから)
少し赤い頬で微笑みながら、ミリティアムは小さく母に手を振って森の中を駈け出した。
「おい、待て。転ぶぞー!」




